「仕事人のための接待学」第5回 高井伸夫
「残心」表す土産・礼状
日本経済新聞(夕刊)連載 1998年5月11日掲載
接待は通常、レストランや料理屋で行われる。
このような接待の場でも、お別れ、すなわち接待が終了する時間が来る。その時に一番大切なことは、「見送り」であろう。
見送りを欠かす接待はまずないと言ってよい。それは「残念」という世界である。
残心とは、“貴方様とお別れするのはいささか寂しゅうございます、残念でございます、引き続きよろしくお願いします”ということを意味する。それをより嫌味なく、さわやかに演出することが必要なのである。
最初に思い付くのはお土産をお渡しすることである。本当に気持ちばかりのものにとどまることが多いが、そのお土産を持って自宅へ帰っていただくというプロセスにおいて、接待の効果、要するにコミュニケーションといったものが継続していくのである。
このような接待におけるお土産の重要性は言うまでもない。接待される側もお土産を用意していくケースが多いが、それは“貴方との心の交わりを大切にしていきたい”という意思表示であると言ってよい。
さて、私は実はこの接待する、されるいかんにかかわらず、翌日ファクスなり郵便でお礼状を出すことにしている。
接待の機会を得たこと、あるいは受けたことに対するお礼を申し上げるだけではない。接待の場で話題となったこと、お約束したことについて少しばかり触れて“お忘れしていません”と述べるのである。
それによってコミュニケーションはより強固なものとなる。なぜならば、「詞は飛び書は残る」というローマ時代からの法諺(ほうげん)がある通り、書面にしたものは心に刻み込まれるからである。
我々は、耳で聞くという認識方法と物を読むという認識方法の二つを持っている。そのうちどちらがより効果があるかといえば、言うまでもなく文字を読むという認識方法である。
鳥でも獣でも耳で聞くことはできるが、物を読むことができるのは人間だけである。すなわち物を読むことは耳で聞くよりも努力を要するが、より理性的であるだけに、より定着性が高い。お土産と手紙は接待の場の状況を再現するだけでなく、より深く持続的に浸透させるのである。
そして、接待の場では、とかく軽い約束をしがちであるが、約束したことを実行することがもちろん大切である。本当に実行してくれたかということによって、信頼性が高まる。信頼関係は有言不実行ということではあり得ない。
※この記事は当時の内容のまま掲載しています。