2016年4月1日のアーカイブ

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上から時計回りに
2016年3月12日(土)7:02 青葉台1にてマメザクラを撮影 花言葉:「優れた美人」
2016年3月12日(土)7:59 飯田橋2にて木蓮を撮影 花言葉:「自然への愛、崇高」
2016年3月22日(火)7:58 中目黒公園にてイチハツを撮影 花言葉:「知恵、つきあい上手」

 

 

第7回 団体交渉
(2015年7月27日より転載) 

 

弁護士になって50年余、依頼者に満足してもらえる結果を出すため、私は寝食を忘れてがむしゃらに勉強してきた。ただ、初めは本を読んでも分からないことばかりで、拙著『人事権の法的展開』(有斐閣1987年)、『企業経営と労務管理』(第一法規1993年)などは、若いころの体験を念頭に、分からないことをいかに理解するかという探求のプロセスを書いたものでもある。あえて独自の境地を開拓したテーマを挙げるとすれば、「団体交渉」「リストラ」「精神障害の問題」の3分野だろう。

 

新人弁護士時代の1960年代は労働組合の争議活動が非常に盛んで、団体交渉、ストライキ、ピケ等、労使の激しい衝突の現場に私は常に身を置いた。団交を担当するようになった大きな契機は新人2年生の1964年、東映の京都太秦撮影所を担当した際、撮影所長だった故岡田茂氏(のちに社長・会長等歴任)が私の働きぶりをみて、米国の映画会社13社の使用者団体の弁護士に推してくださったことである。

 

最初は右も左も分からぬ状態だったが、厳しい団交の現場で身体を張り、机上の学問だけでは分からない要素を発見して体得した。現場での様ざまな言動から自分も含むすべての関係者の人間性を見極め、人間のあるべき資質としての「真・善・美」「夢・愛・誠」等々、人間のありようを見抜く眼力の重要性を肌で学んだのだ。それを通じ、苦しくとも労使の厳しい対立場面をびくつかずに乗り切り、成功体験を積み重ねて団体交渉はいつしか得意分野になった。

 

その過程で、『労働経済判例速報』に連載「団体交渉覚書」(1970年3月~72年11月・全15回)を書いた経験は、さらに自分の考えをまとめて依頼者に分かりやすく伝える力を養うことにつながり、この連載を読まれた長野県経営者協会専務理事故西原三郎氏が、思いがけず連載途中で『団体交渉の円滑な運営のための手引~交渉担当者の法律知識』(72年4月刊行)という小冊子にまとめてくださったのが、私の最初の著作といってよい。

 

団交権は、団結権および団体行動権と並ぶ憲法で保障された労働三権の一つであり、あるときは使用者と労働者の取引の場として、あるときは説得の場として機能する。つまり、労組は争議権を背景とする実力行使と使用者側の譲歩との取引きを試み、使用者側は争議権の回避に向け、労組の要求に対し一定の譲歩や説得を試みるのだ。「様ざまな対立のなかで肯定点を見出して前進し続けることが、新しい舞台に到達するための原点である」(ヘーゲルの哲学)とあるように、団交でも、競争的解決に限らず協調的解決による共存共栄をめざすことが重要である。立場こそ違うが労使は相容れぬ不倶戴天の敵ではない。包容力をもって接すれば、遺恨と執着は次第に薄れ、相手の気持ちも氷塊し諦念の境地に至るものである。

 

ところで、交渉担当を定めず多数の労働者(組合員)が交渉を行う大衆団交という方式がある。特に、労組側が健康被害による損害賠償を企業に求めるような案件では、加害者たる企業側は防戦一方になりがちだが、私が交渉の場に立った際は、それなりにイニシアチブを発揮した。これも多くの現場体験を重ねた結果であろう。

 

弁護士は社会正義のために働く存在である。無私の心で絶えず顧客のために一生懸命に対応することが、専門的職業人として社会に生き、社会正義に生きる証なのである。

 

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