2019年1月25日のアーカイブ

  • 今、話題のテーマについて各界で活躍している方々と対談をする一問一答形式のブログの第36回目です。
  • 第36回目は、山手通り鍼灸院  院長 川口博司先生です。

 


 

■ ■ ■ ■ 時流を探る~高井伸夫の一問一答(第36回)■ ■ ■ 
山手通り鍼灸院  院長 川口博司先生 
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[山手通り鍼灸院  院長 川口博司先生 プロフィール]

1968年7月14日生まれ。地元名古屋の私立南山中学校・高等学校を経て、1987年4月、順天堂大学体育学部へ入学。卒業後、東急リバブル株式会社に入社し、トップセールスマンとして新人賞を獲得するも、2年で原点の名古屋へ戻る。

店舗設計やデザインという営業利益率の低い業界の営業を学び働く傍ら、鍼灸の見識を深め、中和鍼灸専門学校 (愛知県稲沢市、現・中和医療専門学校)へ入学。並行して治療院でインターンを経験し、2000年5月17日、中目黒に山手通り鍼灸院を開業。トレーニング関係に携わり30年、鍼灸師として20年。2009年10月にTBS特別番組「オールスター感謝祭」の駅伝・マラソン企画にゲスト出場した、五輪女子マラソン初代金メダリストのJoan Benoit-Samuelsonの治療にもあたるなど、海外でも鍼灸治療の第一人者として知られる。

 

[今回のインタビュアーは以下の通りです]

  • 高井伸夫

20181222.JPG

写真左が川口博司先生、右が高井伸夫 取材日撮影

(取材日 2018年12月22日(土)於:山手通り鍼灸院)

 


高井

順天堂大学で体育部を選ばれたのはなぜですか。

 

川口先生

食育、運動、ケアまで全部みられるスポーツ指導者・トレーナーになろうと思って進学しました。しかし、当時の日本ではトレーナーという職業が重視されておらず、学ぶにはアメリカに行かなくてはならなかった。かといって、アメリカに行って日本に帰ってきても仕事がない状態でした。大学3年生になる前の春休みに語学留学でアメリカへ2か月半ホームステイして、アメリカと日本との状況の乖離を知りました。

日本でトレーナーという職に就くのは時期尚早のようで、時代もバブルだったので、将来の自分の行く道はさて置き、社会勉強も含めてサラリーマンかつ営業の道を選び、東急リバブルに入社しました。自分で最初から最後まで全部一人でできる営業職というと不動産業が一番早いと思ったからです。

 

高井

鍼灸へチャレンジされ始めたのはいつですか。

 

川口先生

バブル崩壊もあり、一度リセットしようと名古屋に戻りました。店舗設計やデザインの営業として働く傍ら、開業出来るような資格を得て元来の「身体に携わる仕事」をしようと色々調べて鍼灸に辿り着きました。会社に勤めながら鍼灸の学校へ伺ったり鍼灸に携わるエピソードを読んだりして、3年が経つ頃、中和鍼灸専門学校(愛知県稲沢市。現在は改称し、中和医療専門学校)に入学し、鍼灸を学び始めたのがこの道のスタートラインですね。

 

高井

恩師について教えてください。

 

川口先生

誰かについて修行した事がないので、師匠と呼べる人はいませんが、名古屋に「将来こんな鍼灸師になりたい」と思う親子ほど歳の離れた先生がいまして、よくその先生の主催した勉強会に参加していました。

自身の怪我や鍼灸師としての経験は勿論、医療従事者に限らず人生で出会った方々から多くの事を学ばせて頂き、あらゆることを自分の中に取り組み、撹拌してオリジナルを作り出すのが、私の基本スタイルです。「鍼リテラシー」とでもいうのでしょうか。多方面から鍼を通じた知識・理論等を自分の中に解放して、技術から、ありとあらゆるその鍼に関するものを自分なりに噛み砕いて飲み込んで取り入れて、自分なりのスタイルを築いていく。日々、精進していかなければならない思いです。

 

高井

ご自身の怪我というのはどのようなものですか。

 

川口先生

学生時代ラグビーをしていたので。順天堂大学に在学中の右肩の脱臼と、社会人になってから膝の関節のクリーニング(関節に溜まった破片の除去)で手術を受けました。不注意で転んだりして骨折も何箇所かしています。

 

高井

色々な情報を仕入れて治療にあたっておられますが、一番の情報源は何ですか。

 

川口先生

その分野に特化した患者さんの話が一番リアルかもしれません。例えば衣料業界の社長から直に聞いた、デパートにおける自分たちの立場や全国の売れ行き。宗教関係の方だと、宗教に関する中々表に出てこない裏話。高井先生でしたら法曹界の話をオフレコで聞いたりします。これらはリアルタイムな情報だと思います。

 

高井

受付なども設けず、お一人で治療にあたられる理由を教えてください。

 

川口先生

患者様の電話の声、喋り方、来院された時の表情、姿勢、歩き方、癖、帰られる時も同じで、少しでも多く患者様のことを観察していた方が情報を多く集められ、治療に有効なのです。ちょっとした言動にもヒントが多い。

 

高井

治療の上での特別な技術はなく、ただ「勘はよく働く」と仰います。「勘がいい」というのは具体的にはどういうことですか。

 

川口先生

独り善がりではないひらめきです。自分で先に理論で考えて、そこに無理やり結果を結びつけるひらめきもありますが、それはなるべく避けたいので、直観で感じたものですね。

例えば治療で患者様から症状やお話を聞いて、パッと頭に浮かんだ原因の場所や病因がよく当たります。医療業界では一般的に消去法、スクリーニングテストを用います。思い浮かぶ病名を一つずつ検査し、最後に残ったものを「おそらくこれでしょう」と表現します。「これだ」とは中々決めつけられません。ところが私の場合は「これだ」と決めつけてかかるところがあります。そこが上手く当たっていることが多いので、勘がいいのだな、と。

 

高井

最近大当たりした例を教えてください。

 

川口先生

先日、ボルダリング中に足を捻って動かなくなってしまった方が、普段通っている理学療法士に診せたら「おそらく足の靭帯が切れているから、治療には鍼が良い」と言われたそうで、久しぶりに当院に来られました。でも診たところ靭帯が切れている感じがしなくて。何も根拠はないのですが、触ってみた感じと…これがまさに勘なのですが、「おそらくどこも切れていない、半月板の損傷だと思う」とお伝えしました。混雑でMRIを撮るのに3か月くらいかかるということで、やむなく勘を信じて4回ほど治療したら随分良くなりました。いざMRIを撮ったら案の定半月板損傷でした。もうほとんど回復したので、手術もしなくて済みました。

 

高井

施術の際は先生が患者さんとシンクロされるということですが、どのような効果が得られるのでしょうか。

 

川口先生

病状を踏まえた上で、患者様をあらゆる面で見て全体像を理解し、その体内に入り込む感じでシンクロさせます。私が鍼を刺すと同時に、患者様として刺されている感じを受けるようにします。体に乗り移った感じで施術すると、患者様との間に一体感が出て治療効果が上がります。

先程「勘」と申し上げましたが、シンクロすれば患者様の痛みがリアルに伝わってきますので、自分の感じたものを患者様の感じているものとして捉え、共有していきます。

このようなことを伝承するのは大変ですので、後継者育成はサボっています。

 

高井

1回の施術料金はおいくらですか。通常何回くらい施術されるのでしょうか。

 

川口先生

3千円から8千円です。症状にもよりますが、急性のものですと短ければ1回、慢性的でも3カ月ぐらい。ただ老化による変形、劣化とかの場合完全に治すのは難しいので、悪くならないように、という類のものですと回数は制限できません。

 

高井

1日の予約数はどのくらいでしょうか。また、どのような方が来院されますか。外国人比率やリピート率も教えてください。

 

川口先生

元々15人程で、前日、当日に数名入ります。政財界が2割、芸能マスコミが1割、外国人が2割、その他が近所、遠方からの一般人です。外国人はかつて多い時には3割を超えましたが、昨今の経済状況、また税法上の問題で、expat(≒駐在者)がシンガポールや香港に流れたので減りました。金融系のオフィスが移転していますよね。これも先程の「情報」として知ったことですが。

リピート率は弾き出すのが難しいです。1年後、5年後のリピートもあるし、リピートの必要性がない場合もあるので…半数くらいでしょうか。


高井

外国人というのはどこの国の方が多いのですか。

 

川口先生

国籍はアメリカがダントツで、フランス、イギリス、スペインなどヨーロッパの順に多かったのですが、最近はヨーロッパの方が多いです。中でも白人だけではなく、アジア系アメリカ人やアジア系ヨーロッパの方も多くいらしています。

当院に来られる外国人は、まず東京アメリカンクラブのメンバー、東京ローンテニスクラスのメンバー、調布にあるASIJアメリカンスクール、それからブリティッシュスクールの生徒・親御さん・先生で、基本的に高額所得者、富裕層の外国人です。必然的に優良企業に勤めている方、もしくは外交官が多くなるので、それで欧米の方が多いのかもしれません。いつかフランスかドイツの城の主が来て、「この城をどうぞ」って言ってくれないかなと期待しているのですが、まだいらっしゃらないです(笑)


高井

外国人患者の増加には何かきっかけがあったのでしょうか。

 

川口先生

東京勤務から独立したわけでもないので、2000年5月の開院当初、3カ月程は1日の患者数が1~3人、時々0人という寂しい状態でした。診療時間後に夜間営業をしている他のマッサージ店でアルバイトをして食いつないでいたところへ、当院の裏にたまたま住んでいらした、スカッシュの日本でトップクラスの女性コーチが飛び込みで来院されました。丁寧に施術しましたら長年患っていた腰の痛みが初めてきれいに治ったと大層感動されたんです。

当時、千代田生命が経営し、中曽根元総理等の著名人が多くメンバーだった高級スポーツクラブがあったのですが、ここにスカッシュをされている方が何人かおられまして、「あのコーチが良いというのならば」と当院に来られるようになったのです。

その中に東京アメリカンクラブのメンバーが何人かいらしたので、そこのスタッフが来院されるようになり、同クラブのメンバーが東京ローンクラブのメンバーだったり、アメリカンスクールのPTAだったりして情報が広まり、今に至っています。正確な数字ではありませんが、この女性コーチを発端に500人以上の患者様が来院されています。もしもこの女性コーチに好印象を持たれていなかったら、とっくに閉院していたかも知れません。

 

私は、この時の教訓「いつでも誰にでも全力で施術にあたる。」を肝に銘じています。そして、私はこういう方を「ビジネスキーパーソン」と呼んでいます。ビジネスに限らず人生において、多大な影響を与える「キーパーソン」は少なくとも3人には出くわすと考えています。それは身近な人かも、ずっと年下の人かも、また通りすがりの人かも知れません。キーパーソンかどうかは後で判明するので、先入観は捨て、いつも真剣に人と向き合わなくてはなりません。

 

高井

鍼灸院の営業活動はどのようなものがありますか。実際にされている営業活動を教えてください。

 

川口先生

インターネットの口コミサイトに掲載して、キャンペーンクーポンや、初回格安といった広告。あとはポスティング、駅前でのビラ配りでしょうか。

私の営業活動は開業日に新聞広告を1回入れたきりです。大手3紙の朝刊に3万部くらい。これを見て3人来院されました。ビラ配りなどは、私はかえって「苦労している」と見られて逆効果だと思っているのでやりませんでした。最初からは難しいですが、「広告しなくても十分混んでいる」というイメージに持っていくのが一番の営業方法です。営業活動をせずに営業できていること見せる。

実際は地道に実績を上げ続けるだけです。実績とは、患者満足度の向上です。患者様が期待していた以上の結果でなければ感動は生まれません。感動して頂けたら、その感動を誰かに伝えたくなるものです。良さを伝えるのは言葉ではなく感情なので、いかにその喜びと感動を多くの方に伝えて頂けるかが鍵です。期待していた以上の結果とは『こんなに早く良くなるとは思わなかった!』『こんなに楽になるとは思わなかった!』の2つです。それが達成出来たら、宣伝活動しないのが宣伝という風になるかなと思います。

 

目立った営業活動をせずに経営する秘訣は、誠心誠意患者様と向き合い、治癒という目的に真剣に立ち向かう事です。一般にはサービス業ですから顧客の満足を第一に考える事です。

2番目には、経営していかなくてはならないので、国内外の経済、政治、自然、科学、そしてエンターテインメント、スポーツまで多岐に渡って情報を仕入れ、トレンドから未来まで予想しながら、早め早めに心構えと対応を取っていくのが大切だと考えています。

 

高井

最後に、人生の目標は何ですか。

 

川口先生

治療において、勘と結果の整合性をもっと高めたいですね。イメージと結果を合致させたい。それが治療の正確性を高めますし、治療時間の短縮にもつながりますので。

 

高井

ありがとうございました。

以上

 

20190125.JPG

 今年、高井伸夫先生のブログ「無用の用」に寄稿する機会をいただくことになりました。

 「あすか人事コンサルティング」代表の太田正孝と申します。どうぞよろしくお願い致します。

 

第1回 ご縁

 

 高井先生とは15年ほど前に、とある係争問題で出会いご縁を得ました。ご高名はかねてより伺っていましたので躊躇なく事務所にお願いに行きましたが、第一印象は結構せっかちな先生、というのを覚えています。書類の書き方など、場面状況が目に浮かぶように書くとか、裁判は書類の整え方で決まるとかキーワード重視の指摘があり、当時私は民事法廷では弁護人同士が口頭で戦うと思っていたので「書類司法」に目からウロコでした。あのときの出会い以来何回もお会いするうちに「波長がとても合う大先生」で、事ある毎にご厚誼とご指導を得てきました。

 

 先生にご縁のある方達に向けて拙いものを披露するのはすごく気がひけますが、これもご縁の一端として許容いただければ幸いです。この「無用の用」では月に一回の寄稿で12回、今は何を書くべきかわかりません。時に応じてテーマを決めて自分なりの知的冒険をさせてもらえれば有難いと思っております。

 「無計画」には厳しい高井先生ですので今のはやり言葉でいえば「ボーっと生きてんじゃねーよ」と叱られそうですが、臨機応変ということでいきたいと思います。

 

 平成も今年4月で終わり5月から新元号になります。歴史の一つの節目なのでいい時代の到来を願うのは当然ですが、地球上では自然災害や人的災害など多くの懸念材料があふれています。人類が爆発的に増えて人智では解決できない位に問題が深刻で複雑になりすぎたのかもしれません。IOTやAIも進むでしょうがこれが問題をより複雑にしたり制御不能になったりしてより深刻な社会問題を引き起こす可能性もあります。

 そんな時流と将来予想のなかで、高井先生には「時代の処方箋」を書いてもらいたいという思いです。その参考材料のきっかけになればいいな、と考えています。

 

 さて、初回ですので自己紹介をしながら「ご縁」ということから書きはじめます。

 

 私は宇宙からきたのではないかと時に空想していますが、どうやら日本列島にある大阪市で生まれたようです。全く記憶がないので本当のことはわかりません。大阪大空襲の直前に家の地下に掘った防空壕で生まれたと聞かされて育ちました。その後、父の影響もあり、好きな山登りや、当時は夢だった海外渡航の可能性が大きい人文地理学を専攻しました。とりわけ歴史地理学に興味がありました。学者になって世界を股にかけるような研究活動を夢見ていました。

 

 高井先生の専門である法学分野は食わず嫌い状態でした。法学部の空気や条文など難解な文章を学ぶのは大変だし六法全書の分厚さにも圧倒されたのでしょう、サラリーマンになるつもりがなかったので強い動機につながらなかったわけです。ただ、歴史地理学では律令制を支える「延喜式」(900年頃)は大事な歴史資料としてみていましたので、法との接点といえばそれくらいでした。高井先生と知己を得た今では法は学んでおくべきだったという悔いが残りますが。

 

 ところが、あるきっかけで学者への道から会社勤めへとキャリアの方向転換をすることになりました。

 

 当時、家庭教師先の父兄から飛行機が好きで海外に行くなら今後大きな飛躍が期待される航空会社はどう、と強く薦められ、結果として日本航空(JAL)に就職しました。

 教え子の高校生にたびたび地球儀を見せて大きな視野から物をみるように話したり、模型飛行機を一緒に作って飛ばしていたのが親の耳に入っていたようです。修士課程へ進むのもほぼ決まっていたので大学の恩師から「お前はアホか」と厳しく怒られたのも当然です。

 

 JAL入社後は現場の接客から始まりましたが、20才代後半から7年間社長秘書を勤めました。役目柄、様々なことが起こり心身ともしんどい仕事でした。日々多くの人達との出会いがありましたが、良いご縁を得たと思う方達のことは強く思い出に残っています。この時期の得がたい経験や人脈がその後の人生のベースになって多方面で活躍されている人達と更なるご縁を得ることが出来たと深く思います。

 

 31年間お世話になったJALでは10回異動し転居は7回、海外は3カ所延べ8年でした。平均して3年に1回です。最後の方のキャリアでは、人事部次長、羽田の空港支店総務部長、情報システム開発部長、シカゴ支店長でした。人事部時代には採用と人事制度企画担当として成果主義人事制度導入を、羽田空港では昭和天皇の大喪の礼の際の海外からの超VIP機の受け入れをやりました。官民上げて一つのチームを作り万全の策を講じて無事完了したときは感無量でした。情報システム部では技術者とともに大規模システムの更新やお守りなどで実に多くを学び、今の情報時代に取り残されずにすんでいる?のかもしれません。

 シカゴを最後に53才の時にJALを早期退職しました。きっかけは人事部時代に成果主義型人事制度導入にお願いしたヘイグループジャパンの社長から誘いを受けたからですが、これも良いご縁を得ていたからでしょう。ヘイグループでほぼ9年、最後は副社長の役員定年で退職、今は個人で人事コンサルティング業をしています。以来11年になりますが、独立時からずっと心配してくださり、顧客紹介など何かと支援をいただいている高井先生には感謝の念で一杯です。

 

 高井先生によると縁を大事にする根底には、好奇心が前提にあると言われています。私も全く同感です。霊長類はおおむね好奇心を持っていて、とりわけ人類はこれで文明を築いてきたといっていいのでしょう。

 「袖ふれあうも多生の縁」という言葉がありますが、輪廻転生の仏教の教えからすると人は何回も人生を繰り返すので、今のご縁は前の人生の縁が元になっているのだ、ということでしょうか。ということを敷衍するとこの宇宙はユニバースではなくマルチバースではないか、などと思考は膨らんでいきます。学問分野で言えば天文学、物理学、量子力学、生物学、哲学、心理学、社会学、法学、経済学などすべてに関係性がでてきます。理系文系などと簡単に分けることは思考を狭めるものかもしれません。

 今の私は宇宙とUFOの勉強が趣味の一つですが、世の中多彩な情報が満ちあふれて好奇心をもって調べるには好都合な環境にあるのを実感しています。

 好奇心を持っていることが人生を豊かにし、道を開く原動力であるとして、次回からこれらを元に「無用の用」らしく掘り下げて書いてみたいと思っています。

終わり

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