2014年10月19日(日)東京都港区有栖川公園付近にて
金木犀(きんもくせい)を撮影
花言葉:「謙遜」「真実」
※「労働新聞」2010年1月25日 第2762号「髙井伸夫弁護士の<人事労務の散歩道>」より転載
ヒューマンワークの必要性
人の労働の価値基軸は、社会の進歩や変化とともに変わってきている。
労働の質的側面に着目すると、主に手足を使う肉体労働がメーンであった「フットワーク・ハンドワークの時代」から、頭脳労働・知的活動がメーンである「ヘッドワークの時代」へと変化してきている。さらに、主に心を用いることが重要な要素である「ハートワークの時代」へ変遷してきたことが分かる。
今は、社会のソフト化に伴い、頭脳労働による成果が大きな価値を生み出している時代からさらに一歩進み、「ハートワークの時代」へと移行しようとしているとみてよいだろう。
「ハートワークの時代」における社会では、「真・善・美」が求められ、「良心・善意・連帯心」を旨とする「心」を大切にすることに大きな価値が置かれている。
「良心」とは、自分の心に恥じない姿勢で生きること(コンプライアンス・内部統制等の視点)であり、「善意」とは、他人の心を慮って行動すること(顧客満足度の視点)であり、「連帯心」とは、豊かな想像力と良好なコミュニケーションによって互いに相手の立場を十分に理解し、信頼関係に基づく人間的つながりを基盤として何かを成し遂げようとする関係性を意味している。
そして近い将来には、「ハートワーク」よりもなお一層人間性如何が問われ、さらに上位に位置付けられる「ヒューマンワーク」という概念を意識しなければならない時代が到来するだろう。
私が提唱するこの「ヒューマンワーク」とは、マニュアル経営と対峙する概念であり、人間性の原点に立ち返り、心身を限界まで尽くして、人として有する全機能をフルに働かせる労働を意味している。人は、自分の限界ギリギリまで働くことで初めて自分の限界を知るものであるし、またそれが自己の長所・短所と真正面から向き合う契機ともなり、人間としての本当の成長にもつながる。いわば全人教育の成果として為し得るのが「ヒューマンワーク」なのである。
これは、労働の意義を考えるにあたっては、「手足(フットワーク)」「頭(ヘッドワーク)」「心(ハートワーク)」というような細分化した発想ではなく、労働はまさにそれらを統合したうえでの完全なる人間性の発揮の場であり、勝負を決するリングであると捉えるべき事象であるとして、私が命名した造語である。
別の表現をすれば、「ヒューマンワーク」とは、“人間らしさ”を基調とし、真剣味をもって「熱血・入魂・本気」を具体化する自己表現であり、全人格・全人間性をかけて全身全霊で「血と汗と涙の結晶」を育くむべく、無我夢中・一心不乱に人間の理想である「夢・愛・誠」を求め続ける働きである。これこそが、民族や国籍を超越した人類に普遍的な「ワーク」であると言えるだろう。
どんなに些細なことでも相手のことを考え、デジタルではないアナログな肉声が伝わるように一生懸命に尽くし、努力の「結晶」を見せることができれば、猜疑心や反発で頑なになった相手の心でさえも和らぐ。
また、クライアントに対しては、幸せを実感させることが大切になる。これが実は「ヒューマンワーク」の行き着くところであり、労働においてはクライアントが求めていることを提供し、単なる満足ではなく、大いに満足させることが重要になるのである。