1.LGBTの当事者に関係する言動もパワーハラスメントに該当し得る

  本コラム第7回及び第8回では、LGBTの当事者に関係するセクシュアルハラスメントの問題を取り上げましたが、LGBTの当事者に関係する言動がパワーハラスメント(以下「パワハラ」ともいいます)に該当することもあります。

  この点については、自民党が平成28年5月24日に公表した「性的指向・性自認の多様なあり方を受容する社会を目指すためのわが党の基本的な考え方」に別紙として「性的指向・性自認の多様なあり方を受容する社会を目指すための政府への要望」が添付されていますが、その「雇用・労働環境」の項目の中に、「性的指向・性自認に関する事柄を背景としたパワーハラスメントを防止するため、『パワーハラスメント対策導入マニュアル』等に関連する記述を追加すること。」とされています。

  このように自民党も、LGBTの当事者に関係する言動がパワーハラスメントに該当し得ることを前提に、政府に対して対策を要望しています。

  上記、自民党からの要望を受けてか、平成28年7月7日に厚生労働省が公表した「パワーハラスメント対策導入マニュアル(第2版)」に「性的指向や性自認についての不理解を背景として、『人間関係からの切り離し』などのパワーハラスメントにつながることがあります。このようなことを引き起こさないためにも、職場で働く方が、性的指向や性自認について理解を増進することが重要です。」と記載されるに至りました。

  したがって、企業は、従業員に対して、パワハラに関する研修等を実施する場合には、LGBTの当事者に関係する言動もパワハラに該当し得ることも盛り込むといった対応をとっておく必要があります。

 

2.問題となり得る言動について

(1)はじめに

  パワハラの行為類型については、「職場のパワーハラスメント対策の推進について」(平24.9.10 地発0910第5号・基発0910第3号:最終改正 平28.4.1 地発0401第5号・基発0401第73号)において、「①身体的な攻撃」「②精神的な攻撃」「③人間関係からの切り離し」「④過大な要求」「⑤過小な要求」「⑥個の侵害」の6つが挙げられていますが、本コラムでは、「②精神的な攻撃」「③人間関係からの切り離し」「⑤過小な要求」「⑥個の侵害」の4つの行為類型について解説します(なお、これらの行為類型はあくまでも便宜上のものです。パワーハラスメントに当たりうる全ての言動が行為類型ごとに明確に分類できる訳ではなく、また行為類型化した言動も相互に関連します)。

(2)「精神的な攻撃」について

  まず、「精神的な攻撃」についてですが、人格を否定するような言動はパワハラの典型と考えられます。

  したがって、例えば、「(LGBTの当事者に対して)働かせてやっているだけ有り難いと思ってくれ。」、「(カミングアウトした当事者に対して)自分が選んで好きでやっていることなんだから迷惑をかけるな。」といった発言は、LGBTの当事者の人格を否定するものとして、パワハラに該当する可能性が高いと言えます。

(3)「人間関係からの切り離し」について

  次に、無視や仲間外しなど仕事を円滑に進めるためにならない行為は「人間関係からの切り離し」に該当する可能性があります。

  したがって、例えば、「うちの職場にゲイはいないよな。」、「職場にトランスジェンダーがいるせいで作業効率が落ちた。」等の発言や、カミングアウトしたLGBTの当事者を無視する、LGBTであるという理由で接待や飲み会の場に誘わないといった行動が問題となり得る言動と言えます。

  どの職場においても、LGBTの当事者が少数派であることが多いと思いますが、未だ職場のLGBTに関する啓発活動が十分に行われているとは言えない現状において、職場においてLGBTの問題に過剰に反応してしまい、その結果として職場でLGBTの当事者と距離をとろうとする言動などがなされる可能性が考えられます。

  上記の言動は、LGBTの当事者に対する否定的な評価を前提としており、その結果として、当該職場においてLGBTの当事者への人間関係の切り離しがなされる可能性が否定できないため、留意が必要になります。

(4)「過小な要求」について

  次に、業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや、仕事を与えないことが「過小な要求」に該当する可能性があります。

  したがって、例えば、「これだからゲイには仕事を任せられないんだ。」、「(ゲイの社員をゲイであるという理由のみで)お客さんの前に出せないから営業職には向いていない。」といった発言が問題となり得る言動と言えます。

  このような言動は、LGBTの当事者について、LGBTであることを業務遂行能力(業務の適格性)と結びつけて、LGBTの当事者の業務遂行能力が低い(業務の適格性がない)ことを前提としているととられても仕方がない言動です。

  しかし、LGBTの当事者であることと業務遂行能力(業務の適格性)は、直ちに結びつくものではないことから、上記のような言動についても留意が必要になります。

(5)「個の侵害」について

  さらに、「個の侵害」については、私的な事項について過度に介入した場合などにパワハラに該当する可能性があります。

  したがって、例えば、「(女性のような仕草をすることがある男性社員に対して、)本当はトランスジェンダー(ゲイ)なんじゃないのか。」などと執拗に問い質したり、「(職場ではオープンにしていないが特定の従業員にはカミングアウトしているLGBTの当事者に対して)LGBTであることを会社に報告するぞ。」などとアウティングを仄めかすといった言動が問題となり得ます。

  LGBTの当事者であることをカミングアウトするか否かということは、LGBTの当事者の人格的利益に基づく個人の判断に委ねられていると考えられます。

  したがって、たとえ、質問者としてはアドバイスとして尋ねている場合であったとしても、LGBTの当事者からすれば無用な詮索とも感じられるものであるため、上記のような言動についても留意が必要になります。

 

➣ 企業とLGBTの問題については、必ずしも議論が深まっている分野ではなく、不確定要素も多いため、本コラムの記事については、予告なく削除・加除等を行うことがある点については予めお断りをさせて頂きます。

文責:弁護士 帯刀康一