当ブログにおけるこのところの高井先生の執筆テーマは「縁」についてで
ありますが、「縁シリーズ」を読ませて頂いているうちに、
【 つながりが年輪のように広がっていく世界 】
という言葉が、ふっと浮かんできました。
高井先生の主宰される会に同席し、あるいは、過去、たくさんの方を
ご紹介いただいてきた際、
「◯◯さんとは40年前からのお付き合い」
「□□さんとは30年前からのお付き合い」
「△△さんとは20年前からのお付き合い」
という話が普通に出てきます。
そんな何気ない話を通して、人のとつながりがまさに「年輪」のごとく、
時間の経過と共に広がってきていることが、よく分かるのです。
ある会社に入社してから定年退職するまでといった、社内のつながりに
よって、長期にわたる関係が存続するのは理解できますが、
同一企業、あるいは取引先といった枠を越え、あらゆる分野の方々と
長期、さらには超長期、ともいえるほどの長さで縁を保ち続けられているのを
見ると、そのご縁は「まさに年輪のごとし」と唸らずにはおれません。
自らを省みたとき、いずれ「年輪」となるべきような、そんな関係性を
意識して人とのご縁を紡げているのか、と反省させられるばかりです。
では「つながりが年輪のように広がっていく世界」を自らのコミュニティの
うちに体現したい、と思った時、どのようなことに留意すべきか、
高井先生をロールモデルとして考えてみました。
そんな世界を実現させるためには、必ずしも、定期的、継続的に
過去に接点のあったすべての人と、対面のコミュニケーションを
とり続けなければならない、というわけではないように思われます。
なぜなら、それぞれが限りある時間の中で懸命に生きており、
そのうえさらに時間の経過と共に互いが仕事の上で重責を負うように
なってくると、物理的にもそんなに頻繁に会う、やりとりをする、
といったことはどうしても難しくなってくるものだから。
これを前提条件として、それでもなお「つながりの年輪化」を
実践しようとするならば、なにを心がければよいのだろうか。
個人的には、高井先生から以下の点について学べるのではないか、
と考えました。それは「一期一会の精神」です。
「一期一会の精神」とは日々の会合、会食において、お会いする全ての
人の人生に対し、必ず、有益な情報の提供、人の紹介、その他の行為を通して
プラスの痕跡を残せるように尽くす、ということ。
これによってすぐに関係の広がり、深まりが生まれることもあれば、
その場ではたとえ広がらなかったとしても、長い期間を通し、
「尽くされた記憶」は先様の脳にしっかりと残り続けるもの。
この「尽くす」姿勢が習慣として定着すれば、必ず、先様にも良い印象を
持って頂くことができるであろうし、そうすれば、途中、ご無沙汰となる
期間(空白期間)がたとえ長期間続いたとしても、次回お会いした時、
その関係性がすぐに復活できる可能性は、格段に増すように思われます。
日経新聞の最終ページに「交遊抄」というコラムがあり、
長い間、愛読してきましたが、ここでも、時を経て、再会し、
それを機縁に一気に関係が深まった、という話が頻繁に出てきます。
人生においては数年、ときに十数年、さらには数十年の時を隔てて、
再会し、関係性が再開される、そんなことがよくあるものです。
そのときに上述のような「種まき」が活きてくるのでしょう。
人とお会いするときには、常に気を入れて、
「ベストを尽くし、プラスの価値を提供しよう」
そんな風に「一期一会の精神」で臨みたいものです。
そんな精神と行動の積み重ねが「人間関係の年輪化」を
醸成してくれ、結果として人生そのものも豊かになっていくのだろう。
高井先生を見て、つくづくそのように感じさせられます。
言うは易く、実践は至難ではありますが、
ぜひともお手本とさせて頂きたいと考えています。