2017年4月1日のアーカイブ

  • 今、話題のテーマについて各界で活躍している方々と対談をする一問一答形式のブログの第11回目です。
  • 第11回目は 株式会社ワールド・リンク・ジャパン 代表取締役社長伊東淳一様です。

 


 

■ ■ ■ ■ 時流を探る~高井伸夫の一問一答 (第11回)■ ■ ■ 

株式会社ワールド・リンク・ジャパン 

代表取締役社長 伊東淳一様 

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伊東淳一様[株式会社ワールド・リンク・ジャパン 
     代表取締役社長 伊東淳一様 プロフィール]


日商岩井株式会社(現:双日株式会社)在籍中よりアジアのビジネスに関わり、ベトナムのホーチミン駐在事務所及びハノイ事務所所長を歴任。

2003年に同社退職の後、 故丸目三雄氏により設立された株式会社ワールド・リンク・ジャパンに参画、現在に至る。

投資ファンドの企画・設立・運営やM&Aアドバイザリーサービス、環境、医療、教育、農業分野におけるコンサルタント等、多方面にてご活躍されています。

 

 

 

 

[今回の同席者は以下の通りです]

  • 高井伸夫 
  • スクーナー株式会社 代表取締役社長 樋口 信行 様
  • スクーナー株式会社 専務取締役 樋口 信高 様 

今回はベトナム事業を通じて伊東様と親交がございます水産物輸出入、販売事業を手掛けるスクーナー株式会社のご両名様もお招きいたしました。

取材日:2017年1月11日(水) 於:東京 芝 とうふ屋うかい

 


 

高井

まずは、伊東様の現況をうかがいましょう。

 

伊東様

おかげさまで健康診断も終えて、あと2~3年は頑張ろうかというところです。

今年で71歳になります。今はベトナムに3ヵ月滞在、日本に2週間滞在するというペースで行ったり来たりの生活ですが、元気である限りこのまま仕事を続けようと思っています。

 

高井

ベトナムにいかれて何年になりますか?

 

伊東様

2006年からなので今年で11年目に入ります。その前に1993年から7年くらい滞在していたのでベトナムでの生活は合算すると17年くらいですね。

北は中国国境のラオカイから最南端のカマウまで行きました。出張には南部弁の話せる40代の男性スタッフ、北部弁(ハノイ弁)が話せる女性スタッフを連れていきます。いずれも日本人です。北で南部弁を話すと見下され、南で北部弁を話すと警戒されるといった雰囲気が今でもあります。戦争が終わって40年以上も経つのに南北に分かれて戦った時代の遺恨のようなものがベトナム国民の間には残っているようです。

 

高井

これまでベトナムでお過ごしになられて、一番楽しかったことは何ですか?

 

伊東様

投資ファンドを作ってもらったことですね。そのおかげで今の私があるといえます。日本政策投資銀行の担当者の方がアジアの可能性、ベトナムの可能性を認識しておられて投資ファンド設立を応援してくれたことがうれしかったですね。

アセアンの他国、フィリピン、タイ、インドネシアにも投資活動を広げようとしていますが、中国や韓国が台頭してきており、必ずしも日本の企業と仕事をすることがアジア諸国の皆さんにとって良いことだと思ってもらえない雰囲気があり、アジアで仕事をする日本人や日本企業にとってなかなか難しい時代に突入しているような気がします。

 

高井

これまで大変だったことは何ですか?

 

伊東様

大変だったのは丸目さんが亡くなった時ですね。2012年。もう5年くらい前ですね。(※故丸目三雄様は20代で裸一貫インドネシアに渡り、貿易を手がけながらインドネシア、ベトナム、カンボジアの政府要人をはじめとする幅広いネットワークを築き上げ、日本の東南アジア外交におけるアドバイザーとしてご活躍された方で、株式会社ワールド・リンク・ジャパンを設立された方です。)私自身も2000年に脳梗塞をわずらって、丸目さんに拾われたのですが、二人で会社を立ち上げたあの頃が一番大変でしたね。その大変な時期にスクーナーの樋口さん親子に助けてもらいました。このことは一生忘れません。その恩返しがなかなかできていませんが。

 

高井

ベトナムに進出している日本企業はどれくらいありますか。一般的に、大体成功するのですか?

 

伊東様

正式に計算していませんが、少し前のホーチミンでは、商工会のメンバーで600社くらいでしたね。ハノイも同じぐらいあるのではないでしょうか。

安い労賃を活用して、ものを作って日本へ送る、もしくは東南アジアへ出す、一部をベトナム国内で販売する、というビジネスモデルはうまくいっているようですけど、ベトナム人を相手に国内で物を売る、サービスを提供する、というビジネスモデルは短期間に収益を上げることはまだ難しい段階かと思います。

 

高井

それはなぜですか?

 

伊東様

ベトナムの街並み日本企業は日本の製品レベル、サービスレベルをそのまま持ち込もうとします。中国や韓国の企業はベトナム人の生活レベル、技術レベルに合わせた製品やサービスを提供します。その点で日本企業は後れを取っています。

もう一つは商習慣ですね。ベトナムのビジネスの世界は何でもありで、日本でいえば戦後の闇市があった時代に似ていて商道徳といった概念がない世界ですから、例えば物を売るにしてもキックバックなしでは買ってもらえない、日本のように消費者が何を求めているかといったことには関心が全くないですね。

ベトナム資本のスーパーにいっても、ほとんど棚に並んでいるものは同じ商品ばかり、つまりスーパーの購買担当者にとって実入りの良い商品は棚に並ぶ、そこには消費者のことなど念頭にないということです。もっとも外国人専用のスーパーマーケットにいけば全世界の一流の食品は手に入ります。

そういうことで日本企業が自らベトナム国内の商売に手を出すことは難しいと思います。日本企業はコンプライアンス問題には敏感で厳しいですから。あと、日本の商品は良すぎて、技術のレベルも高く、値段も高いからベトナム人の社会とか生活レベルに合わないですね。例えば、ベトナムのテレビは韓流ドラマが毎日放送されています。それも3-4チャンネルと多い。一般的なベトナム人は韓国のほうが日本より素敵な国と映っている。製品も質が良くて安いと思っている。今、ホーチミンは綺麗なビルは建っているし、髙島屋やイオンにいくと人がいっぱいいるので、お金持ちがいっぱいいるように日本からの旅行者は思うようですが、金持ちは残念ながらほんの一部ですね。ベトナム人の大半はまだ昔からある町中の市場にいって安いものを買っていますよ。あとは、日本企業が失敗する要因は市場調査にお金も時間をかけないことですね。トップダウンでベトナム進出を決めて、そのあとにベトナムを知らない駐在員が現場に来ていざ仕事を始めると日本で聞いてきた話と全然違うことがわかる、というパターンが結構ありますね。

写真は「昔からある町並と、高層ビル(写真中央)が立ち並ぶホーチミンの街並み」

 

高井

伊東様がご存知の企業のなかで、成功しているところはどういう特色があるのでしょう。

 

伊東様

例えばインスタントラーメン等を作っている某食品メーカーはうまくいっているようですね。 日本だと3~4番手かと思いますが、ベトナムではシェア6割、日本の本社の3倍の売り上げ、3倍の利益があるようですよ。90年代半ばに進出して日本式で売ろうとして最初はうまくいかなかったようですが、ベトナムの素材にして値段をさげて、それでもまだまだでしたが、パパさんママさんショップの零細な個人商店に商品をただで置かせてもらって、売れたらお金を支払ってもらうという、富山の薬局方式にしたら急激に売れ始めたようですよ。あとは、某調味料関連メーカー、この人たちは他の開発途上国での経験がありますので非常に上手にベトナム国内市場に入り込めている。某自動車メーカーは世界を席巻する技術とブランドがあるので競争がほとんどない、競争するとすればベトナム人の購買能力だけですから自動車やオートバイという産業は別格ですね。

 

高井

人々のくらしは良くなりましたか?

 

伊東様

20年前にくらべたらはるかによくなっています。でも、相対的には所得格差が広がってきている。特に若い人々の間から、不満がでているのが心配ですね。あと共産党に入る人がいない。共産党はお爺さんお婆さんばかりで、自然消滅する可能性もありますね。政府もそれを心配してなんとか若者に魅力のある政策を打ち出して共産党離れを防ごうと努力を始めています。

 

高井

海外に留学する若者は多いですか?

 

伊東様

お金持ちの息子、娘はアメリカ、カナダ、シンガポールそしてオーストラリアに留学するのが多いですね。日本もかなり留学生が多くなってきているようですが、実態は出稼ぎ留学生であって、純粋な留学生はあまり増えていないような気がします。残念ながら、日本に留学しても米国に留学しなおすという事例がかなり多いです。たぶん、これは日本に留学しても日本企業に正社員として採用されるケースが極めて少なく、また、ベトナムに帰ってきても結局は英語ができないと良い就職先が見つからないからでしょう、日本企業は今でも現地採用の「使い捨て」的な雇い方で、高い経費のかかる日本人を相変わらずベトナムに送り込んでくるので、ベトナムの若者にとって日本企業への就職は必ずしも魅力的ではない、という事情があるように思います。

日本語を話すベトナム人は多くなりましたが、ベトナム人の若い人たちは地味なものづくりに対する取組姿勢がやや欠けている気がします。これは上の世代がそうだからなのかもしれませんけれども、金融やIT業界のような華やかな職業に憧れがあって、地道に油まみれになってものをつくることに生きがいを感じる若者が少ないです。それがベトナムの将来を考えた時に心配ですね。ベトナム人はものづくりに対する素質があると思うんですよね。日本、中国、朝鮮半島の人たちと同様にベトナム人は箸をつかう民族ですし、大乗仏教、儒教と日本と似たような文化が根付いていますから、他の東南アジアの国民と少し異なります。生来的にものづくりに向いている人々だと思うのですが、しかし手っ取り早く金持ちになりたいという気持ちが先行してITや金融に走りますね。

 

高井

ベトナムの今後の発展性はいかがですか?

 

伊東様

私がみてきてこの20年間ですごく進化しましたね。

基本的にベトナム人は植民地の経験があるから外国人を信用しません。その後のベトナム戦争、これはアメリカとの戦争ではなくて、北の人間と南の人間の戦いでした。だから未だにお互いに不信感があるので「信用経済」がなかなかうまれません。これは他のアジアでも同じような例はありますけど、タイの場合、植民地の経験もなく、深刻な民族対立の話もない、華僑がうまいことタイ族と同化しているので、今日のようにかなりの程度まで経済発展しました。しかし、最近、タイもマレーシアもこれ以上の経済発展は期待できない、つまり「中所得国の罠」にはまっている、と言われ始めています。日本は80%内需で生きている国ですが、タイもマレーシアも外需に依存しており、内需がなかなか大きくならない。つまり「信用経済」がなかなか膨らまないので商業が発展しないのです。

その点日本は幕末のころから信用経済が発展していて、東北の田舎から京都に出稼ぎにきて新選組に入隊した侍は、給与を京都の両替商から東北の実家に送金できていました。それは武士道と同じように石門心学、石田梅岩や鈴木正三らが唱えた、商人はつましく、真面目に正直に生きるという、「商人道」が根付いていたんですね。ヨーロッパでは資本主義が発達したのはプロテスタントの興隆と軌を一にしているといわれますが、しかし、残念ながら他のアジア諸国には「武士道」もなければ「商人道」も生まれなかった。経済活動の準備運動もないままにいきなり植民地にされてしまった。これはその後のアジア諸国の経済発展に大きな影を落としているように思います。日本のように8割を内需に依存している国はアジアには一つもないです。アセアン諸国がこれ以上の経済発展を望むならば内需をどのようにして大きくしていくかその仕組みを考えなければいつまでも外需に頼るような「植民地経済」から脱皮できない。もちろんベトナムにも同様なことが言えます。

 

高井

ベトナムの発展に影響を及ぼしているのは植民地が1つ、南北の対立が1つ、あと1つは何でしょうか?

 

伊東様

共産主義ですね。共産主義の亡霊が生きていて、できるだけ国民は平等にしようという意思が働き、伸びるところを抑えつけようとします。それでいて共産党や行政府の幹部の子弟をアメリカなどに留学に行かせて、ベトナムの教育レベルは低く抑えたままにしている、という矛盾がいろいろなところであります。今の首相や大臣クラスはまだ戦争を知っている世代ですが、戦争をしらない世代が次官クラスに就きはじめています。彼らが大臣になるころには、3つの亡霊(植民地支配の過去、南北の対立、共産主義)はかすんでしまい、新しいベトナムが生まれると期待しています。

 

高井

70歳になった伊東さんは今後どうされるのですか?

 

伊東様

社会主義の国は医療、教育、環境そして農業といった分野がとくに遅れている。ベトナムもそうです。日本はこれらの分野では先生になれるかなと思いますね。住環境についても、金持ちや外国人相手の高級マンションはたくさん作られますが、若者たちは一生かかっても家が持てないという現実に直面しています。日本の住宅公団や住宅金融公庫のような仕組みをベトナムに導入して、住宅事情を変えてみたいですね。

それと、ベトナム政府上層部では「日本との関係を1990年代のようにもっと緊密にしたい」という希望があります。中国や米国の動きをみているとベトナムは大きな流れの中に飲み込まれそうな気がしているのかもしれません。故渡辺美智雄さんがベトナムの門戸を開き日本のODAを再開しましたが、その時お手伝いしたのが先代社長の丸目さんと当時日商岩井に勤務していた私でした。その経験を生かしてもう一度日本とベトナムの緊密な関係作りに貢献できればと考えています。あとは会社の後継者を育てることですね。

ベトナムの川岸

写真は「ベトナムでお手軽なシクロ(自転車タクシー)」

以上

 

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