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2016年6月26日(日)9:08 正丸峠にて撮影

 

 

第7回 ハートワーク時代のメンタルヘルス
(2008年5月5日転載)

 


「治癒」ではなく「寛解」 

精神障害の場合には治癒や完治という表現はせず、病気の症状がほとんどなくなっても完全に治癒したわけではなく、様子をみていく「寛解」という判断概念にとどまるのはなぜだろうか。身体は18~20歳で完成されると言われているが、精神はその個体が死を迎えるまで、生涯完成を目指して発達を続けると言われている。

即ち、いわゆる成人に達しても、「精神」自体は本来的に完成したとは言い得ず、四肢など身体の一部は完成と言い得るのに対して、精神は常に“未完成”なのである。未完成であるからこそ、精神とはかくも脆くかつ傷つきやすいものなのだろう。メンタル面で問題がないと評価される者であっても、ときに傷付き成長への気力を失い、ときに退行(精神状態が暦年齢より子ども帰りした状態)さえ生じることもあり、可塑性が失われる事態に陥ることがあるのではないか。

それでもなお、正常であると判断され得ることがあるのは、精神的な成長を遂げるプロセス下に今あると自覚しているからであろう。つまり、正常な者の精神状態は、未完成ではあるが、なお向上の途上にあるという自信を抱いているのだろう。

ところが、いわゆるメンタルヘルスの障害に陥ると、精神が未完成なものであるがゆえに、挫折感が生じ、成長するエネルギーを失い、自己が淘汰されるという不安に苛まれ続ける事態を迎える者が多数に上る。そこで、精神障害の症状が一旦治ったとみえて、淘汰の不安が再び招来し、再発の可能性があるとせざるを得ず、そのことから治癒という概念を使わざるを得ないのではないか。

この寛解という分かりにくい単語を例にとっても分かるように、精神医学はなお究明されていない未分化な学問であり、ある意味稚拙な部分が大いにあると言えるかもしれないし、逆に言えばなお未発達の余地が大いにあるとみることもできよう。

 

制度設備の取組み急務 

このように、精神障害は寛解にとどまり再発の可能性をいつも秘めているがゆえに、身体的病気からの復職以上に、十分に配慮しながらの試し出勤・リハビリ勤務という制度が必要不可欠となってくる。

アンケート調査をみると、リハビリ勤務を制度として備えている企業はまだそれほど多くない。しかし、メンタルヘルス問題が近年急速に拡大している実情からすれば、制度整備への取組みが急務になる。職務復帰支援は、休職開始時点から開始することが望ましいとされており、さらに再発防止のための手続きも必要になる。

最近の20~30歳代の若い世代は、メンタル面での不調があると進んで医療機関を調べて心療内科へ行くケースが多く、うつ病・自律神経失調症・パニック障害等の診断書を自ら受け取り上司に提出すると言う。悩みを抱えてカウンセラーに相談する社員も、すでに精神安定剤や睡眠導入剤を服用している者も多く、若者にとって心療内科の敷居は以前のように高くない。

従って、ラインの気付きや声かけはもちろん必要だが、家族からの連絡を得られやすい体制を作ったり、本人から診断書が提出された際の上司や人事の対処方法も一定のルールを作る必要もあるだろう。その診断書に対する判断および診断書に従い休職に入った場合の復帰時期等につき、セカンドオピニオンの求めに応える専門医も絶対に必要になるであろう。

復職にあたってまずはどの職場が適切か問題となるが、原職場も新しい職場も、どちらも難しい。原職場になれば、そこで働いて発症したことから再発の可能性がある。ところが、新しい職場で上司も同僚も変わると、本人にとって精神的負担が強まる。そうなると、リハビリ職場は本人の意向が重要になってくる。

実際に企業内カウンセラーから伺った話によれば、本人が元の職場に戻りたいというケースと絶対戻りたくないというケースがある。人間関係の軋轢が原因の場合は本人が異動を希望するかと思うと、そうとは限らず、軋轢の相手を攻撃して、その人の移動を望む場合もある。あの人(上司)さえいなければ完璧に仕事ができると主張するのである。

また、負荷が重く耐え切れず体調を崩した場合でも、その仕事内容に執着のある人は、同じ職場に復帰を望む。その場合、休職中も休みの日に出社したり、会社の周りをうろついたりして、現場に顔を出す。スキル不足を認めようとしない。そういう人は復帰してもまた体調を崩して休職を繰り返すケースが多い。

欠勤後や休職後の復帰に関しては、最終的には本人の希望の聞いて対処するしかないが、移動を希望している場合は受け入れ先との交渉があり、難航することになるのが一般である。

リハビリ勤務は労災適用の問題とも絡み、休職期間に含まれるのか、あるいは勤務期間とされるのかという基本的な問題もある。また、リハビリ勤務にはどれだけの期間を要するかについても検討を要する。個別企業の例によれば、2週間~1カ月程度としているところもあれば、規定では特に制限を設けていない企業もあり、まちまちだ。

そして、その期間中の処遇についても、正社員のまま一定割合を支給する企業もあれば、某ベンチャー企業のように、期間中は身分をパート社員に切り替えて、処遇もそれに応じたものにする例もあるようだ。

 

最高裁も配慮を求める 

なお、復職問題に関する最高裁判決としては、バセドウ病に罹患した労働者をめぐる「片山組事件」(最判平10・4・9)がある。最高裁は、「労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては、現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても、…当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ているならば、なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当である」として、企業に対し労働者への配慮を求めている。制度設備を行わずに休職者にリハビリ勤務を認めると、この判決を根拠に原職の処遇を求められるおそれもあるので、注意が必要である。

また、企業によってリハビリ勤務期間は人事で預かるケースや、外部のリワークプログラム(対人交流練習、認知療法、職業訓練を通じての復職準備プログラム)への参加を促すケースもある。なお、職場へ復帰した場合のリハビリ勤務期間はプロセスを注意深く見守らなければならず、いわば“ウォッチ”し続けることになり、その結果本人及び同僚の緊張感が高まることにもなる。ここにリハビリ勤務期間特有の難しさ・留意点があり、上司・同僚等だけでなく、精神障害に関する専門知識を持つ医師・専門家が対応しなければならない根本的な理由がある。

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