2019年8月のアーカイブ

 

第8回 笑いの効用をもっと取り入れよう

 

あすか人事コンサルティング
代表 太田 正孝

 

 女子プロテニス界に続いて今度は女子ゴルフ界で快挙です。プロ1年目の渋野日向子さんが全英女子オープンで見事優勝しました。まさに高井先生がよく言われる「心・技・体」、英語でいうとメンタル、テクニカル、フィジカル、の高度なレベルでのバランスがもたらした成果だろうと思います。

    解説者も言っていましたが、ピンチの時でさえも彼女の明るい笑顔はギャラリーの心を捉え、早速スマイリング・シンデレラと呼ばれているようです。多くの人達を自然に応援したいという気持ちにさせる振る舞いでした。苦しい場面でも自然体で行動できるのはすばらしいことです。

    日本人は真面目すぎて余裕がない、とステレオタイプ的な捉え方がされて来たように思いますが、今時はこんな指摘があたらない若人も増えてきたようで頼もしく感じます。 自然体とか笑いはともすれば不真面目の部類に入れられてきたような気がしますので価値観の変わり目となってくれれば嬉しく思います。

 

    最近では漫画やアニメが日本のみならず世界中で受け入れられています。確かに文章を読むよりも視覚・聴覚を使って漫画や動画さらには映画を見る方が解りやすいし、感情移入もスムースなのでますます映像文化が世界中に拡大していくことでしょう。かつて麻生太郎さんが総理のときに漫画しか読まないし漫画は文化だといって顰蹙をかったころとは大違いです。麻生元総理の先見の明に敬服です。

 

 子供の頃「赤銅鈴之助」、「月光仮面」「鉄腕アトム」「鉄人28号」など、貸本屋に通って友達と回しあって読んだ記憶があります。漫画はだめ、もっと本を読みなさいと大人からいわれても無視していたものです。あの時代、漫画はまだ絵本の延長で児童の年頃を終えたら読書というのが当時の社会の価値観だったのでしょう。戦後の混乱期はすぎていたもののまだまだ生きるだけで精一杯な頃でしたので、ボロボロの貸本漫画が多くの子供の楽しみで、誘惑でした。

 娯楽の一つであった映画も白黒が主流でしたので「宇宙戦争」というSFカラー映画を初めて見てストーリーの面白さとカラーの美しさに驚いたことを覚えています。やがてTV放送がはじまり、プロレスと相撲、コメディを良くみていました。TVはとても値段が高くて買える家が少なく、TVのある近所の家に見せてもらいに行ったものです。賑やだった情景は昔のパラパラ漫画の一コマとしてよい思い出となっています。

 

 昨今「笑い」の効用については社会性に関する心理学やメンタルを扱う医学界でも認められていますが、チーム作りやリーダーシップを発揮する上でも特に重要なファクターとしてもっと取り上げるべきと思っています。私は大阪育ちでもあり笑いの効用は日常生活の色んな場面で実感してきました。しかし、東京ではどうもそれほどでもないような気がします。特に、駄洒落や親父ギャグと見なされれば低俗なこととされがちです。でも、駄洒落ひとつ思い浮かべるのも頭が活動した結果なので特に年配者にはボケ防止にはいいことと思いますがどうでしょうか。駄洒落には駄洒落で返すというのを習慣化したら認知症も逃げていくのではないかと思います。

 昔、藤本義一という大阪の作家が一世を風靡した時期がありました。「鬼の詩」(直木賞)はじめ作品は多いのですが、大阪の市井の人々の生き様を多く取り上げました。TVでも「11PM」のMCをつとめ独特の切り口で仕切った姿は今でも覚えています。彼は「商は笑なり」として、笑いがなければ商売での成功はおぼつかない、ということを作品でもしばしば主張していました。

 

 ここで思い浮かぶのはいつも笑顔を絶やさずに誰とでも話をされる高井先生です。

 弁護士事務所を代表する偉い人だから堅い人かな、と思ってお会いすると一寸想定外な雰囲気につつまれます。この「無用の用」をご覧の方は皆さんご存じと思いますが、課題や悩みについて初めて先生のヒアリングをうける時、先生の優しい笑顔にまず不安感が和らぎます。依頼する側はどうしても不安と怒りの感情がからんで上手に話せないケースが多いのです。それを承知の上で依頼者の心のバリアをまず取り除いて順序だてて聞きだして課題の解決につなげていく、そういう姿勢で来られたのが先生の成功の礎と思います。

 一方で、先生の笑顔の背後には論理構成のための厳しい質問攻めをうけるので安易に曖昧に答えていると後々苦労することもかつての依頼者の一人として実感しています。

 加えて、先生の事務所の弁護士先生方にはとても厳しく体育会系スタイルで指導されている様子を垣間見ています。ただし、本当の姿は外部からはわかりませんが後進の若手を業界の厳しい競争に勝ち残れるよう鍛えておられるのは間違いないでしょう。

 

 人というのは1場面、2状況、3意図、4行動の少なくとも四つの観点で見みないと性格、能力、行動特性という所謂コンピテンシーを伺い見ることができません。例えば、普段ユーモアあふれる明るい人が一寸緊張状況に直面すると、意外な行動にでて周りをびっくりさせたりするのもこの四つの観点で観察していなかったからといえます。 人事関係に携わる方は是非この1から4をワンセットとしてみてもらいたいと思います。

 

 大阪での商売(笑売)に話を戻しますが、一見(いちげん)さんの客でも二言三言会話すれば直ぐ本音で話しができるような場にするのが「大阪商人」と言われることがあります。「鶴瓶の家族に乾杯」というTV番組で見られる笑福亭鶴瓶師匠のあの自然体はこの大阪人の才覚を見事に表していると思いますので、私のような人事コンサルタントにとっても大いに勉強になります。

 顧客とプロジェクトの成功にむけてのプランを決める上で、顧客会社の成長の歴史や文化、社員気質、現在と今後の見通しを素早く正確に聞き出しメンバーで共有することが必須になります。忙しい会長や社長にも当然ヒアリングするので初対面の折りに最初の5分間で本音を語れる雰囲気づくりをし、限られた残りの時間を質疑に充てるのがとても大事になります(高井先生から5分でなく3分だ、と言われそうですが)。この点でも鶴瓶師匠の周囲への心配りの仕方や、観客(視聴者)の受け取り方への配慮などコミュニケーション全般が参考になります。

 そういえば高井先生は愛知県出身と伺っていますので、上方のお笑い文化と関東の文化の双方の利点についてそれぞれのいいとこ取りを自然に身に付けておられるのでしょう。

 

 笑いは人の交際交流を円滑にする上で摩擦を防ぐ油のように大事なことと思います。

 顔の細かい筋肉が発達した唯一の動物に進化した人類としてそれぞれの顔の表情で多くのことを語り合えるのですからもっとうまく利用したいものです。

  終わり

 

「明るい高齢者雇用」

第5回 “3世代雇用”時代へ―若年者との融合前提に―

(「週刊 労働新聞」第2151号・1997年5月5日掲載)

※当時の文章に一部加筆補正の上掲載しております。

 

 前回に続き遠藤安岐子専務理事とのインタビューをご紹介する。

  Q、アメリカ人は日本人に比べて若さを強調しているようですが。

  A、お年寄りは、時代に遅れをとらず、いつまでも若くいられるよう望んでいます。マクドナルド等の安い賃金の店でも仕事をしたがるのは若い人達と交わりたいからです。若い人といると自分も若返るそうです。

 

 アメリカ人は若く見られることが好きである。オルブライト国務長官(59歳・当時)が来日時にカウボーイハット姿で現れたのも、単にカウボーイハットがアメリカの象徴の1つであるだけではないだろう。アメリカの高齢の婦人達の服装は日本と違い赤やピンク・ブルーなどの原色が多く、誠にカラフルである。

 昨年秋の中日新聞特派員記事にも「米国のお年寄りの元気な姿に驚くばかりだ。<中略>遊園地に行けば、おじいさん、おばあさんがジェットコースターや全身ずぶ濡れになる船のスライダーに何度も乗り、そのはしゃぐ様は孫たちを完全に圧倒している。ホワイトハウスの記者会見では、60年代初めケネディ大統領の時から活躍している80歳近い女性記者が最前列で質問する。それにみんな食べる量がすごい…。元気なお年寄りは、若い人達の中に入っていくことを全く苦にしない」と伝えられている。筆者の周辺にも“ドレスアップしてファッションショーに出たり、カラオケでもいいからステージで歌うなど、人の視線を浴びてパフォーマンスする快感は自分を生き生きと若返らせてくれる”とうそぶく輩がいる。

 さて、高齢化社会は3世代雇用の時代となるが、価値観の多様化の下で、企業秩序の維持という課題のほかに、若者達が高齢者を受容できるか、若者が自らの進路を妨害する者としてこれを排除しないかという不安がある。精神心理学的に言えば社会現象となった“オヤジ狩り”や、事業を継承した若手経営者が先代からの高齢者幹部を忌み嫌う傾向にあることがあげられる。また労働経済学的にいえば(欧州諸国全般の特徴的事象といえる)、若年労働者の高失業率問題を解決しようとすることが、陰に陽に高齢者雇用の圧迫要因となっているが、若い人たちの不安やエゴとうまく折り合いを付けていくには、気取らず“皆平等な一平卒”意識を持つことが重要である。

 

  Q、高齢者の男女比は?

  A、日本と比べ複雑さがなく、年寄りなのに…という表現がないように、高齢者は働けなくなるまで一応自由奔放に暮らしています。80歳以上の男女の恋愛等も日常茶飯事ですし、誰も(家族を含め)異常だと思いませんし、干渉もしません。高齢者の女性と男性の比率が4対1なので、女性の方達は張り合うためか、何歳になっても美容院に行き、ドレスアップをし、外食をしたがります。

 

 日本の65歳から74歳の男女比は1対1.25。高齢者女性の雇用問題が、今後大きな社会問題として登場するであろう。

 

 

高井伸夫の社長フォーラム100講座記念~1講1話・語録100選~

【第8回】社長への信頼感をいかに高めるか(1994年2月23日)

 

 まずは、コミュニケーション。意思疎通というのは非常に大切。仕事の関係が終わったからといって年賀状も出さないのは論外。私のことを覚えていてくれているという世界が精神的結合の基盤だ。その実践策がコミュニケーション。

 私の場合、先方が私の不在時に電話してきて「また電話します」と言っても、すぐこちらからかける。「午前中は不在ですが午後には戻ります」という伝言には、午前中であってもすぐに電話を入れる。不思議なことに往々にして在席している。すると先方は感激するわけだ。迅速に、密に。これがキーワード。

 第2は態度、礼儀。謙虚さが基本だが、加えて責任転嫁しない、反省する気持ちが大切。責任転嫁は一番嫌われる。苦しくなるとすぐ逃げ出す。これでは頼りにならない。不安感、不満感を抱かせる極みだ。

 第3に能力。社長として要求される能力は様々あるが、信頼感の観点から言えば、包容力、指導力、統率力、企画力が大切だ。

 包容力とは「違う心を受け止める力」である。人の話を聞いてやる。心をひとつにするとは「人の意見を聞いて自分の意見と違うことを確認する」ことから始まる。偽りや見せかけの一体感ではいけない。

 指導力とは、相手の意見の欠点を上手に指摘できる力である。「君の意見もわかるが、この点はどうかね」と。

 次は統率力。誰から口説いたら一番早くチームの心がひとつになる可能性が高いか、どうやったら心がひとつになるか。説得の手順と手段を決める能力でもある。

 指導力と統率力は違う。指導力は1対1の家庭教師の役割である。だから欠点を上手に指摘して指導する力。統率力は、学校のクラス担任と生徒の関係、組織をまとめる能力である。

 企画力の本質は「危険予知能力」。これをやったらどういう障害が起きるか、という状況の想定ができ、想定問答、想定状況が紙に書けること。

 

「AIと私たち」 第10回

AIをめぐる法的責任~著作権と法人格

 

 今回はAIの権利について、AIが生み出したコンテンツの著作権をテーマに考えたい。AIの発達は小説、絵画など様々な芸術分野での機械創作を活発化させている。AIの成果物は誰のものか、権利の帰属や利用のルール整備が追いつかなければ混乱しかねない。

 英国の著作権法は1988年の改正において、コンピューターによる作品の著作者は「創作に必要な手配をした者」と定め、コンテンツの創作過程にAIの介入があったとしても、AIを用いた人間が著作者であると明示した。一方、日本の著作権法は、著作者を「著作物を創作する者」、著作物を「思想又は感情を創作的に表現したもの」と定義している(同法2条1号2号)にとどまっている。

 

 結論から言えば現状、AIによる「著作物」は存在しない。「著作物とはあくまでも人が思想や感情を創作的に表現したもの」というのが現在の政府見解であり、「人が関与して創作した」コンテンツでなければ著作物とみなされないためである。すなわち、既に多数発表されている、人間がAIを道具(プログラムソフトなど)として用いて生み出された詞・曲、小説、絵画等は、あくまでも人間の著作物であり、著作者も著作権者も人間となる。

 これに対し、AIが独自に生み出したコンテンツについては「著作物」とみなさず、よって著作者も著作権も発生しないとする。その理由としては、「人が関与していない」こと、あるいは、「思想や感情を創作的に表現したものとは言えない」ことが挙げられている。後者については、「AIの独自創作だから“人の”思想や感情を反映していない」と考えることもできるし、「AIには思想や感情がないから、思想や感情を反映していない」と考えることもできよう。

 しかし、現在のAIの創作の源がデータ収集と機械学習に基づいていることからすると、世界中の膨大な「人の思想や感情」データを集約して生み出されたコンテンツは、人の思想や感情を反映していないと言い切れるのだろうか。他方、過去にも述べたが、今後AIが感情を有する可能性は決して否定されておらず、将来にわたって「AIが生み出したコンテンツは、人が思想や感情を創作的に表現したものとは言えない」と断言することは難しくなるように思われる。著作権は人間に限って生ずる、とするならば、著作物の定義をより明確に設定することが求められるのではないだろうか。

 

 一方で、AIが独自に生み出したコンテンツが「著作物」ではないと認定された場合、そのコンテンツは著作権による保護を受けられないという点も問題視されている。AIに創作指示を出した人間は、そのコンテンツの使用料の請求や使用の差止めなど、何らの権利行使ができないし、そのコンテンツは世界中で転用され放題となる。この問題について政府は、「AI創作物を世に広めて一定の価値(ブランド価値など)を生じさせたこと」に対して権利を付与する方向性を打ち出しているが、具体的な結論は出ていない。

 

 では、AIに著作権を認める方向へ舵を切ることはないのだろうか。たとえば株式会社には法人格、すなわち、法律的には、権利義務の主体たる資格(権利能力)を与えられる。同様に、AIに人と同じような法的権利を与えることはできないだろうか。実は欧米では既に、こうした法律上の責任主体としての人格をAIに与えようとする動きが出ている。

 会社が法人格を持つ所以は人が企業を構成するからである。例えば経営者、労働者、株主等々の人間が関与してこそ会社が成り立ち、国民経済的に有用な機能を営んでいるからである。そのため、その形式的独立性を認めることが正義・衡平に反する結果をもたらす場合には、法人格は否認される。

 これに倣えば、AIに人格を与えるためには、AIが人間の道具でなければならないと思料されるところ、AIが人間とは別個の意思を持つ、増殖能力を持つ存在になれば、それはもはや道具とは言えなくなるのではないだろうか。これをどう工夫していくかがポイントである。無暗にAIに権利能力を与えれば、人間がAIをコントロールしきれなくなり、人間との協調が難しくなるかもしれないことにも留意が必要である。

 

 まとめ

 ・AIの創作物は著作物として認められず、著作権も生じ得ない

 ・欧米ではAIに権利義務の主体たる法的資格を与える動きがある

 ・無暗にAIに権利能力を与えれば人間によるコントロールを失いかねない

 

(第10回ここまで/担当 高井・團迫・宇津野)

 

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