「仕事人のための接待学」第6回 高井伸夫
まず「捨て石」を置く
日本経済新聞(夕刊)連載 1998年5月18日掲載
よほど親しくない限り、いきなり「○月×日にお食事はいかがですか」とお誘いするのは、少し品がないばかりか、時に相手に戸惑いを与える。上手な誘い方は、「捨て石」を置くことから始めることだ。
捨て石とは、何かのお話し合いの別れ際に「いつかご懇談の機会を……」といったご挨拶(あいさつ)をし、あるいはお会いした後の礼状に「改めて夜分にでもご懇談の機会をいただければ幸いです」という一節を付け加えることなどをいう。
しばらくたってから、電話などで懇談を正式に申し入れるのである。直近の日を希望するのはあまりよくない。一般に、急いでいるという雰囲気を与えるのは適切ではないからである。
捨て石を置いたまま、放置してはならない。懇談、すなわち接待を期待している人もいるから、それを裏切ることになる。リップサービスで「いずれご懇談の機会を」などと言うのも控えるべきである。
「おいしいお店があるので、今度お連れ致します」といった誘い方もある。それには、まず相手の趣味・趣向を知ることが大切である。人間だれしも好きなものに誘われれば、興味・関心を持つものである。
そして、「折り入ってご相談申し上げたいことがございます」と続けることになるが、この種の口上を述べると、何かオブリゲーションが生ずるのではないかと不安がる相手もいよう。
そのとき「もちろんあなた様にご迷惑をお掛けするようなことは致しません」と安心させることを忘れてはならない。内容については「あなた様にはあまり負担にならないところで参考意見をお聞かせ頂きたい」とするのもよかろう。
接待の設営もクロージング(商談の最終場面で商談そのものをまとめあげること)の一つである。営業力というのは、結局のところクロージングにかかっているが、接待の場の設営すらできないようでは、営業力があるとは言えない。
この忙しく、またとかく接待が色眼鏡で見られる時代には、大義名分が極めて大切である。それは勉強させていただく、教えていただくという姿勢である。例えば私は様々なテーマで執筆するが、「取材をお願いしたい、教えて頂きたい」とお話をすれば、ほとんどの方が懇談、すなわち接待にも快く応じて下さる。
執筆するとは、社会に問うことであり、それが公益性につながるから、皆様も協力して下さるのである。接待の目的をいかに社会性ないしは公益性につなげることができるかが肝要なのである。