2013年8月15日(木)17:30
青森県十和田市沢田にてノウゼンカズラを撮影
左:シュエダゴン・パゴダにて
左から清水氏、高井、三輪氏、カイン(Khine)様
右:宿泊先ホテル(Chatrium Hotel Royal Lake Yangon)周辺に咲いていた花
7月20日(土)~22日(月)にかけて、ミャンマーを訪問しました。ご同行者は、三輪芳裕様、株式会社スポーツショップアラジン(静岡県静岡市清水区浜田町、葵区昭府町)代表取締役清水重雄様でした。
今回は、私の5度目か6度目となるミャンマーへの訪問でしたが(なお、私の最初の訪問は17年前の1996年4月27日~5月3日でした)、訪問した理由は、年内に高井・岡芹法律事務所がミャンマーに法律事務所を開設する予定であり、その下準備と、また、ミャンマーサッカー協会に100足のサッカーシューズをプレゼントすること等々のためでした。
法律事務所開設にあたっては、同地のいろいろな方に、お力添えをいただき、実現に向けて動いております。なお、私は、10月11日~13日にかけて、再度ミャンマーを訪問する予定でもあります。
この度の正式な歴訪記はいずれこのブログでもご紹介することとして、まずは取り急ぎ、「速報」として三輪様(文章)、清水様(写真)に作成していただきましたので下記に掲載します。
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7月20日(土)午前10時半の成田発全日空便で、高井先生とスポーツショップアラジンの清水社長に同行させていただき、私(三輪)にとって1年半ぶりのミャンマー渡航です。初めての直行便でミャンマー入りしたせいか、感覚的に少し距離が近くなったヤンゴン国際空港に午後2時半に降り立ち真っ先に感じたことは、活気に満ちた人々の熱気や喧騒でした。
2000年に初めてミャンマーを訪れてから、私はこの13年間で延べ約60回の渡航を重ねてきました。かつてのミャンマーを体感している私としては、この1年半が10倍程の長さにも感じられる位、まるで別の国に来てしまったかと錯覚するほどの変わり様でした。
(元首相のキン・ニュン氏と高井)
今回の民主化路線こそ本物だと気付くのに、それほど時間はかかりませんでした。
昔同様、走っている車のほとんどが日本車ではあるものの、ボロボロの車が見当たらない、ダウンタウンに向かう幹線道路は渋滞と立体交差の工事だらけ。ホテルの料金は5~6倍に跳ね上がり、市内はオフィスビルやマンションの建設ラッシュ。
(若手政治家候補と青年実業家、高井、清水氏)
そして何より、比較的おっとりしたミャンマーの人たちはとても快活で、気のせいか動きも早い。この国の進化の例を挙げれば、枚挙に暇がない。国が急激に経済発展するとはリアルにこういうことなのかと、今更ながらに驚かされました。
(ダウンタウン近くの旧官庁街…なぜ「旧」官庁街かというと、2006年にミャンマーは首都をヤンゴンからネピドーに遷都したからです。)
今回のミャンマー訪問の目的は、日本企業のミャンマー進出をサポートするための基盤づくりと、日緬友好の証としてミャンマーサッカー連盟にサッカーシューズ目録を寄贈するためのセレモニー。高井先生としては、これらを今後も継続していく意向です。その第一回目となる今回の渡航は、大変有意義かつ充実したものになりました。
(MFF理事 Soe Moe Kyaw様へ高井よりサッカーシューズ贈呈)
これまでの軍事政権支配はもはや過去のもの、というのが次代を担うミャンマー青年実力者たちの合言葉です。今年12月にはSEA GAME(東南アジアのオリンピックのようなもの)がミャンマー全土で開催され、スポーツの大祭典の裏では各国の政財界要人達のネゴシエーションツアーが目まぐるしく展開されます。そして2年後の2015年11月には実質的に民主化後初めての国政選挙と大統領選挙を迎えます。
(MFF関係者と青年実業家)
夢が現実になりつつあるこうしたミャンマーの皆さんと論議を交わしながら、相も変わらぬ高井先生のエネルギッシュな行動力に触発されたミャンマー滞在3日間でした。
文章:三輪芳裕
写真:清水重雄