「日本通運(休職命令・退職)事件~うつ病休職が満了、主治医は復職認めたが会社拒否 治ゆせず退職扱い 産業医の意見尊重」

弁護士 岡芹 健夫

【日本通運(休職命令・退職)事件】

 営業係長が、異動を発令された心因からうつ病を発症し、休職期間満了で退職扱いされたが、主治医の診断に基づき復職可能と訴えた。東京地裁は、係長は異動前の職場復帰を希望するが、主治医と心因を除去する方法について話をしておらず、会社が診断書の信用性に疑問を抱くのは合理的と判示。上司への非難行為から、病状は回復していないとする産業医の意見を尊重した。(東京地判平23・2・25) 

 <事案の概要>

 Y1社は物流事業全般を営む株式会社である。Xは、平成元年4月にY1社に入社し、平成13年3月、A事業所営業係長に任ぜられた者である。

 平成17年6月29日、Xは上司のY2により異動の内示を受けたが、強い拒絶反応を示し、翌30日、急性口蓋垂炎による呼吸困難で倒れ病院に搬送された。翌日、Xは出社したが7月4日以降欠勤した。同月6日、Xはうつ病の診断を受けた。同年9月13日、Xは主治医であるB医師より、「ストレス反応性不安障害。3ヶ月間の休養加療を要する」という診断を受けた。また、Xは、同年8月ころからY1社に対し、Y2を激しく非難、攻撃する長文の手紙を繰り返し返付するようになった。

 平成18年2月、Y1社はXに対し、Xの欠勤期間は同年9月15日までであり、復職できなければ翌16日をもって休職命令を発令する予定である旨、説明した。

 平成18年9月、Xは割増賃金を請求したいといい出し、Y1社の労働時間管理に不備があったことが判明したので、Y1社は休職命令の発令をいったん保留した。そのうえで、Y1社は、2年分の割増賃金222万1971円を支払った。

 平成19年1月17日、E次長はXに、診断書を提出するように求め、復職可能診断がなければ同年2月1日に休職命令を発令すると念を押した。同年23日、B医師は、「ストレス反応性不安障害。就労は可能と思われるが、可能であればストレスの少ない職場への復帰が望ましい。6ヶ月程度の通院加療が必要」という診断書をXに交付した。

 診断書の送付を受けたE次長がXに確認したところ、Xは、不安の除去が復職の条件であるのにその内容につきB医師と話をしていないと答えたため、E次長が、そのような状況では復職は不可能と伝えたところ、Xは激高して一方的に電話を切った。

 同年2月1日、Y1社はXに対し休職命令を出した(休職期間は1年)。

 同年11月22日、産業医であるC医師は、B医師より診療情報の提供を受けるに当たり、Xの同意を求める文書を送付したところ、Xは、これに同意しなかった。同年12月27日、Y1社はXに、復職の可否の判断には診療情報提供についてのXの同意が必要であること、平成20年1月31日時点で復職可能と判断できなければ退職と扱われる旨を通知したが、Xは同意を拒否した。

 困惑したC医師は、平成20年1月15日、Xの同意がなくとも情報提供を受けるしかないと考え、B医師に依頼したところ、同月21日、B医師は、「恐怖性不安障害」として、復職可能と判断した。ただ、「発病の経緯から発病時の職場やその時の上司と係わる職場は望ましくない。会社に対する信頼回復が復職支援のため重要」という診療情報の提供を行った。

 平成20年1月29日、C医師は、Y1社に対し、「XとY1社が対立する問題を保留したまま職場復帰することは、復職にとって重要なXの信頼感の回復を待たずに職場環境に入ることとなり、症状が増悪し、呼吸困難のような発作が再発する可能性が極めて高い」という意見書を提出した。

 同年2月1日、Y1社はXに対し、疾病が治癒したとは認められないとして、同日付けでXを退職扱いとしたことを通知した。

 Xは、雇用契約上の地位の確認等を求めて提訴した。

 

<判決のポイント>

 休職命令の発令に当たり、…B医師は、「症状は改善し、就労は可能と思われる」という診断をしている。

 しかし、この診断書は、「可能であればストレスの少ない職場への復帰が望ましい。6ヶ月程度の通院加療が必要」との留保があり、そのまま復職可能診断というのは相当でない。また、ストレス反応性不安障害を発症していたXは、不安の除去が復職の条件であるのに、その内容についてB医師と話をしたことがなく、これを聞いたE次長が…この診断書の信用性に疑問を抱くのは合理的なものということができる。

 B医師は、平成20年1月21日、C医師に対し、会社に対する信頼回復が復職支援のため重要という留保付きではあるが、「職場復帰は可能である」…などという意見を述べた。

 これに対し、C医師は、B医師の復職可能診断に疑問を持っており、…どのような症状がどのように安定し就労可能となったか明らかではないこと、Y1社側が信頼回復に向けて努力しているにもかかわらず、XのY1担当者を非難・攻撃する文書を見る限り、Y1社に対する信頼が回復したとは考え難いこと、Xは異動発令前の職場への復帰を希望しているが、B医師の意見は、復帰先として発病時の職場はふさわしくないというものであり、医師がXの主張を把握していたか疑問であることなどを挙げている。

 E次長は、…「B医師の意見にはY1社が信頼回復のために努力するべきという部分があるが、努力といっても結局Xの要求を受け容れなければ成立しないから、Y1社ができることがない」などと考えていたが、この考えは、B医師の意見の問題点を的確にとらえた合理的なものということができる。

 Y1社が復職可能診断を不当にも無視したものと認めることはできない。

 

<応用と見直し>

 本件では、Xの主治医であったB医師の、大きなもので2度(休職発令時、休職期間満了時)にわたる、就労可能の判断について、Y1社が受け容れなかったことの合理性が問題となったが、判決は、B医師の判断にはいずれも問題があり、これを受け容れなかったY1社の判断を正当とした。

 近時、多くの企業で精神疾患に陥る従業員が増加し、当該従業員の主治医の中には、本件のB医師のように、安易に「就労可能」などと判断する場合が散見される。しかし、企業としては、盲目的にかような判断を受け容れるのではなく、疑わしいと感じた場合には、本件のY1社が行ったような、主治医への診療情報提供を求め、その判断の合理性を検証する作業を行うことが必須である(その際には、本件のC医師のように、心療内科、精神科の医師の助力を受けることが肝要)。

 本件では、結局はB医師の診断書に対する検証が奏功したが、その前提には、Xからの不合理な誹謗・中傷に対し、Y1社のXに対する丁寧、辛抱強い対応があった(それがあるから、本件判決も、Y1社の信頼回復の努力の必要を説くB医師の診断書の合理性を認めなかったところである)。やはり、日頃の労務管理、問題従業員対応のきめ細やかさの大切さが窺われる。

以上

労働新聞平成23年11月21日 第2849号 職場に役立つ最新労働判例より