• 話題のテーマについて各界で活躍されている人と対談をする一問一答形式のブログの第3回です。
  • 今回は、プロ登山家竹内洋岳様にお話をお伺いいたしました。

 

■ ■ ■ ■ 時流を探る~高井伸夫の一問一答 (第3回)■ ■ ■ 

プロ登山家  竹内 洋岳 様 
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[プロ登山家 竹内洋岳様ご紹介・プロフィール]

1971年東京生まれ。プロ登山家、立正大学客員教授。ICI石井スポーツ所属。日本人初の8000メートル峰全14座の登頂者 第17回植村直己冒険賞受賞。

1995年に日本山岳会隊に参加して、マカルー(8,463m)東稜下部より登頂し、初めて8000m峰を登頂する。各国の登山家と少人数の国際隊を組み、酸素やシェルパを使用しない軽量装備でスピーディに高峰への登頂を行う速攻登山で複数の8000m峰を登頂している。2007年にパキスタンのガッシャーブルムII峰(8,035m)で雪崩に巻き込まれ、腰椎破裂骨折の重傷を負う。2012年5月26日(日本時間)に最後の1座となっていたダウラギリへの登頂に成功し、全14座の登頂を成し遂げた。

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今回は、小生が長年お付き合いをさせていただいている、エベレストにもチャレンジしたことがあるUTグループ株式会社代表取締役社長兼CEO若山陽一様のご紹介で、同じく小生の長年の親しい友人で、穂高や八ヶ岳で強力をしていた小松茂生様に同席いただき、お話を伺った。(対談は2016年8月29日に行いました。於:西麻布「香宮」)

 

[今回のインタビュアーは以下の通りです(順不同)]

  • 高井伸夫 
  • 医療法人社団成扶会馬見塚デンタルクリニック 相談役 小松茂生 様
  • UTグループ株式会社 代表取締役社長兼CEO 若山陽一 様

 

 


 

高井

今年の9月末から山に入ると伺いましたが、次はどこの山に登るのですか。

 

竹内様

2年前にネパールの未踏峰マランフランという山へ行きました。残念ながら登りきれなくて帰ってきてしまったので、9月にマランフランへ行きます。ここは政治的な理由で未踏峰になっていました。1年かけてネパール政府と交渉して解放してもらったので、私には思い入れのある山で、ぜひ登りたいんです。

 

高井

マランフランという山は標高は何メートルですか?

 

竹内様

6700メートルくらいです。

 

髙井

初登頂になるんですよね?

 

竹内様

私が登れば初登頂です、人類初登頂です。登れたらいいのですが・・・。

 

高井

なぜ未踏峰へ登るのですか。

 

竹内様

いま人類が宇宙に出ていく時代において、地球上には未踏の山がたくさんあります。私はそれを非常に面白いことだと思っています。今から100年以上前に探検家たちが地図の空白地帯をさまよっていた。未踏峰はその様子を現代の私たちが再現できる可能性を秘めています。難しくて登れないのではなくて、政治的な理由で登れないエリアがたくさんあります。パキスタンの方に行ったり、アフガニスタンに行ったりすると、紛争地ゆえにまだ未踏峰の山が残されています。そこがいずれ平和になって、解放されたときにそこに人類が最初に到達する可能性というのはまだ残されています。

ネパールにも未踏峰がたくさんありますし、いずれパキスタンやアフガニスタンの未踏峰にも行ってみたいです。もしかしてアフガニスタンであれば現地のゲリラと交渉してこの山登らせてくれと言わなければならない日が来るのかなと思うのですが、そういうことを考えるとちょっとわくわくしたりします。

 

 

高井

話は変わりますが、山で不思議な現象に遭遇したことはありますか。

 

竹内様

過去には、あまりそういった経験をしたことはありません。海外のクライマーと話をしているとサードマン現象が話題に出ます。もう一人の自分がどこかから見ているような感覚がするんだというようなことを言われる人がいます。何か限界的なスポーツをしている人が時々見るものだと言いますが、私は見たことがありません。

ただ、これはあんまり人には話をしていませんが、今思えば不思議な経験だったのが、パキスタンのナンガ・パルバットという8000メートル峰に登った際のことです。2001年に国際公募隊で登ったのですが、私が先頭でずっとルートファインディングをしていて、ファイナルキャンプから頂上に登っていく時に、結構複雑な雪の斜面をルートを選んで頂上に到達しました。私は1時間も早く登って降りてきてしまったのですが、あとからついてきたメンバーに「ヒロ、お前が選んだラインは美しいラインだった。一番合理的で一番安全で、一番美しいラインだった」とすごくほめてくれました。実は、私はそこを登った時にそこに何かが通った跡を感じました。何かが雪の上を通ったような・・・。

 

高井

何かが通った?

 

竹内様

雪と氷と岩の斜面で、岩がごちゃごちゃなっているところも、そこだけ不自然に誰か歩いたように岩がずれたように見えたのです。でもそのシーズンは私たちが一番最初の登山隊で、山は一冬経つと、過去の登山の痕跡はまずなくなってしまいます。残されているわけがない。しかし、私には何かが通ったような跡を感じました。

 

高井

霊感があったのでしょうか。

 

竹内

他でそんなことを感じたことはありません。誰かに言おうか言うまいかと思っていたのですが、ある時ずっと一緒に登っていたガリンダというオーストリアの女性クライマーに「ヒロ、今まで不思議な経験をしたことはある?」と聞かれた時に、そういえば・・・と、このエピソードを話題にしたら、彼女は、「それはね、ナンガパルバットが登って欲しかったんだよ」と。それはそれで、女性らしい詩的なことを言ってくれました。彼女はいうには、「山があなたを選んだんだ」と。

 

高井

簡単にいうと山が待っていたということでしょうね。

 

 

高井

14座登頂されて、麓の村に滞在することもあると思いますが、一番よかったのはどこですか。

 

竹内様

どこも面白いです。8000メートルの山があるエリアというのは、チベットとネパール、パキスタンですが、どこも非常に面白いです。いいところかと言われるとちょっと分かりませんが、面白いのは間違いないです。どこも面白いのですが、ネパールの方が楽しいです。ネパール人の方が親切ですし日本人に少し近い部分があるように思います。

 

高井

ところで、動物には予知能力があって、人間にも本来予知能力があったのが人間は予知能力が退化してしまったと思いますが、いかがですか。

 

竹内様

私もそう思います。ただ、人間は、予知能力を発揮する場がないのだと思います。私達はきびしい環境におかれたらおのずと取り戻す可能性があると思っています。

 

高井

竹内さんの夢は何ですか?

 

竹内様

プロ登山家となる前の、趣味として登山をしていたときの私にとって、将来、登山を続けていくことは、夢だったかもしれませんが、プロ登山家と名乗って以来、それは、夢ではなく目標として、登山に取り組んできました。 プロ登山家として、あるのは、夢ではなく、目標です。 14座完全登頂という目標の先に、新たな目標を見いだし、その先に、また新たな目標を見いだし、いかにプロ登山家として、登山を続けていけるか?新たな目標を見つけ続けられるか?が私の目標であり、挑戦です。

 

高井

プロ登山家という肩書を使っていますが、どうしてですか?

 

竹内様

「○○家」という肩書は、世の中にたくさんあります。そこで作家、画家、音楽家、芸術家、建築家、格闘家、評論家など思いつく限り書き出してみました。それらをじっと眺めていたときに、ある共通点に気が付きました。中には例外もありますが、多くの「○○家」には資格が必要ない。つまり、「自称」でいい。名乗るための資格も認定機関もない、要するに自分は今日から○○家だと、なりたいときに、名乗れば「○○家」になれるのです。

ということは、自分の都合のいいときになれるのが「○○家」ならば、都合が悪いときに簡単にやめられるのも「○○家」だと思ったわけです。私は、14座登頂は最後まで絶対にやりぬく覚悟をもって挑む目標なので、都合が悪くなってやめられる「登山家」としては宣言できないと思いました。

プロとして最後までやり抜くかどうか、その強い遺志、覚悟があるかどうかだと思うんです。だから私にとってプロとは覚悟。「絶対に14座を登り切る覚悟がある」という意思表示をするために「登山家」に「プロ」とつけて「プロ登山家」と名乗ったわけです。また、それをやっていくことで今は稼げないけどこれから稼いでいくんだと言い切れることもプロの定義のひとつなので、プロ登山家と名乗ったのは「今日からプロとして登山の世界で生きていってみせます」という意思表示でもあったのです。

 

高井

プロ登山家の育成をすることにどんな意味がありますか。

 

竹内様

プロ登山家が存在することで、登山がプロスポーツに成長、発展する可能性が生まれます。必ずしも、プロ登山家だけがプロではなく、登山の世界に、プロフェッショナルを誕生させることが目的です。登山を専門にした、プロガイド、プロカメラマン、プロジャーナリスト、プロトレーナー、プロモーターなど。登山がスポーツとして、成長、発展、洗練されることで、他のスポーツと同様に、そこに、プロフェッショナルが誕生するはずです。

登山に、職業と雇用、そして、自立した経済活動が生まれることで、登山が、スポーツとして、そして、文化となって、次の世代に受け継がれていくことになります。

これは、登山の先輩たち(小松さんなど)が、私たちに手渡してくれた登山を、次の世代に受け渡す、私たちの役割です。

 

以上

 

日本人初の14サミッターであり、今現在も未踏峰にチャレンジされていると聞くと、ギラギラした汗臭い山男を想像されるかもしれませんが、インタビューでお会いした竹内様ご本人は物腰が柔らかで謙虚な印象を受けました。14座登頂という経験に奢ることなく、一つ一つ誠意をもって丁寧に対応される方なのだと思います。

ご自身の未踏峰へのチャレンジに留まらず、プロ登山家を育成したいと語る彼の夢にご協力、ご賛同いただける方を募集しております。竹内洋岳様の講演等に関心がある方、あるいはスポンサーとしてご支援いただける方は当事務所までご連絡ください。

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