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2017年7月29日(土)7:26 中目黒公園にてカワラナデシコを撮影
花言葉:「大胆、可憐」

 

 

第30回 経営理念と賃金ダウン(上)
(2009年7月13日転載)

 


賃金ダウンは、細心の注意を払い、思いやりと愛情を持って―高井伸夫弁護士は、日本経済が長期停滞期に突入し、賃金ダウンもやむなしの状況にあると訴えている。説得力のある大義名分を掲げ、従業員から共感を得る努力がその前提である。

 

「我というその大元を尋ぬれば、食うと着るとの二つなりけり」、人間世界のことは政治も教法(物事を教える方法)も、みなこの2つの安全を図るためのものであって、その他は枝葉である潤色にすぎない(『二宮翁夜話』参照)。

江戸時代後期の農政家・思想家二宮尊徳(1787~1856)は、こう説いて「衣食足りて礼節を知る」の道理を明らかにした。

仕事を持つ者の約8割強が雇用者(正規・非正規・派遣・契約等を含む。役員を除く)として就業する雇用社会であるわが国において、衣食を支える生活の糧は何よりもまず賃金である。そこで、フルタイム労働者の平均月額賃金(男女計・残業代除く)の推移をみると、2001年に最高額30万5800円となったあと翌02年から前年を下回り始め、05年にほんの僅か持ち直したものの再び下落し、賃金ダウンの時代が続いている。

また、消費者物価指数を勘案した実質賃金も98年から下がる傾向がみられる。00年・05年を除き01年以降下落基調にあり、日本人が統計的にも01~02年頃から貧しくなっていることが窺える。加えて、確かな統計はないものの退職金や企業年金もこの時期減額されたはずである。衣食の確保が危うくなりつつある貧困化の状況は長引く不況のもとますます進行すると予想される。ちなみに08年の平均月額賃金は29万9100円(男女計)で、10年ほど前の98年当時の水準に戻っている。またこの夏の賞与は、近来にない激しい落ち込みをみせるだろう。賞与を全く支給できない企業も相当数に上るはずであり、賞与時に増額する住宅ローン返済では特に支払いが滞り、自宅を手放す人が増えることも危惧される。

 

重要性増す「経営理念」

日本を含む世界経済は「L字」型の長期停滞時代に入ったという分析もあり(『エコノミスト』平成21年6月16日号)、各企業は「社会情勢や当該企業を取り巻く経営環境等の変化に伴い、企業体質の改善や経営の一層の効率化、合理化をする必要に迫られ」(みちのく銀行事件=最判平12・9・7)ており、引き続き賃金ダウンやむなしの状況に直面している。

そこで本欄「夏号」では、不況下における賃金ダウンのあり方について、主に経営理念との関係を念頭に置いて論じたい。

経営とは、事業・企業を運営していくことであり、経営理念とは、経営者が「どのような会社にしたいか」「どのような会社として社会に貢献したいか」を明らかにし、同時に日々の経営活動において重視する姿勢・価値観・目的等を表すものである。とすれば、経営者による評価の結果である賃金は、「株主に対する配当」「内部保留」等とのバランスにおいて経営理念が反映される重要な一場面であり、従業員等に対する最も分かりやすい経営者の意思表示である(この点、企業の将来のための経営判断事項である内部留保はともかく、生活の糧である賃金には株主への配当以上に重きが置かれて然るべきである)。

それゆえに、経営者には賃金の決定について大きな責任と覚悟が求められることは言うまでもない。事業体を運営する経営者が、ある局面では自らと対峙する立場にある従業員等に支給する賃金額は、経営理念即ち経営体の選択する価値観等によって大いに左右されるのである。

回を改めて論じる「みちのく銀行事件」等最高裁判決および労働契約法9条・10条によると、必要性・相当性・合理性等が然るべく備わっていれば、従業員等の個別の同意がなくとも就業規則による賃金の不利益変更は認容されるので、これに反対する従業員に対しても就業規則の変更によって賃金を引き下げることは可能である。このように企業の人事労務の基本である就業規則・賃金規程には経営理念のエッセンスが反映されるべきことに鑑み、経営理念と賃金制度・賃金ダウンは直結していると言ってよいことになる。

 

説得力ある大義名分

本欄「09年春号」でリストラ問題を論じた際にも指摘したとおり、企業の社会的責任とは、まずは企業が存在し続け雇用の場を提供し続けることであって、存亡の危機に万策尽きた場合には、まがりなりにも企業を存続せしめて従業員等に賃金を払い続けるために、賞与・手当等を含む賃金の額を削減することはやむを得ないことになるのである。

そしてそれと同時に、「企業は人なり」という至言のとおり、正に企業は人によって成り立つ集合体・協働体であることを忘れてはならず、賃金は労働の対価であることはもとより、従業員等の「人」としての生活と生存を保障するものでなければならない。彼らにとっては、一家の収入源としての賃金の総額が何より重要な問題なのである(ドラッカー著『企業とは何か』参照)。もし、賃金の引き下げにより従業員等の生活保障が危うくなれば、衣食が満たされなくなり、生活もその家族をも含む人生そのものが毀損されてしまう。そうなると彼らから大きな反発を受けるのは必然であり経営も成り立たなくなる。こうした事態にならないよう、賃金ダウンには細心の注意を払い、思いやりと愛情をもって行わなければならない。

賃金ダウンを実施すると、①優秀人材が退職するリスク、②とかく“含み損社員”が組合に加入ないし結成するリスクが生じるが、前者のリスクを回避するためには、賃金ダウンの状況を従業員等に納得させ、少なくともそれを納得させるための努力を尽くさなければならない。

加えて、賃金ダウンを実行する経営者には、「以って範を示す」態度と、万策尽きて人件費に手を付けるという悩み抜いた姿勢が求められる。そのためにも、従業員等に先んじて経営者自身が大幅な報酬カットを甘受し、痛みを伴わなければならない。そうした共感を形成してこそ初めて、従業員等の諦念、納得を得られるからである。

そして、優秀人材を引き留めて、彼らが将来展望があることを確信し当該企業で活躍し続けるためには、賃金ダウンを選択せざるを得なかった経営者自身が、自らの経営力の衰えと陳腐化という事実を十分に自覚し、経営の現場から退場するという覚悟をもって、強く省みかければならない。それには、経営陣の交替や他社との合併・統合をも視野に入れた様ざまな経営刷新を断行することが必要となることは言うまでもない。

このように、企業の将来を見通しながら、説得力ある「大義名分」をいかに従業員等に示すかが、賃金ダウンを成功させる大きなカギとなるのである。

 

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