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2014年4月22日(火)7:00 東京都港区芝公園にてハナミズキを撮影
花言葉:華やかな恋

 

 

昨年11月8日(金)に、愛知県豊橋市にある愛知県立時習館高等学校を訪問し、また、同じく豊橋市にある合名会社小田商店を訪問しました。ほかにもいくつか訪問したのですが、今回の歴訪記ではこの2箇所に絞ってお話します。

 

豊橋駅に7時58分にひかり501号で到着し、朝8時15分頃、時習館高等学校を訪問しました。朝のお忙しい時間帯ではありましたが、校長の林誉樹先生、教頭の木藤政美先生にお迎えいただきました。

 

そもそも、なぜ私が時習館高等学校を訪問することになったのか、まずはその経緯を説明しましょう。

 

昨年4月7日(日)に、愛知県の渥美半島を訪問しました。渥美半島先端には、常光寺というお寺があります。私は1956年(昭和31年)の夏休み、約1ヵ月間ここで生活しました。これは、亡き父の勧めでありました。

 

あの頃、なぜ父が東本願寺系の寺院である法泉寺(三重県桑名市多度町香取180)に先祖の墓所があるにもかかわらず、曹洞宗の常光寺に1ヵ月間私をあずけたのかその理由はわかりません。もしかすると「洞岳達禅大和尚」という常光寺の先代(34世)住職の法階から、大いなる勉強家の住職より良い刺激を受けるのではないかと期待していたのではないでしょうか。なお、現住職(35世)の山下幹雄様も、大和尚の法階をお持ちです。

 

4月7日(日)に、ほぼ60年ぶりにこの常光寺を尋ねたのです。私より2つ年上の山下幹雄様とは、この時初めてお会いしました。昭和31年当時、私が常光寺にいた時には、現住職は駒澤大学を卒業されて(同大学は曹洞宗が1592年に設立した吉祥寺(東京都文京区本駒込)境内にあった学寮(「栴檀林(せんだんりん)」と呼ばれます)を前身としています)、すぐに福井県永平寺に勉学に赴いていたため、私と一回も顔を合わせないままであったのです。

 

常光寺には、「七難即滅・七福招来(すべての災いは直ちに去り、すべての福はくる)」そして天下泰平を願う庶民の信仰が始まりといわれる七福神の神布袋尊天(布袋様の像)が祭られています。創建は応仁2年(1468年)であり、末寺は30ヶ寺にも及ぶそうです。750年以上前に開かれた曹洞宗にあって、500有余年前に創建された常光寺は、曹洞宗寺院の中でも古い歴史を有しているでしょう。歴史の浅い寺院には末寺が多くありませんが、常光寺には末寺が30ヶ所もあることからも、歴史の長さをうかがうことができるでしょう。そのような長い歴史を有する常光寺には、60年前と同じたたずまいの本堂がありました。昭和50年代に鐘つき堂と庫裡は新しくなったそうですが、本堂と総門は60年前のままであるとのことでした。今後も法灯(※)は、護持(ごじ)していきたいと、山下様はにこやかにおっしゃっていました。

(※)法灯…仏法がこの世の闇(やみ)を照らすことを灯火にたとえていう語。

 

さて、常光寺に居候中の当時の私は、勉強もせずに無聊をかこっていたので、折々、恋路ヶ浜を雪駄履きで歩きました。

 

当然のことながら、真夏の強い日差しの中で海風に浸りながら、寺から伊良湖岬先端までほぼ毎日5キロ程度歩いた記憶があります。私は歩きながら和歌山が生んだ南方熊楠(1867年~1941年)のことを思いました。恋路ヶ浜と和歌山県白浜町は、海に面していて温暖の地であったことから、イメージが重なっていたのであります。

 

ほとんどの人は知らない熊楠は明治以降で一番の知識人だと私は評価しています。彼はまさに歩く人だったのです。珍しい粘菌を求めて世界各地を旅し、日本各地の山中で、厳冬でも、空腹でも、ただただ歩き回り植物採集に打ちこんだのだといいます。それゆえに、昭和天皇も南方熊楠を敬愛していたのでしょう(参考:『別冊太陽 日本のこころ192 南方熊楠 森羅万象に挑んだ巨人』平凡社、2012)。「才子は馬車に乗り、天才は歩く」というフランスの格言があります。近代科学の産物とは一定の距離をおいて、自分の身体を使うことで初めて人間としての才能がフル回転するという意味でしょう。

 

さて、昭和31年、当時は私は大学1年生でありましたが、その夏休み、約1ヵ月間、この常光寺で生活したのですが、住職のお話では、当時は周辺にホテルや民宿等の宿泊施設がなかったため、合宿場所として本堂を提供し、方々より大学生等を受け入れていたといいます。60年前の私も、その一員であったのでありましょう。

 

私がお世話になっていた同時期にも、20人ほどの愛知県立時習館高等学校(豊橋市)の男女学生が、1週間程度合宿生活をしていたことを記憶しています。引率の先生は男女1人ずつでしたが、特に女性の先生が素敵だったとの記憶があったのです。そんなことを思い出して、時習館高等学校に問い合わせましたところ、その女性の先生は、音楽教師で、もう10年以上前にご逝去された、内藤貴美子先生とおっしゃる、いわゆる「名物教師」として人気の高かった先生だったと分かりました。内藤貴美子先生について、いろいろとお話をお聞きしたいと、この度訪問を申し入れて、昨年11月8日(金)に時習館高等学校を訪問したのです。

 

次回に続く

 

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