2012年2月17日のアーカイブ

縁(その2)


 

20120217.JPG

(東京都文京区伝通院付近にて撮影)

 

 

【挨拶】

先週から「縁」をテーマにブログ記事を連載しておりますが、今回は縁(人間関係)を築く入口となる「挨拶」についてお話ししたいと思います。

 

挨拶は、人間関係の基本です。中国古典『礼記』には、「挨拶はお酒を造る麹(こうじ)のようなもの」という記述があります。醸造に麹が不可欠であるように、挨拶は人間関係の構築に欠かすことのできないものです。

 

挨拶の漢字の由来をひも解いてみると、「挨」は「聞く」「押す」、「拶」には「押し返す」「引き出す」という意味があるそうです。つまり、「心を開いて、相手のよい部分を引き出す」ということが挨拶の本来の役目なのです。挨拶は、人間関係の入口であり、第一関門であると心得る必要があります。加えて、会社などの組織に属する人が、その組織外の人に対して挨拶をする場合は、自分が組織を代表しているという意識が大切です。

 

近ごろは、この挨拶が出来ない人が増えてきていると聞きます。しかし、挨拶が出来ない若手社員をみて上司が怒ってしまうのは間違いでしょう。挨拶とは、先にも述べた通り「心を開いて、相手のよい部分を引き出す」ものですから、「挨拶は先にすることをもってよしとする」ということに気づかなくてはなりません。上司が率先して挨拶をすれば、若手社員はそれを見習い、挨拶を積極的に行えるようになるのではないでしょうか。

 

また、朝一番に発する「おはようございます」は、特に基本となる挨拶であると思います。人と人とが、一日の始まりに会って最初に発する言葉だからです。この「おはようございます」がしっかりできるようになれば、「こんにちは」や「こんばんは」そして「ありがとう」という言葉も自然と発することができるようになるでしょう。

 

 

【「ありがとう」と感謝の心を表す】

人は皆、自分ひとりでは生きていけません。人が人を相互に支え、思い合うことで、人は生きていきます。

 

しかし、誰かに支えていただいたとき、何かよくしていただいたとき、「ありがとう」という感謝の心を適切に表現することはなかなか難しいことではないでしょうか。『礼記』には、「礼は節を踰(こ)えず」(礼儀は節度を越えてはいけない。丁重がよいといっても、度を超えた丁寧さは、むしろへつらいに近くなり、ときには失礼にさえなる。:諸橋轍次著『中国古典名言事典』〔講談社1973年〕より)という指摘もあります。ただ確かにいえるのは、感謝の心は、心で思っているだけではだめで、形や言葉や態度でしっかりと表さないと相手に伝わりにくいということです。ともすると、日常の雑事に紛れているうちに、感謝の心を伝えることをすっかり忘れてしまったりすることもあります。

 

しかし、よくお金の貸し借りでいわれる「借りた方はすぐ忘れるが、貸した方はよく覚えている」と同じように、何かをしてあげた側はいつまでもよく覚えているものですから、うっかり感謝の心を表すことを忘れてしまうことが度重なると「礼儀知らず」「恩知らず」という印象を相手に与えてしまうことがあります。そして、人間関係がぎくしゃくしてしまい、折角のご縁が、疎遠になってしまう原因となってしまいます。

 

そのような事態にならないように、私は、感謝すべきときには、忘れないうちに、丁重に感謝の心を表すよう意識しています。「ありがとう」は、漢字では「有り難う」と書きますが、これは、もともと「滅多にない」という意味です。人によくしていただくことを当たり前に感じていては、「有り難い」という感謝の気持ちが湧かないものです。感謝の心を真摯に、そして率直な言葉で表す人には、その謙虚さに人間的な深みと凄みを感じます。感謝の表明を繰り返し行い、それをよき習慣として定着させれば、おのずと自分も感謝される存在になり、縁、人脈は無限に広がっていくでしょう。

 

 

(リライト:加藤・宮本)

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