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(2011年9月18日(日)午前6:31 東京都目黒区 西郷山公園にて撮影)

 

 


三起商行株式会社 社長 木村 皓一 様 

 

 9月14日(水)18:30より、コンラッド東京(東京都港区東新橋)にて、「高井伸夫を激励する会」という会合が開催されました。私の友人がご多忙の中、多数ご参加くださいました。その会合の司会を務めて下さったのが、三起商行株式会社 社長 木村皓一様でした。

 

 

 

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 三起商行株式会社 木村 皓一 社長

 

ミキハウスHP http://www.mikihouse.co.jp/jp/

 

実は、9月3日(土)正午から、木村様のご子息のご結婚披露宴がザ・リッツ・カールトン大阪(大阪市北区梅田)にて行われ、私も出席させていただく意向でございましたが、当日、台風に見舞われてしまい、飛行機は運航中止となり、また東京から大阪までの新幹線のダイヤが大幅に乱れていましたので、私は残念ながら欠席せざるを得ませんでした。

 

私と木村様との出会いは、1990年夏の終わりにミキハウスが教育月刊雑誌を出版されるという計画が発表され、その購読者を募る広告を機内誌で見たことによります。「あなたは子供達にどんな未来を残せるでしょうか」というコピーの言葉に私は感銘を受け、一面識もない企業であるにもかかわらず、木村様にお会いしたいという想いに駆られました。そして、同年10月29日に本社をお訪ねすることになったのです。

 

私がお訪ねしたのは、同社が現在の本社ビルを建てられる以前のことであり、当時の本社は誠に質素なバラック建てともいってよい木造の二階建ての建物でした。その中で、本当に若々しい社員の皆さんが働いていたので今でも覚えています。その日木村様と面談したのは、本社があった八尾という大阪市内から遠方の地でありましたので移動時間に時間をとられ、わずか15分程度でしたが、以降何かと親しくお付き合いをさせていただいております。

 

1993年5月に私は三起商行株式会社の顧問弁護士を委嘱され、2006年9月には監査役就任、そして2010年3月に監査役を退任しました。私の退任後は株式会社ピー・アンド・イー・ディレクションズ代表取締役 島田直樹様(後にご紹介させていただいております。)のご発案により、私の長男である弁護士高井伸太郎が監査役に就任させていただいたという経緯があります。

 

また、木村様には2010年12月3日(金)当事務所の年末講演会にて「熱意ある経営~なくなっては困るといわれる会社に~」というテーマでご出講いただき大好評を博しました。

 

私は1992年4月から1993年3月まで「労働新聞」にて「心の経営体を訪ねて」という連載を執筆しましたが、その連載の第1回で、ミキハウス木村社長のことも取り上げさせていただきました。当時の記事によれば、同社の人事労務に関することなどを述べたのですが、同社では会社の方向性として「ビッグカンパニー」ではなく「ベストカンパニー」を目指しておられ、人づくり、社員教育を最重要視されていること等をご紹介しました。具体的には、何はともあれコミュニケーションの場を出来るだけ作るように努め、全社員参加(もちろん社長も)のスキー研修や海外研修の実施をご紹介しました。また、社長のもとに社員からその近況報告や自分の気持ちを書いた手紙が送られてくることもご紹介しました。

 

また、同連載第2回においては、木村様がエコロジー問題について心がけ、取り組まれていることをご紹介しました。具体的には、ミキハウスでは、子供服のお直しを行い続け、どんな綻び(ほころび)にしろ、あるいはどんな裂けにしろ、いつご購入の商品でも修理することを引受け、実践しておられるとのことでした。その結果、お客様は二代か三代に亘って同じ服を着続けている事例すらあるということでした。

 

自然・環境問題、エコロジー問題等は今でこそ多くの企業が取り組んでいる課題ですが、その当時、世間・一般では意識されていなかった問題で、木村社長は早い段階からこれに着目され、取り組んでいらっしゃったのです。

 

また、ミキハウスではスポーツ選手の育成にも大いに力を注いでおられます。ミキハウススポーツクラブに所属する選手は、柔道の野村忠宏選手やテニスの土居美咲選手など2011年4月時点では、9種目20名とのことで、柔道、卓球、飛込、競泳、シンクロナイズドスイミング、馬場馬術、アーチェリー、陸上、テニスの各種目において日本を代表し世界の大舞台で活躍する選手たちが、オリンピックや世界選手権をめざし、日々自分と向き合い、想像を絶するプレッシャーと戦いながら大きな夢に向かって努力されておられます。そして、そんな選手の方々を、ミキハウスはまさに応援されています。

 

ミキハウススポーツクラブHP http://www.mikihouse.co.jp/miki_sports/

 

木村様とのお付き合いについてお話しするのに、何より忘れ難いことは、2005年の出来事です。同社は5年間連続増収増益を上げられたこともありましたが、苦難の時期もあり、その際、木村様の少しでもお力になりたいと、私と2003年8月以来お付き合いのある、株式会社ピー・アンド・イー・ディレクションズ代表取締役 島田直樹様(事業再建、企業再生から新規事業立ち上げ、M&A支援など多数の実行支援プロジェクトで成果を創出されている企業です。)を介して東京海上キャピタル株式会社様をご紹介いたしました。

 

株式会社ピー・アンド・イー・ディレクションズHP

http://www.ped.co.jp/

 

木村様はいつも「我慢が大事」とおっしゃっています。それは過去の様々な苦難を乗り越えられた経験に基づきます。例えば、同社は24年前にフランスに出店されましたが、その後20年位赤字だったそうです。イタリアにも出店されましたが同じく20年位赤字でした。しかしながら、お客様を大事に「信用第一」でご奮闘されたところ、現在ではイタリアでもフランスでも空前の利益をあげられ、ヨーロッパ各国の王室や、大企業の創業者、トップアスリートなどの著名人御用達のお店となりました。

 

木村様は現在も「信用第一」を根気強く説かれ、実践され日々ご奮闘されています。

 

さて、9月14日の「激励会」では、木村様には、冒頭で思いがけないスピーチをしていただき大変感激しました。

 

実は、私の長女が今月9日に、残念ながらがんで他界しました。享年43歳でした。彼女ががんの告知を受けたのは今年の4月でした。しかし、彼女は、自分自身の病を冷静に受け止め、あとに残される幼い娘の心のケアを何より心配しました。そして、彼女は、母親である自分がこの世を去ることを娘にどのように伝えたらよいのか、さまざまな資料を調べ、専門家に相談するなかで、親御さんをがんで亡くすという悲嘆の極みを体験してしまう幼い子どもの心の問題、グリーフケアの問題が、日本では認知されていないことを知りました。自分の抱える思いが、個人的な問題にとどまらず、広く社会的な問題であることに気づいた彼女は、代表者としてAIMS(エイムズ)という団体を立ち上げました(現在NPO法人の申請中です)。AIMSは、「がんでなくなるパパやママをもつ子どものためにできること」というテーマで実践的なケアとサポートの方策を構築していくことを目標にしています。

 

木村様は、冒頭のスピーチで、この彼女の想いを、志を、披露して下さり、また、会合に出席された皆様にAIMSへの活動支援を呼び掛けて下さいました。そのお心遣いを、私は大変嬉しく感じました。そして、会場全体に共感の輪が静かにひろがってゆくのを肌で感じ、わが娘のことながら、高い志は世論を喚起しリードする力を持つことを改めて知ったのです。長女の遺志が実現されていくことは、社会に貢献することであり、さらには、私の人生の希望、励みになるように感じています。

 

木村様とは、これからも良いお付き合いを続けさせていただきたいと強く感じた次第でございました。

 

AIMSホームページより「代表メッセージ」

http://www.aims-japan.org/?page_id=34

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