「明るい高齢者雇用」
第37回 職場作りに工夫を―衰える心身機能:専門性の最大発揮へ
(「週刊 労働新聞」第2184号・1998年1月5日掲載)
高齢者の雇用を考えた場合、それまでの豊富であるはずの経験が単なる知識としてだけであるならば、その経験は「頑固さ」や「過去の回想」に終わってしまう。高齢者の豊富な経験を生きたものとするためには、その経験がその人の興味や意欲に支えられる必要がある。「明るい高齢者雇用」においてはこれらの点が考えられなければならないだろう。
ここに、高齢者には新たな能力開発をし、以前とは異なる業務に就かせるよりも、むしろ彼が業務の何に興味を覚え、何に喜びを持つかを分析し、それを与えていく方向性を見出だすことの方が重要であるという考え方が出てくる。彼の専門性を生かすということである。それは若年から中年にかけて、専門性を高める企業内教育を進める、人事施策を講じるということにつながっていくだろうし、今後の高齢化社会は高齢者の専門性の形成を促進するような仕事のあり方・職場づくりに今までとは異なった工夫が新たに必要となる時代に入って行くのである。
このことは、精神医学的立場からも説明できる。人間の精神機能の中で加齢により機能低下が起こるのはまず記憶能力の領域が主体となる。人間の仕事能力は「経験」という記憶の蓄積に裏付けされたものによって左右される。高齢者の仕事能力は若い人と比較して記憶能力の差だけ劣ることになる。高齢者によりベストな仕事能力を求めるとすれば、経験を積んだ専門性の中にあることが理解できよう。
高齢者は定年制などによってやむなく職を離れなければならないといった制約が出てくるほか、高齢になるに伴い、人間は生理的機能において衰退を示すため、活動範囲が限定される。そうすると高齢者は自分の経験からくる誇りともいえる価値感覚が萎え始める傾向が出てくる。これを最小限に抑えるためには高齢に至るまでの豊富な経験を生かし得る環境にその高齢者を置くこと、即ち仕事を含めて生活・社会状況に意欲や興味を持ち続けさえることが必要である。そのためには、社会的制約を乗り越えるための本人の努力と、これをサポートする企業側のシステムが必要となってくる。
「高齢者社会における技術革新と労働の人間化―高齢化社会への対応を目指して―」(労働科学研究所出版部刊、鷲谷徹他著)にも「人間の労働諸能力は年齢の上昇に伴い一律に低下するわけでは決してない。身体的諸機能の低下は決して労働能力低下とイコールではない。むしろ、十分な作業経験、社会的能力等のそのような諸機能低下を補って余りある場合もある。労働をめぐる諸環境を整備し、良好な条件のもとで働くことが可能であれば、高齢者もその労働能力を十分発揮できるし、しかも、そうした労働環境のもとで働くことこそが、人の労働寿命を伸ばす条件なのである」との考察が見られる。
加齢は、必ずしも労働能力の低下を意味するものではない。むしろ、仕事の領域や置かれた環境によっては、さらにその能力が発展し高まることもありうるのである。この事実を認識し、高齢者の能力を生かすための諸施策が検討されなければならない。