高井伸夫の社長フォーラム100講座記念~1講1話・語録100選~

【第28回】「人材含み損」清算の時代(1996年5月22日)

 

 経営改革の課題はムダを省くことにあるが、ムダの最たるものは能力のない人間を使っていること。ここに「人材含み損清算」の本質がある。ムダをムダと認めなければならない。

 全社員を対象に、ムダかムダでないかを○△×で印をつけてみればいい。○が3割あったら優秀な会社である。×を継続的に入れ替えていくことによって会社は活性化する。

 例えば、給料50万円の課長。この人が50万円の働きをしているかどうかを点検しなければならない。そのときの尺度は、給料の3.5倍の粗利益をあげているかどうかをみること。50万円の給料をもらうためには粗利で毎月175万円稼がなければツーペイにならない。その基準に達しない人は含み損社員として、社長や人事部長だけでなく全員が認識することだ。

 これからは、個人ごとに適切かどうかを点検する必要がある。時間が給料を決定する時代は去った。彼が「どれだけ成果を出したか」によって決定する時代だ。

 例えば、早足で歩く。社長だけでなく全員が早足で歩く。それが実力主義賃金とか成果主義を旨とする人事制度である。時間の経過で給料がもらえた時代から、早足でどれだけの距離を歩いたか、を測定するシステムである。

 定期昇給制度はやめた方がいい。やるなら定期昇給制度と定期降給制度と抱き合わせでやる。昇進制度も昇進だけではなく降格制度も取り入れる。

 明日、会社に帰ったら管理職を集めて「これからは人材含み損清算の時代になった、と昨日聞いてきた。うちの会社でワースト10の役職者を挙げろ、部下を挙げろ、紙に書いて提出せよ」と言えばいい。そうすればたちまち活性化する。

 

「明るい高齢者雇用」

第24回 雇用阻害要因:定年後へ準備を―翌日から働く気概で― 

(「週刊 労働新聞」第2170号・1997年9月29日掲載)

 

 高齢者雇用を阻害する3つ目の要因は高齢者自身の問題である。

 (イ)60歳が近づいても世の中を甘く見ている。定年後のバラ色の幻想に取りつかれた結果は、定年前の「亭主元気で留守が良い」が、定年後は「亭主元気で留守番が良い」になってしまう。一年間遊んで、改めて再就職しようとしても、もはや再就職は不可能という状況になっている。定年に達したら、その翌日も働くといった気構えがないと、とても職を得られないのが実情である。言うなれば、高齢者自身に定年後に対する心の準備が全くないといってよい。そして、日に日に退職金が目減りしていき、不安が高じてくるという状況に陥り、まさにバラ色転じて灰色の人生となってしまうのである。定年に達したから一時楽させて頂きたいといった気分でいる者は、明るい高齢者雇用に巡り合うことはないのである。

 (ロ)人生設計における計画性の欠如が高齢者自身の大きな課題である。すなわち定年前に計画的な対応をする姿勢に欠けているのである。定年後も企業社会で必要とされる人間たるべく努力しなければならないにもかかわらず、健康保持・リフレッシュ・能力開発・自己啓発に努めず、専ら企業に委ねる態度で、会社が何とかしてくれるだろうという気持ちに浸っているのである。

 これは、企業側にも責任がある。在職中から定年後の対策に精出しするのを軽蔑する、定年までに燃焼しきらないと忠誠心が薄いと見るような、いわば「命の切り売り」を強いている。だから、定年後のことを念頭に置かずに定年まで必死に頑張ることになってしまう。定年後の失業状態をどうやって克服するかについて問題意識を持たないまま職業生活を終えるということになってしまうのである。

 (ハ)高齢者は人間関係でも問題が多い。どうしても“威張る”人が多い。過去の権威と栄光にしがみつき、とかく若い者に向かって「お前らは~」という発言をしがちで、職場では、「あの人がいると暗くなる」といった状況を作りがちなのである。だから定年前の研修では、“人間関係研修”こそが一番必要とされる。愛されて、皆様の役に立たせて頂くという実力のある、謙虚な高齢者になることが、高齢となって市民権を得るのに何より必要である。謙虚さを欠き、横柄で皆から嫌われる存在となってしまっては、明るい高齢者雇用がありうるはずがない。

 (ニ)また高齢者は、とかく過去にとらわれて、激変する企業社会の中で遅れをとる。パソコンしかりであるが、そもそもセンスがないということになる。時代はどんどん変わっている。即ち足腰の農業の時代から手先の工業の時代に、そして口先の商業・サービス業の時代に移り、頭脳労働・ソフト産業の時代を今迎えようとしている。さらに“心の時代”即ち“良心・自立心・連帯心・向上心”といったものが要求される時代となっているのに、高齢者は、とかくこの心を失った存在となりがちである。

 古いセンスで、すなわち工業化社会あるいは公務員等の古い人間としてとどまっていたのでは、時代遅れの存在として粗大ゴミ扱いされてもやむをえない。

 

高井伸夫の社長フォーラム100講座記念~1講1話・語録100選~

【第27回】1回の訪問機会を最大限に活かす(1996年3月22日)

 

 私は1日に10本前後の手紙やFAXやメールを出す。書くのは大変だからテープに吹き込む。それを秘書が文章にして送っている。

 内容は、まずはアポイントをいただいたお礼状。2日ほど前になると「予めご検討いただければ幸いです」と、訪問するにあたってのお願いを出す。そして訪問した後のお礼状。

 1回の訪問を多重的に使う。これは人間関係を密にする最もいい方法だ。15分間の面談の前後も手をかえ、品をかえて意思疎通をはかる。そのとき、自分が相手に求めることはなるだけ少なく、できたら1つだけにしておく。情は人のためならず。結局は全部自分に返ってくる。

 営業マン教育では「営業は偶然と奇跡の連続」ではあるが、「そうではない」と教えなければ「偶然を必然にする」とか「奇跡を平常にする」ことはできない。運を否定しなければならない。チャンスは自分でつくるという思想で教育しなければならない。

 そしてチャンスを活かすためには、いつも工夫しなければならない。

 私は、2回目の訪問で状況の進展がみられないと感じたら、3回目から別の方法を考える。セールスに100回通って注文をとったという成功談があるが、それは人的資源とヒマが充分にあった過去の話。いまはそれを実践してはいけない。反復行動が成功する確率は、行動を重ねるたびに小さくなっていく。3回目は別のやり方を工夫しないと成功率はしぼむ。

 営業で初めてのお客様となった相手先には、社長は必ず訪問すること。これが営業の秘訣。初めてのお客様は、見込客がお客様になった歴史的瞬間である。営業部長と一緒に社長も行く。そしてこれは先方の社長、担当部長に会える絶好の機会でもある。営業安定の秘訣だ。そして訪問後は必ず礼状を出す。

 

「明るい高齢者雇用」

第23回 雇用阻害要因:若返りが活性化か―労組も“自己保身”― 

(「週刊 労働新聞」第2169号・1997年9月22日掲載)

 

 企業側の姿勢にある障害に次いで、高齢者雇用を阻害する2つ目の要因は労働組合・社員自体のエゴである。制度上の問題以上に大きい障害となりかねないが、組合内部や社員の意識の問題かもしれない。

 (イ)“高齢者を抱える・養う”という感覚自体が高齢者雇用を阻害していることは言うまでもない。要するに、若年者が「自分の負担になる」ということで60歳以下の者の排除をサポートしようとする。労働組合・社員も活用に消極的なのである。

 (ロ)また昇進人事関係面での排除賛成論が根強い。人事ローテーションを図るためには、高齢者は不要である、むしろ障害になるという考えである。若返りこそが活性化であるという信仰は、社員にも根強い。それに労働組合も呼応している。そのことは、団塊の世代自体が、明るい職場には若返りが良いと考え、明日はわが身であることを忘れているということでもある。

 自らのエゴを若返りとスリム化の建前論で正当化する50歳前後の団塊の世代の諸君はあと10年もすればわが身に定年が降りかかってくるのであるが、その時になれば今度は65歳以上の高齢化率が20%を超えることになった現実を声高に唱えて継続雇用の主張を始めるというのであろうか。高齢者雇用はすぐにはできない、時間がかかるのであるから、その時になって始めろといわれても、団塊の世代の諸君には間に合わないことになるのである。

 (ハ)実力主義・成果主義と声ばかりは高いが、内実集団主義の美名の下で年功処遇が横行しているところが多い。その結果、働きのない者がいてもそれなりの人事労務管理上の処置をすることなくのさばらせながら、真に排除すべき者を放置しておき、定年制という無難なスクリーンに委ねて、安易な方法によって排除しようとする。つまり、定年制という便利な伝家の宝刀に任せてそれを持つということである。組合もこのやり方を良しとしているようである。定年で退職させられるのでは組合としても文句は言えぬが、定年前ではどんなに能力のない者でも守らざるを得ない。

 また、継続雇用を組合が要求しても見返りにベアを低く抑えられたりするし、継続雇用の低賃金労働者を抱え込むことで組合としては余り得策ではないと考える向きもあるのではなかろうか。パート労働者の取り扱いについてパート労働者を組合内部に吸収することは得策ではないとする議論が組合内部にあると聞くが、高齢者の問題も組合にとってはこれと軌を一にする問題のようである。すなわち組合は、継続雇用で低賃金労働者を容認することは絶対に出来ないとして高齢者の労働条件の高値安定を要求する。そのことが継続雇用を困難にしても、低賃金労働者や条件劣悪者を抱え込むことで自らの運動の足を引張られることにならず済む方が良いとでも考えているのであろうか。

 能力・体力・やる気に大きな差の出る高齢者の賃金を画一的に高値安定させようという要求は不可能を承知で言っているとしか思えない。ここにも総論賛成・各論反対の世界がある。

 

高井伸夫の社長フォーラム100講座記念~1講1話・語録100選~

【第26回】残心の世界を演出する(1996年2月23日)

 

 コミュニケーションこそ人間関係の基礎だが、私はそこに「残心(ざんしん)」を重要視する。

 「昨日は思いもかけず歓待していただき、たいへん嬉しゅうございました。あまつさえ、その後わずかな時間でありましたがカラオケで共に歌をうたったことが思い出に残ります。こんな機会をまた秋にでも、というありがたいお言葉をいただき、私も心待ちにしております。」とお礼のFAXを出す。

 「ご丁重なお便りをいただきありがとうございました。この秋を楽しみにしております」と返事が来る。

 その返事にまた返事を出す。

 「さっそく私のFAXにお答えいただきありがとうございました。あの時は申し遅れましたが、心ばかりの品を送らせていただきました。ご家族皆さまで召し上がっていただければ幸いでございます」。

 残心の世界である。残心とは、想いを連ねていくこと。営業は、心をつなぐこと、縁をつなぐことで結実していく。

 もちろん必ず書面で出す。電話では残心にならない。

 

「明るい高齢者雇用」

第22回 雇用阻害要因:全員退職でスッキリ―賃金制度も未整備― 

(「週刊 労働新聞」第2168号・1997年9月8日掲載)

 

 前回は、高齢者雇用における企業の姿勢にある障害について言及した。排除先行の論理、企業のエゴが蔓延し、多様な人事管理制度が検討されていない状況をまず指摘したが、そこに共通するのは、育成や活用といった視点を全く欠いているという点である。

 (ハ)に挙げた複数処遇のメニュー未整備ということでは、査定制度もその例に漏れない。高齢者向けの査定制度が確立されていないのである。例えば体力すなわちリフレッシュ度、やる気、意欲・自己啓発度といったものを査定項目に導入することが望まれるが、それを実施しようとしない。

 賃金制度も単一給管理で、いわゆる若年者・中年者の賃金の6割とか8割といったような単一基準で運用しようとしている。高齢者向けの賃金制度を工夫しないのである。

 身分・資格は専ら嘱託一本ということで、バラエティーに富む高齢者に相応しい対応をしていない。これはまた、育成とか活用とかという思想が希薄であることを物語っている。

 (ニ)そして職場と能力面からの高齢者対策を確立しない。積極面では、高齢者向けの職務の開発あるいは高齢者に時代に即応する新しい能力を身に付けさせるための能力開発といったものが要求されるし、また高齢化に対する支援策としては、職場改善・教育訓練が必要であるが、このような対策を検討して実施しようという意欲が、多くの企業において欠けるといって良い。一部高齢者雇用の先進的企業においては、この問題について極めて熱心であって、力仕事はできるだけ機械に任せ、ムリ、ムダ、ムラを排し、だれでもが楽に働ける職場への転換を図り、能力面では中高年層の活性化を図る能力開発プランを実行したりして、成功している。

 (ホ)高齢者の保有する知識・経験・ノウハウに対する軽視といったことも甚だしい。専ら新技術のキャッチアップのみが先行し、創造力優先で、知識・経験・ノウハウを軽視するといった傾向が極めて強い。現実には、企業は新技術・情報だけでその盛衰が決せられるのではなく、企業の販売組織・技術・財務、さらには人間関係の総合力によってはじめて、その優位性を保てるのであるが、とかく新技術・情報だけに走りがちなのである。

 (へ)かくして企業において高齢者について、排除の論理のみがまかり通り、育成・活用の論理がないことになるが、実は「手間がかかる・リスクがある」といった障害のほかに、高齢者活用は、社内的に評価されないという状況が根本的にあると言って良い。実例としてこれまで定年後散発的に再雇用をしてきた会社で、今後は一律に再雇用を行わないことにしたことが、むしろ社内的に評価を受けているという話を聞いたことがある。会社が必要とする人材を見限ってでも、無能な定年到達者が労働組合をバックに居残ることがないよう全員定年で退職してもらうのがリストラ面ではすっきりするということなのである。

 企業において高齢者対策をなおざりにすることは、一面において企業の技能レベルの低下、企業の体力の脆弱化にもつながる。それは人間の味がまさに成熟しようとしている時にそれを捨て去ることを意味するからである。

 

高井伸夫の社長フォーラム100講座記念~1講1話・語録100選~

【第25回】幹部の降格人事では何らかの選択的提示をすること(1996年2月2日)

 

 降格人事のとき、役員・従業員は、敗北の恐怖心が死の恐怖心を超えることがある。向上心が萎えるとき、向上心が抑圧されたとき、人間である意味を失う。これが自殺に奔る理由の1つとなる。

 それを避ける方法は、何らかの選択肢を提示する「選択的降格」をとること。「君はわが社の社員として不適だから、部長付参事として働くか、子会社の○○として働くか、決めてほしい」と、選択的提示をする。それによって彼は自分で選んだという状況ができる。そこから自分で活路を拓こうとする。選択の余地のないやり方はできるだけ避ける。

 そして「3日以内に君の気持ちを伝えてほしい」と、タイムリミットを決める。形だけでも了承したというプロセスをとらないと、破局的な降格になってしまう。

 降格人事は、つらいけれどもトップが本人に伝達すること。そのときの切り出し方は「残念だが」という言葉で始める。そして最後に温かい言葉の配慮が必要だ。人事部長が行うと、とかくぶっきらぼうになる。

 もうひとつ、トップが話す前に何気なく、さりげなく、前ぶれを出しておくこと。ある日突然はダメ。

 風土刷新が必要な場合は、まず役員に過去の様々な失態について責任追及をする。これが懲戒解任。降格の極致。これが一番難しい。

 「いろいろあったが、君は退任慰労金なしで辞めてもらわざるを得ないが、君が望めば私なりに今後のことはできるだけのことはしたい。私だけでなく会長も君のことを心配している。社長の私に相談するか会長に相談するか、どちらでもいいから、私にこだわらずに君の気持ちで選べばいい」。このように付け加える配慮がないといけない。

 何でもいい、選択の余地を残して救ってくれる人がいる、という世界を構築していく。そして、打ち明けることができる状況づくりも必要だ。カウンセラーや精神科医を顧問にして、匿名でも相談できるようにする方法もある。これが現実的な解決法である。

 

 

第12回  『一流の人は小さな「ご縁」を大切にしている』

 

(前)株式会社かんき出版 社長
コトづくり研究会 代表
境 健一郎

 

 本書は高井伸夫先生が傘寿を迎えられたときに、自分を支えてくれた「縁にまつわる智恵」についてまとめられ、かんき出版から出された書籍です。

 

 「縁」を深く掘り下げ、出会った縁を広げ、深め、そして長く続けていくための心づかいや、そのためのシステム作り、さらには悪い縁を見極めていく方法などについて書かれています。

 

 先生は、自らの体験から、

 「人間には宿命と運命がある。宿命は変えることはできないが、運命を変えることは可能。その運命を変えるものは、縁を活かす力」

 と強調されています。

 

 高井先生にお会いすると、思い出す人がいます。

 

 約40年くらい前にお会いした、東北大学学長退任後、4代目の癌研付属病院院長となり名医といわれた黒川利雄先生です。黒川先生は患者さんに接する前には、必ず白衣のポケットに入れたホッカイロで手を温めてから、微笑みながら頷きながら、脈を計られるのです。

 

 その理由を聞いたところ、次のように答えられました。

 「病院の廊下で順番を待っている患者さんの心理は、ガンに対する恐怖心で不安なはず。そういうときに、冷たい手で患者さんに触れると、それだけで〝ひやっと”される。それをいくらかでも和らげてあげたい。それだけでも心が少し落ち着くはず。そして安心と勇気が与えられればと、願っています」と。

 相手を思いやる心が、多くの患者さんに「黒川先生とつながっている」と安心させ、信頼されていたのでしょう。

 

 相手から相談を受けることを仕事とされている高井先生も同じように、いつも泰然自若たいぜんじじゃくとして、笑顔を大切にされています。

 先生は仏教用語の『和顔施わがんせ』(笑顔を人に施すことで、自他ともに功徳くどくを得ることができる)の教えを自分に言い聞かせているそうです。

 

 そして、お会いした人には、「何かお役に立つことはないか」「誰か紹介できないか」といつも思いをめぐらしながら、会話や会食をされている姿が浮かびます。

 

 

 本書の、ほんの一部を紹介します。

 著者の「小さな縁をも大切にする」考え方や体験を参考にしていただければと思います。

 

 

  • 縁づくりは初対面で決まる

 

 「縁づくりがしやすいのは、お互いが『縁をつくりたい』と意識しているときです。なかでも初対面のときは、絶好のタイミングと言えます。なぜならお互いに、相手のことを知りたいと思う気持ちが非常に強いからです。それだけ『縁の種』を蒔く土壌が整っているのです。

 

 そのために一番大事なのは、会う前に『どんな人かな』とワクワクする気持ちを自ら高めて、笑顔で、つまりマインドセットをして接することです。

 そうすれば自分が発する〝あなたを好きになりたいオーラ”が出て、相手が発する〝あなたのことを好きではありませんオーラ“をうまく消すことも可能です。

 

 このように誰かと縁を結ぶ絶好のタイミングは、初対面のときであること。そして縁が確定するのは、その出会いが二度目へとつながったときであることを覚えておいてください」

 

 

  • 「縁に気づく感性」を高める

 

 「徳川将軍家の剣術指南役に留まらず、幕閣として大きな影響力を持っていた柳生家に次のような家訓があると言われています。

 

 『小才は縁に出合って縁に気づかず、

  中才は縁に出合って縁を活かさず、

  大才はそでり合う縁をも活かす』

 

 あなたは、どれに当てはまると思いますか?

 そこで、縁に気づく感性を高めるポイントをあげます。

 

ポイント① 感謝グセを身につける

人間は一人では生きられません。さまざまな人やモノに助けられて、この世に生かされています。そのことに感謝する気持ちがあれば、自ずと『縁に気づく感性』が磨かれます。縁という偶然を必然に変えるには、感謝の気持ちが欠かせません。

 

ポイント②  好奇心をもって行動する

『知りたい』『やってみたい』ことが増えれば増えるほど、情報アンテナの感度が鋭敏になります。情報・知識というものは、好奇心のある人のところに集まってくるもの。それによって、縁を自然と引き寄せることができ、自分自身の人間としての幅が大きくなっていきます。

 

ポイント③ 自分自身の強みや魅力をよく知る

せっかく縁ができても、相手に『また会いたいな』と思ってもらえる何かがないと、付き合いを積み重ねていくことができません。どんな小さなことでもいい。今までに周囲から褒められたり、感謝されたりしたことを思い出してみてください。その褒め言葉はそのまま自分の強みであり、魅力なのです。自信をもってアピールしましょう。

 

ポイント④ 相手を知る

『相手が何に関心を持っているのか』『何を認めてもらうと嬉しいのか』を知ったうえで、自分は相手に何を提供できるのか、どうすれば喜んでもらえるのかを考える必要があります。老子の言葉に『人を知るものは智なり、自ら知るものは明なり』があり、縁につながる言葉です。

他人のことを理解できる人は智恵の優れた人だけれど、それ以上に素晴らしいのは、自分自身のことをよく知っている人である、という意味。ポイント③と④をセットでとらえてください。

 

ポイント⑤ 自然をよく観察する

人間は自然の一部です。縁もまた作為的ではなく、自然に、偶発的に生じるもの。ですから自然との関わり合いのなかで、その変化をしっかり観察していると、ひょいと顔を出す縁に気づけるようになります。たとえば強風で大きな木がポキッと折れるのに、竹はしなやかに持ちこたえる。その観察のなかで、「本当の強さ」を感じたら、「無言の教え」との出会いになります。これは日本人の得意なことです。誰かと会ったり、手紙を出したりするとき、時候の挨拶から入ることが多い。自然を観察して、コミュニケーションに活かす術が身についているのです」

 

 

  • 「会えて良かった」と思ってもらう3つの力

 

 「1つ目は、相手にとって参考になる意見や考え方を述べる力。

 相手が興味を持ってくれそうな話をする。そのためには、できれば相手のことを事前にできるだけ調べておきたいもの。 

 

 2つ目は、相手がしてほしいことを察する力。

                                        

 相手が困っていることなどを上手にすくいあげて、何らかの力になること。自分の力でできることがあれば提案してみる。もし自分が直接力になれない場合でも、『その件なら、力になれそうな人を知っています』という形で、誰かを紹介する方法があります。

 

 3つ目は、相手と交わした会話について、お互いが今後どう行動していくか、その見通しを明確に伝える力。

 ここをうやむや・・・・にしたまま終わると、相手に『会えて良かった』と思ってもらえません。そのときの会話を受けて、自分はいつごろ、どのように行動するのか、具体的に示す必要があります。

 

 とくに気をつけなくてはいけないのは、『今度』というあいまいな言葉。『今度』は当てにできないと思われるだけ。いつ行動するかを明確にしておくだけで、あなたへの信頼度は違ってきます」

 

 

  • 「淡交」が「縁」をつなぐ

 

 「縁に恵まれている人と、縁に薄い人との違いは、人に関する関心の度合いだと言えます。

 ただし、関心が強ければ強いほどいい、というわけではありません。しかも、自分の利益のために利用しようという下心があれば、なおさら人は離れていきます。

 

 何事もそうですが、人に対する関心も『ほどほど』が良いのです。

 その程度を抑えるために重要なのが、『淡』の精神を持つことです。

 

 荘子そうじはこう言っています。

 『君子くんしまじわりあわくして水のごとく、小人しょうにんの交わりは甘きことれいの若し』

―優れた人の付き合いは水のように淡白なので、交際が長続きする。小人物の付き合いは甘酒のようにベタベタしていて、利害関係がなくなると、やがて途絶えてしまう。

 

 良い縁をつないでいくための基本は『淡交』。

 いちばん大事なのは、相手に対して『爽やかで、ひとかどの人物である』という印象を持ってもらうことなのです」

 

 

  • 「縁」の修復には、「陰褒め」が効く

 

 「縁というものは、ちょっとしたことで簡単に切れてしまうもの。交流を続けたいなら、修復に努めなければなりません。いちばんいいのは、『陰褒め』という手法です。

 

 文字通り、本人に直接ではなく、本人と親しい人に間接的に褒め言葉を言うのです。自分への褒め言葉が第三者から伝わると、その信憑性がより高まります。単なるお世辞や社交辞令ではなく、本心から自分を褒めてくれたと感じるのです。

 

 しかも褒め言葉には、『相手にも、褒め言葉のお返しをしようという気持ちを起こさせる』という性質があります。こうして〝褒め言葉の連鎖“が起こると、二人の関係は間違いなく修復されます」

 

 

  • 相手の立場で態度を変えない

 

 「相手が自分より年下だとか、地位が低い、能力が劣る、弱い立場にある、とわかると、たちまち見下すように横柄にふるまう人が少なくありません。

 相手がどういう人物であれ、人と接するときは、礼節を尽くすという軸を持つことを心してください。

 

 そのために私が日頃心がけているのは、できるだけ『命令形で話さない』ということです。

 『私はこう思うけど、どうですか?』『こう考えてはどうでしょうか』というふうに、問いかけの形で発言するのが一番です。

 

 相手に自分で決めたように思ってもらう言い方をすれば、成果が上がってくるのです」

 

 

  • 「縁」を大切にする人は、お墓参りを欠かさない

 

 「あなたは親族や友人、知人のお墓参りをしていますか?

 この世で交流した人との縁は、亡くなっても、輪廻りんね転生てんしょう、生まれ変わって、また来世で出会いたい。縁というものは時空を超えて続くもので、どちらかの死をもって切れるわけではないと思っています。

 

 お墓参りをする人たちは、『いまは亡き先祖や肉親たち、または特にお世話になった先輩たちに、恥をかかせたくない』という気持ちが強いので、正しく生きようと努めている人が多いように思えます。

 だから、私はお墓参りを大切にする人を信じます」

 

 

  • 「縁」は回すと、どんどん大きくなる

 

 「『縁の総量』というものを意識したことがあるでしょうか。

 

 福沢諭吉は『学問のすゝめ』のなかで、こんなことを言っています。

 『人と交わらんとするにはただに旧友を忘れざるのみならず、兼ねてまた親友を求めざるべからず』

―古くからの親友を大事にしながらも、新しい友を求めなさい―というのです。   

 

 縁というのはお金と同じで天下の周りもの。貯め込んでいるより、どんどん使った方が世の中に回っていきます。ですから、せっかくの縁を自分一人でため込んではダメ。ほかの人にも〝縁のお裾分すそわけ”をしながら、縁の総量をどんどん増やして、ぐるぐると回していくと、ダイナミックな縁のネットワークをつくることができるのです」

 

 

  • 頂いた名刺を活かす管理法

 

 「名刺は縁の証です。それなのに名刺をおろそかに扱っている人が多いような気がします。

 

 私は名刺の管理を月2回くらいのペースでします。その間にいただいた名刺をボックスから取り出し、名刺交換時に記入しておいた『お会いした年月日』『個人名』『会社名』『所在地』の4つをデータ化します。名刺の裏に書かれている情報(紹介者、同伴者、お会いした場所)があればそれも一緒に保存。

 

 その後、名刺を『引き続き交流を続けたい人』と『もう接触する機会がほとんどない人』と、2つに分けます。

 その2種類に分ける観点は、『自分自身の人格形成や仕事にプラスになるかどうか』ということです。人格的に優れているとか、豊富な知識や経験・情報、幅広い人脈を持っているなど、自分を刺激してくれるものをお持ちの方ならいいのです。

 

 そうして親しくなりたいと思った人には、今後も交流を続けていけるように、積極的に働きかけます。たとえば『事務所報』を送ったり、メールマガジンを発信したり、講演会にお招きしたり……。一度の出会いを継続する縁につなげる方途ほうとさぐることに余念がありません。

 

 ほとんど覚えていることですが、『この人は誰のご縁で知り合ったのかなぁ』と気になったときは、まず『個人名』から検索します。名刺交換した年月から、スケジュール表をたどって、紹介者や同伴者、出会った場所などがわかることが多いのです。そのとき改めて当時の状況や、紹介してくれた人の顔を思い出して感謝します。

 

 また地方へ出張する場合、その地域で縁のある人の名簿を見ながら、『せっかくだから、ついでに久しぶりにお会いしに行こう』と欲張りな計画を調整して〝ついで訪問“することもあります。

 

 いずれにせよ、名刺はきちんと管理し、記憶しておいてこそ、縁をつないで人脈を形成していくうえで意味のあるツールになるのです」

 

「明るい高齢者雇用」

第21回 雇用阻害要因:排除の論理が先行―低い大企業の意識― 

(「週刊 労働新聞」第2167号・1997年9月1日掲載)

 

 高齢者雇用において企業の姿勢にある障害とは、(イ)社会的責任論が通らない、即ち企業エゴが蔓延していることが根本である。高齢者を雇用することには、総論は賛成だが、各論になると競争力を減退させるとして「わが社はそれを回避せざるを得ない」と言って反対する。企業にそれを強く勧めれば、法律による強制を求める。すなわち全ての企業が同時に同一の舞台に上がらなければならない。わが社だけ先行実施することになれば、競争上不利益を蒙ることになる。この様なことを罰則もないのに採り入れるなど経営の任にあるものとしては到底考えられないという。だから、あえて言えば、罰則のない状況では、高齢者雇用問題には企業としてはメスを入れられないということになる。

(ロ)また、企業はリストラを進めている、すなわちスリム化を進めているが、大企業においては、高齢者を排除する論理が先行し切っている。つまり高齢者を“育成”“活用する”という意識を全く欠くのである。若年者のみで企業を構成することが、すなわち活性化であるという信仰すら抱いているといってよい。

“生産性は一人当たりで”という論理を進めるのみで、“高齢者を低賃金で雇用して”という人件費効率の考え方が稀薄である。高齢者については、在職老齢年金・雇用継続給付・社会保険料・源泉所得税を総合的に考えなければ、人件費の生産性は出てこない。

仮に60歳到達時の賃金額が月額50万円の人を定年後月額45万円で再雇用すれば、社会保険料などの負担を入れて考えれば、実質会社負担は年に614万円で本人の取得年額は446万円となる。企業負担は本人の能力・退職を考えれば614万円は厳しいかもしれないが、それでは本人の賃金を月額28万円にした時の社会保険料等を入れた実質会社負担額は382万円となり、これなら何とか負担できるということになるのかも知れない。この時の在職老齢年金・雇用継続給付を含めた本人の取得額年額は448万円となり、月額50万円の時の手取り446万円を上回るのである。

以上の試算は社会保険労務士白沢辰夫氏(ビジネスガイド445号[1995/10/10 )によるものであるが、効果的に国の制度を活用すれば、企業負担も少なく、従って人件費生産性を上げながらかつ本人手取り額も相当額を確保し得る途があることを示している。

(ハ)さらに、高齢者についての人事管理が手抜きの状態にあるといって良い。高齢者雇用は中小企業にも、多くが期待されるが、そこでは現実問題として、細かい処遇管理のノウハウを得ようとしない。即ち企業ニーズと高齢者ニーズのマッチングを行って処遇管理を行うという柔軟な発想で、複数処遇のメニューを用意して高齢者を雇用し管理していくという発想が稀薄である

複数処遇のメニューの例としてはA 社員同様、B 28時間/週、C 22時間/週――の3タイプや、フルタイム、パートタイムの2形態制あるいは半日、隔日、フル3形態など色々工夫されて来ているが、まだまだ一般化する状況にない。

 

高井伸夫の社長フォーラム100講座記念~1講1話・語録100選~

【第24回】仕事は喜びであることを教えよ(1995年11月22日)

 

 私は30年ほど前に、労働組合との対応において、「従業員に対して仕事は喜びであることを教育していかなければならない」と主張した。これは私のセミナーの基調のひとつである。

 人間であることの証明は、まさに足腰を動かすこと、手を動かすこと、口先を動かすこと、頭を働かせること、つまり労働することにこそある。このように人間にとって根源的な労働が苦痛であるはずがない。言い換えれば、労働することは人間であることの証明である。

 その労働が苦痛であるとされる所以は、それが義務であること、拘束されているものであるが故だ。

 だから労務管理の基本は、統一した労働、組織ある労働、目標ある労働を、いかに義務感や拘束感を排除して実現するかにあり、その具体的実践に努力しつづけることにある。

 農業であれ、製造業であれ、商業サービス業であれ、みんな同じ。そしてソフト化が進行する。頭脳労働の時代になればなおさらである。

 「走れ」と強制すれば人は走るだろう。走れないとは言えない。しかし頭の方は強制されても「頭がまわらない」と言える。つまり、思いつかない、アイデアが浮かばない、と言える。労働が喜びであることを味合わせるシステムでないと、頭脳労働、「思う」、「考える」、「感じる」機能は発揮されない。ソフト企業は成果を挙げることができない。

 

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