2011年9月16日のアーカイブ

良心と法律の「気」③


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(2011年9月15日(木) 午前6:33 東京都港区 芝公園にて撮影)

 

 前回、前々回と【法律と「気」】との関係を述べて参りましたが、今回はこのシリーズの最終回として、私の専門である労働法の世界について「気」との関係から述べるとともに、【法律と「気」】について私の思うところをまとめようと思います。

 

【労働法の変遷】

 「労働組合法」が1945年にでき、1949年にこれが改められて現在の「労働組合法」になったのが最初のことでした。次に、1947年に「労働基準法」が制定され、同年、「職業安定法」も制定されました。1949年には「最低賃金法」が制定されました。そして、1985年には、いわゆる「男女雇用機会均等法」が施行されました。

 

 2004年には「労働審判法」、それに先だって、2001年に「個別労働関係についての解決の促進に関する法律」ができました。そして、2007年に「労働契約法」ができました。これが、労働法の主だった歩みであります。

 

 さて、労働基準法第1条では、「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を満たすべきものでなければならない。」と定められています。つまり、「人間尊重の思想」に、国民大衆が「気分」として、「良心」として、「魂」として取り組むことが、労働基準法制定の経緯と理由だったのであると思います。

 

 また、1985年に制定されたいわゆる「男女雇用機会均等法」の制定の所以は、女性差別が間違っていることが、国民の「気・気分」、「良心」等として出来あがってきたことにあるのではないでしょうか。そしてこの根拠は、日本の労働が、フットワーク、ハンドワークの時代を経て、ヘッドワークの時代(ソフト化の時代)に移り変わったことで、重たいものを持つことができる・強くものを引っ張ることができるという男性の「肉体的な優越性」が失われたことによるものではないでしょうか。また、6月17日付「気」のブログ第1回の記事にて、「男性と女性では生命力、つまりエネルギーが違い、女性のエネルギーは男性のエネルギーに勝る」旨記述しましたが、これにも関係することでしょう。

 

 そして、戦後荒れた集団的労使関係の時代がおさまって、個別労使関係の時代になりました。労働契約が中心の時代になったということです。「労働契約法」が2007年に制定されました。それに先だって2001年には「個別労働関係についての解決の促進に関する法律」ができました。これらの個別労使関係を規律する法律は、いよいよ個人の尊重という時代になったことを示しています。日本は豊かになり、集団の尊重から個人の尊重に価値観が移ったのですが、要するに価値観が変わった、法意識が変わった、ということは、「気・気分」、「良心」等が変わったことを意味するのです。

 

 さて、「社会法」と言う概念があります。所有権の絶対、契約自由の原則等を基本原理とする市民法を修正・補完する意味を持つ法を指します(有斐閣法律用語辞典第3版、2006)。つまり、資本主義のもと、企業等社会的権力が絶対的に強くなり、個別な法律関係、すなわち私法だけでは、社会が円滑に動かなくなっていったのです。そこで、弱者を保護するためのバランスを意識する「気分」が大衆に生まれたのです。これは、契約自由の原則という私法の法精神を否定する、新たな「気・気分」、さらに言えば「良心」、「魂」が自覚されたということです。私法から社会法への転換は、様々な法体系で行われていますが、労働法が一番分かり易い世界でしょう。「労働基準法」をはじめとする労働関係諸法は、要するに、個人的な善悪だけではなく、次第次第に社会的な善悪をも法体系の中に取り込んだのです。また、企業等が絶対的・一方的な力を持っている状態では、社会的弱者(例・労働者)の「気」が滅入ってしまいます。労働者の「気」が滅入るということは、企業にとっても結局は不利益なものとなります。なぜなら、「気」を意識する事業の展開や経営戦略こそが、最終的には高収益に繋がるものであるからです。弱者の「気」が滅入ると、ひいては社会全体の「気」が弱まってしまいます。そこで、セイフティーネットという価値基準が生まれたのでしょう。

 

 セイフティーネットの話をしましたが、「気」を滅入らせないように、社会が発展していっている、といった「空気」作りが必要なのは言うまでもありません。2010年FIFAのW杯で日本代表チームを国外開催大会で初めての決勝トーナメント進出まで導いた岡田武史監督の心の支えとしている本は、山本七平著作の「空気の研究」(株式会社文藝春秋、1983年)だそうです。

 

 「空気」は、法律の世界でも忘れてはなりません。例えば、刑事訴訟法は刑事裁判の手続きで、民事訴訟より厳格な証拠を要求する裁判手続きですが、後に東京大学の総長となった平野龍一先生は、「裁判に勝つのは法廷の空気がどちらを味方しているかで決まる」と述べられたそうです。ここでいう「空気」とは、法廷の中にいる裁判官、検察官、弁護士、傍聴者の持つ「気・気分」のことで、すなわち法廷内の空気という「気・気分」を依頼者の勝ちムードへと変えることが、優れた弁護士の為すことでしょう。

 

 また、世論調査で政権の支持率が明らかになりますが、世論と政権との関係は、世論をリードする、そして、結局は世論に従うのが政権のありようだといえるでしょう。しかし、選挙民、しいては国民の「気分」は浮動的なものであるので、その「心」、すなわち「本心」、「良心」がどこにあるか、あるいはその「魂」がいかなるものなのかを見極めることが、政権を維持するにあたって重要なことでしょう。

 

 

【チームワーク=気の交流、気を合わせる】

 さて、「手当」という言葉があります。「住宅手当」「家族手当」などといった言葉にも使われて残っていますが、要するに心を慰藉することであります。子どもが、母親に「頭が痛い」と訴えれば、頭をなでられ、「お腹が痛い」と泣けば、お腹をさすられます。このようなことは、皆様にも記憶のある情景であると思います。バイブルにも、仏典にも、手を当てることで奇跡が起きるシーンが数多くあります。そうしてみれば、手を当てることが極めて大切なことであることがわかります。われわれは、「触れ合い」「ぬくもり」という言葉を軽く受け取る傾向がありますが、この「触れ合い」「ぬくもり」にこそ人間関係の絆を築く基礎があることを知らなければなりません。そして、この「触れ合い」「ぬくもり」とは、両者の「気」が交流すること、「気が合う」ことです。

 

 また、医師と患者と看護する人とのチームワークであるという名言を五木寛之さんが述べています。私も、ある動物が、病気にかかった仲間の個体の周りに群れとなって集まってきて、その個体をじっとみんなで見守ってやることで病気を治すという話を聞いたことがあります。私たち人間もこの「看護」の世界を忘れてはならないと思います。人間は誰しも孤独であり、だからこそ、「看護」や「お見舞い」が必要なのです。それらは、前記のチームワークの必要性にも繋がってきます。

 

 これを法律実務の世界で言えば、問題解決のためには、依頼者、弁護士、弁護士をサポートする諸々の職員とのチームワークであると思います。チームワークとは、皆の「気」が交流し、すなわち「気が合う」ということです。ですから、弁護士だけでなくて秘書もパラリーガルもその他の人も「気」を勉強しなければならないこと、「気」を発することが必要なのではないかと思います。法律の運用にあたっては、依頼者が、そして社会がよくなるよう善導するように「気」を入れて解釈をしなければならないのが弁護士事務所の務めなのです。

 

 法律家が法の運用や適用に当たって「気」が入らず、「気持ち」がこもらず、「心」がこもらなければ、何とひどい法律家が目の前にいるのだろうという評価を関係者が持ち、「法律家は悪しき隣人」ということがそのまま当てはまってしまいます。「悪しき隣人である法律家」とは「良心を失った法律家」のことでしょう。

 

 弁護士が、「気」を入れて、「良心」をもって、依頼者が不安に思っていることの核心をついてあげれば、弁護士、依頼者双方の凝り固まった細胞が一斉に開放し、満ち足りた気持ちになります。これは交渉の場でも、裁判の場でも同じです。論議の末に、一定の解に達した時、すなわち合意に達した時、満足感があるのは、双方の「気」が震え、「良心」、「魂」が揺さぶられ、それらが活性化するからでしょう。

 

 3回にわたって【法律と「気」】について述べて参りましたが、法律の運用や適用を自分の職責とする法律家の皆様も、この法律と「気」との関係を、「気迫」を持って取り組んでいただきたいと思います。「気迫」とは、力強く立ち向かってゆく精神力のことで、「気魄」とも表現します。「魄」は「魂」と同意義です。「気魄」とは、「気」と「魂」、すなわち人間性そのものを指すのではないでしょうか。そして、さらに言えば、法律家は人間として生まれたこと、すなわち、宇宙に存在する一員であることを自覚して、宇宙の基盤である「気」(サトルエネルギー<微弱エネルギー>)のお陰であることに気づき、「良心」が与えられたこと、さらには「魂」が与えられたことに感謝する気構えが必要でしょう。

 

 小生は、残り少ない人生ですが、これらを踏まえて、これらを学ぶべく、法思想の発展史・法哲学の深化にもいささかなじみたいと思っています。

 

 以上、【法律と「気」】の3記事内にてお話しいたしましたことは、何も法律家だけに限ったものではございません。全ての職業、業種に就いている人、全ての人間が、「気」「良心」「魂」を意識しながら絶えざる成長を期していかなければ、「宇宙のスピード」に追いつかず、人間としての存在意義がなくなってしまい、埋没してしまいます。

 

 「宇宙のスピード」というのは、宇宙はサトルエネルギー(微弱エネルギー)によって光の速さ(時速約30万㎞)の3倍の速度で一瞬一刻も休まずに膨張し続けている、そのスピードを指します。ですから、膨張し続ける宇宙に存在する私たち人間が存在感を示すには、「宇宙のスピード」にまさるほどの速さで、一瞬一刻を厭わずに成長する必要があります。つまり、人間は、宇宙のサトルエネルギー(微弱エネルギー)による膨張以上に速く成長してこそはじめて、存在意義があるということになります。要するに、停滞したり後退したりしていては、その存在意義が忘れられてしまったり、失われてしまったりします。

 

 しかしながら、方向性を無視して成長することは許されません。なぜなら、人間は、もとい人間の生命エネルギーである「気」「良心」「魂」は、宇宙の調和のなかで、力を得たり、与えたりしながら、バランスをたもっていて、これらを無視して成長することはあり得ないからです。「気」「良心」「魂」にもとづいた成長が必要です。 

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