- 今、話題のテーマについて各界で活躍している方々と対談をする一問一答形式のブログの第15回目です。
- 第15回目は、TMI総合法律事務所パートナー弁護士・弁理士升永英俊先生です。
■ ■ ■ ■ 時流を探る~高井伸夫の一問一答 (第15回)■ ■ ■
TMI総合法律事務所 パートナー
弁護士・弁理士 升永英俊 先生
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[升永英俊先生 プロフィール]
弁護士・弁理士。TMI総合法律事務所パートナー。1965年東京大学法学部卒業、1973年東京大学工学部卒業、1979年米国コロンビア大学ロースクール修士号(LLM)取得。米国ワシントンDC、ニューヨーク州に弁護士登録。「青色LED訴訟」を始め、数多くの特許権・税務訴訟を手掛ける。弁護士や文化人らの賛同を得て「一人一票実現国民会議」を立ち上げ、いわゆる「一票の格差」といわれる「1票価値の住所による差別」を撤廃すべく、自ら多くの違憲訴訟を提起している。
写真は、升永英俊先生(右)と高井伸夫(左)
[今回のインタビュアーは以下の通りです]
- 高井伸夫
- 宮本雅子(秘書)
取材日:2017年4月20日(木)11:45~ 於:芝とうふ屋うかい
高井
升永先生が2017年5月3日の東京新聞に出される意見広告では、2013年7月29日に麻生財務大臣が都内で講演をされたときの憲法改正に係る発言が紹介されています。麻生大臣は、ドイツのワイマール憲法がいつのまにか誰も気がつかないうちにナチス憲法に変わっていたと述べられ、憲法改正に関しても「あの手口学んだらどうかね。」と発言されたとのことですが、「ナチスの手口」について教えて下さい。
升永先生
当時、この話が新聞に出たとき、麻生さんは何を言っているんだろうと思いました。誰も知らないうちに憲法が変わったはずはない、国民が圧倒的にナチスを支持したんだ、国民が何も知らないはずはないと。
つい1年半ぐらい前に、このナチスの当時の一日、一日を順に追っ掛けてみました。ナチスが政権を取る直前の一日、一日がとても大事です。驚くことが分かりました。
1932年11月6日に選挙がありましたが、ナチスの得票率が33%、この時点で67%も反対がいたわけです。ナチスは多数の政党の中の第一党ではあるけども、多数ではなかった、過半数は持っていなかったんです。
高井
ナチスが政権をとる直前の選挙で得票率が33%しかなかったのは意外です。そこからどのようにして支持を集めたのでしょうか。
升永先生
当時のドイツは日本と同じような議会制民主主義でしたので、過半数を連立でつくるより仕方ありません。そこで、第2政党と第3政党が連立を組んで過半数にしようとした。32年11月6日の選挙が終わってから2カ月半の間に2回連立を試みましたが、いずれも失敗しています。ナチス抜きでうまくいくと思ったらいかなかった、そこで結局、第1党のナチスと連立を組もうということになりました。12人の閣僚のうちのナチスから3人、残り9人はナチス以外で閣僚を確保することにして、当時は6カ月連立を組んでやってみて、経済が良くなったら、そこでナチスを閣議決定で追い出せばいいという予定だったんです。当初は、ヒトラーは副首相ということで連立の申し入れをしました。ここが、ヒトラーが天才と思うところです。
高井
ヒトラーが天才ということですが、具体的にはどういった点でしょうか。
升永先生
ヒトラーは、ナチスの閣僚は3人でいいが、その代わり首相は私がやりたいという提案をしました。提案された方は、閣僚12人中9人を握っていれば、閣議決定でヒトラーを辞めさせられるという考えがあり、ヒトラーの首相就任を承認しました。ナチスからは、ヒトラー以外2人しか閣僚を認めないということで連立ができたんです。
ナチス、ヒトラーが首相になったのは1933年1月30日です。ヒトラーは1932年11月の選挙の2カ月半後、選挙をしたばかりなのに1933年2月2日に(ヒンデンブルグ大統領に要請して)国会を解散させました。そして、解散の2日後、2月4日に言論の自由を停止する緊急事態命令を出したわけです。
高井
まず解散があって、2日後に、緊急事態命令を出した。言論の自由停止といいますが、命令というのは法的根拠とか議会の合意なく発せられるものでしょうか。
升永先生
議会なしで、大統領令でいいのです。大統領令なので連立があっても議会の他の議員が反対できない。
高井
ヒトラーは当然最初から独裁するつもりだったんですね。
升永先生
そうです。初めから独裁するつもりだった。天才ですよ。緊急事態命令で全て決まりです。その後、いろいろやるけれども、報道されないのです。1933年2月27日に国会が放火されます。国会を解散したのが1933年2月2日で、3月5日が選挙の投票日でした。投票日の1週間前の2月27日に国会を放火して、翌日、第2回目の緊急事態命令でナチス反対派を約5000人逮捕しています。問題は、こういう情報が国民に知らされていないんです。国民の大部分は何も知らないのです。
この2回目の緊急事態命令が1933年2月28日、約5000人逮捕した後の3月23日に全権委任法ができました。重要です。全権委任法というのは、国会は立法できるけども、国会だけじゃなくて、内閣総理大臣も立法できるという法律です。この法律をどうやって通したかというと、国会は2月27日に放火されていて使えません。ナチスは3月23日にベルリン市内のオペラ座を仮会場にするという指定をして国会議員を集めました。既に逮捕・拘束されている共産党議員(81名)、社会民主党議員(26名)と病欠者を除く、残りの国会議員538人が、国会の仮会場としてオペラ座に集められた。オペラ座の周囲は武装したナチスの私兵である突撃隊が包囲していました。その会議場の正面には、カギ十字のナチスのマークが大きく掲げられ、会議場には、武装したナチスの突撃隊が居た。とても国会の会議場といえるものではない。そこで、さあ投票しろって言うわけです。
32年の11月6日の選挙のときはナチ党の得票率は33%でしたが、問題の2回目の選挙(開票日は33年3月5日)では、ナチ党の得票率は44%まで上がりました。
それでもまだ過半数ではなく、ナチス反対派が56%いた。ところが、武装したナチスの突撃隊がいる会場で表決が取られ、全権委任法は、82%(=444人÷538人×100)の国会議員の賛成により、国会を通過しました。反対票を投じた社会民主党議員・97名を除くナチス反対派は、ナチスに恐怖した、ということです。
まさに、麻生さんの言うとおり、全権委任法は、国民が何も知らないうちに成立しました。緊急事態宣言により報道統制下におかれていたので、新聞、ラジオは、このような異様な国会の議事進行を報道しなかったのです。
高井
緊急事態宣言の脅威について教えて下さい。
升永先生
内閣総理大臣が、「緊急事態だ」と判断すれば、内閣総理大臣は緊急事態宣言を出せます。最近ではトルコ大統領が緊急事態宣言を出して強権政治を行っています。トルコ大統領は、緊急事態宣言を発し、1か月で3万5,022人を逮捕拘禁しました。新聞、テレビは、そのことを大きく報道しません。そのため、日本国民の大部分は、緊急事態宣言の恐さに気がついていません。ナチスは、緊急事態宣言で約5000人を逮捕しました。戦前の日本でも、1936年の二.二六事件で緊急事態宣言が出ました。二.二六事件以降、軍が日本を支配し、議会は機能しなくなりました。
高井
次に自民党憲法改正案21条2項。「前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社することは認められない。」これについて教えてください。
升永先生
実は、自民党改憲案21条2項は、中国憲法51条と実質的に同じなんです。中国憲法35条では、言葉の上では、日本国憲法21条1項よりもっと強く言論の自由を保障しています。中華人民共和国 憲法35条「中華人民共和国市民は、言論、出版、集会、結社、行進、示威の自由を有する。」
言論、通信、思想の自由を保障すると書いてあります。では、実際そうなってないのはおかしいじゃないかと思いますが、51条というのがあります。それが自民党改憲案の21条の2項と同じようなものです。
中華人民共和国 憲法51条「中華人民共和国市民は、自由及び権利を行使する際、国・社会・集団の利益およびその他の市民の合法的自由および権利を害してはならない。」
この条文があるから結局、中国国民は、言論の自由の権利は持っているけども、言論の自由の権利を自由に行使できないのです。自民党改憲案21条2項はこれと同じです。
高井
自民党草案は言論の自由を形骸化するものであるにも拘らず、新聞はなぜ報道しないのでしょうか。
升永先生
当初は、新聞が報道しない理由が分からなかったんです。私は、新聞は大騒ぎすると思っていた。言論の自由っていうのは彼らの飯の種だと思ってた。実際に、3年前くらいまでは、言論の自由、報道の自由が飯の種でした。ところが、今は違うようです。広告収入というのがあります。広告収入が重要なわけです。広告主の一部は安倍政権をサポートしています。だから、新聞社は、安倍政権に批判的な記事を書くと広告を出さない企業が出てくることが起こり得る、と懸念しているのでしょう。
宮本
安倍政権に批判的なことをいうと広告しない、とは穏やかではありませんね。
升永先生
実際に、自民党の一部の議員が記者会見で言っています。マスコミをつぶすのは簡単だと。広告を出さなきゃいいんだと。自民党の国会議員が公開のテレビの記者会見で、沖縄の基地反対運動がうるさいのは、あれは沖縄の新聞やテレビが報道するからだ、だから、広告で締め上げりゃあいいのだというようなことを言っていました。そういったことは、沖縄の新聞社だけじゃなくて、東京の朝日新聞も日経新聞も同じことだろうと思います。
新聞は部数を売るだけでは経営が成り立たない、広告収入も増やさないといけない、広告を取らないといけない。自民党が、広告で締め上げると言いますが、本当にそうするかどうか分かりません、本当に断っているかどうかは分からんけども、やっぱり、新聞社の忖度(そんたく)ですよ。
宮本
広告主の意向を忖度するということですか。
升永先生
一部の企業が実際に広告を出さないと言っているかどうかは分かりませんが、新聞社は忖度する。これは有り得るでしょう。
宮本
先生は、憲法改正が実現するかどうかというのはどれぐらいの可能性があるとお考えでらっしゃいますか。
升永先生
100%です。
宮本
100%。では、もし日本で緊急事態命令が出されたとします。そうすると、何が起こるんですか。やはり反体制の人が逮捕されるんですか。
升永先生
それは分かりません。ただ、首相の意のままにやろうと思えばできるのが緊急事態命令です。最高裁も憲法違反だと言えない、国会も止められない。
そのときの首相次第です。日本で首相が独裁しようと思ったら、数千人を逮捕すれば、それは可能でしょう。
髙井
緊急事態命令で独裁ができてしまう。逮捕者がでる。恐ろしい話ですね。升永先生は、1人1票運動に私財を投げ打って活動されていますよね。
升永先生
言論の自由がなければ1人1票運動なんか吹き飛んじゃいます。1人1票運動なんて悠長なことはいってられない状況です。麻生大臣は、2013年7月29日の都内の公開の講演で、「憲法も、ある日気がついたら、ドイツのこともさっき話しましたけれども、ワイマール憲法がいつのまにか変わってて、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気がつかないで変わったんだ。あの手口学んだらどうかね。」と発言しました。麻生大臣は3日後に発言を撤回していますが。多くの国民は、この麻生発言の危険性に気付いていません。日本中の誰も首相が独裁するなんて思っていない。多くの国民は、緊急事態命令の危険性を知りません。
宮本
私のような一般のもの、それはどのようなところを意識していけばよいのでしょうか。
升永先生
「あの手口を学んだらどうかね。」の麻生発言の危険性を自分の回りの人々に伝えることしかないでしょう。あなたの周りにいるこの事実を知らない人々に伝える。ドイツでは、ナチスの時代に、緊急事態命令によって、ドイツ国民の誰も知らない間に、ドイツ憲法が実質的に変えられた。この事実を、1人1人が知らない人々に伝えるしかないでしょう。
以上
