- 今、話題のテーマについて各界で活躍している方々と対談をする一問一答形式のブログの第30回目です。
- 第30回目は、フランス料理菓子研究家・大森由紀子様です。
■ ■ ■ ■ 時流を探る~高井伸夫の一問一答 (第30回)■ ■ ■
フランス料理菓子研究家
大森 由紀子様
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[フランス料理菓子研究家大森由紀子様プロフィール]
フランス菓子・料理研究家。フランス料理・菓子教室エートル・パティス・キュイジーヌ主宰。http://www.yukiko-omori-etre.com
学習院大学フランス文学科卒。
パリ国立銀行東京支店勤務後、パリの料理学校で料理とお菓子を学ぶ。
フランスの伝統菓子、地方菓子など、ストーリーのあるお菓子や、 田舎や日常でつくられるダシをとらないフランスのお惣菜を雑誌、本、テレビ などを通して紹介している。
- 「わたしのフランス地方菓子」(柴田書店)
- 「フランス地方のおそうざい」(柴田書店)
- 「パリスイーツ」(料理王国社)「物語のあるお菓子」(NHK出版)
- 「ママンの味、マミーのおやつ」(文藝春秋)
- 「フランス菓子図鑑」(世界文化社)
- 「ベーシック・フレンチ」(世界文化社)など著書30冊以上。
フランスの伝統&地方菓子を伝える「ル・クラブ・ド・ラ・ガレット・デ・ロワ」 の理事、スイーツ甲子園審査員&コーディネーターを務める。 毎年夏、フランスの地方へのツアーも企画。 フランスのガストロノミー文化を日本につたえる架け橋になりたいといつも思い ながら、点が線になる仕事をめざしている。
2016年、フランス共和国より農事功労賞シュバリエ勲章授与。
[今回のインタビュアーは以下の通りです]
- 高井伸夫
取材日 2017年12月6日(水) 於:レストランラッセ
高井
大森様は、フランス料理・菓子教室「エートル・パティス・キュイジーヌ」を主宰され、執筆や、フランスの食文化を紹介するツアーを企画するほか、昨年「農事功労賞シュバリエ勲章」を受章されるなど、幅広く活躍しておられますが、大森様の最近の活動について教えてください。
大森様
主軸となる活動は、週末に開催しております、フランス菓子、フランス地方菓子、フランス地方料理、フランス家庭お惣菜教室です。その他、元生徒、現生徒を対象にした「エテルネル会」というものを設立し、その生徒たちを対象にしたイベント(著名シェフや著名人を教室にお呼びし、料理、菓子デモンストレーションやトークを行っていただく企画)などをしております。最近は、楠田枝里子さんや元レカンの高良シェフなどにいらしていただきました。
その他、企業のアドバイザー、雑誌執筆、本出版、フランス伝統菓子を守る会「クラブ・ドゥ・ラ・ガレット・デ・ロワ」の理事、高校生のスイーツコンクール「貝印スイーツ甲子園」の総合アドバイザー、お菓子のコンクールの審査員などをしています。
高井
今年(注:2017年)は、フランスにはどのくらい行かれたんですか。
大森様
直近では10月にサロン・ド・ショコラへ行きました。今年(注:2017年)は、1月と3月にも行っています。(2017年)1月には、リヨンで2年に1度開催されるお菓子の世界大会「クープ・デュ・モンド」と「ボキューズ・ドール」という料理大会の取材をしました。この大会は、リヨンで開催される、国際外食産業見本市(SIRHA)会場の一角で開催されるんです。「クープ・デュ・モンド」では、各国の代表者3名が1チームを組んで、チョコレートの装飾のピエス、氷の彫刻、アントルメント(飴)、それぞれを担当して競技するんですよ。
高井
日本も出場しているんですか。
大森様
日本は常連です。直近では、「ボキューズ・ドール」の2013年コンクールで、星のやの浜田統之(はまだのりゆき)シェフが3位に入賞しています。この大会では、24か国24人の審査員が審査をしますが、この時は審査の順番が24番目ということが事前にわかっていました。最後だったんです。最後ですから、審査員の舌が麻痺しているだろうからどうしたものか、ということで、事前に星野リゾートさんから相談を受けました。出品予定のお菓子は、審査が最後だからということで、色々と際立たせようとしてスパイスが効いたり、趣向を凝らしすぎていたんです。それを、シェフらと一緒に試行錯誤して1か月で立て直したんです。本番はお料理だけでなくて、プレゼンテーションも素晴らしかったです。燕三条のナイフとフォークを審査員全員に一人ずつ配って、お料理もお弁当箱で出して、お弁当箱を開けると煙みたいなものがうぁーと出てくるという演出でした。それでも3位でした。
高井
コンクールというよりも、まるでショーのようですね。
大森様
各国が色んな工夫をしているので、ショーとしての魅力もあり、すごく面白いですよ。まだまだ知名度が低いせいか、あまり報道されませんが、業界全体で盛り上げたいと思っています。この大会は地区予選があって、シンガポールや中国なども出ているアジア予選もとても面白いです。
高井
来年(注:2018年)はいつ行くのですか。
大森様
来年(注:2018年)の3月末から、パリのホテル リッツ内にある、リッツエスコフィエ料理学校でお菓子を学ぶツアーを企画しています。
高井
何人くらいのツアーですか。
大森様
だいたい10名程度です。厨房に入れる数に限りがありますのでそのくらいがちょうどいいんです。
高井
大森様はフランス地方を旅するツアーも企画しておられますが、食文化を肌で感じてもらうために、ツアーで大切にしていることは何ですか。
大森様
なるべく本物に出合うということでしょうか。現地の人、現地の食文化、現地の言葉。そのために農家を訪ねたり、ワイン醸造家やチーズ工房にもお邪魔します。また、厨房でのデモンストレーションも依頼し、本場の素材、作り方を実際に目にしてもらいます。そして、そんな食文化を育んできた、土地の歴史や背景を知ってもらうために、もちろん、歴史的建造物や遺跡を訪ねることも欠かせません。
高井
お菓子のルーツをめぐる旅、フランス以外で大森様が行ってみたいところはありますか。
大森様
世界は行ったことがないところの方がもちろん多くて、まだ行ったことがなくて行ってみたいのはトルコですね。ヨーロッパでお菓子の原料を辿るとトルコに行きつくものが結構多いんです。この間、ウィーンに行ってきたんですが、アップルシュトルーデルというお菓子があって、これは薄い生地でできていますが、トルコから来ているんです。トルコ軍が攻めてきた時に置いていったそうです。トルコ料理は世界三大料理の一つでもありますから、トルコはぜひ行ってみたいですね。
高井
大森様はフランスに留学されていますが、最初にお菓子の修行をされたのはどちらですか。
大森様
フランスのといル・コルドン・ブルーという料理学校です。そこに通いながら、パリの美味しいお菓子を食べ歩きました。このお店は美味しいとか、ここは面白いとか感じたら何度もお店に通ってシェフに「働かせてほしい」と直談判したんです。そうやって働かせてもらって、経験を積みました。
過去に働いていたお店が今になって3つ星レストランになってたりしているんですよ。“アルページュ”なんかもそうです。ピエール・エルメさんは、当時すでにフランス一の舌を持つと言われていましたが彼のもとでも働いたこともありますし、そのほかにも、10年ほど前に日本にも出店されたジャン・ポール・エヴァンさんも、当時から30年来のお付き合いをさせていただいております。
高井
すごいですよね。大森様が当時関わってた方がみんなメジャーになっている。先見の明があるんですね。
大森様
当時から、彼らが作った料理はとっても美味しくて、また他の人とは一味も二味も違いました。斬新さ、今までにない新しさ、味も見た目も、それからも食感も違ったんです。この人は!と思ったシェフはみんな普通じゃない。言動、行動もどこか飛んでいるといいますか、こんなのありえない、という天才肌の方たちでした。例えば、ピエール・エルメさんは、今では50歳を過ぎて、柔らかい物腰しで、始終にこやかにしていますけれど、20代でパリの「フォション」のシェフを任されていた時などは、笑ったところを見たことはありませんね。仕事に対しては、完璧主義者で、作ったものが規格に合わないとどんどん捨てられちゃうんですよ。私も、「これ誰がつくったの」と聞かれ「はい」と答えたら、目の前でシュッと捨てられちゃうということを経験しました。
高井
当時は、エルメ氏もまだ若いですよね。若くても人がついてきていたんですね。
大森様
そうですね。エルメさんも当時はまだ若干26歳とか、そのくらいでしょうね。フランスでは中学卒業のころから将来のことを考え始めますし、16歳くらいから修行を始めます。26歳でも、すでに自分の立場に責任を持ち、さらに「フォション」というお店に対しても、忠実にそのブランドを守るという意識がありましたので、私たちも絶対に逆らえない雰囲気がありましたね。
高井
今でいうカリスマ性をもっていたんでしょうね。ところで、フランスでは今どのようなお菓子が人気なのでしょうか。日本でもヒットしそうなお菓子はありますか。フランス菓子にトレンドはありますか。
大森様
フランスのお菓子の流れは、パリから始まりますが、パリではフランス菓子も行きつくところまで行きついて、今は単一商品ばかり売る店が増えています。エクレアならエクレアだけ。マドレーヌならマドレーヌだけ。そういうお店は“パティスリー”(小麦粉でつくる菓子を販売する店)と言えず、“mono-produitモノ・プロデュイ屋”(アイテムのみ扱う店)というそうです。ビジネス優先ですね。生き残るかどうかは時間の問題だと感じます。唯一生き残りそうなのは、メレンゲ菓子専門店です。フランス人は、メレンゲが大好きのようですから。あとは、キュービックを真似たお菓子ですとか、ちょっとオブジェ化したスタイルのインスタ映えするお菓子を若手が作っています。
高井
パリに美味しいものが集まっているように思いますが、フランスの食文化の魅力は何ですか。
大森様
パリのお料理も素晴らしいですが、結局は地方の集大成です。日本でもそうですよね。様々な郷土料理がある。私の主人は愛媛なんですが、お正月の御雑煮のお餅が丸かったんです。私は東京の出身で、お餅に丸いお餅があることを知らなかったんです。地方によっては、お餅にアンコが入っている。お雑煮一つとっても地方によって違いますが、フランスでも同じです。パリの人は意外と地方を知らない人もいました。当時、私が「アルザス(注)に行った」なんて言うと、「ブレッツェルの作り方はどんなだった?」なんて聞かれたんです。そうそう、でも、ピエール・エルメさんは知っていたんです。彼はものすごい勉強家なんです。私がさりげなく「ラモット・ブーヴロン(注2)に行ったんだよ」なんていう話をすると、「じゃあタルトタタンは食べた?」ってすぐに反応するんですよ。
- 注:アルザス フランスの北東部、スイスとドイツの国境沿いに位置する
- 注2:ラモット・ブーヴロン パリ南方のソローニュ地方にある町
パリに美味しいお料理が集まっていますが、それぞれのお菓子に地方の文化や背景があります。歴史をさかのぼると、中世の十字軍の動き以降、素材がフランスに集まるようになりました。お菓子の原料を遡ると本当に各地から集まっていて、さきほどのアップルシュトルーデルのように、トルコにまで行きつくものもあります。そういった各地から集まった素材を、フランス人は独自の食文化に昇華させています。その素材をさらに極みにもっていこうとする食いしん坊魂といいますか、それをアートに発展させたパッション。そこに各地方で脈々と伝わる郷土料理、菓子が交差し、多様な食文化を生み出しているため、フランスの食文化は研究してもしつくせない魅力があります。
以上