第6回 人の記憶はパラパラ漫画

 

あすか人事コンサルティング
代表 太田 正孝

 

このところ高齢者による悲惨な自動車事故が多発しています。こうした不幸に巻き込まれた人達の無念さを思うと心が痛みます。

高齢者の中には自動車がまだ一般に普及していない20才前後に早々と運転免許を取得した人も多いのではないでしょうか。当時はオートマではなくクラッチ付きのマニュアル車ばかりでした。私も18才になると廃車で引き取られたダットサンを貰い、車の整備士になっていた中学時代の友人達とで油まみれになりながら「解体・再生」して車検を取った楽しくも懐かしい想い出があります。あの頃は自動車学校も少なく運転免許を取るのも大変な時代でした。ですので高齢を理由に大事な免許を自主的に返納することには裏にある思い出の消去でもあり、相当な決断力と覚悟がいると思います。

しかし、高齢者は個人差が大きいので年齢基準で返納というのではなく安全運転ができる場所、健康、判断力、瞬発力そして技量があるかどうかで合否を判定する厳しい審査の導入が合理的ではないでしょうか。人の命がかかっているので多少のお金と面倒臭さはやむを得ないと思います。さらには審査結果の程度によって運転支援機能がついた車のみ可とかに限定したり、都市部は時間制限や運転禁止エリアを設けるなどの処置が考えられます。インフラ面でも高齢運転者の車の増加を前提に道路状況の改良やフェイルセーフの考え方にたっての安全対策などへの投資も併行してやってほしいものです。高齢者になっても生活に必要なかぎり安全運転がつづけられるように社会の配慮や工夫が求められているように思います。

 

  先月末、50年ぶりに大学の教養課程の同級生15人ほどの一泊二日のクラス会に初めて参加しました。幹事さんから「皆んな、何時お迎えが来てもおかしくない年になったんで、その前に一度みんなで母校に集まろう」と連絡があって気が向いた訳です。卒業後一度も母校に行ったことがなかったこともあり、ほぼすべて忘却の彼方にあったのですがみんなに会えば何か思い出すかな、という気持ちで行きました。いざ集合してみると、ほぼ全員の名前も顔もほぼ覚えていないのに我ながら驚きました。昼食時に自己紹介したあと、みんなで近くの寺社へと散策しながら話をしている裡に驚くほど記憶が戻ってきたのです。しかし共通の出来事の記憶でも人によって違っていることも多く、何が真実かわからなくなっているのを改めて皆んなで実感しました。宿での夕食時には一層打ち解け、遅くまで酒を飲みながら語り合い半世紀もの時間を巻き戻したように感じました。

 世間でも同窓会が盛んになってきているそうです。「おい、お前」で通じる同窓会特有の平等さを再現し、横一線だった社会へのスタートライン時代を懐かしく思い起こせるからではないでしょうか。「バック・ツー・ザ・パースト」も現役を卒業したものにとっては特にいいものです。

 

 では、改めて過去ってなんでしょうか。当たり前に言えば過ぎ去った時間といえますが、どこに行ったのでしょうか。前回までに述べてきた歴史と関連しますのでちょっと考えてみたいと思います。

 

 あるアメリカの人口問題研究機関の推計では、今現在、人類として生きているのは数百万年の間に人類として生まれた総計(約1000億人)の約7%ということです。あくまで推定の域を出ないでしょうが産業革命の頃から人口爆発が起きていて、それが加速度的にますます激しくなっているので、今後ますますこの比率が高くなることでしょう。平均寿命も急速に伸びているので、この先、文明社会は持ちこたえられるかどうかというレベルになっていくそうです。

 

 子供の頃、人は昔の誰かの生まれかわりである、というようなことを言われた記憶があります。悪いことをしていたら動物に生まれかわってくるので、良い子になりなさい、これが輪廻転生ということだと教わりました。勿論こんな単純なことではないでしょうが子供心にはなんとか分かったようでした。しかしその後「ボーっと生きて」大人になったために今もって本来の意味は良く解りません。

 

 最近、過去というのは、遙か昔のことでも、ついさっきのことでも同じではないかと思うようになりました。つまりこの世は「パラパラ漫画」みたいに瞬間の連続でできていて、そのごく一部が脳に記憶されていると言うわけです。時間が経つとそれらがトランプをシャッフルしたように前後も徐々に曖昧になっていきます。昨日おとといはまだしも、数ヶ月前位になると手帳か何かを参照しないと前後すら分からないほどディテールは消えていきます。

日頃みる映画、TV、動画などは一コマ一コマの静止画の連続でできているのですが、パラパラ記憶説にたつと、人間は周りの世界は連続したものと思い込んで錯覚をしているだけで脳のトリックから来ているのかもしれません。周りの情景の一コマ数コマが脳に記録され記憶になっているとすれば記憶の操作もなんとかできそうです。自分にとって都合の良いことだけを取捨選択して記憶ができれば悩みごとも減るのではないでしょうか。勿論反対側に行けば大変なことになりますが。

 

パラパラ画像の一コマは自分の五感をとおして作成記憶されたものですから、たとえ家族でも記憶されたコマの絵が異なるのは自然です。自分が蓄えたコマを基に家族や人に何かをアドバイスするとしても100%通じる保証はありません。ただ共通のコマを多数もっていることで通じ合う可能性がたかまるのは間違いないでしょうけど。

 

抽象的に思考でき、記憶と読み出しが高度にできるようになった人類だからこそ一人一人違う個性を持っているのでしょう。できるだけストレスをためずに現世でうまく生きていくためには過去の一コマ一コマを編集して、いらないものを忘却の彼方におくったり、良いものは記憶を強化したりすれば効果的です。そして、これから巡ってくる未来のコマをあらかじめうまく選択して記憶できるようになっていくと思います。信じるか信じないかですが楽天的で成功者になった人達は割と自然にこれができていて「成功例や失敗例から学ぶ」が身に付いている証明であり結果ではないでしょうか。

 

人口爆発がつづく現代、科学の加速度的進歩により膨大なデータが集められるようになりました。やがて人の人生を通じて心の奥まで覗けるようになっていくかもしれません。すべてを順序良く何でも記録・記憶ができるITにAIが取り込まれると、人のパラパラ記憶が太刀打ちできないのは明白です。人間にとって果たして良い時代がくるのかそうではないのか分かりませんが人間らしさの特性をどの辺に残していくのか考えどころです。輪廻転生でこの次は人口知能に生まれかわらないよう願いたいものです。

終わり

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