2017年1月19日のアーカイブ

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2016年12月28日(水)11:20 東京工業大学周辺にてプリムラを撮影
花言葉:「青春のはじまりと悲しみ」


 

第21回雇用の未来(2)
(2009年2月2日転載) 

 

 

 これからの雇用は労働の成果に着目して捉え直さなければならない。つまり、労働の価値は拘束される時間の長短によって評価されるのではなく、人間性の発揚如何によって労働の定義を構築し、報酬もまたそれにそって支払わなければならないのである。

 

主体的働き方を促進へ

報酬についてさらに言えば、奴隷制の時代には、まさに人間としての生存本能だけを満足させるに足りるかどうかが問題であった。しかし、それだけでは人間として遇したことにならないから、人間としての存在価値を認めるに足る第一歩として、自由時間を設定することを意図し、労働時間の長さと能力を報酬の基準として採用したのである。

それは、人たるに値する生活を維持する賃金ということになる。このことは、最低賃金法(1959年成立)第1条が、「労働者の生活の安定」と「労働力の質的向上」を満足させる報酬・賃金であるべきと定めていることからも分かる。

しかし、未来はそれだけでは不十分である。つまり、人生をかけた本人の「熱血・入魂・本気」の仕事への取組み如何に呼応して、どのような報酬を与えるかということである。そうなると、金銭といった物的な報酬だけではなく、労働を提供する者の心をも満足させ、充足させる対価を与える必要が生じてくるのではないか。そして、経営者には、労働の提供に対して人間性をもって応えることで、まさに人間の尊厳を守ることが迫られていることになる。これこそが、次回以降論じる“ヒューマンワーク”の時代に相応しいだろう。

雇用関係については、近い将来、主体的な労働に転換しなければならないことは既に述べた。その第一歩として、請負的契約を更に推進しなければならない。即ち働く者それぞれが技術・技能を蓄え、その発揮による成果報酬で毎日生活していくという姿勢でなければならないのである。現在の契約概念では、雇用契約(民法第623条)とは「労働に従事すること」と「報酬を与えること」が雇用者と被用者との間でなされるべきことであるが、労働者が主体性をもって働くということになれば、雇用契約は限りなく請負契約的にならざるを得ないのではないか。

この点、カール・マルクスはすでに19世紀後半に、出来高賃金(=請負賃金)は、個性に対してより大きな裁量の余地を与えるため、一方では労働者の個性、自由の精神、独立、克己等を発達させる傾向があると同時に、他方では労働者同士の競争を強化する傾向があるという趣旨のことを述べている(『資本論』第1巻第6篇「労働賃金」第19章「出来高賃金」参照)。

また、この資本論では、少数のますます富んだ資本家が生み出され、一方で多くの貧しい労働者が拡大再生産されることを明らかにして、貧富の差、即ち所得格差が生み出される社会メカニズムを指摘している。2008年にノーベル経済学賞を受賞したポール・R・クルーグマン(プリンストン大学教授)は、「所得格差、これこそアメリカにおける大問題の一つである」と近著『クルーグマンの視座』で述べている。

ソ連が崩壊し、共産主義は瓦解したが、マルクスが指摘した問題は今日においても、そして今後においても克服されないであろう。

 

定年は50歳に引き下げ

雇用の未来において、労務の提供のあり方が請負的な契約に変わることは、正社員を理由に優遇されることがなくなるということも意味する。

雇用調整に当たっては、まず「含み損社員」であるかどうかが判断基準であるべきであり、これは正規・非正規を問わないものである。自分の給料の3倍の粗利を稼ぐのが優秀な社員、3・5倍を稼ぐのが超優秀な社員、そして2倍以下の者は含み損社員であると私は規定している。

正社員といえども、それこそ真剣に働かなければ生き残ることはできない時代となり、身分は意味を持たなくなるだろう。特に、高い賃金を受けているにもかかわらずそれに見合う仕事をしない中高年役職者は、典型的な含み損社員であると言ってよい。これらの者を退かせ、その分の人件費で優秀な若年労働者を多く採用することが、企業組織の活性化と好業績につながる。

そのためには、定年年齢を50歳前後に引き下げるという思い切った施策も、①若年労働者の雇用の場を確保し、②優秀な労働者の海外への流出を阻止するために必要となってくるだろう。即ち、第2の人生を公式に認めることが、それぞれの労働者の若年からの技術と技能を蓄えることにつながる。

そして、この第2の人生には厳しい峻別が待ち構えており、さらには第3の人生を構想する社会が切り拓かれていくであろう。しかし残念ながら、ここに到達できる者は極めて少なく、まさに切磋琢磨がものをいう狭き門となるのである。第3の人生に入れない者はまともな職業に就けず、いわば日雇い的な仕事に甘んぜざるを得なくなるだろう。

公務員についてもこのことは当然あてはまり、そのためには行政サービスをしっかり評価するシステムを構築すべきである。そのシステムができたとすると、果たして何人の公務員が含み損にならず生き残ることができるだろうか。現在においては、ほとんど全員が含み損人材と評価されても仕方ない状態であろう。

 

「派遣切り」の要因とは

雇用契約が請負契約的になればなるほど個々の労働者は自らの技能・技術を磨き研鑽することが何よりも重要になる。これは言ってみれば、労働が人間を創るという基本精神に立ち帰るべきであることを意味している。雇用の未来においては、この基本精神こそが何より重要なのである。

一時もてはやされたような、好きなときに働いてそれ相当の報酬を受け取るという生き方は人間本来の働き方ではない。こうした片手間の労働という誤った思想を増殖させた時代は、昨年秋以降の悲惨な「派遣切り」の状況を生み出した誘因のひとつだったのである。格差問題の根本は、職業能力開発・育成格差であるとも言える。

そして、雇用契約の請負契約化が進んでいくことは、個々の職業能力がいよいよ問われる時代になるということを意味している。

また、現下の厳しい経済状況においては賃金ダウンも当然のことになるから、知識・技能・技術を日々向上させるとともに、経済的に少しでも余裕を持てるように誰しも「蓄える思想」を持つことも今後重要になってくる。これは、「恒産なきものは恒心なし」(定まった財産や職業がなければ、正しい心を持つことができない。物質面での安定がないと精神面で不安定にあるという意味。「孟子」)の言葉につながるものであろう。

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