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2016年3月27日(日)9:56 千葉県香取市佐原にてクリスマスローズを撮影
花言葉:「追憶、慰め」

 

 

 

第1回 格差問題の根本原因(上)
(2007年9月17日より転載) 

 

 

 

結婚の自由がある限り

ワーキングプアという新しい社会問題やこれまでは馴染みの薄かった「ジニ係数」なる専門用語がマスコミを賑わすなど、先進諸国のみならずわが国でも所得格差・教育格差・医療格差・情報格差・地域格差等をめぐる議論が盛んになってきた。その中には格差是正の必要性を強く唱える論調もあるが、格差とはそれほど忌避すべき現象なのか。今の議論は感情論に偏っていないか。そして、格差問題の本質とは何か。これらについて、小生なりの視点から2回にわたり問題提起を試みたい。

 

誤解を恐れずに言えば、結婚の自由がある限り、格差は絶対になくならないというのが小生の持論である。性の結合において絶対的選別(自由)を許容する社会では、格差は拡大するのみである。憲法24条1項は「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し」と定め、また民法の婚姻に関する規定もこの趣旨を前提とするものである。そして、これはおよそ現代国家の常識となっている。

 

しかし、結婚とは人間の社会的営みであると同時に、DNAの追求という生物学的な意味に本質があることは否定できない。したがって、優秀な者同士が結婚すれば優秀な子孫が生まれ、結婚と次世代の育成を通じて格差は拡大再生産されていく傾向がある。DNAの重要性は、競走馬や盲導犬等、特別な能力を求められる動物を見れば歴然としている。一夫一婦制の婚姻形式が確立した今日では、格差は必然的な現象であると言ってよいのである。生殖の相手を自由に選別できる限り、より質の高い相手を伴侶にしたいと願う人間の本能的な向上心と相俟って、格差の拡大は決定的となる。そして、その格差は、さらに次世代の教育格差等へとつながっていくのである。

 

結婚問題に加えてさらに身分関係における格差を拡大させるのは、相続問題である。相続によって親から受け継ぐ資産の有無で格差が生じる法律制度は、格差を当然視しなければならない基盤であろう。相続税率を高くすれば格差はある程度緩和されるかもしれないが、それでは努力して財産を築こうとする人間のやる気を失わせ、チャレンジ精神を減退させることに気を配る必要がある。

 

拡大しつつある能力差

結婚と相続が格差を生み出す社会的仕組みであることに加えて、格差を増幅させていく根本原因は、人間としての自立心・向上心の有無に他ならない。向上心には競争心が内在するものであるから、この自立心・向上心を目的に向かって強く発揮する者のみが困難を乗り越えて成功を勝ち獲る。格差拡大はもはや紛れもない事実であり、自由主義社会における必然である。格差問題は、是非論ではなくこうした事実認識から始めなければならない。そのうえで国として企業として個々人として、どのような対策を講じるべきか十分に検討することが必要なのである。

 

格差現象は何も今突然に始まったことではない。人間の文明は、「フットワーク」(足)から「ヘッドワーク」(頭脳)へ、そして更に「ハートワーク」(心)へという過程を辿ってきており、この価値基準の変遷は、まさに個々人の能力差や資質の格差を拡大させる方向での移行であると言える。人間の機能の中では、その進化の前身であった動物としての”四本足の時代”から備わる原始的機能=「足腰」が最もよく発達しており、その次は前足が進化した「手」、その次は直立することによって発達した「頭脳」である。

 

こうした発達の順序から見て、「頭脳」は強靭さという点において他の機能と比べて未熟で、発達の伸びしろが大きい機能であると言える。そうであるがゆえに、頭脳が未熟でない者と未熟である者の格差は、「足腰」や「手」の使い方レベルとは比較できないほど甚大になるのである。これが「心」のレベルとなれば、心は頭脳以上に未発達であるがゆえに、もたらされる格差は測り知れず、心の時代・ハートの時代になってくると、人間の格差はいよいよ如何ともし難いほど拡大する。

 

上質な人との上質でない人との差は量的な格差ではなく、まさに、”神に近い存在”と”動物的な存在”との違いとも言うべき”質的格差”として意識されるからである。格差は人間の向上心の産物であるがゆえに不可避であり、これはハートワークの時代になればなおさらのことであって、より神に近い存在が尊ばれ、またそれが社会的に尊敬され、人間の高尚さへの憧れは限りないものになっていく。そして、経済的な格差も、人間としての高尚さによって一層増幅されるようになるであろう。

 

現在は主にヘッドワークの時代であり「頭脳」の働きという価値基準によって格差が生じているが、来るべきハートの時代には、上質な個人・企業等がますます尊ばれ、そこに富が集中することになるからである。こうした厳しい現実を踏まえて、個人も個別企業も、独自性と独創性を以って成長していかなければならないが、これはまさにハート(良心・善意・成長への意欲)の機能をいかに発揮するかにかかっている。

 

自分を見限り絶望感も

今後も格差は拡大し続ける。それはハート・心のレベルの違いは各人間で極めて著しいからである。その格差に打ちひしがれて希望を持てなくなり、自分を見限り絶望感を抱く者すらいる。そうなると人間としての存在意義も失いかねない事態となり、ここに国としての「底上げ策」が必要となってくる。格差を是認せざるを得ない中において、格差社会から取り残される者にチャレンジ精神を植え付けるのが底上げ策である。教育機会の平等、税制改定、セーフティネットの整備等々各分野で底上げ政策が求められるが、それらは格差の縮小にある程度寄与しても、格差拡大の潮流を解消することはできない。底上げ策は、格差の底打ちを可能にする道を模索して、”底なし沼”に陥らせないための保全の手続きであり、成長の意欲を喚起するものでなければならない。

 

豊かで魅力的な国とは

その意味で、格差の真の底上げ策は、新しいフィールドを絶えず構築する以外にない。新しい分野・地域・テリトリーを打ち立てて、そこで活躍する場を与えるのである。日本には「土俵を変える」という言葉がある。土俵とは自分が拠って立つ場所であり、稼ぐ場所でもある。今の土俵でうまくいかなければ、別の土俵へ行ってみよう。競争の少ない土俵を探してみよう、自分で土俵を作ってみよう、左脳ではなく右脳の活かせる土俵、ルールの違う土俵、自分を必要としている土俵を見つけよう等々、土俵を変える方法が多い国ほど豊かで魅力的な国と言えまいか。

 

既存の社会では、格差はどうしても固定してしまう。ここに実は、グローバル化の波に乗って、日本が世界に羽ばたかなければならない所以がある。国が世界の地理的・経済的状況を眼下に納め、日本国内では上昇できず格差に喘いでいる人たちに新天地での経済的成長と精神的成長を求めさせ、希望を抱かせる施策を取ることこそが、確実な底上げ策につながると言えるだろう。

 

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