- 話題のテーマについて各界で活躍されている人と対談をする一問一答形式のブログの第4回です。
- 今回は、福山大学名誉教授大久保勲先生にお話をお伺いいたしました。
■ ■ ■ 時流を探る~高井伸夫の一問一答 (第4回)■ ■ ■
福山大学 名誉教授
大久保 勲 先生
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[福山大学名誉教授 大久保勲先生 ご紹介プロフィール]
東京外国語大学中国語科卒。1961年東京銀行入行。1971年4月から3年1ヶ月日本日中覚書事務所駐北京事務所へ出向、1983年5月から3年2ヶ月東京銀行北京事務所長、1994年2月から再度東京銀行北京事務所長として赴任し、1996年4月の三菱銀行との合併で東京三菱銀行駐華総代表となり、1998年3月まで4年2ヶ月北京で勤務、合計10年5ヶ月の中国勤務をされた。2001年4月から2014年3月まで福山大学経済学部教授(09年から客員教授)をされ、その間2010年4月から4年間福山大学孔子学院長を兼務、現在は福山大学名誉教授、中国経済経営学会その他の日中関係学会、団体の顧問をされている。
[今回のインタビュアーは 以下の通りです]
- 高井伸夫
- 久佐賀義光様
(対談は2016年8月16日に行いました。於:露山会館)
~大久保勲先生に聞く中国経済関係について~
高井
初めまして。大久保先生は福山大学の先生をされていたそうですね。今日は中国経済についていろいろとお話を聞きたいと思いますので宜しくお願いします。
大久保先生
初めまして、どうぞ宜しくお願いします。私は現在の三菱東京UFJ銀行の前身である東京銀行へ入行し、最初の10年間は全く普通の銀行マンでしたが、その後の30年間は中国関係一本で仕事をし、北京で通算3回、10年余の勤務をしました。その後は福山大学経済学部教授、客員教授として13年間中国経済等を担当し、経済学部長も4年間務めました。最後の4年間は、福山大学孔子学院長を兼務して、たいへんよい経験をしました。
高井
孔子学院とはどんな学校ですか。
大久保先生
孔子学院は中国の教育部(日本の文科省に相当)傘下の国家漢弁(HANBAN:教育部直属の事業単位のこと、HANBANとは漢弁の中国語読み)、孔子学院総部の指導の下、外国の大学が中国の大学の協力を得て運営する、海外への中国語教育の普及び中国文化のPRを行なっているもので、日本には14の孔子学院があります。最近の嫌中感の影響もあり、残念なことに日本の若者で中国語を学ぶ人が減少しており、中国への留学生が現在世界7位にまで落ち込んでいます。アメリカは中国と対立しつつも、毎年、劉延東副総理をトップに、米中人文交流ハイレベル協議を行い、長期的見地から双方の協力を強化しており、例えば、現在100万人の学生に中国語を学ばせたり、中国へ10万人の留学生を送り出す計画を進めています。
高井
大久保先生はどんな本を出されましたか。
大久保先生
1993年にジェトロの研究仲間で後に愛知大学教授となった今井理之氏と共編で亜紀書房から『中国経済Q&A100』を出版しました。これは台湾と韓国で翻訳も出されました。2004年に蒼蒼社から『人民元切り上げと中国経済』を、2005年に元中国大使館員の馬成三氏と共著で蒼蒼社から『2010年の中国経済』を出しました。その後は本を出していませんが、“21世紀中国総研”(www.21ccs.jp))という蒼蒼社の運営しているサイトに「大久保勲の人民元論壇」というコラムを持ち、51回ほど書いています。最近「”8・11相場改革“から一年――人民元対米ドル相場は上下に大きく変動して水準を徐々に下げる」と題して書きました。また、霞山会の「東亜」8月号に「人民元の問題点と今後の展望」と題する論文を書きました。
高井
大久保先生の中国経済のニュース・ソースは何処ですか。
大久保先生
いくつかの勉強会、定例講演会、シンポジウム等のほか、定期的なニュース・ソースは航空便で中国から取り寄せている「経済日報」と中国人民銀行サイト(www.pbc.gov.cn)及び「経済日報」のサイト「中国経済網」(www.ce.cn)です。
高井
私は3兆2千億米ドルの外貨準備を持つ金持ちの中国では経済崩壊など起こらないと思っています。大久保先生のご見解は如何ですか。
大久保先生
私は中国の状況を判断するのに、机の上の知識だけでなく、自ら中国を訪問し、また中国の役人や学者の話を出来るだけ多く直接聞くように努めています。私が初めて中国に駐在したのは1971年のことでした。日中覚書貿易事務所代表の岡崎嘉平太先生は、「君たちを北京に派遣するのは事務を執るためではない。中国の歴史を学び、中国の実情を知り、これから日本と中国はどのようにつき合ったらよいか、自分でよく考えなさい」と言われました。私たちは、何回も中国各地に出張しました。
中国は対外開放してからも、多くの困難に直面してきました。例えば、銀行の不良債権問題等です。そうした問題の解決に中国自身も努力しましたが、多くの外国の経済界の人たちや学者等も協力を惜しみませんでした。
まだまだ中国は、本当に多くの困難を抱えています。しかし、一年も欠かさず50年近く中国を見てきて、中国はどんな困難も克服できると確信するようになりました。
高井
IMFが建議した中国の企業債務と中国に債務危機が存在していないという理由を教えて下さい。
大久保先生
社会科学院学部委員で国家金融・発展実験室の理事長である李楊氏によれば、2015年末現在、中国の債務総額は168.48兆元で、全社会『レバレッジ率』(債務のGDPに対する比率)が249%となっています。住民部門が39.9%、金融部門が21%、政府部門が57.1%(地方融資の融資平台の債務17.7%を含む)、非金融企業131%で、国際比較すると非金融企業のレバレッジ率が高すぎる点が中国債務の問題です。この企業債務で国有企業部分の比率が65%に達しており、この国有企業の高い債務比率の解消が、中国債務問題のカギとなっています。
IMFは、いわゆる「第四条協議(※)」を終えて、中国の非金融企業の債務問題解決の重要性を提起しました。これは中国も十分認識していることであり、そのため特に年初来、鉄鋼業界と石炭採掘業界の過剰生産設備を減らすことに重点的に取り組んでいます。また、国有企業改革と債務処理問題は表裏一体をなすものです。
しかし、李揚氏も指摘するように、経済成長を促進しようとすれば、貸出増加が避けられず、レバレッジを減らすことと経済の安定成長保持の間の相応しい均衡点を探すことが重要になり、レバレッジを減らすためには、持久戦の構えが必要ということになります。実際に、過剰生産設備を減らすことについて、一部地方では鋼材価格が上昇しつつある中で、GDP成長をある程度犠牲にしてまで、設備解消をすることに逡巡したとのことです。
中国ではまだ債務危機は存在しないという理由として、流動性の高い資産で構成された主権資産(国の資産)の存在のほかに、中国の50%近い高い貯蓄率や外貨による対外債務が債務総額の3%以下であること、非金融企業の債務は、銀行融資が主体であること等が挙げられています。しかし、企業債務が銀行融資中心であることは、企業のリスクを銀行が主として負うことです。特に最近は、銀行の要注意先債権が増えている点が指摘されています。
高いレバレッジは必然的に高いリスクをもたらします。企業のレバレッジ率はとりわけ重視しなければならない。債務危機が存在しないと安心していることは出来ないと思います。
もし、企業の経済効率を高めることが出来なければ、そのレバレッジ率を引き下げることは出来ないわけです。レバレッジ率が高いのは主に国有企業であり、国有企業改革は待ったなしです。今年4月28日付けの英フィナンシャルタイムズ社説は、「最も衝撃の小さいシナリオでも、債務負担の軽減にまだ10年近くはかかるだろう」と書いています。
日本では概して中国経済に対して厳しい見方がされていますが、過剰設備の解消が進んでいること、第三次産業が発展していること、更に中国経済の量的質的発展が進んでいること等を見落としてはならないと思います。
※第4条協議:IMFが通常1年に1回、専門家でつくる代表団を各国に派遣し、現地の政府や中央銀行、ビジネス関係者から情報を収集して分析・審査し政策や経済運営等について助言を行っているが、IMF協定4条に基づくため「4条協議」と呼ばれる。
高井
ところで最近習近平総書記と李克強総理の不仲が取り上げられています。全人代の李克強の経済報告後に、習近平が拍手をせず、握手もしなかったことが日本のテレビで放映されましたが、実際はどうなのでしょうか。
大久保先生
先ず全人代の直前に習近平の辞任を求める公開書簡がネット上に出て、習近平が李克強を疑ったのでは、との見方があります。5月9日付け「人民日報」に、“権威人士中国経済を語る”が出ており、李克強首相批判が狙い、との見方もあります。
経済路線をめぐり対立激化、といえば大事に聞こえますが、いま中国経済は難しい時期にあり、習近平が中心の中央財経領導小組の主流派が考えるようには政策が必ずしも順調には実施されていないとの苛立ち、不満があるかもしれません。最近は、習近平は独裁批判を回避し、集団指導制を意識しているのではないか、毛沢東志向から鄧小平志向に回帰しているのではないか、との見方もあるようです。今後、十九回党大会の人事がどうなるかは、誰もが注目している点だと思います。
高井
いろいろとご説明をありがとうございました。ところで大久保先生は10年余、3度に渉って北京で勤務されましたが、一番思い出に残るお仕事は何でしょうか。
大久保先生
1971年12月20日に、元全日空社長で日中覚書貿易事務所代表の岡崎嘉平太先生を団長とする日中覚書貿易代表団が人民大会堂で周恩来総理にお会いした時、周総理は予め、どのような人が会見に出席するか承知しておられたようで、「この中に、銀行の人がおられますね」と言われました。私は最後列の席から恐る恐る手をあげました。「そんな末席にいないで、前にいらっしゃい」と言われ、中国側がすぐに私の座る席を作って下さったので、前に進み出ました。丁度スミソニアンの多角的通貨調整の直後でしたので、周総理は、人民元がいかに安定した通貨であるかを説明され、日中貿易を日本円と人民元で直接決済することを提案されました。覚書事務所職員として、私の重要なアサイメントの一つは日中貿易決済の円滑化であり、周総理のご提案は本当に願ってもないことでした。周総理から直接、財政金融関係のご質問をいただきましたが、勉強不足を痛感した会見でもありました。
当初、覚書事務所が中心になって準備しましたが、中国側が頭取の訪中を提案し、住友銀行浅井頭取、次に三和銀行の村野頭取を団長とするミッションが訪中して交渉を行い、そうした基礎の上に、1972年8月に東京銀行の原純夫頭取を団長とするミッションが訪中して合意に達し、円元決済が実施されることになりました。
高井
周恩来総理と直接お話をされたこと、そして円・元の固定相場を設定されたお仕事は真に素晴らしいことと感じ入りました。今後中国経済がどのように動いて行くかは日本にとっても非常に重要であり、今回のお話を参考としてウオッチして行きたいと存じます。今日はいろいろと貴重なお話を賜りありがとうございました.
以上