「AIと私たち」 第11回

AI応用期を迎えて

 

 「AIはすでに学術研究の時期を終え、世の中で応用する活用期に入った」―先日、AI企業への総額23兆円の巨額投資を発表したソフトバンクグループの孫正義会長兼社長の言葉である。日本企業の経営者の多くは先輩がつくったものの焼き直しをしており「真剣さが足りない」との厳しい言葉も並ぶ(日本経済新聞2019年7月28日朝刊2面)。

 

■課題は当事者意識の希薄さ

 当連載でも欧中米に対する日本のAI関連分野の遅れは指摘してきたところであるが、昨今はもはや我が国がAI先進諸国に追いつくことは不可能であり、これ以上差を開けられぬようにする他ない、といった論調が多く見られる。研究職等の専門家だけでなく、国民皆が、特に中小を含む経営者層が当事者意識を持ってAIを理解し、取り組まねばならないことは、各所で繰り返し発信してきたが、個人レベルの理解に留まり、企業や国を挙げた大きな流れを生み出すまでには及ばなかったことは至極残念である。経営者の多くはこの5年程を「AIはなんだかすごいらしい」「AIで何かできるらしい」という段階から動けないままであったように思われる。

 いずれ社会システム全般がAIの支配する機構へと変革する。その中でAIと人事労務の関わりはさらに大きく変質し、労働法もまた大きく変わりゆくだろう。政府は「同一労働同一賃金」の実現に向けてパートタイム労働法(改正後は「パートタイム・有期雇用労働法」)、労働者派遣法を改正し、2020年4月1日からの施行を決めた(中小企業の「パートタイム・有期雇用労働法」の適用は翌2021年4月1日から)が、AIが普及すればこの問題もかなり様相を変えるはずだ。低生産性層や低賃金層とAIとの職務の代替の進み方如何だからである。AIが労働市場や労働力に与える影響は計り知れない。労働市場の分析や新しい雇用指標も必要であろう。

 AIはすでに人間と共存している。その活躍の場は多岐にわたり、生活のありとあらゆる面で人間をサポートしつつある。研究者・開発者等の専門家に委ねるのではなく、個々人が当事者意識を持ってこれを前提としたより良い社会づくりを考えなければならない。

 

■AI利用に潜む危険性を考える

 AIに絡む問題の恐ろしいところは、インターネットやデータと密接に関わることによる操作簡易性、拡散性、その速度・範囲が世界に及ぶという広範囲性と永続性ではないかと思う。

 2018年4月には、AIによって「偽造」された、前アメリカ大統領バラク・オバマ氏が現トランプ大統領を非難する「フェイク動画」が話題になった。大した手間も掛けずに作られた政治的目的、経済的利害関係を持ったフェイク動画が一瞬で世界中に拡散され、「フェイク」であることが見破られない限りごく簡単に世論を動かし、社会的混乱を招く。

 2019年8月に日本で起きた、就活生の「内定辞退率」予測データを販売した「リクナビ問題」では個人情報というデータの取扱いが深刻かつ重大な問題となり、大きな議論を呼んだ。AIと共存し、より生産性の高い新たなサービスを生み出していく中で、その根幹となるデータの利活用の流れは必然である。必然だからこそ、それを皆が受け入れられるような仕組みやルールの整備が欠かせない。本件も諸問題が「適切に」処理されていれば、より精密・迅速な採用活動や雇用のミスマッチ解消、ひいては経済活性化に資するサービスであったと思われる。大企業が当該データを購入したとの報道が後を絶たないのはその証左である。今回の事態は、AIやデータ経済の進展に企業はもちろん、国民も、そして国も追い付いていない実態が露呈したとも受け取れよう。

 

 政府は6月に大阪で開催されたG20サミットにおいて「信頼ある自由なデータ流通(DFFT))」を提唱し、経済産業省がデータ活用事例集の公表準備を進めている(参考:経済産業省によるDFFTコンセプトサイト)。法制度、企業倫理、個人の意識をAI時代に適応させることが急務である。

 

 

 まとめ

 ・個々人がAIとの共存に対する当事者意識を持つこと

 ・AIとの共存における利便性とともに危険性を理解すること

 ・国、企業、個人がそれぞれにAI時代に適応すること

 

(第11回ここまで/担当 高井・團迫・宇津野)

 

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