2015年4月12日(日)16:37 東京都港区南麻布三丁目にてハボタンを撮影
花言葉「利益」
(1)弁護士報酬
このブログの第1回目で述べたように、いまは弁護士人口が増えていることや長引く経済不況により費用を適正な額に抑えようとする企業の動向からして、弁護士はお客様から厳しい目で選別される立場にある。企業の大きな案件では、複数の法律事務所にプレゼンをさせて、どこに依頼するか決めることも珍しくないという。弁護士が、お客様とあらかじめ報酬についての規定を定めないまま受任することは、まずあり得ない。見積書も必須であろう。
ただ、ここで重要なのは、お客様は単に安ければ依頼するのではなく、価格に見合ったより良いリーガルサービスを受けられるかどうかという視点で法律事務所・弁護士を評価しているということである。
弁護士間・法律事務所間の競争が激しくなっている現状では、見積書にしたがってお客様にお支払いいただいていても、クライアントから「コストが高いから弁護士を変更したい」と要望がくることも多いだろう。このようなお客様の要望を受け入れるべきなのだろうか。弁護士といえども価格競争を無視した仕事はできないが、その一方で、自らを卑下するような安売りをする必要はない。自分の能力と仕事の成果に見合う価格を堂々と主張し、交渉すればよいのである。そして交渉の結果、不調となれば弁護士も辞退すべきと観念しなければならない。
顧問契約が解約されるということは、依頼者が弁護士を自由に選べるようになり、弁護士が非正規要員になるということでもある。その結果として報酬が少なくなることは、必然である。
(2)資料の取り扱い
また、お客様から契約解除の申し出を受けたとき、弁護士がお客様に証拠などの関連書類を返却しないことがあるが、これは正しいことではない。委任契約終了時には、受任者は受け取ったものを引き渡さなければならない義務がある(民法646条)。また、依頼者から資料の返還を求められているにもかかわらず、弁護士の過誤によりその所在が不明になり、資料の発見や返却の連絡までに著しく長期の時間が経過していることは、それ自体弁護士として依頼者の信頼を裏切る行為であり、加えて、資料の返還請求等に真摯に対応せずに長時間放置したことは弁護士倫理に違反するものであるとして、弁護士法56条の「弁護士の品位を失うべき非行」に該当するとした裁判例がある(東京高裁平成15年3月26日判決判時1825号58頁)。日頃から、お客様からお預かりした資料等が散逸しないよう、細心の注意を払わなければならない。
(3)その他のトラブル
お客様からお金を貸すよう頼まれた場合、債務の保証を依頼された場合、親族の就職保証人になるよう頼まれた場合、断ることはお客様を失うことになりかねないが、弁護士はお金を貸したり保証人を引き受けたりしてよいのだろうか。
これについては、弁護士職務基本規程に依頼者との金銭貸借等に関する規定がある(第25条「弁護士は、特別の事情がない限り、依頼者と金銭の貸借をし、又は自己の債務について依頼者に保証を依頼し、若しくは依頼者の債務について保証をしてはならない。」)。
この規定の趣旨は、債権債務(金銭)関係が生じると、お客様との間に力関係が生じて、公平・公正な業務が出来なくなる可能性が生じるためであると説明されている。
関連する例としては、弁護士が借入金債務の弁済についての折衝の依頼を受け合意を成立させたが、依頼者が弁済を怠ったことによる債権者からの執拗な請求を免れるために依頼者の債務を保証する念書を作成したという事案で、さらに弁護士は保証債務を履行せず、その後の訴訟上の和解による履行も怠ったことが、弁護士職務基本規程第25条等に違反し、さらに後者の行為は著しく信義に反するものでありいずれも弁護士法第56条第1項に定める弁護士としての品位を失うべき非行に該当するとして懲戒処分を受けた例がある(平成22年6月1日日本弁護士連合会 懲戒処分の公告)。
また、若い法務部員が、「仕事を回すからキックバックをください」、極端な場合には「キックバック分を加算して請求してください」と弁護士に要求してくる例もあるそうだが、これにはどのように対応するべきだろうか。弁護士法第72条は「弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、異議申し立て、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。」と規定している。つまり、法務部員が、キックバックを受ける目的で、弁護士と依頼者との委任関係等の成立のために、紹介等の便宜を図ることは、同条に違反する可能性があることを伝えたうえで、断らなければならない。
(4)弁護士とクライアントとのトラブルについての例
弁護士とクライアントの信頼関係が損なわれると、両者のトラブルは裁判沙汰にまでなることもある。刑事事件としては、弁護士によるクライアントの金員の詐取・横領、民事事件としては弁護士の説明義務違反が代表例であろう。
弁護士とお客様との間のトラブルで一番多いのは、お客様が弁護士報酬を支払わないというケースである。適正な報酬を得るため、報酬体系やルール、期限など、受任する前にきちんと説明し理解を得ておくことが不可欠であることはいうまでもない。
また、弁護士に対するクレームは不誠実型、単純ミス型、技能不足型の3種類がある。一番多いのは「不誠実型」だ。たとえば、着手金を受け取ったのになかなか弁護士がとりかからないケース等である。現代はスピードが問われる時代だから、クレームも当然である。「単純ミス型」は、仕事について決められた期限があるにもかかわらず、弁護士が忘れてしまう場合などがそれにあたる。
しかし、弁護士が最も意識するべきは「技能不足型」の弁護過誤である。法律が次々と改正され新法や特別法が成立し、解釈も進化するなかで、弁護士が新たな法の存在を知らずに弁護活動をし、まさに無知により失敗を招くケースである。専門的職業人は一度公的資格をとったからと言って、決して安泰ではなく、「生涯勉強第一」でなければならないのである。
以下、比較的最近の事例を挙げてみる。事例を知っておくことが、トラブルを未然に防止する一つの有効な手段である。
【民事事件】
① 弁護士報酬未払いについての裁判例(東京地裁平成2年3月2日判決)
- 依頼者は、訴外H社に対する地代増額請求訴訟(本件訴訟)を弁護士に訴訟委任した。H社との和解が成立し、弁護士の委任事務が全て終了したが、依頼者が、弁護士が催告した弁護士報酬を支払わないため、弁護士が訴訟委任契約に基づく謝金支払をもとめ依頼者を提訴し、依頼者は、弁護士の弁護過誤に基づく損害賠償請求を反訴した。
- 裁判所は、依頼者との間の訴訟委任契約には明示的に謝礼支払約定が存しなかったと認定したが、「弁護士と訴訟依頼者との間の訴訟委任契約は、特別の事情のないかぎり、右明示の約定がなくても相当の謝金を支払うべき旨の暗黙の合意がある有償委任契約と解すべきである」とし、この場合の謝金額は、「訴額、依頼者の得た経済的利益、事件の性質及び難易度、紛争解決に要した労力及び弁護士報酬規定等諸般の事情を斟酌して算定するべきである」と判断した。
- 結論として、本件訴訟の和解による依頼者の経済的利益に対する謝金標準額(当時の東京弁護士会弁護士報酬規定に基づく)を算定すると865万6544円であるが、解決に長期間を要していること、依頼者が弁護士に説得されたこともあって応じた和解内容(H社の区画整理事業に対する協力条項の挿入および現状有姿返還)については、結局、和解成立後に数回の地権者会議を通しての自らの努力により従来の主張通り区画整理事業を施行することなく原状回復のうえでの賃貸土地の返還の目的を達したこと等諸般の事情を斟酌し、謝金額を800万円と算定した。
② 弁護士の説明義務違反が認められた裁判例(鹿児島地裁名瀬支部平成21年10月30日判決)
- 債務整理を受任した弁護士が、事件を辞任するに当たっては、事前に事件処理の状況及びその結果、並びに辞任による不利益を依頼者に十分に説明することが一般的に期待されるにもかかわらず、それらの説明を怠ったとして、債権者から訴訟を提起されたことによって被った精神的損害等を内容とする依頼者からの損害賠償請求が認容された事例。
- 債務整理を受任した公設事務所所長の弁護士が一方的に辞任通知を債権者に送付したため依頼者が債権者に突然訴訟を提起されて給料の差押えを受けた場合において、弁護士は説明義務に違反し依頼者に精神的苦痛を与えたとして、依頼者から弁護士に対してなされた慰謝料請求が認容された事例(過失相殺2割)。
③ 弁護士の委任契約に基づく債務不履行責任が認められた裁判例(東京地裁平成21年3月25日判決)
- 民事訴訟の提起・追行を受任した弁護士が、提訴までに約7年間という通常必要な合理的期間を超えている場合には、特別な事情がないかぎり、依頼者に対して債務不履行責任を負う。
- 弁護士が土地明渡請求訴訟の提起を受任してから、訴えを提起するまで約7年を経過している場合に、弁護士に債務不履行責任(慰謝料請求)が認められた事例。
【刑事事件】
① 詐欺事案で懲役3年の判決が言い渡された裁判例(大阪地方裁判所平成21年7月16日判決)
- 著名な刑事弁護士であった被告人が、刑事事件の相談のため被告人のもとを訪れた被害者に対し、事件をうまく処理するために、被害者が管理している現金をしばらくの間被告人の下で預かり、確実に保管した上返還する旨の嘘を述べて、被害者から9,000万円をだまし取った詐欺の事案について、同現金は成功報酬の担保として受け取ったものであったとの弁護人の主張を認めず、懲役3年の判決が言い渡された事例。