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第33回 人事・労務の未来(2)
(2009年10月12日転載)

 

「平準化」した人間関係

本稿第1回では、これからの企業では個別人事管理を強く意識せざるを得ないがゆえに、集団労務管理がより一層難しくなることを述べた。

今回はまず、上下関係を忌避しがちな平準化した今の社会の人間関係の中で、いかにして秩序立った円滑な人事・労務の仕組みを築くかということが、これからの人事・労務管理の課題であることについて述べたい。

一般に今の時代は、親子関係も師弟関係も本来の上下の秩序を前提としたあり方ではなく、尊敬の念が薄れ、友人や兄弟のような関係に変化している。例えば、学校で教師が生徒に気を遣い、生徒は教師と対等な口をきくゆゆしき現状がある。こうした環境で成長し社会人となった若手社員と先輩社員との関係は、かつてとは異質なものに変化していることは、必然と言えよう。仕事も大学のサークル活動の延長線上にあることを望む若手社員に、上司に対する尊敬・畏敬の念を抱かせること自体が、そもそも難しいのである。

こうした状況では、労働者の権利義務をどのように位置付けるかという従来からの課題が、より重要かつ困難なテーマとしてクローズアップされる。

それには、まず新入社員に企業のあり方を徹底して教え込み、甘えを排除することから始めなければならない。企業には優勝劣敗という決定的な判断基準があり、勝ち残ることが最終的な目標となる。その目標達成のためには企業の構成員が心を一つにして他企業との戦いに挑むことが最も重要であるが、それは単なる友達付き合いのような甘い人間関係では果たせない。構成員の絆は、互いが切磋琢磨し高め合う中で得られる連帯感でなければならないのだ。

また、企業は階層社会であって、その階層があるがゆえに統一性や秩序を保てるという事実がある。しかし閉鎖的な階層社会になってしまっては、今の社員・従業員・労働者を活性化させることはできず、さらには優秀人材を当該企業に引き留め、定着させることはできない。

さらに、企業間の競争が激化した結果、利益・成果をあげるために閉塞的な環境で非常にきめ細かい社員マネジメントを行うと、社員にハラスメントやメンタルヘルスの問題が生じかねない点にも大いに留意しなければならないのである。

ハラスメント問題の背景には、上司に心理的余裕がなくなり、相手の立場に配慮して指揮命令するセルフコントロール、自己統制力が乏しくなっていることがある。部下の教育・指導に当たり、業務外のコミュニケーション促進による適切な職場人間関係の形成を併せて行っていくことが効果的であろう。

その意味で、今後は企業には開かれた階層社会であること、つまり、実力に応じて昇格を果たし、誰もが管理監督者・経営者になり得る組織であることが求められているのである。ここに実は、公正・公明・公平な評価が求められる所以がある。

ところで、評価とよく似た言葉に査定があるが、査定と評価の根本的な違いは、公開性の有無である。即ち査定には公開性がないが評価には公開性がある。しかし、日本人は「公開」について非常に消極的である。公開すれば日本人の民族性である集団主義が瓦解するのではないかということを恐れ、評点を公表することを忌み嫌う傾向がある。例えば、最近の事象では、いわゆる全国学力テスト(文部科学省)の市町村・学校別のテスト結果を公表するという自治体側の判断が、市民的運動として猛反対を受けた事実がある。

それゆえに、人事考課は査定が一般的であって、評価という意識があまりない。しかし、個別的人事管理と人材育成が重視される時代となれば、当然、公開の方向で人事管理をしていかなければならないであろう。即ち、先に述べた企業における開かれた階層社会を作り、その結果を社員の指導に用いるためには、公開を旨とする「評価」の方向が模索され具体化されなければならないのである。

一般に査定は密室で行われるがゆえに、社員・従業員・労働者に不安感・恐怖感が伴い、対象者の人格を否定することにもつながりかねない。そこで、日本人にとって、評点を公表することに耐えられるかが今後の大きな課題となってくる。

その際、個人情報保護の法理が公開の大きな障害となるが、人事考課の公開の重要性が意識されるならば、まずは各考課の対象者個人にその評価を告知することが必要となる。これにより、人事労務の公明・公平・公正という原則に一歩でも近づくことになるのである。

しかし、何度も述べたように人事考課を評価として公開すると、公正さ・公平性を一層担保しなければならないが、これは容易なことではない。なぜならば、人事考課はデジタル数値によってのみ行われているのではなく、その要素にはアナログ要素をも加味されているからである。アナログ要素を取り入れて、より公正・公平な人事考課を行おうとする努力の一環として、各企業で評価項目と基準の明確化の努力や人事考課の調整作業が行われているのはそのためである。昇格の折には、業績だけではなく、人格や人望についても評価の対象とすることは言うまでもない。

 

裁判も総合判定を是認

しかし何はともあれ、査定ではなく評価としての考課となれば、公正・公平性を担保する困難さという隘路を克服しなければならないのが、今後の人事労務の大きな課題となっている。

また、労働組合側が、組合員から人事考課の公開を委ねられて公開を要求し、それに使用者は応ずべきかという課題がある。この要求は正当性があるように思われるが、当然それには様ざまな弊害がある。その一つとして、デジタルな数字だけではなく、アナログの数字をも斟酌して人事考課を行っていくことを、使用者は率直に明言しなければならないのである。

この点、裁判所は、会社に査定義務違反があるかどうか争われた事案で、「人事評価は、使用者が企業経営のための効率的な価値配分を目指して行うものであるから、基本的には使用者の総合的裁量的判断が尊重されるべきであり、それは社会通念上著しく不合理である場合に限り、労働契約上与えられた評価権限を濫用したものとして無効となる」として、アナログ的な評価要素をも十分に念頭に置いた判決を下している(東日本電信電話事件=東京地判平16・2・23)。また、含み損社員の解雇の効力が争われた事案では、「勤務実績」「性格」「適性」等の項目を基に総合判定された勤務評定について、それぞれの項目に属するアナログ的な諸要素(仕事の結果・仕事の仕方・仕事に対する態度・部下の統率の仕方・誠実さ・積極性・意志の強さ・慎重さ・機敏さ・辛抱強さ・几帳面さ・協調性・明朗さ等)を前提とする勤務評定を是認している(東京都土木建築健康保険組合事件=東京地判平14・10・7)。裁判所は、デジタルな客観評価だけではなく、アナログ要素の評価も加味してこそ正しくなされるとしている。

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