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(2011年11月12日(土)鹿児島県鹿児島空港にて『つわぶき』を撮影 
花ことば「謙譲(Modesty)」)

 

 

 

料理教室・お菓子教室エートル・パティス・キュイジーヌ主宰 
大森 由紀子 様 

 

11月8日(火)13:00より、フランス料理店マッシュルーム(東京都渋谷区恵比寿西)にて、大森由紀子様とランチをご一緒させていただきました。マッシュルームは、大森由紀子様のご主人様である山岡昌治様がオーナーシェフを務めていらっしゃるお店です。私にとっては2度目の訪問で、初めて訪れたのは2009年2月でした。

 

 

 

大森様,山岡様と.JPG

 (2011年11月8日(火)14:25 マッシュルーム店内にて撮影  
左から大森由紀子様、私、山岡昌治様)

 

私は、前菜に「エゾ鹿ソーセージと野菜のサラダ セロリとアンチョビドレッシング」、主菜に「シャラン産鴨モモ肉のコンフィ」、他にパンと「旬のキノコいろいろガーリックソテー」をいただき、デザートには、レシピを大森様がご考案されたという「タルトフォードワーズ 栗のアイスクリーム添え」とコーヒーをいただきました。

 

 

 

タルトフォードワーズ.JPG

 

(2011年11月8日 14:16  タルトフォードワーズ 栗のアイスクリーム添えを撮影)

 

マッシュルームHP http://www.mush.jp/

 

どの料理も、お店の名前にもあるように、特にきのこにこだわっており、山岡様は、休日になると、今の時期であれば山梨県周辺へ自らきのこ取りに赴かれるそうです。大森様いわく「きのこオタク」だそうですが、パリの老舗の名店「ル・トゥールダルジャン」ほかで約4年半フレンチを学ばれ、帰国後は横浜ルヴァンを経て、麻布文明楼、銀座モンセニョール、自由が丘フレールジャック等の料理長を歴任された実力者です。その後、1993年に「マッシュルーム」をオープンされました。大森様とは、「ル・トゥールダルジャン」で修行をされていたときに厨房で一緒になったことがきっかけで1989年にご結婚されたそうです。

 

さて、大森様と私は、2008年9月に初めてお会いしました。実は、私が結婚するよりも前の、45年前頃からお付き合いをさせていただいている元株式会社テレビ東京人事部長武井良夫様のご子息である武井晴峰様が、神奈川県横浜市金沢区で経営されているフランス菓子店「オ・プティ・マタン」を2008年8月頃に訪問しました。その際、オーナーである武井晴峰シェフから、大森由紀子様にご支援をいただいている由承り、ご紹介いただきたい旨武井シェフにお願い申し上げたことがきっかけでした。武井シェフはフランス、スイスで経験を積んだパティシエで、2001年に帰国し「ミクニズカフェ・マルノウチ」のシェフパティシエに就任された後2005年「コートダジュールミクニズ」に勤務され、2007年に「オ・プティ・マタン」を開店された方です。

 

オ・プティ・マタンHP http://www.au-petit-matin.net/

 

私は2008年4月23日から2009年9月17日までの全6回にわたり「社長塾」を主宰しておりました。「社長塾」は、1993年5月27日から2007年7月26日まで全127回、14年間にわたって私が主宰し、講演した「社長フォーラム」を前身としているセミナーでした。日本が人口減による労働力人口減少・国内市場縮小という不可避な事態に直面しながら、「今豊かな企業がさらに成長するために何をすべきか」を基本的なテーマとして、私が講演をすると共に、毎回ゲスト講師をお呼びしておりました。大森様に2008年9月に初めてお会いした際、大森様には是非「社長塾」のゲスト講師を務めていただきたくお願い申し上げたのです。結局は講師としてはご出講いただきませんでしたが、2009年5月26日の第5回「社長塾」にご招待しました。それから何度かお会いさせていただき本日に至ったのです。

 

大森様は現在、フランスの伝統菓子、地方菓子などのお菓子や、フランスで日常的に作られるお惣菜等を雑誌・本・テレビなどのメディアを通じてご紹介されたり、料理教室「エートル・パティス・キュイジーヌ」を主宰されたりしています。特に、そのポリシーの一つとして、「フランスで日常的に作られるダシをとらない惣菜」を教えることを心掛けていらっしゃるそうですが、それは、フランス料理というと少し難しいイメージがありますが、そういうイメージを取り除いてすぐに家でできるものを教えたいと考えたからだそうです。

 

エートル・パティス・キュイジーヌHP http://www.yukiko-omori-etre.com/

 

 

大森様がフランスにご興味をもたれたのは、学習院高等科に在学されていた時代にさかのぼるとのことです。「SAISON de non-no」のフランス特集をみて、こんなに華やかな世界があるんだ、行ってみたいと憧れたそうです。また、友達の家に遊びに行った時に、友達のお母さんが作った手作りのお菓子をごちそうになり、心ひかれ、自分でも作ってみたいと思ったのがフランス料理・菓子に目覚めたきっかけとのことです。当時は、まだフランス料理のレシピ本等は世に少数しか出ていなかったとのことですが、宮川敏子先生の本、今田美奈子先生の本などをあれこれ買って、見よう見まねの独学で料理やお菓子作りを学ばれたそうです。

 

学習院大学仏文科卒業後、パリ国立銀行(東京支店)に勤務され、そのOL時代には、東京會舘クッキングスクールで学ばれたそうです。資金が貯まった27歳の時、ついに一大決心「清水の舞台を飛び降りる」気持ちでフランスに渡られたそうです。当時は、ネットやメールも普及しておらず、情報が少ない上、フランスから資料を取り寄せても日本に届くまでに相当時間がかかるという雲をつかむような状況だったそうです。今でこそ気軽に留学や海外旅行に行けますが、当時ではかなり珍しいことでもあり、ご両親も大変心配なさったそうですが、「行かないと自分の人生始まらない」ということでご両親を説得され、ついに高校時代からの憧れの地パリの地を踏まれました。

 

パリには2年弱滞在され、その間1年半で「ル・コルドン・ブルー」の全課程を修了されたそうです。「ル・コルドン・ブルー」は、1895年、フランスパリに創設されたフランス料理・菓子を学ぶ学校で、世界各国から料理人を目指す人々が集まってくるそうで、大森様のクラスメイトには、現在江上料理学院副学院長である江上佳奈美様がいらっしゃったそうです。(ちなみに、江上料理学院とは私は1994年1月からお仕事をさせていただいております。)

 

江上料理学院HP http://www.egami-cooking.co.jp/

 

パリでは学校に通うかたわら、「フォション」「アルページュ」「アピシウス」「ラ・トゥールダルジャン」などのお店で研修をされていたそうです。女性が厨房に入るのが珍しく、からかわれたりもしたそうですが、面白く貴重な経験であったそうです。大森様のご著書「ママンの味、マミーのおやつ」(文藝春秋、2009)では、パリ在住の日々を「私は多くの発見をし、たくさんの友人をつくった。夢中で過ごした二年間の出会いや経験は一本の苗のように、するすると伸び、枝分かれし、さまざまなものをもたらしてくれた。」(60頁)と振り返られています。

 

さて、大森様の考えられる当時のフランス料理から現在のフランス料理への変化は、フランス料理といえば、かつては「煮込み」「ソース」の料理と言われていましたが、今では「ソース」がだんだん少なくなっており、線で書く位になっているとのことです。また、重い料理はだんだん避けられるようになってきており、「ヘルシー」ということにも重点が置かれるようになっているそうです。フランスにおけるフランス料理も、最近では鰹のたたきが出てくるなど日本の食材を使っていることも少なくないらしく、また、フランス人のシェフが日本に来て、日本料理の厨房で研修をするなど、何がフランス料理か、境がなくなって来ているとのことです。

 

大森様はパリ以外に長期滞在されたことはないそうですが、帰国されてからも、フランスの地方へ度々足を運ばれているそうです。例えば、大森様の料理教室・菓子教室エートル・パティス・キュイジーヌでは、毎年「フランスお菓子紀行」というツアーを催行されています。毎回フランスのある地方を限定し、その地方の特色あるお菓子を探訪する事を主な目的とし、その地方の料理、ワインなどの食に関する特産品を賞味し、各地の定評あるレストランやビストロを訪れるそうです。今年は、ルルドを皮切りに、フランス南西部の中央高地やピレネー山脈が背後に迫る、ミディー・ピレネー地方を回るツアーであったそうです。ルルドと言えば、「ルルドの泉」で有名です。ルルドの泉は、「万病を治す奇跡の水」とされ、連日、世界中から多くの人々が集まります。水の成分は、天然ゲルマニウムイオン水で、現在でも1日約12万2400リットルの量が湧き出ているそうです。私も一度は訪れたいと存じております。ミディー・ピレネー地方は、フォアグラやトリュフの有数の産地で、ブルーチーズの代名詞「ロックフォールチーズ」はこの地方のロックフォール村でつくられているのだそうです。

 

さて、このツアーはもう17年毎年続けられており、この不況で旅行業界において、一般的な旅行者やツアー参加者が減っているなかでも、毎年コンスタントに20名程度のご参加者がいるとのことです。また、個人的にも本の取材等を兼ねてフランスの地方を巡られるそうで、これらは大森様のライフワークとなっているとのことです。

 

大森様は「世界のベストレストラン50」の選者のお一人でいらっしゃるとお伺いし、せっかくですので、あらゆる料理を食べ歩いて、今もう一度行きたいというお店について質問してみたところ、下記2店を挙げてくださいました。

 

【大森様が今もう一度行きたいお店 2店】

 

・レフェルヴェソンスhttp://www.leffervescence.jp/ja/

(東京都港区西麻布2-26-4)

 

・レストラン ラッセ http://ameblo.jp/restaurantlasse/

(東京都目黒区目黒1-4-15 ヴェローナ目黒B1)

 

実はラッセは、9月26日(月)に、私が、株式会社ジェイ・アイ代表取締役 石川次郎様(『POPEYE』『BRUTUS』『Tarzan』<株式会社マガジンハウス発行>といった数々の雑誌創刊に携わってこられた、今日の雑誌メディアを創った立役者のひとりとして知られた方です。)、ハリウッド株式会社経営企画部マーケティング室マネージャー小野裕子様と共に大森様をランチにお招きして、ご一緒したという経緯があります。その際に、ラッセの経営者で株式会社良品計画 代表取締役会長でもある松井忠三様のご令室様である珠江様にもご一緒していただきました。ラッセについては、7月26日付ブログ記事【交友録 その3】もご覧ください。ラッセを大森様が気に入ってくださっていてなによりでございます。また、小野様をお呼びした理由は、「月刊 婦人画報」(ハースト婦人画報社)の2011年12月号の記事内でハリウッド社の商品を大森様がご紹介され、小野様がお会いしたいとのことでしたのでお仲立ちをした次第でございます。ラッセに向かう途中、小野様はハリウッド化粧品の紙袋を手にされていたそうですが、大森様が路上でそれを見かけて、小野様に話しかけられたということでした。小野様は、大森様にお会いした印象を「パワフルでエネルギッシュな生き方をされているにもかかわらず、お人柄は非常に気さくで気取らない方。人とのご縁を非常に大事にされる方。」とおっしゃっておられました。私もその通りであると思います。私は常日頃から女性のエネルギーは男性より強いと感じておりますが、大森様は特にエネルギーがある方だと思います。大森様が27歳だった当時、当時としては大変困難だったフランスへの留学を夢だけに終わらせず、一歩踏み出し未来を切り開かれたことは勇気ある素晴らしい行動であったと存じます。それほどのパワフルな方でいらっしゃるにもかかわらず、上品さも兼ね備えた素敵な女性です。

 

大森様の将来の夢は、季節を選んで1年の半分をパリ、半分を日本で過ごすこと、とのことです。大森様が、今後も若手のパティシエを見守っていただき育成していただくことを祈念しております。そして、スイーツを愛するすべての人に、更なる夢と、快さをお与えくださるよう、ますますのご活躍を期待しております。

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