2015年7月3日のアーカイブ

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(1)2015年5月20日(水)東京タワー下にてペチュニアを撮影(花言葉:心の安らぎ)
(2)2015年5月22日(金)芝公園にてセイヨウキンシバイを撮影(花言葉:悲しみを止める)
(3)2015年6月6日(土)東京都北区豊島7丁目にてガクアジサイを撮影(花言葉:謙虚)

 

(1)大義名分

訴訟等を受任した場合、ことに相談案件を受任した場合、大義名分書を作成することが勝ち抜く基礎である。これを、企業のリストラのケースで説明してみよう。

私は1963年に弁護士になって間もない頃から企業のリストラ問題に取り組んできており、正確な数は不明だが既に1,000件以上担当したと言う者もいる。こうした中で私が必要に迫られ独自に編み出した知恵と工夫の産物が、リストラにあたっての「大義名分」を確立するという手法である。裁判所は、整理解雇が解雇権の濫用とならないか判断する基準のひとつとして「整理解雇の必要性」を挙げるが、私が考案した「大義名分」は、必要性のみならず企業の存続と再興をも重視する点において、一段と質が高くオリジナリティがあると言ってよいだろう。なぜなら、「必要性」は単に現下の人員削減の必要性を示せば足るが、「大義名分」とは、リストラをしても従業員らの士気を極力損なわないよう、具体的に企業の再生・再興を図るにはリストラしかないことを強調し、そのうえで未来志向の理念を確立することだからである

そこで、「大義名分書」の作成にあたっては、リストラの断行が経営者としての義務であるという強い意識を持ちながら、人員削減の必要性をデジタルな資料により説得的に論じたうえで、加えて、企業が「未来に生きる」ための目的意識をも明示し、リストラによって社会的ニーズに応える企業として存続・再興し得ることを明らかすることに重点を置く。このように「大義名分」はリストラが企業の未来を切り拓く手法であることを明らかにし、大方の従業員の納得を得る手続を進めることであるから、「大義名分」を構築できない経営者では企業再建は不可能と断じても過言ではない。

理想を言えば、企業の将来を考えるこうした作業は経営悪化に陥って初めて行なうのではなく、折に触れ経営に関する情報公開を行い、従業員の意識を共有させる機会を適宜与える必要がある。そして、事業の発展のために何をすべきか、仕事の仕方を変えることで売上げを伸ばせるのではないか、自らの技能・技術を磨くために何をすべきか等々について常に上司と部下がコミュニケーションを取り続ける手法を編み出すのである。

こうした考え方の基本は、あらゆる事案に応用できるのである。

 

(2)敗訴確実な事件を引き受けない

顧問会社等を除いては、極力、敗訴確実な事件を引き受けないことである。また、勝訴の可能性のあった事件において敗訴したときは、すすんで依頼者に代理人辞任を申し出ることである。もちろん、これはそれなりに勇気がいることであるが、しかし自分自身の責任感を全うする上において、極めて重要なことである。辞任すればよいという安易な態度で訴訟に臨めば、弁護士としての評価などは初めから得られるものではない。一方、精一杯行ったが敗訴し、辞任を申し出たとき、依頼者から再任されれば、これに勝る喜びはなく、弁護士として、依頼者から真の信頼を得たこととなる。

また、法廷の傍聴は、弁護士としてできるだけお客様に求めるべきである。弁護士のなかには、法廷の傍聴を断ったり拒んだりする弁護士もいる。しかし、お客様が傍聴を望むのは当然であり、ここに弁護士とお客様の間に不信が生まれる所以がある。お客様は傍聴を拒否されれば、「自分の前では大言壮語しているが、裁判官や相手側の弁護士の前では小さくなっているのではないか…。」と疑うのである。私は、お客様にはできるだけ傍聴してほしいとお願いしている。傍聴結果につき、お客様に、裁判官に、あるいは相手方の弁護士にどういう影響を与えたのかも説明する。それを分かりやすく展開できれば、お客様は納得し、弁護士も評価されるだろう。

 

(3)コミットメント(必達目標)

明確なコミットメントが提示できる弁護士は、優秀な弁護士である。

弁護士である以上、お客様に「勝ち筋ですか?負け筋ですか?」とよく聞かれるが、そのときに一定の見通しを語ることができると言うことは重要である。事件を引き受けた当初は、「お話を聞いた限りでは勝ち筋でしょう」と言うことができるし、負け筋の時は「まあまあ難しい」と言うことができる。

そして、何回か相手の意見を聞いているうちに、勝ち筋か負け筋かがはっきりと分かるようになる。だから、勝ち筋なら「勝ち筋である」と言わざるを得なくなるし、負け筋であると判明すれば「努力してみるが、難しい」とはっきり伝えることになる。これが、コミットメントということである。

ところが、暗に相違して勝ち筋だと思っていたが、負けるという結果になってしまうことがある。そのとき、裁判官を非難したりして取り繕うのが弁護士の一般的な手口であるが、それはあまり誉められたものではない。お客様に約束したこと、コミットメントが実現しなかったときは、率直に弁護士は謝るべきであるだろうし、辞意を表明すべきであろう。そういう弁護士が、潔い弁護士として評価されていくのである。

 

(4)駆け引き

駆け引きとは、辞典では「相手の出方や状況に応じて、自分に有利になるように事を運ぶこと」と解釈されているが、さらに言えば、相手に勝利感を与えることである。要するに、当方の妥結点を意識しつつ、それ以外の箇所を相手に譲ることを通じて、上手く和解に持っていくという手段である。

ところが、お客様が駆け引きは不要だといって断るケースが多々ある。そうなると、弁護士の腕が発揮できない場合が多い。だから、妥決点を予めお客様に教えておくことが大切である。優秀な弁護士とは、妥決点をできるだけ早く見極める才能がある弁護士である。裁判は80%が和解で終わることが現実である。そもそも、交渉ごとは話し合いだから、裁判が和解で終わることは普通である。だからこそ、駆け引きはどのような場合でも交渉の基本なのである。駆け引きは、相手方に和解に対する満足感を与える手段としても必要である。引き出す、勝ち取るといったところに、満足感が生まれてくるのである。

また、ある時は、相手方の出方を見るために駆け引きをする。例えば、和解の時に相手方の考えを探るため、当方が相手方にとって妥決点と考えているところを切り下げたうえで提案する。そして、相手方がそれに反論してくれば、相手方の出方が分かるということである。ところが、相手方の求める妥決点を読み違えると、相手方は当方の提案を見てあまりにも掛け離れているということで和解を断念しかねない。こう見てくると、和解においては自分の妥決点を考えるとともに相手方の妥決点を的確に予測しなければならない。そうしてこそ、駆け引きが成功するのである。そして、タイミングが肝要である。具体的には裁判長の顔色を見て「和解をしてはどうか」と言い出しそうなときが好機である。このタイミングを逸すれば、まとまるべき和解も不調に終わる。

裁判においては、例えば決定的証拠を持っている時は、それが当方の手の内にあることを示唆しないで主張するのである。相手方はそれを読み切れないまま自分の一方的な主張のみを展開することになるが、そういう時は決定的証拠を持っているから、相手方の主張を徹底的に粉砕することができる。これも駆け引きの1つである。反対に、当方に有利な証拠がなく不利な証拠ばかりの時には、駆け引きはどうしたら良いのだろうか。不利な証拠ばかりの時は、とぼけて強気の主張ばかりすることがある。しかし、結局は証拠がないから敗訴してしまう。相手方がこちらの状況を的確に把握せず、こちらの強気の主張に幻惑されて後退する時もあるが、それは非常に稀なケースで、一種の博打である。だから、そういった時は強気の主張をしないで、有体にいえば、早く和解を勧めることである。もちろん、当方に不利ではあるが、敗訴するよりましである。それが駆け引きというものである。ある程度までは譲歩をしても、予め決めておいた枠を超えて譲歩をしてはならないのである。和解条件は、多角的な検討を経た上で提示し、和解を契機として、その延長線上にお客様に資する諸施策を、たゆみなく着実に打ち出していくことが肝要である。

以上

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