「明るい高齢者雇用」

第35回 ワン・モア精神で―衰える心身機能:新たな刺激も不可欠

(「週刊 労働新聞」第2181号・1997年12月15日掲載)

 

 前回の最後に前原氏の持論を紹介した。氏は「中高年者には成人病はつきものである。こんな時期こそ中高年世代が仕事と生活の在り方を『せっかく論』で振返るのもよいではないか」と、中高年の健康作りは近視眼的にことを運ばずに、「『人間らしい職場づくり』を先読みした中で焦らずに」と述べている。

「せっかく高齢者になったんだから以前より余裕のある生き方を」と観念することによって、自らの心身機能を含めて事態を正確・冷静に把握することができ、仕事や生活のバランスや残りの人生設計を考え直すことで、高齢者は明るさを取り戻せるのである。

 さて、高齢者の意欲の問題もまた重要な課題である。高齢者には好奇心の減退、意欲の喪失等が伴うことも広く知られているが、意欲を持ち続けること、新しい刺激に向かっていくこともまた、明るい高齢者雇用の実現にとって必要不可欠な要素となろう。それは人間の資質の問題とも絡んでいるであろうが、本人の「気の持ち様」ということにもなる。その気の持ち様は若年・中年の時代から指向性によっているということである。ワン・モア精神、もう1つ深く、広く極めるという姿勢が若年・中年において継続されるならば、高齢者となってもその指向性は幾らか微弱になろうとも、なお健在であろう。若年の時代、中年の時代からの生き方・仕事への取り組み方が高齢になってからの意欲・態度を左右するということになる。もちろん、若年から中年にかけての仕事の場面での「意欲の持たせ方」の工夫も大事である。意欲あるところに初めて、能力の向上が見られるといってよい。

われわれが受ける視力や調節機能(ピント合わせの機能)などの眼の検査でも、「標識をよく見て下さい」という言葉に励まされて見れば、その標識を識別できることがあるのも、意欲や意思などの精神機能と眼の機能との間にお互いに関係があることを示す一例である。意欲が無ければ機能の減退あるのみといっても決して言い過ぎでないのかもしれない。

この意欲もまた昨日の1つであるから、その機能の活用に心することは機能の維持につながると言ってよい。機能は使わなければ低下する一方であるからである。人には「物事に対して最少の努力で済ませよう」という面があるが、高齢者ではこれに加え、加齢による記憶力などの衰えから周りの環境の変化に応じて自らの認知の構造を変えづらくする、という面が特徴となってくる。すべてのことを現有の認知構造の範囲内で処理しようとする傾向が強くなり、新たな能力を開発しようとする努力が減少してくる。使わない昨日の低下は増す一方で、残っている機能はしばしば使われることにより活性化される。それが、新しいことは覚えようとしない、いつも同じ行動をとるなど、高齢者特有の行動パターンとなって現われてくるのである。

 そこで、若いうちからの教育はもちろん大切だが、高齢者にも教育を進めることが必要であるという考えが出てくる。次回は、この教育の問題について高齢者の行動特性から考えてみたい。

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