高井伸夫の社長フォーラム100講座記念~1講1話・語録100選~

【第10回】内部告発をどう抑止するか(1994年5月11日)

 

 企業機密は漏洩してはならない、という形で日本の就業規則は成り立っている。これは忠実義務という世界。内部告発はそれに違反する行為としてとらえられてきた。それが、良心経営の時代に変わることで、不正を糾すという観点から内部告発も認知され始めた。

 内部告発するのは、落伍した者や不平不満の持ち主である一般社員だけではない。管理職や役員にもいる。不遇をかこつあまり、それを自分自身で慰める手段として、即ち報復として内部告発をするわけだ。

 日本の企業は、機密管理になじまない体質がある。それは、情報の共有化が企業活力の源泉になっているから。どうしても情報は拡散する。

 だから、内部告発の抑止は、経営者への信頼、感服の世界を構築する以外にない。言い換えれば、心をひとつにする社長の言動だ。社長自ら勉強する、話を聞く、討論する、共感する瞬間を多く持つ、三手先を読むなど、「あらゆる局面に手が打ってあった」と感服させる力量だ。

 さらに、処遇に不平不満が起こらないように公正を旨とし、恣意性を排除することも大切なことだ。

 内部告発の内容が誹謗中傷のたぐいであれば、徹底的に責任追及しないといけない。大げさに調査を進めることである。犯人探しに血道をあげているフリをしなければいけない。些細なことだとして放置すると、どんどんエスカレートする。「内部告発ぐせ」に陥る。

 企業機密の漏洩防止には、「誓約書」をとること。誓約を結んでも一見、価値がないように思えるが、極めて有効である。何よりも署名捺印したことが心理的に機能する。そして、最初の違反者に手厳しく対処することが現実的な実効性を担保する。誓約書は、まず入社時に出させる。ついで管理職・役員に就任する時に出させる。そして退職時退任時には必ずとる。そのことを退職金・退任慰労金と連動させる。具体的には、誓約書を出さないと退職金を支給しないという規定をつくることである。

 

「AIと私たち」 第12回(最終回)

AI時代の生き方

 

 AIについて個人的に学び始めて4年と少し。この間に世界は着実にAIを発達させ、私たちは多くの恩恵を享受している。3年前は「AIが人の仕事を奪う」という悲観論が多く聞かれたが、今ではAIとの共生を前提とした議論(AIでできること、危険性、対処法、法整備等々)が活発になっている。特に我が国は元々他の先進諸国に比して労働時間が圧倒的に長く生産性の低さが指摘されているところに加え、深刻な少子高齢化による人口減、労働力不足が加速する中、AIの活用による生産性確保は国力維持に欠かせないと言っても過言ではない。世界一の長寿国家ゆえに「日本は世界で最もAIの導入に適している」という声も聞かれたほどなのに、「AI後進国」と揶揄されるようになってしまっている現状を覆すには、相当な時間と改革を要する。

 

■国のなすべきこと

 国レベルでは社会的なコンセンサスを積み上げ、制度設計を進めると同時に、AI教育の地盤を強固なものにしなければならない。2020年度から英語と同時にプログラミング教育が小学校で必修化されることはその一端であろう。プログラミング教育といっても、プログラミング言語を学ぶのではなく、「コンピュータを受け身ではなく、積極的に活用する力」や「プログラミング的思考(論理的思考力)」の習得を目指す。指導者(教師)側が対応できるのかという懸念はあるが、先送りにする時間的猶予はない。

 また、国は人生100年時代も見据えた「リカレント(学び直し)教育」に力を入れ、AI人材を増やしたい意向だが、こちらも我が国はOECD諸国の中で世界最低水準と評されている。国民性や制度の差もあれど、労働時間が長く低賃金傾向にある現在の日本において自主学習できる国民は限られており、「時間がない」、「お金がない」の2点が突出した障害となっている。社員に手当を出して積極的に学び直しを進めたり、教育プログラムを組んで社内で人材を育てたりする企業もあるが、これらは体力のあるごく限られた大企業の話。我が国の全企業数のうち99.7%を占める中小企業の人材を育てるには、国のバックアップが必要である。未来に向けた幼児教育、高等教育の改革は勿論重要であるが、現役世代にも相当額の投資がなされなければならない。

 

■企業のなすべきこと

 ただし、国のバックアップがあったとしても、現役世代が学び直しを果たすためには、各企業内で少なくともヒトに余裕を生む必要がある(カネについては国の援助を活用する道がある。文科省HP参照http://www.mext.go.jp/a_menu/ikusei/manabinaoshi/index.htm)。そのためには生産性の向上が欠かせない。人間よりもAIが優れている分野はどんどん任せ、人間は人間がやるべき仕事だけに集中することで、作業量は減ると同時に作業効率は上がり、確実に余裕が生まれる。

 雇用形態は既に変容しつつあるが、今後、人口減に適応した働き方への移行が否応なく求められる。AI等のIT技術を積極的に取り入れ、リモートワークや週休3日制、フリーランスや副業等、一企業としてではなく、国全体でより生産性が見込める働き方を受け容れ、対応していかねば、企業としての生産性が上がらないことはもちろん、人材離れをも招きかねない。AIが雇用の流動化を後押しし、経済が活性化すれば、結果的に各企業の利益につながる。

 AIの導入にかかる初期費用は技術進歩によって年々下がる一方、導入できる分野や作業は年々増え、同時に、AI導入を手助けする企業やサービスも拡大している。よく分からないからといって蓋をせず、1日でも1時間でも早く着手すること。その分だけ競争に勝ち残る確率は上がる。

 

■個人のなすべきこと

 AIについて意欲を持って向き合っている人が確実に増えていることは、弊所主催のAIセミナーへの参加者傾向からみて明らかである。そして若者は新しいツールを抵抗なく受け容れる。今の子どもたちは1歳でスマホのスワイプ(画面移動)やピンチイン・ピンチアウト(縮小・拡大)を自然に覚えてやってのける。喋る冷蔵庫もお掃除ロボットも自動運転車も当たり前に存在する世界で成長する彼らには、「AI」という区分すらなくなるかもしれない。昔は「AI」だったものが技術進化によって常識になり、「AI」とは呼ばれなくなる、というのは松原仁教授(公立はこだて未来大学教授・人工知能学会 前会長)も述べているところである。

 ただし、現在時点において我が国の人口は中高年齢者層の占める割合が圧倒的に高い。AIを含むITリテラシー(知識・利用能力)が低く、それゆえに恐れ、変化を嫌う層であり、国・企業のトップを占めるのもまたこの層であることがAI改革停滞の一因であることは否めない。この意味で、個人の意識改革が日本のAI時代の大きな鍵を握っているのである。

 

■学ぶことがAIの信頼性を高める

 4年間AIを見つめてきて、5年は当然、10年先を見据えて動かなければ取り残されることをあらためて実感している。短期的にはGAFA(米グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム)に代表される大手IT企業がその利益を享受しているように見えるかもしれないが、中長期的にはAIの生産性の恩恵は社会全体に行き渡る。この過程において受け身でいては、自身のデータを、ひいては自分自身を都合よく使われるだけになってしまう。個人が学び、納得のうえで情報を使う環境を選び、データ管理の技量を上げる。それは今の自衛はもちろんのこと、高齢化の備えにもつながる。AIについて理解することまでは難しくとも、AIの使い方やデータリテラシー(知識・利用能力)は身に着けられる。人間はAIが使える分野・課題を考え、明らかにしてAIに対応させ、人間の得意分野と棲み分ける。そうした意識がAIの信頼性を高める。

 人生100年時代において生涯学習が叫ばれる昨今、AIを新たな生きがいにしてみても良いのではないだろうか。

 

 まとめ

 ・AI人材育成の鍵は国と企業の相互努力と中高年齢層の意識改革

 ・AIを学ぶことでAIの信頼性を高める

 ・AIを人生100年時代の生きがいとせよ

 

(終/担当 高井・團迫・宇津野)

 

 

第9回 AIにも「ロボット三原則」を

 

あすか人事コンサルティング
代表 太田 正孝 

 

 9月になって過しやすい気候になってきました。地球の自転軸が公転面に対して傾いていたお陰で日本では季節の移ろい、夏から秋へ、を楽しむことができます。

 

 さて、高井先生から与えられたこのコラム「徒然なるままに」も早いもので残り少なくなりましたが、先日の台風15号の直撃を受けた千葉県民の一人でもありますので急遽自然災害についても少し触れてみたいと思います。

 

 千葉県は結構広いので場所により天候が異なります。私のいる千葉市周辺は房総半島部や柏市、印西市など北西部といつも同じではありません。今回の台風は千葉市に上陸したので隣接する私の地域の真ん中を通過していったと思います。

 8日日曜の深夜から明け方は強風で家が揺れつづけ、風雨の打ちつける音のすごさもあって家が崩壊するかという強い恐怖感に襲われました。深夜に突然停電して以降2晩半電気のない暮らしになりました。

 いままでの停電は比較的短時間で終わっていたので台風通過後しばらくして復旧するだろうと楽観的に思っていました。しかしお昼ごろ出かけようとしたところ、道路を塞ぐ大きな倒木や小枝、落ち葉の物凄さにまず驚きました。ラジオで千葉市内の瞬間風速が57メートルと聞いて合点がいき、県内の被害の大きさを予感させられました。

 何から何まで電気に依存していたと実感しながらの2日半熱帯夜に襲われ生活スタイルの脆い面を考えさせられました。「おばあちゃんの知恵」ではないですが昭和時代の省エネ生活の工夫や知恵を思い出しながら過ごすようにしていました。

 あれから相当期間、停電や断水の復旧、応急修理待ちが続いている地域の方々の苦痛やご苦労についての報道が続いています。早期の復旧を願うばかりです。

 

 停電によりデスクトップ型のPCしかない私は情報遮断されましたので改めてPCのない時代を思い起こしてみました。

 コンピューターが職場に入ってきたのは30数年ほど前からだったと思いますが、当時はまだ使い勝手も良くなく机の上には黒電話が存在感をもって鎮座していました。情報伝達の多くは電話や直談、会議での打合せ、一杯やりながらの情報交換などで意志決定をしていました。

 労働条件は高度成長時代の延長もあって年々向上していました。労働力も団塊の世代が参加してきていたので年代別の労働力はピラミッド型でいい具合になっていました。

経営学者アベグレンが「日本的経営三種の神器」として「年功序列制」「終身雇用」「企業別組合」が日本企業成功のキモと指摘し、この言葉が流行した頃です。

 

 日本人の心情に年功序列意識があり、伝統的な先輩後輩関係の維持を尊重する人事賃金制度が一般的だったと考えられます。社会的な作法や言葉づかいにも違和感なく整合し、企業文化として根付いていました。責任感、協調性が大事で、気配り力や集団に貢献することを評価する企業社会だったと思います。人事考課も性格特性や執務態度などのプロセス評価が重視され成果は個人評価としては二の次でしたが年功序列制度と相性が良かったと思います。

 

 一方で個人の職務成果を数値化して評価する狭義の成果主義の評価制度は事前の決め事も多く、上司の負担がかなり増えるとして運用面で拒否反応がでて定着させるのに苦労しました。このような転換は時期尚早だったと思った顧客企業もありました。

 その後20年ほどの間、国際化が進んだ企業では仕事の成果を重視する制度への転換は進みつつあります。高井先生がかねてより「口と筆を酸っぱく」してあちこちで指摘されていたように年功序列の制度は役割を終えつつあります。早く時代に則した制度に替えないと人員選抜・配置、役割配分、期待成果の間で齟齬がでてくるのは明白です。

 

 昨今、日本の労働事情が女性、高齢者、外国人の労働力導入拡大、若手労働力の不足も相まって急激に変化しています。長期展望でも総人口の減少、都市集中化と地方疲弊化の進行など、悲観的な見通しが多くなっています。

 この歴史的な労働環境変化の中、高井先生には持ち前の発信力で政治経済労働界に刺激を与えてくださるよう期待したいと思います。

 

 コンピューター化の話にもどすと、いまでは技術が高度化し、IoT、クラウド、ビッグデータ、AI、5G等々さらにはその集大成として応用面での自動運転などが取り沙汰されています。背景にはハードウェアの進化が著しく、所謂「ムーアの法則」(CPUの性能が18ヶ月で2倍になる・・・インテル創業者のゴードン・ムーアが1965年に示した)で劇的に進歩したデバイスを使った情報技術が人間を知的領域でも凌駕する段階に入りつつあります。

 お台場方面に行く都市交通「ゆりかもめ」など軌道が確保されているところにはすでに無人運転が導入されています。まもなくバス、トラック、電車などにも拡がりそうな勢いで、運転席にはだれもいない乗り物に乗るのが現実になると言われています。

 

 人事労務の領域もビッグデータを活用したAI化が進み大事な採用活動もAIが行うなんていうのも始まっています。近未来、人間が働く職種は何か、など雑誌なんかで取り沙汰されるようになりました。この流れをみるとAIに対応するために人事労務が一層重要分野になることでしょう。一定の成果を上げた後は皮肉にも人事部門自体がAI化されてしまうかもしれませんが。

 

 AIも機械の一種ですから不具合の発生は避けられないでしょう。複雑に発展してきた人間社会でいつも完全に機能すると言えないと思います。例えば都心の複雑な交通インフラのなか運転手のいないバスに平気で乗れる人はどれ位いるでしょうか。AIが人間の感情や倫理的判断を求められる場面で瞬時に最適解を出せるとは思えないのです。倫理的判断をともなう有名な問題「トロッコ問題」ではAIはどうするのでしょうか。AIを設計する人が仮に倫理観をアルゴリズムに取り入れられたとしてもAIが人間の感覚では冷酷ともいえる行動をとる可能性があるからです。これからもAIに不向きな領域が存在しつづけると思いますので、個人的には何でもAIに依存することのないように厳しいルールを整える時期が来ているように思っています。 

 立法、法律は当然ですが人間領域にも精通した高井先生のAIチームで是非議論していただきたいところです。

 

 1964年SF作家アイザック・アシモフが考案した「ロボット(工学)三原則」を思い出します。「人間への安全性、命令への服従、自己防衛」というものです。「ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない、・・・など」この原則はその後のSF小説にとどまらず現実のロボット工学にも影響を与え、今でも有効と思います。AI時代にはこの原則はますます大事なこととして尊重されようを願うばかりです。

終わり

 

「明るい高齢者雇用」

第6回 40年勤めてまだ課長―米国では普通のこと―

(「週刊 労働新聞」第2152号・1997年5月12日掲載)

 

 

 前回に続き遠藤安岐子専務理事とのインタビューをご紹介する。

 Q、アメリカでは職務給が一般的と聞きますが。

 A、完全な職務給体系です。新陳代謝は20歳代からあるといえ、できない者は即座に「クビ」…の国ですから、年齢に関係なく、始終、社員は変わっています。給料に関してですが、給料は年齢に関係なく職種で相場がありますので、その職種から上に行かない限り、または会社を変えない限り給料は上がりません。例えば、60歳の方も23歳の方も、もし職種が「セクション・チーフ=課長」だと、全く同じです。40年勤めてまだ課長か、と言われても本人が良いなら会社は高い給料を払うわけではないので、「これでいい」のです。それに対して誰もおかしいと思いませんから。

 

 日本人を規律する「長幼序あり」という儒教的社会感の下で、実力主義が機能するか、賃金が職能給体系に徹することができるかという根本的問題が高齢者雇用の明るさを大きく左右するであろう。しかし日本の年功序列社会の下では就社意識が横溢し、就職意識はない。明るい高齢者雇用の実現に向け、各自がスペシャリスト、プロフェッショナルになる必要があるとなれば、当然職種を格段に意識することになろうし、またそうでなければ明るい高齢者雇用はないということになる。そこにこそ、明るい高齢者雇用を実現する意識改革の原点の1つがある。

 

 Q、アメリカには定年制がありますか。

 A、定年制はあります。アメリカの企業、官庁、地方自治体その他に関しても、定年は一応65歳ですが、これは65歳から連邦政府のいわゆる厚生年金が100%支給されるからです。62歳で引退した場合、年金は65歳まで80%しかもらえないのですが、それでも早く引退する人もあります。但し、これはあくまでも政府で義務付けられている積立年金だけに頼る人で、一般に政府の年金だけには頼らず、個人で年金積立てをしたり、生命保険積立年金などで退職に備えています。

  軍隊や地方自治体(州政府、都政府、市役所)では、25年間勤めると自然に引退となり、それ以上勤めても年金が上がる訳ではないし、給料も上がらないので、普通45歳くらいで引退し、第2の職に就き、年金プラス給料で人生を送る人が多いです。

  また、マイアミ市の職員の場合ですが、25年間市役所に勤めると、仕事をしても、しなくても、年間6万ドルの年金プラス給料が収入なので、かなり裕福です。

 

 アメリカにも定年制があるのである。そしてアメリカでも定年制と年金制度が大いに絡まっているようである。日本において、それが今後可能かどうか、やはり課題であることをここでも知るのである。

 

 

 

高井伸夫の社長フォーラム100講座記念~1講1話・語録100選~

【第9回】合意の形成~営業力とは「偶然を必然にする力」(1994年3月23日)

 

 経営も営業も、根本は「合意の形成」である。少々のトラブルやクレームで引き下がっては合意の形成にならない。ひたむきに合意の形成に向けて努力することが、結局は合意の形成につながる。

 合意の形成には、まず、相手を自分化すること。相手の価値観をわが社の価値観に置き換えることが合意形成の第一歩だ。相手のためになる商品を開発し、提供しようという姿勢があって、初めて相手の価値観を洗脳できる。

 営業とは偶然と奇跡の連続であるが、最近の営業不振は、偶然性すら少なくなって奇跡が多くなったことにある。

 

 営業力とは偶然を必然にする力、奇跡を平常にする力である。そのための努力を継続しなければならないが、その原点は「創意工夫」しかない。

 創意工夫とは、自分の商品をよく勉強すること、お客様の商売を熟知する(彼を知り己を知りて百戦危うからず)ことだ。

 創意工夫の次には、お客様に好意をもつ、即ちお客様から好かれるのではなくお客様を好きになること。そしてお客様のお役に立つという精神をもつことである。

 

 事業資産は様々あるが、その中に「営業資産」という価値観を組み入れないと、これから企業は生き残れない。そのためにもクレーム対応力は大切になる。

 1つの言葉をきっかけに信頼を勝ち取っていく。そのきっかけとなる意味ある言葉が「不平不満」、「苦情」。それらに解を与える努力から営業資産がつくられていく。それはお客様の気持ちに応えることだからである。

 

 

「AIと私たち」 第11回

AI応用期を迎えて

 

 「AIはすでに学術研究の時期を終え、世の中で応用する活用期に入った」―先日、AI企業への総額23兆円の巨額投資を発表したソフトバンクグループの孫正義会長兼社長の言葉である。日本企業の経営者の多くは先輩がつくったものの焼き直しをしており「真剣さが足りない」との厳しい言葉も並ぶ(日本経済新聞2019年7月28日朝刊2面)。

 

■課題は当事者意識の希薄さ

 当連載でも欧中米に対する日本のAI関連分野の遅れは指摘してきたところであるが、昨今はもはや我が国がAI先進諸国に追いつくことは不可能であり、これ以上差を開けられぬようにする他ない、といった論調が多く見られる。研究職等の専門家だけでなく、国民皆が、特に中小を含む経営者層が当事者意識を持ってAIを理解し、取り組まねばならないことは、各所で繰り返し発信してきたが、個人レベルの理解に留まり、企業や国を挙げた大きな流れを生み出すまでには及ばなかったことは至極残念である。経営者の多くはこの5年程を「AIはなんだかすごいらしい」「AIで何かできるらしい」という段階から動けないままであったように思われる。

 いずれ社会システム全般がAIの支配する機構へと変革する。その中でAIと人事労務の関わりはさらに大きく変質し、労働法もまた大きく変わりゆくだろう。政府は「同一労働同一賃金」の実現に向けてパートタイム労働法(改正後は「パートタイム・有期雇用労働法」)、労働者派遣法を改正し、2020年4月1日からの施行を決めた(中小企業の「パートタイム・有期雇用労働法」の適用は翌2021年4月1日から)が、AIが普及すればこの問題もかなり様相を変えるはずだ。低生産性層や低賃金層とAIとの職務の代替の進み方如何だからである。AIが労働市場や労働力に与える影響は計り知れない。労働市場の分析や新しい雇用指標も必要であろう。

 AIはすでに人間と共存している。その活躍の場は多岐にわたり、生活のありとあらゆる面で人間をサポートしつつある。研究者・開発者等の専門家に委ねるのではなく、個々人が当事者意識を持ってこれを前提としたより良い社会づくりを考えなければならない。

 

■AI利用に潜む危険性を考える

 AIに絡む問題の恐ろしいところは、インターネットやデータと密接に関わることによる操作簡易性、拡散性、その速度・範囲が世界に及ぶという広範囲性と永続性ではないかと思う。

 2018年4月には、AIによって「偽造」された、前アメリカ大統領バラク・オバマ氏が現トランプ大統領を非難する「フェイク動画」が話題になった。大した手間も掛けずに作られた政治的目的、経済的利害関係を持ったフェイク動画が一瞬で世界中に拡散され、「フェイク」であることが見破られない限りごく簡単に世論を動かし、社会的混乱を招く。

 2019年8月に日本で起きた、就活生の「内定辞退率」予測データを販売した「リクナビ問題」では個人情報というデータの取扱いが深刻かつ重大な問題となり、大きな議論を呼んだ。AIと共存し、より生産性の高い新たなサービスを生み出していく中で、その根幹となるデータの利活用の流れは必然である。必然だからこそ、それを皆が受け入れられるような仕組みやルールの整備が欠かせない。本件も諸問題が「適切に」処理されていれば、より精密・迅速な採用活動や雇用のミスマッチ解消、ひいては経済活性化に資するサービスであったと思われる。大企業が当該データを購入したとの報道が後を絶たないのはその証左である。今回の事態は、AIやデータ経済の進展に企業はもちろん、国民も、そして国も追い付いていない実態が露呈したとも受け取れよう。

 

 政府は6月に大阪で開催されたG20サミットにおいて「信頼ある自由なデータ流通(DFFT))」を提唱し、経済産業省がデータ活用事例集の公表準備を進めている(参考:経済産業省によるDFFTコンセプトサイト)。法制度、企業倫理、個人の意識をAI時代に適応させることが急務である。

 

 

 まとめ

 ・個々人がAIとの共存に対する当事者意識を持つこと

 ・AIとの共存における利便性とともに危険性を理解すること

 ・国、企業、個人がそれぞれにAI時代に適応すること

 

(第11回ここまで/担当 高井・團迫・宇津野)

 

 

第8回 笑いの効用をもっと取り入れよう

 

あすか人事コンサルティング
代表 太田 正孝

 

 女子プロテニス界に続いて今度は女子ゴルフ界で快挙です。プロ1年目の渋野日向子さんが全英女子オープンで見事優勝しました。まさに高井先生がよく言われる「心・技・体」、英語でいうとメンタル、テクニカル、フィジカル、の高度なレベルでのバランスがもたらした成果だろうと思います。

    解説者も言っていましたが、ピンチの時でさえも彼女の明るい笑顔はギャラリーの心を捉え、早速スマイリング・シンデレラと呼ばれているようです。多くの人達を自然に応援したいという気持ちにさせる振る舞いでした。苦しい場面でも自然体で行動できるのはすばらしいことです。

    日本人は真面目すぎて余裕がない、とステレオタイプ的な捉え方がされて来たように思いますが、今時はこんな指摘があたらない若人も増えてきたようで頼もしく感じます。 自然体とか笑いはともすれば不真面目の部類に入れられてきたような気がしますので価値観の変わり目となってくれれば嬉しく思います。

 

    最近では漫画やアニメが日本のみならず世界中で受け入れられています。確かに文章を読むよりも視覚・聴覚を使って漫画や動画さらには映画を見る方が解りやすいし、感情移入もスムースなのでますます映像文化が世界中に拡大していくことでしょう。かつて麻生太郎さんが総理のときに漫画しか読まないし漫画は文化だといって顰蹙をかったころとは大違いです。麻生元総理の先見の明に敬服です。

 

 子供の頃「赤銅鈴之助」、「月光仮面」「鉄腕アトム」「鉄人28号」など、貸本屋に通って友達と回しあって読んだ記憶があります。漫画はだめ、もっと本を読みなさいと大人からいわれても無視していたものです。あの時代、漫画はまだ絵本の延長で児童の年頃を終えたら読書というのが当時の社会の価値観だったのでしょう。戦後の混乱期はすぎていたもののまだまだ生きるだけで精一杯な頃でしたので、ボロボロの貸本漫画が多くの子供の楽しみで、誘惑でした。

 娯楽の一つであった映画も白黒が主流でしたので「宇宙戦争」というSFカラー映画を初めて見てストーリーの面白さとカラーの美しさに驚いたことを覚えています。やがてTV放送がはじまり、プロレスと相撲、コメディを良くみていました。TVはとても値段が高くて買える家が少なく、TVのある近所の家に見せてもらいに行ったものです。賑やだった情景は昔のパラパラ漫画の一コマとしてよい思い出となっています。

 

 昨今「笑い」の効用については社会性に関する心理学やメンタルを扱う医学界でも認められていますが、チーム作りやリーダーシップを発揮する上でも特に重要なファクターとしてもっと取り上げるべきと思っています。私は大阪育ちでもあり笑いの効用は日常生活の色んな場面で実感してきました。しかし、東京ではどうもそれほどでもないような気がします。特に、駄洒落や親父ギャグと見なされれば低俗なこととされがちです。でも、駄洒落ひとつ思い浮かべるのも頭が活動した結果なので特に年配者にはボケ防止にはいいことと思いますがどうでしょうか。駄洒落には駄洒落で返すというのを習慣化したら認知症も逃げていくのではないかと思います。

 昔、藤本義一という大阪の作家が一世を風靡した時期がありました。「鬼の詩」(直木賞)はじめ作品は多いのですが、大阪の市井の人々の生き様を多く取り上げました。TVでも「11PM」のMCをつとめ独特の切り口で仕切った姿は今でも覚えています。彼は「商は笑なり」として、笑いがなければ商売での成功はおぼつかない、ということを作品でもしばしば主張していました。

 

 ここで思い浮かぶのはいつも笑顔を絶やさずに誰とでも話をされる高井先生です。

 弁護士事務所を代表する偉い人だから堅い人かな、と思ってお会いすると一寸想定外な雰囲気につつまれます。この「無用の用」をご覧の方は皆さんご存じと思いますが、課題や悩みについて初めて先生のヒアリングをうける時、先生の優しい笑顔にまず不安感が和らぎます。依頼する側はどうしても不安と怒りの感情がからんで上手に話せないケースが多いのです。それを承知の上で依頼者の心のバリアをまず取り除いて順序だてて聞きだして課題の解決につなげていく、そういう姿勢で来られたのが先生の成功の礎と思います。

 一方で、先生の笑顔の背後には論理構成のための厳しい質問攻めをうけるので安易に曖昧に答えていると後々苦労することもかつての依頼者の一人として実感しています。

 加えて、先生の事務所の弁護士先生方にはとても厳しく体育会系スタイルで指導されている様子を垣間見ています。ただし、本当の姿は外部からはわかりませんが後進の若手を業界の厳しい競争に勝ち残れるよう鍛えておられるのは間違いないでしょう。

 

 人というのは1場面、2状況、3意図、4行動の少なくとも四つの観点で見みないと性格、能力、行動特性という所謂コンピテンシーを伺い見ることができません。例えば、普段ユーモアあふれる明るい人が一寸緊張状況に直面すると、意外な行動にでて周りをびっくりさせたりするのもこの四つの観点で観察していなかったからといえます。 人事関係に携わる方は是非この1から4をワンセットとしてみてもらいたいと思います。

 

 大阪での商売(笑売)に話を戻しますが、一見(いちげん)さんの客でも二言三言会話すれば直ぐ本音で話しができるような場にするのが「大阪商人」と言われることがあります。「鶴瓶の家族に乾杯」というTV番組で見られる笑福亭鶴瓶師匠のあの自然体はこの大阪人の才覚を見事に表していると思いますので、私のような人事コンサルタントにとっても大いに勉強になります。

 顧客とプロジェクトの成功にむけてのプランを決める上で、顧客会社の成長の歴史や文化、社員気質、現在と今後の見通しを素早く正確に聞き出しメンバーで共有することが必須になります。忙しい会長や社長にも当然ヒアリングするので初対面の折りに最初の5分間で本音を語れる雰囲気づくりをし、限られた残りの時間を質疑に充てるのがとても大事になります(高井先生から5分でなく3分だ、と言われそうですが)。この点でも鶴瓶師匠の周囲への心配りの仕方や、観客(視聴者)の受け取り方への配慮などコミュニケーション全般が参考になります。

 そういえば高井先生は愛知県出身と伺っていますので、上方のお笑い文化と関東の文化の双方の利点についてそれぞれのいいとこ取りを自然に身に付けておられるのでしょう。

 

 笑いは人の交際交流を円滑にする上で摩擦を防ぐ油のように大事なことと思います。

 顔の細かい筋肉が発達した唯一の動物に進化した人類としてそれぞれの顔の表情で多くのことを語り合えるのですからもっとうまく利用したいものです。

  終わり

 

「明るい高齢者雇用」

第5回 “3世代雇用”時代へ―若年者との融合前提に―

(「週刊 労働新聞」第2151号・1997年5月5日掲載)

※当時の文章に一部加筆補正の上掲載しております。

 

 前回に続き遠藤安岐子専務理事とのインタビューをご紹介する。

  Q、アメリカ人は日本人に比べて若さを強調しているようですが。

  A、お年寄りは、時代に遅れをとらず、いつまでも若くいられるよう望んでいます。マクドナルド等の安い賃金の店でも仕事をしたがるのは若い人達と交わりたいからです。若い人といると自分も若返るそうです。

 

 アメリカ人は若く見られることが好きである。オルブライト国務長官(59歳・当時)が来日時にカウボーイハット姿で現れたのも、単にカウボーイハットがアメリカの象徴の1つであるだけではないだろう。アメリカの高齢の婦人達の服装は日本と違い赤やピンク・ブルーなどの原色が多く、誠にカラフルである。

 昨年秋の中日新聞特派員記事にも「米国のお年寄りの元気な姿に驚くばかりだ。<中略>遊園地に行けば、おじいさん、おばあさんがジェットコースターや全身ずぶ濡れになる船のスライダーに何度も乗り、そのはしゃぐ様は孫たちを完全に圧倒している。ホワイトハウスの記者会見では、60年代初めケネディ大統領の時から活躍している80歳近い女性記者が最前列で質問する。それにみんな食べる量がすごい…。元気なお年寄りは、若い人達の中に入っていくことを全く苦にしない」と伝えられている。筆者の周辺にも“ドレスアップしてファッションショーに出たり、カラオケでもいいからステージで歌うなど、人の視線を浴びてパフォーマンスする快感は自分を生き生きと若返らせてくれる”とうそぶく輩がいる。

 さて、高齢化社会は3世代雇用の時代となるが、価値観の多様化の下で、企業秩序の維持という課題のほかに、若者達が高齢者を受容できるか、若者が自らの進路を妨害する者としてこれを排除しないかという不安がある。精神心理学的に言えば社会現象となった“オヤジ狩り”や、事業を継承した若手経営者が先代からの高齢者幹部を忌み嫌う傾向にあることがあげられる。また労働経済学的にいえば(欧州諸国全般の特徴的事象といえる)、若年労働者の高失業率問題を解決しようとすることが、陰に陽に高齢者雇用の圧迫要因となっているが、若い人たちの不安やエゴとうまく折り合いを付けていくには、気取らず“皆平等な一平卒”意識を持つことが重要である。

 

  Q、高齢者の男女比は?

  A、日本と比べ複雑さがなく、年寄りなのに…という表現がないように、高齢者は働けなくなるまで一応自由奔放に暮らしています。80歳以上の男女の恋愛等も日常茶飯事ですし、誰も(家族を含め)異常だと思いませんし、干渉もしません。高齢者の女性と男性の比率が4対1なので、女性の方達は張り合うためか、何歳になっても美容院に行き、ドレスアップをし、外食をしたがります。

 

 日本の65歳から74歳の男女比は1対1.25。高齢者女性の雇用問題が、今後大きな社会問題として登場するであろう。

 

 

高井伸夫の社長フォーラム100講座記念~1講1話・語録100選~

【第8回】社長への信頼感をいかに高めるか(1994年2月23日)

 

 まずは、コミュニケーション。意思疎通というのは非常に大切。仕事の関係が終わったからといって年賀状も出さないのは論外。私のことを覚えていてくれているという世界が精神的結合の基盤だ。その実践策がコミュニケーション。

 私の場合、先方が私の不在時に電話してきて「また電話します」と言っても、すぐこちらからかける。「午前中は不在ですが午後には戻ります」という伝言には、午前中であってもすぐに電話を入れる。不思議なことに往々にして在席している。すると先方は感激するわけだ。迅速に、密に。これがキーワード。

 第2は態度、礼儀。謙虚さが基本だが、加えて責任転嫁しない、反省する気持ちが大切。責任転嫁は一番嫌われる。苦しくなるとすぐ逃げ出す。これでは頼りにならない。不安感、不満感を抱かせる極みだ。

 第3に能力。社長として要求される能力は様々あるが、信頼感の観点から言えば、包容力、指導力、統率力、企画力が大切だ。

 包容力とは「違う心を受け止める力」である。人の話を聞いてやる。心をひとつにするとは「人の意見を聞いて自分の意見と違うことを確認する」ことから始まる。偽りや見せかけの一体感ではいけない。

 指導力とは、相手の意見の欠点を上手に指摘できる力である。「君の意見もわかるが、この点はどうかね」と。

 次は統率力。誰から口説いたら一番早くチームの心がひとつになる可能性が高いか、どうやったら心がひとつになるか。説得の手順と手段を決める能力でもある。

 指導力と統率力は違う。指導力は1対1の家庭教師の役割である。だから欠点を上手に指摘して指導する力。統率力は、学校のクラス担任と生徒の関係、組織をまとめる能力である。

 企画力の本質は「危険予知能力」。これをやったらどういう障害が起きるか、という状況の想定ができ、想定問答、想定状況が紙に書けること。

 

「AIと私たち」 第10回

AIをめぐる法的責任~著作権と法人格

 

 今回はAIの権利について、AIが生み出したコンテンツの著作権をテーマに考えたい。AIの発達は小説、絵画など様々な芸術分野での機械創作を活発化させている。AIの成果物は誰のものか、権利の帰属や利用のルール整備が追いつかなければ混乱しかねない。

 英国の著作権法は1988年の改正において、コンピューターによる作品の著作者は「創作に必要な手配をした者」と定め、コンテンツの創作過程にAIの介入があったとしても、AIを用いた人間が著作者であると明示した。一方、日本の著作権法は、著作者を「著作物を創作する者」、著作物を「思想又は感情を創作的に表現したもの」と定義している(同法2条1号2号)にとどまっている。

 

 結論から言えば現状、AIによる「著作物」は存在しない。「著作物とはあくまでも人が思想や感情を創作的に表現したもの」というのが現在の政府見解であり、「人が関与して創作した」コンテンツでなければ著作物とみなされないためである。すなわち、既に多数発表されている、人間がAIを道具(プログラムソフトなど)として用いて生み出された詞・曲、小説、絵画等は、あくまでも人間の著作物であり、著作者も著作権者も人間となる。

 これに対し、AIが独自に生み出したコンテンツについては「著作物」とみなさず、よって著作者も著作権も発生しないとする。その理由としては、「人が関与していない」こと、あるいは、「思想や感情を創作的に表現したものとは言えない」ことが挙げられている。後者については、「AIの独自創作だから“人の”思想や感情を反映していない」と考えることもできるし、「AIには思想や感情がないから、思想や感情を反映していない」と考えることもできよう。

 しかし、現在のAIの創作の源がデータ収集と機械学習に基づいていることからすると、世界中の膨大な「人の思想や感情」データを集約して生み出されたコンテンツは、人の思想や感情を反映していないと言い切れるのだろうか。他方、過去にも述べたが、今後AIが感情を有する可能性は決して否定されておらず、将来にわたって「AIが生み出したコンテンツは、人が思想や感情を創作的に表現したものとは言えない」と断言することは難しくなるように思われる。著作権は人間に限って生ずる、とするならば、著作物の定義をより明確に設定することが求められるのではないだろうか。

 

 一方で、AIが独自に生み出したコンテンツが「著作物」ではないと認定された場合、そのコンテンツは著作権による保護を受けられないという点も問題視されている。AIに創作指示を出した人間は、そのコンテンツの使用料の請求や使用の差止めなど、何らの権利行使ができないし、そのコンテンツは世界中で転用され放題となる。この問題について政府は、「AI創作物を世に広めて一定の価値(ブランド価値など)を生じさせたこと」に対して権利を付与する方向性を打ち出しているが、具体的な結論は出ていない。

 

 では、AIに著作権を認める方向へ舵を切ることはないのだろうか。たとえば株式会社には法人格、すなわち、法律的には、権利義務の主体たる資格(権利能力)を与えられる。同様に、AIに人と同じような法的権利を与えることはできないだろうか。実は欧米では既に、こうした法律上の責任主体としての人格をAIに与えようとする動きが出ている。

 会社が法人格を持つ所以は人が企業を構成するからである。例えば経営者、労働者、株主等々の人間が関与してこそ会社が成り立ち、国民経済的に有用な機能を営んでいるからである。そのため、その形式的独立性を認めることが正義・衡平に反する結果をもたらす場合には、法人格は否認される。

 これに倣えば、AIに人格を与えるためには、AIが人間の道具でなければならないと思料されるところ、AIが人間とは別個の意思を持つ、増殖能力を持つ存在になれば、それはもはや道具とは言えなくなるのではないだろうか。これをどう工夫していくかがポイントである。無暗にAIに権利能力を与えれば、人間がAIをコントロールしきれなくなり、人間との協調が難しくなるかもしれないことにも留意が必要である。

 

 まとめ

 ・AIの創作物は著作物として認められず、著作権も生じ得ない

 ・欧米ではAIに権利義務の主体たる法的資格を与える動きがある

 ・無暗にAIに権利能力を与えれば人間によるコントロールを失いかねない

 

(第10回ここまで/担当 高井・團迫・宇津野)

 

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