「明るい高齢者雇用」

第10回 解雇に恐怖感も―アメリカ 難しい高齢再就職―

(「週刊 労働新聞」第2156号・1997年6月9日掲載)

 

 『20年程前までは、現役時代の70~75%の収入を死ぬまで退職金として支給するとう退職年金制度が多くの大企業にありましたが、現在はそのような退職金制度を維持している企業はほとんどありません。ちなみに高齢者は、個人の貯金、株の配当、ソーシャルセキュリティーという税金の内から積み立てた年金の3本立てで生活しています。

 しかし、これらの収入よりシリコンバレーのインフレーションが高いので、現役時代の生活ができなくなり、高齢者は家を売り、アリゾナやフロリダなどの物価の安い州、または税金が安い州へ移住します。例えば50万ドル位のシリコンバレーの家は、アリゾナ州では8万ドル位で購入出来ます。約6分の1で家を購入出来るわけです。中流階級で技術的バックグラウンドの無い人(もともと文科系の人でしょうが)は、年と共に生活を維持することが苦しくなってくると思います。この様な人達が、年をとってシリコンバレー時代の生活を維持するために物価の高いカリフォルニアから物価の安い他州に移り、シリコンバレー時代同様の生活を維持するわけです』(前回からの続き)。

 高齢者雇用の実像に迫るとすれば、その第一は、高齢者子用の場が少ないと共に、高齢者雇用における賃金が極めて低いという事実が挙げられる。その結果として、高物価の所では高齢者は生活出来なくなるということである。小生も8年前にアリゾナのツーソンに赴いたことがある。そこでは真に物価が安く600万~700万円でゴルフ場に面した一戸建ての家が買えたが、今でも多分そうであろう。生活コストの安い土地へ移住することにより生活をエンジョイすることが重要であるが、日本においては、そのような地域があるのかすらも疑問があるところである。

 『アメリカには、終身雇用というものはありません。歳をとっていきますと、いつ解雇されるかということが日々の生活の中で、恐怖としてあるようです。企業も、高齢者が多くなってくると、給料の高い高齢者を対象に、早期退職を薦めてきます。ゴールデン・アンブレラといってかなり良い条件で会社を辞めてもらうプランを作ります。45歳位の人は、まだ、次の仕事を見つけるチャンスがあるので早期退職をしますが、60歳近くなりますと、次の仕事を見つけるチャンスは難しいので、“辞めさせられる”まで会社に残ります。

 シリコンバレーの環境の中で、高齢者が仕事を見つけられる確率は非常に低いと思われます。シニアシチズン・エンプロイメント・センターという就職斡旋機関で仕事を斡旋してもらった場合でも、時間給が5~6ドル(日本円で600~700円)位の仕事しか無いようです。もともとアメリカは年寄りを尊ぶというカルチャーはありません』。

 アメリカでは高齢者も自立を迫られるが、それは即ち家族の崩壊を意味しているといえる。日本の社会もその様相を呈し始めているが、果たしてそれで良いのか議論されよう。高齢者が増加する一方で自立できる基盤、即ち雇用の場がないとすれば、改めて家族主義の復活が社会秩序の安定を確保する意味から要請されてくることになろう。

 

 

 

 

 

引き続き若手中国人の米留学生による米国所感を連載いたします。

 

第4回 アメリカの音楽
~90年代ヒップホップ文化とトミーヒルフィガー~

 

 米国の音楽産業は黒人と白人、メインストリームとサブカルチャー、そして自由と弾圧など摩擦と対立によって築き上げられたものであることは言うまでもないだろう。白人のエリート社会の象徴だったマンハッタンから押し出され、その郊外にあるハーレムという小さな地域でブルースやジャズ、そしてヒップホップの人気に火が付いたのは米音楽史でも有名な話だ。今回はその黒人音楽ブーム中に起きたアパレル会社のトミーヒルフィガー社への影響について書いていこうと思う。

 90年代のアメリカは英国出身のプロテスタントが経済界や政界でのエリート層を支配していた。ホワイト・アングロサクソン・プロテスタントの頭文字をとって、WASPという略称で呼ばれていた彼らは、集団内での結婚や縁故採用を推奨していたことから長年米国の支配層に君臨し続けていた。裕福な家庭で育った白人の若者は「プレパラトリー・スクール」というお金持ちの子息が通う名門私立校に通い、ラルフローレンやトミーヒルフィガーのような上質な服を着崩すスタイルが流行っていた。このスタイルはプレッピースタイルと呼ばれ、貧困層の子供たちからは羨望の目で見られていた。

 そんな社会的背景の一方で、都市部の若者の間ではヒップホップブームに火が付いていた。Jay-ZやSnoop Doggなど、ヒップホップ業界からは白人の子供からも親しまれるスターが排出されていた。この時彼らは音楽のみにメッセージ性を持たせるだけでなく、着る服からでも何かメッセージを伝えられないかと模索していた。そして採用されたのが前述のプレッピースタイルであり、人気のラッパー達は凝り固まったブランドや見た目に対するイメージを崩すために、好んでトミーヒルフィガーの服を着てメディアへの露出を増やしていた。黒人のラッパーが富裕層の象徴ともいえる衣服を身に纏った姿は多くの者にとって刺激的だった。貧困層出身のラッパーでも裕福になれるアメリカンドリームを体現していた彼らは、多くの貧しい若者に夢を与え、ブランドの名が爆発的に広まっていく中、トミーヒルフィガーの売上は増加した。当然、白人エリート層からは批判的な声が多かったが、トミーヒルフィガーはブランドのルーツを捨て、ブームに乗ることを決意した。その後、トミーヒルフィガーは大胆に自社の広告に黒人のラッパーを起用した。結果として、90年代にトミーヒルフィガーは国際的にも知られるブランドとなり、ヒップホップブームのおかげでグローバルに展開する大企業となった。

 

注:トミーヒルフィガー…ニューヨーク州出身のファッションデザイナー、トミー・ヒルフィガーが興したファッションブランド。

注:Jay-Z…ニューヨーク州ブルックリン出身のラッパー・プロデューサー・起業家。グラミー賞の常連で、最も偉大なラッパーの一人と評される。妻は歌手のbeyonce。代表曲「Empire State of Mind」は米ビルボードのシングルチャートで5週連続1位となるなど、世界的なヒットを記録した。

注:Snoop Dogg…カリフォルニア州出身のラッパー。これまで発売した楽曲のセールスは全世界で3500万枚にも上る。俳優としても活動しており、数多くの映画に出演している。

 

高井伸夫の社長フォーラム100講座記念~1講1話・語録100選~

【第13回】役員の退任規定には「社長が推薦し」の一項を入れよ(1994年9月28日)

 

 人事権は社長の特権である。新任役員の選任についても、前項の「神棚意思決定」で指摘したように、他人の意見は聞いてもそれに左右されないことが大切である。最終決定はあくまでも社長が独自に決めたというプロセスを演出することが非常に重要。

 さて、社会も企業も実力主義が色濃く反映するようになったが故に、協調性、連帯感、助け合いが大切だ。企業は組織社会だからである。そこで役員の選任にあたっては、能力だけでなく、ことのほか人間性を尊ぶ心構えが必要である。正確的に偏った人物を選んではならない。実力主義が言われるだけに、能力については多くを語られているが、それだけに人間性、とくに社長との信頼関係が問われなければならない。

 逆に言えば、社長自ら全役員と信任関係に立てるよう努力研鑽することが大切だ。「社長はやり手だが人間的にはイヤ味だ」ではいけない。

 役員の選任にあたって社長の支配力を表現するポイントは、役員に就任するには「社長が推薦し、株主総会にはかり、その議決を得なければならない」という項目を役員規定に明文化すること。「社長が推薦し」は商法の規定にはないが、役員規定として入れる。

 そして新任役員を発表するときは、まず神棚に祈って、次に「中には勇退していただく方もあるが、しかしこれは、わが社の展望を見据えた末の経営責任者としての私の決断であるので、ご了承いただきたい」と前置きして進めることが大切である。

 

 

 

今回より、高井・岡芹法律事務所 上海代表処 顧問・中国律師である沈佳歓先生に、中国の最新諸事情についてご寄稿いただきます。連載は1年間の予定です。

 

「中国の最新諸事情」 

第1回 秦の始皇帝と香港民主化デモ

 

 最近、出版関連の顧客からある漫画を紹介された。中国の歴史を描いた傑作で、是非読んでみて欲しいと言われた。そう、原泰久による日本の漫画作品“キングダム”であった。秦の始皇帝が難局を乗り切っていき、古代中国を統一し、初の帝国を建設する成長物語である。

 実際、読んでみたところ、実に良くできた作品である。しかし、同時になんだか違和感もある。秦の始皇帝といえば、私の世代から見れば、どちらかと言うと暴君・独裁者的なイメージがあり、鮮血にまみれた印象が圧倒的に強かったが、この漫画の中では人間味溢れたリーダーで皆の憧れといった存在となっている。もちろん、漫画だからといって馬鹿にしてはならない。私は史記など文献を調べ、始皇帝が暴君とされる根源を探し出した。

 その発端には“焚书坑儒(ふんしょこうじゅ)”という歴史事件があった。簡単に言えば、天下統一をし、至上の権利を手に入れた始皇帝の周りに、媚びる詐欺師とヤブ医者が群れてきた。当初は看過ごされた詐欺や騙しはどんどんエスカレートし、ついに、始皇帝の逆燐に触れ、彼らは処分され、詐欺に使われた書籍も焼かれたという事件であった。この出来事が後世の悪意が満ちた人達により誇張され、始皇帝が天下全ての書籍を焼く、自分に反対する学者を皆殺しにしたという話にまで歪曲されたのである。そのため、後世に暴君と残虐者のレッテルが貼られることになってしまった。なんという悲しい結末だろうか。

 真実は語られる度に変わっていくものだ。時間が経てば経つほど物事本来の全貌と目的は見失われるだろう。最近、世間を騒がせた香港でのデモ事件も、最初は「逃亡犯条例」の改正案を巡る紛争だったが、そのうち、改正案の延期が決定されたにも関わらず、デモが止むことがなかった。参加する民衆は、今回の「デモ」という行動の本来の意味についてもう一度考え直す必要がある。始皇帝のように“焚书坑儒”の二の舞にならないことを祈るばかりだ。

 

 

第12回 宇宙からの視点が求められるこれからの時代に向けて

 

あすか人事コンサルティング
代表 太田 正孝

 

 令和元年も師走を迎えあっという間に終えようとしています。人は年齢を重ねるにつれ時間の進み方が早くなると言われていますので近年はなおさらそのように感じます。脳に記憶できる総量がかなり少なくなってきているので、記憶の「パラパラ漫画」のコマ数が減り、再生すると早送りになるようです。高井先生はじめ著名人のなかには高齢でも驚異的な記憶力を維持している方がおられるようですが多くの凡人は早送り型になっていきます。

 

 時間のことを考える時、思い浮かぶのはやはりアインシュタインの時間と空間を一体で考える「時空」のことです。それを思いながら晴れた夜空を見上げると無限の星々が瞬いていますが、夫々に異なる時代の姿なので「あの星はもう消滅しているのではないか」と想像したりします。

 

 冬の夜空ではオリオン座がよく見えます。四角い輪郭の左上はベテルギウスというオレンジ色に輝く星ですが地球から640光年余の距離にあります。超々巨大星で太陽の位置に置くと仮定すればベテルギウスの表面は地球を遙かに超えて火星の軌道あたりになる大きさで想像を絶します。近年の観測では既に球体が崩れて宇宙時間でいう近々のうちに爆発(超新星爆発)するといわれています。今見えている姿は約640年前のものですので日本でいえば室町時代になります。もし、ベテルギウスの周辺の惑星に「ベテル人」がいたとして瞬間移動で地球にきたら計算上では足利義満将軍に会えることになります。

 宇宙規模で時空(空間と時間)を考えると普段何気なくすごしている現在という瞬間も厳密にいえば一人一人違っているということに気付きます。思考訓練上では宇宙空間や高高度を飛行している人は地上に比べて時間が早く進んでいるのでその分早く年をとっていると言うわけです。もちろん原子時計でようやく分かるレベルなので人の寿命とは直接関係ないのですが、厳密にいえば時間の進み方は人それぞれで違うということになります。

 

 人は自らの立ち位置を主張しながら日々生活していますが、周りの人達とうまくいかないことが多いのが現実です。その理由として育った時代や環境、生まれもった性格の違いからと言われることも多いのですが、もしかしたら同じ時間・同じ場面を共有してきたとしても見ていた景色が異なっていたからかもしれません。だとすると「時空」を共有できない宿命をもつ人間として人を理解する能力は「自分の視点は一旦脇に置いておいて相手の視点での時間・景色をどの程度想像できるか」で評価できると思います。自分の視点視座から見えるもののみが絶対正しいと信じている人は大げさにいえば宇宙の理にも反していると言えそうです。

 

 かつて部下を預かる立場になったときに心がけたのは彼らと一緒により高い視点を身につけて成長することでした。部下だった頃、尊敬する上司から言われてきたことを真似たわけです。地面にへばりついていないで鳥のように鳥瞰しろ、飛行機から眺めて地平をみろ、人工衛星から国境のない地球をみろ、さらには月から眺めたつもりで星としての地球をみろ、と偉そうに言ってました。私自身宇宙好きだったこともありついつい熱気を帯びて話すので一部のリアクションとして「うちの上司はいつも宇宙がどうのこうのと変なことを長々と説教するので大変・・・」というのが耳に入っていました。話しの中で「UFO(未確認飛行物体)」のことも言っていたので変な人とみられても当然だったのですが、めげることなくこのスタイルを続けてきました。その後もあちこちで自己流に宇宙とUFOのことを話していたので「宇宙とUFO」についての「楽しい講演」を頼まれたこともあります。勿論オカルト的なことではなく科学に基づいて・・・。

 よくUFOと宇宙人はイコールと扱われますが分けて考えないといけません。ただ世界中のUFO目撃例の5%はどうしても合理的な説明がつかないようなので宇宙人の存在は完全否定できないまま残っています。ここに空想を楽しむ余地があるわけです。

 この妙な例ではありましたが世の中の多くの事象が科学的合理的に説明できるものばかりでないにも関わらず、昨今の世相は自明な事柄でも重箱の隅をつつくがごとく攻撃するなど余裕のない窮屈な社会になってきたように思います。IoT、AIの時代だからこそ人間的な柔らかさからくる多様な考え方を相互に認め合うことがより大事になっていると思います。高井先生が常々主張され行動基準とされているように時代のキーワードは「多様性の共有と寛容」しかないと思っています。

 

 ITに関する分野で成功した人の多くは何故か宇宙・航空に関連する事業に夢中です。

 ビルゲイツ、ブランソン、イーロンマスク、ザッカーバーク、ベゾスなどの世界的な有名人、それに日本ではホリエさんなど皆さん民間の力で宇宙開発をやろうとされています。

  職業柄この人達やその協力者・社員達はどのような働き方をしているのかが気になります。おそらく共通の夢を追っているのでしょうから彼らは労働時間を考えるよりも自らの夢の実現のために楽しみながら仕事をしていると思われます。人は自分のやりたいことや何か新しいチャレンジをしたい場面では寝食を忘れて熱中してしまいがちですがこれが楽しい人をも時間で縛るのはどうかと思います。 

 昨今、働き方改革が政治主導で進められていますがその大きな目玉の一つは残業規制のようです。人事コンサルタントとして残業は一律に法で細かく規制をかけるようなものではないように思います。仕事の種類が多岐にわたる現代ではこのような網掛けは当然うまく適合しない職種も多くあるので副作用も無視できないと思います。

 

 ことの本筋は働く人の希望を尊重してその人の意欲と能力に応じた仕事に就け、かつ円滑に移動できるようにする仕組みと定着にあるのは明らかです。高齢者や女性の登用、外国人労働力の拡大など歴史上初経験の事情も加わって新施策も必要になっています。

この有効な考え方として、何度か述べてきたように諏訪康雄法政大名誉教授の「キャリア権」の確立と、それに伴って仕事と人材の需給バランスを調整する人材マーケットの整備が必要です。(真新しいことではなく先進国では普通に行われています)

 

 高井先生はかねてより日本の将来の姿を正確にとらえそれに対応していくための避けて通れない道を示すなかでこの「キャリア権の法制化」に主導的に取り組んでおられます。

 将来のことを具体的に思い浮かべるのは簡単ではないのですが、過去現在という時の流れの「パラパラ漫画」を虚心坦懐に宇宙からの視点で眺めれば将来のために今やるべきことが浮かぶのではないかと思います。過去現在に過度にとらわれていると「思考の時空」は拡がらないことを肝に銘じたいものです。

令和2年は現時点では未来です。現在は直ちに過去になりその過去はもう存在しないのですから、年末は未来に集中してどう過ごしていくか考えたいと思っているところです。

 

 これで12回目、最終回になった私の高井先生のブログ「無用の用」への寄稿は終了です。この機会を与えてくださった高井先生、事務所の方々に感謝申しあげます。また拙い文をご覧くださった皆様には改めて御礼申しあげます。どうもありがとうございました。

終わり

 

「明るい高齢者雇用」

第9回 若年者が圧倒的―シリコンバレー 20年間で急成長―

(「週刊 労働新聞」第2155号・1997年6月2日掲載)

 

 私は、昨年12月20日から2泊4日でシリコンバレーに行った。それは著名なシリコンバレーの実像に触れることが目的であった。アメリカで経済的に最も活発であるというシリコンバレーの様相を見ながら、高齢者の雇用問題の実情を尋ねたかったからである。しかし、そこではそもそも高齢者の姿は見かけられなかった。

 S-MOS SYSTEMSの業務部長である三木和一郎氏にお会いした。三木氏は28年前に気の弱い自分を鍛えるために、2ヵ月分の生活費を持って、米国のマサチューセッツ州ボストンにある大学に留学、渡米した。4年間苦労の連続であったが、無事大学を卒業。その後、学生中にアルバイトや勉学で時間がなく、“見ることのできなかったアメリカを見るため”に米国に留まった。

 最初の10年間、3度転職した。米国企業で働き、特に興味のあったアメリカの底辺で生活をしている人達をより良く知るために、その人達との交流を、時間が許す限りした。

 1983年にカリフォルニア州に移住し、現在はコンピューターのメッカといわれるシリコンバレーで、半導体を販売する日系企業(S-MOS)に勤務している。アメリカ人の奥様と結婚され、シリコンバレーの生誕の地である、スタンフォード大学のある町、パロアルトで家族4人と暮らしている。

 様々なことを勉強されている三木氏から教えられることが多かったが、この度その三木氏に高齢者雇用問題について、以下のご報告を頂いた次第である。ちなみにS-MOSは、セイコーエプソンの子会社である。

 『まず第一に、シリコンバレーでは高齢者が働いているのをあまり見かけません。シリコンバレーは1980年代に脚光を浴び、ここに移ってきた会社、ここからスタートした会社も若いエンジニアが2、3人で始めた会社が多く、会社で仕事に従事しているエンジニアは、やはり、若い年齢層が圧倒的に多いのです。人事部長に聞いてみたところ、わが社では、60歳以上の人は2名(総従業員約250名)しかいないそうです。

 もともと、シリコンバレーは、ほとんどが農園か畑でありましたが、次から次へとビルが建ち、ここ20年くらいで大きな町になりました。シリコンバレーは、私が住んでいるパロアルトという市からサンノゼ市までの小さな平野を指し、狭い地域に何千というハイテクの会社がひしめいています(日本的感覚からすると「散在している」という表現が適切でしょう)。また、ここはアメリカでも1位か2位に物価が高い土地であることも有名です。そのせいか、そもそもあまり高齢者の人達をみかけません。見かけても、中流以上の人か、逆に経済的に困っている人達の2種類の人が多く、いわゆる中流の老人の姿はほとんど見られません。

 例えば私が住んでいる家は、1947年に建てられたものですが、当初8,000ドルから1万3,000ドルで売り出されたこれらの家は、現在40万ドルから50万ドルするそうです。アメリカでは金利が高いため、働いているうちはローンを支払えますが、仕事を辞めますとローンを支払うことができず、家を維持することができなくなってしまいます』。

 

 

 

 

 前々回より、若手中国人の米留学生による米国所感を連載しております。

 

第3回 アメリカの教育

~米国教育の実態~

 

 「日本の教育はアメリカと比べたら」と高々に語られることをしばし見かける。確かに毎年発表される学術論文の数はアメリカの大学が日本のそれをはるかに超えており、ハーバード、スタンフォードといったトップレベルの大学の華やかな話がよく比較対象に出される。しかし、実態は多くの日本人の想像とかけ離れており、教育は現在アメリカが抱える最も大きな問題のひとつである。

 まず、米大学の学費は年々インフレしている。その背景として、国からの支援や公金がニーズに対して圧倒的に足りてないことがある。その上、国内外から生徒を勧誘している多くの米大学はインフラ投資に力を入れていることも要因の一つとして加わる。私が接してきたアメリカの大学生は国際生徒を除くほぼ全員が学費による借金を抱えていた。特に印象的だったのが昼に働き、隙間時間で単位を取りに大学にくる26歳の生徒がいたことだ。表向きにはダイバーシティが学園生活の豊かさにつながることを掲げている米トップ大学は、富裕層しか許容できない額の学費を請求している矛盾を抱えている。

 さらに国外からは盲点になるのがアメリカの高等教育だ。ブッシュ元大統領政権時、2002年からアメリカの公教育に導入されたNo Child Left Behind Act(通称NCLB法)はその名の通り、学力格差が生まれることを防ぐために発案された「どの子も置き去りにしない」ことを主旨にした政策である。NCLB法は共通テストの比重を重くし、生徒がACT (American College Test。米国中部の大学を中心に適性試験として採用)やSAT(Scholastic Assessment Test。米国の各大学で合否基準として広く採用)などの標準テスト*で高得点を取れたか否で学校のパフォーマンスが評価される。その結果、一年間通して学校で学ぶ授業内容が軽視され、生徒は共通テストで点数を取るための勉強をする傾向になってしまった。その為、国家単位で学力は低下し、比重の重い大学入試共通テストなどで不正を働く生徒が一定数いることが一時期問題となった。NCLB法は2015年に撤廃されたが、1世代を影響したこの制度はアメリカ社会に醜い爪痕を残したことで語り継がれるだろう。

*米国の大学進学には、SATかACTのいずれかのテストの点数の提出が義務づけられている。

 

 

 

高井伸夫の社長フォーラム100講座記念~1講1話・語録100選~

【第12回】社員の人事権と神棚意思決定(1994年7月6日)

 

 

 社長の支配力の原点は人事権だ。人事権とは、どんな仕事を担当させるかということ。仕事を割り付ける権利、これを人事権という。その決定権を社長が持っている。

 仕事を割り付けるとは、人間性の発揚にかかわってくる。つまり人事権とは、どの程度人間を人間にするか、人間になるかを規定することである。だから社長は、ゆめゆめ人事権を手放してはいけない。

 「専務、今度の役員昇格候補は誰がいいですか」、「営業の加藤がいいと思います」。「常務、人事担当としての意見を聞かせてください」、「開発にいる佐藤を推薦します」。このやりとりから社長は、加藤と佐藤が候補者であるという社内的な認識があると理解する。

 専務はその瞬間、加藤に対して「君を推薦しておいた。次期役員としてがんばってくれたまえ」と言う。それは励ましよりも自分の勢力を張ろうとする目的があるわけだ。一方、常務は佐藤に向かって「専務は加藤を推したけれども、僕は君こそと言っておいたよ」と言う。

 その結果としてこの人事がそのまま決まると、専務が加藤を決め、常務が佐藤を決めたことになる。社長の人事権は霞んでしまう。

 だから社長としては、意見は聞かなければならないが、どうやって他人の意見の介入を遮断するかが課題となるわけだ。この問題に対して私が編み出した方法が「神棚意思決定法」である。

 まず社長が直筆で書く。「第○期株主総会において新たに役員に迎える者、加藤一郎、佐藤治郎」と書く。その内容を秘して3日間神棚にあげておく。そのことを社内に知らしめる。即ち「役員候補者の名は神棚にあるよ」とリークすることだ。それを3日後にみんなの前で読みあげる。そうすると社長と神様が合議のうえで決めたということになる。これが日本人の感覚に極めてふさわしい社長の支配力確保表現の方法になる。

 ここで大事なのは「書くこと」と「神棚に供える」こと。神棚がなければ金庫に入れる。入れてあることを社内に知らしめておく。社長の人事権犯すべからず。社長が独自に決定したという世界を演出することだ。

 

 

 

 

第11回 生物界での「無用の用」の効用

 

あすか人事コンサルティング
代表 太田 正孝

 

 秋も深まり夜空も透明度を増して宇宙や天文好きの人には良い季節になってきました。

 今年も宇宙に関する話題は豊富でしたが身近なところでは「はやぶさ2」が小惑星リュウグウでのミッションを完遂して地球への帰還の旅についたことでしょうか。来年の今頃はサンプル回収の成功で大きなニュースになっていることでしょう。2020オリンピック・パラリンピックと共に来年の楽しみの一つです。

 

 デジタル技術の急速な発展によって天体の観測技術や探査手段が高度になり宇宙の謎がつぎつぎに解明され特に天体ファンの好奇心を刺激してくれています。太陽系の外から飛来した長さ400mの葉巻型をした不思議な物体(オームアムア、宇宙人の乗り物か?)を詳しく観測できたことなど夢のようです。iPS細胞を駆使して長生きすれれば宇宙人に会えるのでは、といったSF的妄想も少しは現実味を帯びてきています。

 

 「最近の宇宙の話はなに?」と高井先生からお会いするたびに聞いてもらえるのでUFO話をするのですが今いち話が弾んでいかないのが現実です。理路整然さを誇る弁護士先生を相手にその対極?にあるUFOをネタにすること自体に問題がありますが、私の「言いくるめ」能力を磨いて機会があれば再トライしたいと思っています。UFOを含む宇宙がらみの話は最終回で書こうかなと思っていますので今回は前振りとして生き物と時間の関係などを書いてみたいと思います。

 

 映像や音声の世界もデジタル技術の進展で様変わりしました。この技術の応用範囲が広がったことで悪用されるケースも増えてフェイク映像・音声も日常茶飯事に見られるようになりました。普通のTV放送でも真偽の判別がつかないような映像が流されたり、さらには町中にある防犯カメラとAIと合わさることによって誰かを監視しようとすれば簡単にできる気色悪い時代になりました。勿論本来の目的に沿ったテロの抑止や治安維持などに役だっているのは当然で、身近なところでは犯罪現場に残された映像などから直ちに犯人を特定し逮捕できた事例などが挙げられます。

 今後さらに技術が進むとオリジナル映像に手を加えて映像を改変、ねつ造することも容易になってくるので近いうちに「監視カメラが捉えていた」というのもフェイク画像である可能性が出てくるようになることでしょう。究極には過去現在未来という時の流れも一方通行でなくなっていくかもしれません。

 

 先日ケーブルTVの番組で色んな植物が成長するさまを時間短縮の編集をしたもの、「超早回し映像」を見ました。蒔いた種があっという間に芽吹き、動物のように激しく身を振り動きながら成長していく姿、さらには植物が発する独特の声というか音、さまざまな音楽を聴かせると明らかに異なる反応をする様子など、感動的でもありました。

これを見たあと「植物と動物は本質的に同じではないか?」とか「時間とはなんぞや?」など今までの常識が正しいのかと思うと共に生物学に興味がわいてきました。

 

 昔、歌う生物学者として知られていた本間達雄氏の著書「ゾウの時間ネズミの時間」に書かれていたことをその時に思い出しました。

 あらためて本を引っ張りだして調べると「哺乳類は心臓が15億回脈打つと寿命がつきる・・・動物共通の定め・・・激しい鼓動のネズミは早死にし、ゆっくりとした鼓動のゾウは長生きする」というようなことが書かれています。動物の寿命がこのような定めにあるとすれば動物種ごとに時間の進み方が違っているということを意味します。(例えば蚊を両手でたたこうとするとき蚊から見て人間の動作は超スローなので逃げおおせると聞いたことがありますので生物全体に成り立つ話かと思います。)

 

私たち人間が自然に生活できる環境で心臓が15億回脈打つということは40才を過ぎる頃に到達する計算になります。(織田信長の名台詞とされる「人生50年・・」は正解だった?)

 

  現在、清潔な生活環境や医療サービスが得られ長寿国になった日本では新陳代謝がすすまずに高齢化社会となり、人事の世界でも定年は60~65才位に上がりました。アニメで有名な「北斗の拳」のケンシロウの「おまえはもう死んでいる・・・」になぞらえれば40才で寿命が尽きているはずの多くの人が100才に向かって長寿になってきています。勿論これはハッピーなことであるのは言うまでもないのですが、老人福祉や年金など深刻な社会問題が生じているのも事実ですし、特効薬的な施策もなく難儀な道を歩んでいくほかないようです。

 

 また現代の人間は生命体として自然の中で普通に生きるのに必要なエネルギー量の30倍を消費しているという説があります。これは体重4トンのアジアゾウの必要量に匹敵するそうで多くの人が自然寿命を越えて生きるには更に大きなエネルギー負荷が社会にかかることを意味します。この負荷を担うためのエゴイスティックな紛争は残念ながら今後も絶え間なくつづき、将来、宇宙人が姿をあらわすまで人類の宿痾でありつづけることと思います。 

 次にエネルギーの量から効率へと目を転じてみたいと思います。

 一般に大きい動物の方が小さいものより生命維持に使うエネルギーの使用効率は高いそうで「進化はエネルギー効率があがる方向に向かう・・」ために大型化するのが進化ということです。

 これを人間社会に敷衍すれば「人工的な組織も効率アップの方向に進化する」ということを意味するので、企業組織にあてはめると大企業になるほど効率は良くなっている筈です。すべての企業の始まりは小さい企業であり発展の歴史を重ねて進化しつづけるうちにいくつかは大企業へと成長したわけです。小から大への道をたどったということは動物の進化と同じで、大企業と中小企業の社員一人あたりの労働生産性では大企業の方が上回るのが自然ということを意味します。実際に双方を比べてみると大企業では何を担当しているか不明でヒマそうな人がかなり多く見受けられますが社員数の多さの中で吸収され全体としての人員効率が高いのが普通です。

 外資系会社は大胆なリストラをすることがありますが日本の会社ではまだ一般的ではありません。なぜでしょうか。日本では解雇にいたる厳しい制約要件があること、家族的な経営スタイルから解雇が抑制されるなど、よく指摘されますがそれだけでしょうか。私が考える答えは高井先生のこのブログタイトルにある「無用の用」、まさにそれだと思っています。蟻の例でいえば一つの巣にいる蟻の二割が「サボリー蟻」、よく働く蟻だけを集めて巣をつくっても直ぐに二割が「サボリー蟻」になるという面白い観察報告があります。企業社会でも二割の「サボリー蟻」を養えるほど大きくなって「大きいことは良いことだ」と言えるよう進化していきたいものです。

終わり

 

「明るい高齢者雇用」

第8回 資産の目減り防げ―社会保障崩壊は目前―

(「週刊 労働新聞」第2154号・1997年5月26日掲載)

※当時の掲載文に一部加筆補正をしております。

 

  Q、高齢者雇用にやりがいのある仕事という概念はありますか。(前回から続く)

  A、やりがいのある仕事というのは、実際は主観の問題です。日本と違い外見を気にしない国なので、道路の掃除でもその人がよいと思っていれば、やりがいのある仕事ではないでしょうか。責任を持たせてもらえるかどうかの問題で、やりがいのある、ない、が決まるのでしたら、その考え方の基本はこちらにはないと言えましょう。本来、歳を取り、経験がある人だと責任のある、またはやりがいのある仕事を持ちたがるのが日本人だとすれば、こちらの人は、「今まで責任のある職に就いて仕事をしてきたのだから、そろそろ勘弁してくれよ」の方ではないでしょうか。

 

 個人の確立が日本より進んでいることの現れなのであろうか。企業のアウトプレースメント事情に詳しい専門家によれば、個人の確立が未熟な中高年は特に大企業に多いという。自分がいざアウトプレースメントの対象となっても、とかく大手企業にいたことを過大評価しがちである。数十年ぶりに面接される立場であるのに本人の意識が切り替わっておらず、面接時にもらった名刺をクルクル回したり、ふん反り返る等、いまだに自分が判定する側のつもりでいるという、笑えない話すらある。

 

  Q、高齢者は子供との関係をどう考えているのでしょうか。

  A、極端な例で、ある人と話をしていた時にこういうことを言いました。「株の配当と年金とで月々約6,000ドル収入があるし、死んだら遺産として子供たちに何百万ドルと行くはずだから、その遺産を目当てに、子供達も自分の世話をしっかり見てくれるだろうよ。遺言なんていつでも変えられるからね。この自分の財産が、自分が子供達に如何に良くされるかの保険だよ」と。

 

 平成6年厚生省発表の「国民生活基礎調査」によると、高齢者世帯の平均家計支出額は月18.2万(平成6年5月中の家計上の支出金額)に対し年間所得は332.2万円なので、今の高齢者はまだそこそこ余裕がある。しかし団塊の世代については、従来国が面倒をみてきた社会保障制度の諸々が維持継続できる数ではなく、制度そのものが一変してしまう。既に始まった年金支給開始年齢の引き上げはその確かな前兆であり、いわば“これから何が起こってもおかしくない”と思っていた方がいいような状況である。「恒産なくして恒心なし」という言葉があるが、高齢者が資産を目減りさせないという意味において収入の場を獲得することは、恒産・更新にも通じることである。アメリカは日本よりも多少ましではあるが、まだ低金利が続いている。従って引退した人達は株に投資してより有利な利回りを稼いでいるし、ベビーブーマーたちも引退後のことを考えて株やミューチュアルファンド(オープンエンド型投資信託〔請求により随時解約ができるファンド]のこと)に投資している。アメリカの株が毎日史上最高値を更新しているのはこのためと言われている。

 

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