第6回 『3分間 社長塾』(2)
スピード判断力をつける
(前)株式会社かんき出版 社長
コトづくり研究会 代表
境 健一郎
高井伸夫先生の本業はもちろん弁護士ですが、皆さまご存知のように、経営の合理化や改革・再建に50年以上の実績をお持ちの方です。
とくに社長・経営幹部向けの講演や指導は、「半歩先を読み、問題点を的確に指摘し、解決への方向性を具体的に説く」として定評があります。ズバリ本質をつかむ先見性と実践対策を、新鮮さに溢れた分かりやすい言葉で語られることで、83歳になられた現在でも、相談者が後を絶ちません。
前回5月29日号に続いて、本号も表題の本から、とくに社長の戒めとなる言葉を選びました。
社長の戒め・8つの言葉
①社長はもっと優しさを表現しなさい
「経済縮小の時代は、経営者だけでなく社員にとっても厳しい時代だ。従来の仕事の質と量では通用せず、成果を上げなければ降給や降格、時には解雇という現実にも直面させられる。
社員の能力や働きぶりをシビアに評価するのは社長の役割だ。
ただ、厳しいだけでは組織はまとまらない。社員は血の通わないロボットではない。
社長が厳しさと同時に、優しさを発揮することで、人間的なつながりが形成され、本当の意味で強い組織になっていく。
レイモンド・チャンドラーの名作『プレイバック』に、
『タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格がない』
という有名なセリフがあるが、これを社長用にアレンジするなら、
『厳しくなければ経営できない。優しくなければ経営する資格がない』
といったところだろうか。
経営環境が厳しくなると、シビアな面ばかりを強調したくなるが、過酷な時代だからこそ、社長は優しさをいかに表現していくかが、大事なポイントになる」
②ケチな社長は嫌われる。ケチらない社長は経営に失敗する
「社長は基本的にケチであるべきだ。
コスト感覚のない社長に経営者は務まらない。
ただ「うちの社長はケチだ」というイメージが定着すると、社員の士気は上がらない。ケチという印象を社員に与えずに、いかにコストを切り詰めるか。それが社長の腕の見せ所である。
会社に長年貢献した社員の円満退社が決まり、会社でちょっとした送別会を開いてあげることになったとしよう。出席するのは十数人の社員。あなたはどんな送別会を開くだろうか。
どうせ身内の会なのだから、近所のレストランで1人5000円程度でいいと考える社長は、おそらく社員からケチのレッテルを貼られてしまうだろう。
このようなときは、思い切って一流レストランで1万円程度の予算でやる。それで辞めていく社員に喜んでもらえ、残る社員の励みになるのなら高い出費ではない。
大切なのは、そこからいかにコストを下げるかだ。
1万円の予算を想定しているときは、幹事に7000円から交渉してもらう。それで一人9500円になれば500円の節約になる。この500円を『たかが500円』と笑う社長は、経営者には向いていない。おそらく社内のいたるところにムダな500円が落ちており、いずれ自分の首を絞める結果になるだろう。
社長に必要なのは、『生き金/死に金』の感覚だ。ケチだと思われたら、5000円を使ってもすべてが『死に金』になる。
また社員に気前がいいという印象を与ても、9500円で済むところ1万円かけていたら、500円が『死に金』だ。一方、気前がいいという印象を与ながら500円を節約できれば、使った9500円も、節約した500円も『生き金』に変わる。
この『生き金/死に金』の感覚がない社長は、『生き金』をケチって企業の活力を失わせ、また逆に、『死に金』を積み重ねて、経営を圧迫させることになる。
③社長は異世代の人脈を持て
「いずれの年代の社長も、世代のかなり離れた上と下の人脈を持ちなさいと伝えたい。
自分が若い20代の社長なら40・50歳代の、自分が50歳の社長なら75歳の長老から30・40代の人物と親交を持つことだ。
とくに40代を過ぎると、人間は体力の衰えを感じ始め、年齢を重ねるとともに考え方が保守的になる。そうならないためにも、意識して年下の人物と付き合わないといけない。若い人の得意分野である新しい価値観、新しい発想と交わるために……。
ご自分のアドレス帳に、世代のまったく違う知り合いの名前が、2割以下なら黄色信号、1割以下なら赤信号と認識してもらいたい。
そんな危険信号がついた社長は、意識して若い人と付き合っていただきたい。
自分で勉強会を開いて若い人を集めてもいいし、若い経営者のいるベンチャー企業に商談を持ちかけてみるのもいい。身近なところで自社の若い従業員と会話の機会をつくったり、自分の息子や娘さんに新商品のアイデアを聞いたりするだけでも、新しい価値観に触れられるはずだ」
④社長は「えらい人」になりなさい
「関西地方では『えらい』という言葉を二つの意味で使う。
一つは文字通り『偉い』という意味。もう一つが『しんどい』という意味だ。
私は名古屋の出身なので、幼い頃から自然に二つの意味を関連付けて考えていた。
誰に教わることなく、しんどいことをするから偉い人なのだと。
ところが、上京後、東京では『えらい』を『しんどい』という意味で使わないことを知って驚いた。辞書で調べてみても、『偉』と言う漢字は、優れている、大きいという意味があるだけで、しんどい、疲れたという意味ではなかった。
それでも『しんどいことする人=偉い人』という信念は、今も変わらない。
多くの社長は、社長になるまでに『えらい』状況を経験している。しかし、偉くなってから『えらい』仕事を続けている社長は少ない。
社員が尊敬するのは、自ら汗を流す社長だ。現場にも出て、頭も使い、トラブルがあれば体を張って会社を守る。みんなが躊躇(ちゅうちょ)するようなしんどい仕事を積極的に買って出てこそ、本当の敬意を持ってもらえる」
⑤数々の「み」から自分を守れ
「社長は成功すればするほど、対峙しなくてはならないものが現れる。それは数々の『み』だ
妬(ねた)み、嫉(そね)み、恨(うら)みつらみ、やっかみ……。
実際にこれらの『み』の被害にあって、悔しい思いをした社長も多いはずだ。
これらを極力避けるには、感謝の気持ちを常に表すことが大切だ。レベルの低い社長は、物事がうまくいくと自分の手柄にし、妬み、嫉みを買う。一方、失敗すると周囲の責任にし、恨みつらみを買ってしまう。
社長は成功したときこそ周囲に感謝の意を示し、失敗したときは謙虚に自分の非を認めなくてはいけない。
感謝のできない社長は、たとえ自分が正しくても、余計な荷物を背負わされることになる。
つまらないことに煩わらされないためにも、常日頃から、『ありがとう』の気持ちを周りに示す習慣を身につけたい」
⑥社長は心理学を学びなさい
「社長が学ばなくてはいけないものは、経済学でもマーケティング理論でもない。
相手の心を読む心理学だ。
つねに相手の心理を読む眼力が必要とされるし、相手の心を動かす力も求められる。
社長はあらゆる面で〝心の達人“でなければならない。
そこで、とくに実践していただきたいのもが3つある。
第1に、社員の心をつかむために、「勝てば官軍、負ければ賊軍」に徹する。勝つということは、社会に貢献し、実績を残すことだ。
利益を上げるために、ときに社長は社員に厳しい要求をすることがある。厳しさを突きつけられて喜ぶ社員はおそらくいないだろう。ただ、改革に結果が伴えば、批判は称賛に様変わりする。
会社の利益が上がって、それが自分たちの給与に反映されれば、抵抗する社員も黙って社長についていく。
第2に、「引くことを知る」である。
社長になるような人は、元来押しが強く、簡単に引かない肝の据わったタイプが多い。それは良いことだが、引くことを知らずに損をしてしまうこともある。
強く推したいなら、あえて一度引くことも大切だ。相手が誘い水に乗ったところで、再び押すのもいいし、まだ押すタイミングではないと判断して、時が満ちるのを待つ手もある。いずれにせよ押し一辺倒では、相手の心理的抵抗は強くなって、ますます押しづらくなることを覚えておこう。
第3に、『社長らしく身なりを整える』ということだ。
見た目と経営能力に直接の相関関係はない。しかし、アメリカで行われた心理実験で、外見のいい人物は能力も高く評価されやすいことがわかったそうだ。
滅多に会わない顧客や取引先に、外見で能力不足の印象を一度与えてしまうと、あとで挽回するのは困難だ。もちろん恰好さえ良ければいいというものではないのは当然。なにより中身の充実が大切だ。業績を上げて、社長が自信を持てば自ずと軽さが消え、貫禄がにじみ出てくる」
⑦社長は常に自己評価を怠るな
「社長は常にフレッシュであろうと努力しなければいけない。もし、自分に賞味期限が来たことを悟ったら、いさぎよく後継者に会社を託す覚悟も必要だ。
ただ、オーナー社長の場合は見極めが難しい。
では、自分の引き際を自分で決めるにはどうすればいいのか。
そこで重要になってくるのが、第二者評価、第三者評価だ。
自分で自分を評価するのは、第一者評価。
ステークスホルダーの評価が、第二者評価。株主・顧客・従業員・取引先などの評価だ。
ただ、ステークスホルダーは自分の立場から評価してしまうのが難点だ。
顧客から見れば、商品やサービスを安く提供してくれる人がよい社長。
従業員から見れば、給与や待遇の面で優遇してくれるのがよい社長。
それも評価の一つであるが、公正な評価にはほど遠い。
いちばん良いのは、社外取締役や社外監査役といった第三者に評価してもらうことだ。
この人にダメ出しされたなら納得できるという人を、きちんと選んでおけば、それが自己評価の参考になる。
それが社長が最前線で長く活躍するコツである」
⑧後継者選びにはシビアな眼を持ちなさい
「経営者の最後の仕事は、事業承継といえる。
あくまでも次期社長選びは、温情ではなく、『利益を出せる経営能力を身につけているかどうか』―この一点が、もっとも重要な判断基準となる。
もし本気で息子や腹心に後を継がせたいと思っているなら、継がせる前に、徹底的に一人前の経営者に鍛え上げなければならない。それができなければ会社を譲るべきではない。それが社員やその家族の生活を預かり、また社会に貢献している会社の社長としての責任である。
では、どんな後継者教育をすればいいのか。
創業社長と比べて二世が頼りなく見えるのは、経験に裏打ちされた確固たる自信を持っていないからだ。自信がない人は決断も遅いし、周囲を不安にさせる。自信をつけさせるためには、修羅場を経験させるのがいちばんだ。たとえば……
・親の手の届く世界の外に放り出す
・実力主義の企業でゼロから働かせる
・赤字の子会社、不採算部門の責任者にさせる
こういう地べたを這いずり回るような経験をさせ、その困難を克服してこそ、次の社長としての自信がつくのである。
ところが、多くの経営者は逆の方法で自信をつけさせようとする。彼らもそれに気づいているから、実績をいくら積んだところで、自分の実力でつかんだものでないという不安にさいなまれる。
息子が複数いるなら、厳正に判断して優秀な人材を選ぶ。劣る方をトップにすえると、その会社はいずれ割れてしまう危険性がある。
息子の後継者教育に成功しなかったら、無理して息子に継がせてはいけない。ホールディング・カンパニー(持ち株会社)を設立して、息子をそこの社長にするといいい。株は息子に、経営は信頼できる経営幹部に、という後継オーナーと後継社長に分けてしまうことである。
ここは心を鬼にして、シビアな眼を持たなければならない」
次回は7月31日(金)に掲載いたします。