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「AIと私たち」 第6回

AIと人事労務(3)キャリアコンサルタントの台頭と教育改革

 

■AI時代の働き方環境整備

 AI時代におけるキャリア転換を円滑に進めるには、個人の意識改革と同時に、社会にも意識や制度の改革が求められる。新たな能力開発を促す財政的支援や教育・職業訓練機会の提供、スキルを得た人が働き場所や働き方を変えやすくなるような法制度改革といった労働市場の整備が必要となる。例えば、短期での転職者に対する企業側・社会全体の意識改革、失業保険給付や有給休暇付与の条件変更などだ。都市部にしかない業種・会社の仕事に、地方在住者でも従事できるようなリモートワークの拡充も急がれよう。

 *リモートワーク…従業員が会社に出社せず、自宅など自由な場所で仕事をする働き方。

 高齢化が加速度的に進み、特に都市部で介護施設の供給が追い付いていない現状からみれば、介護離職に追い込まれる人材は増加の一途を辿る。人材不足と介護貧困の両問題を解決するには、時間と場所という制約について極めて柔軟な働き方を実現するほかにない。幸いにもAIやIoTによってそうした対応が技術的に容易になっているのだから、採り入れないのは人間の怠慢である。それで人が足りない、外国人を呼び込めと言っているのでは順番が違うのではないだろうか。

 

■キャリアコンサルタントの需要拡大

 産業構造の転換に対応した人材育成や成長分野への労働移動も必要になる中で、今以上に活躍が期待されるのが、職業選択や職業生活設計、職業能力の開発・向上に関する助言や指導を行うキャリアコンサルタントである。

 AI時代には既存の職種に代わる新たな職種が多く生まれるから、キャリア転換においても職種変更が多々生じうる。職種の変更は労働者のそれまでのキャリアを失わしめる行為であり、自分の人生を半ば失うことと同義といっても過言ではない。これを回避するために最も重要なのは、人生における最初の職業選択である。すなわち、将来に向けた職業とのマッチングだ。AI時代のキャリアコンサルタントは転職者だけではなく、むしろ新入社員にこそ大切な存在になるのではないだろうか。

 また、AI分野の知見のない企業の人事部だけでは、長期的に見て有効な採用・配属、さらにはその後の配置転換を判断できなくなるから、キャリアコンサルタントの意見を重視しなければならなくなるだろう。

 もちろん、これからのキャリアコンサルタントがAIの基礎知識を得るのみならずAIの今後の発展状況について逐次新しい情報を習得し、知見を養うことは大前提である。よりキャリアを伸ばす方向、すなわち、AIに奪われない、人間固有の能力に特化した方向へと提案しなければならないからだ。

 

■教育改革の必要性

 人材育成に取り組むリーダーや指導者、教師などの教育者層を再教育する必要性も高まる。トップ人材の育成とミドルスキル人材の底上げは、社会人教育のみならず、大学や大学院教育でも必要である。これに国は投資しなければならない。

 特に学校教育は抜本的に変えていかなければならない。小学生になる今の子どもの65%は、現時点で存在しない仕事、すなわち、将来生まれる新たな仕事に就くと予想されている。前回述べたように、創造性やコミュニケーション能力の醸成が極めて重要になるだろう。

 

■文理一体の改革を

 第3回で述べた通り、日本のAIやIoTといった最先端技術分野の人材不足は極めて深刻なのだが、これを受けた国は端的にAI人材を増やそうと理系強化に奔った。すなわち、2015年9月、文部科学省が国立大学に対し、人文科学や社会科学、教員養成について組織の廃止を含む見直しを求めたのである。

 しかし、AI時代には機械には真似できない「人間力」を養う文系学問の重みが増す。前回述べた「社会的知能」もこれに類するものだが、AIに対する人間の有利性を補強する力が大切になるのである。実際、英米の人工知能科学者は、「若い人には、数学や自然科学に加え社会科学、人文科学と幅広い分野をバランスよく教えるべき」、「自然科学は世界をどう理解するかを教え、人文科学は我々自身をどう理解するかを教えるので非常に重要。科学技術と支え合う道を探るべき」だと述べている。

 日本はAIを開発・研究する理系学生を増やすと同時に、AIを扱う人間を育てるためには文系も蔑ろにせず教育の質を高め、理系学生にも文系科目を学ばせねばならない。2021年からセンター試験に代わる「大学入学共通テスト」で問われるのは、従来の詰め込み型の知識や1つの正解ではなく、課題を見つけ、解決へ向けた思考力・判断力・表現力などの総合力である。

 AI時代においては理系、文系と区切ること自体が最早ナンセンスである。「仮説を立て検証するプロセスの訓練」と、「技術や科学を面白いと思う気持ち」を育成し、豊かな言葉で表現する、「人間力」を高めることが肝要である。

 

  まとめ

 ・企業も意識改革とリモートワークなどの環境整備を

 ・AIに長けたキャリアコンサルタントを活用する

 ・文理一体の教育で人間力を強化する

 

(第6回ここまで/担当 高井・團迫・宇津野)

「AIと私たち」

第5回 AIと人事労務(2)人間にしかできないこと―キャリア転換の要―

 

■キャリア転換の必要性

 経済協力開発機構(OECD)によると、2018年の日本の就業者一人当たりの労働生産性は加盟36カ国中21位であり、主要先進7カ国でこの50年近く最下位である。さらにこの先少子化により生産的労働者数が減れば、一人当たりの生産性が急上昇しない限り、我が国の経済成長は益々鈍化する。世界一の高齢化率を誇る我が国が労働力を補い、あるいは生産性を高めて国力を支えるには、AI等の新技術の導入は不可避であり、人間は「人間にしかできないこと」へのキャリア転換を迫られる。

 AI時代においてキャリアを繋げていくためには、AIを受け容れ、共存・協調の姿勢でいることは大前提として、AI時代でもなお「変わらないこと」を見極め、不変の知識や能力を身に付けておくこと。それに加えて、「人間にしかできないスキル」を身に付け、磨きをかけていくことが肝要である。これは必ずしも「仕事」に限らなくてもよいが、「人間にしかできない何か」を成して人生を謳歌し、お金も稼げるのであれば言うことはない。

 

■人間の有利性

 では「人間にしかできないこと」とは何か。よく言われるのは創造性を要する分野である。芸術やデザイン、発明に限らず、過去にデータのない柔軟な発想はAIからは生まれない。例えばAIには、2本の紐と板を組み合わせたブランコが「楽しい」という発想はできない。

 マネジメントやホスピタリティにまつわることなど、人との高度なコミュニケーションもAIには難しい。例えば人事考課でも、AIが導いた解をパソコンが人に伝えるのと、人が人に伝えるのでは、受け手の印象が大きく異なり得る。また、人を動かすのは人である。多様な価値観を受容できる柔軟性や感情に訴える表現能力、すなわちリーダーシップやカリスマ性といったものが人を動かす。人間同士のコミュニケーション能力やチームワークなどの社会技能は人間にこそ成せるものである。創造力、交渉力や指導力といった「社会的知能」は社会や文化に関する豊富な暗黙知が必要であり、機械には求め難い。

 直感や常識を有することも人間の強みだ。将来的にはAIに人と同等の能力が備わるという専門家もいるが、AIと人間には肉体を持っているか否か、すなわち生命体であるか否かという絶対的な違いがある。命に起源をもつ食欲や危険察知に関する直観、第六感などは、AIが知識として学習することはできても、本質的に会得することはできない。

 また、人が言葉を理解する際に文法以上に頼っているのは、膨大な常識、生まれながらに組み込まれた暗黙知である。AIは、「人間はおなかが空き、おなかが空いたら食べる」ということを1つの決まりとして記憶するに過ぎない。ここに人間の有利性がある。AIの分析を活用しつつ、人間の有利性を生かして新たな価値を追加することができれば、最もAIの恩恵を享受する結果となろう。

 

■機動力の重要性

 会社など1つの環境に縛られず、自分が活躍できる場所に迅速に移動できる機動力を備えることも重要である。元来日本は新卒一括採用や年功序列、終身雇用といった伝統制度もあり、世界的に見ても人材の流動性が低いとされる。さらにAIなどの急速な技術進歩によって人材の技能の陳腐化が進めば、人々は転職後の賃金低下リスクを恐れて現職に甘んじやすくなり、ますます流動性は悪化する。

 しかし、AIの発達により人間の仕事が変われば会社もまた変わらざるを得ない。自身の能力をより活かせる場にフットワーク軽く移動した方が、生産性はもちろん充実度も増すであろう。手持ちの技能が陳腐化するのであれば、価値のある技能を得て次のキャリアに進まなければならない。

 

■AIを使いこなす人生のために

 過去の産業革命では、新世代が新たに必要な能力を獲得すれば足りたが、AI時代の変化は非常に速く、かつ、長寿化によって人間の現役期間が延びている以上、現役世代にもそれが求められる。激しい技術変化に適応するためには自己研鑽が欠かせない。学び続け、創造的でいられる人こそAIとの100年人生を謳歌できよう。「正解のない問題に立ち向かい、自分なりの答えを導き出し、自分の思いや考えを人に伝える力」を身に付けることが、「AIに使われずAIを使いこなす人生」の要である。そしてこれは人生そのものを豊かにする要でもある。

 

まとめ

・「変わらないこと」を見極めること

・活躍の場へ移動できるだけの機動力を持つこと

・自分で考え、自分の思いを伝えられる力を育てること

 

 

 

 

 

 

(第5回ここまで/担当 高井・團迫・宇津野)

「AIと私たち」

第4回 AIと人事労務(1)「役割」を考えたキャリア形成を

 

 18世紀の産業革命はいわば動力革命であり、人類を肉体の限界から解放したのに対し、今世紀のAI革命は、人類を頭脳の限界から解放しつつある。10~20年後には今の人間の職種の2分の1程度をAIが代行するとの予測もある。こうなるとおそらく人間の「仕事」という概念そのものが薄れていく。

 

 産業革命における手工業者やエネルギー革命における炭鉱労働者の例に倣えば、AIに代替される仕事に今就いている人々は、転職、配置転換、自主退職、解雇といった道を辿ることになる。しかし、AIの発明が人事労務へ及ぼす影響は、蒸気機関車の発明とは比べ物にならない。蒸気機関車が人間にとって代わったのは移動能力に限られたが、AIが人間にとって代わる分野はありとあらゆる方面に拡がるからである。

 

 配置転換や解雇にかかる必要性や合理性に関して言えば、企業におけるAI投入の決定は、人件費削減や生産性向上といった企業経営上必要かつ合理的理由があるからこそなされるはずだ。したがって、従来の配転・解雇問題とその法的論点は大きくは変わらないだろう。

 しかし、過去の産業革命に伴う解雇問題と比較すると、「職を失った人々が新たな仕事に移動できるかどうか」に大きな違いがあるように思う。1980年代の工場の自動化で製造部門が減り、90年代のIT革命で経理や人事の省略化が進んだ一方で、システム開発やネットサービスといった雇用が生まれたように、AIに仕事を代替された人々が「AI時代ゆえに生まれる新たな仕事」あるいは「重要性を増す仕事」に移動できれば何ら問題はない。ところが、これらの仕事は万人が一朝一夕でこなせるものではない。

 AIに代替される仕事に就いている人は、研究者ではなく研究結果をまとめる人、専門家ではなく専門家と消費者をつなぐ人(受付窓口)、設計者ではなく設計書に基づいて製品を作る人、小説を書くのではなく本を売る人など、創られたものを決められたルールに則って動かす役割を担っていることが多い。すなわち非創造の世界である。これに対し、「AIの発達によって生まれる仕事、重要性を増す仕事」には、AIに関する専門的な知見や技能、あるいは、AIが備えていない、人間だからこその創造力・発想力・判断力が求められる。こうした能力の獲得や醸成は容易ではない。とりわけITに疎く、加齢とともに柔軟性を欠きがちな中高年層にはより厳しい情勢になる。炭鉱労働者の転職では、労働のしきたりが異なり自信が持てない・合わないといった精神的問題が大きかったが、AI革命においては技術的・能力的理由による転職問題が多くなるであろう。

 

 また、仮に人類がAI時代の労働者として相応しい形に進化したとしても、AIやロボットが代替した仕事量に匹敵するだけの雇用が生み出せるのか、という問題もある。日本は今後一層の人口減を控えているが、AIが進化し続ければ、将来的に労働人口に対して雇用枠が不足する可能性は否めない。

 仕事の移動が難しい人が多ければ、整理解雇の4要件である「労働者への説明・協議」は滞るだろうし、社内で新たな仕事を創出する努力をしていないとして、「解雇回避の努力義務」を満たさないと判断される可能性も高まるのではないだろうか。

 

 米国では、AI技術の導入が中間所得層の労働者の消滅、特に未熟練労働者の就労率低下を招くと懸念されている。人類の多くが「貧乏暇あり」になりかねない。政府が最低限の収入を保証する「ベーシックインカム」や、機械に仕事を奪われた人の所得を補う「生計保険」創設を提唱する有識者もいる。経済的保障がなされれば変化に対応する努力を怠る人も現れよう。一方で、これを後ろ盾に起業したり、学び直したり、子どもを作ったり、自己実現の活動を始めたりと新たな人生の可能性も広がる。

 AIによる仕事の代替が話題になると、よく「人に残される仕事を考えろ」と言われるが、「仕事」という概念自体が崩れる日が来る。必要なのは自らの「役割」を考え、それを意識して、「仕事」に限らず人生全体の視点でキャリア形成を考え、そのために必要な能力を育むことである。

まとめ

・AIは人類を頭脳の限界から解放する

・AI革命による転職は技術的・能力的問題が多くなる

・自らの「役割」を考え、キャリア形成を考え、能力を育てよ

 

 

(第4回ここまで/担当 高井・團迫・宇津野)

「AIと私たち」

第3回 AI人材不足と育成の課題

 

経済産業省が2016年6月に発表した「IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果」によると、IT人材の中でもAIなどの開発を担う「先端IT人材」は2015年時点で1万5千人が不足。2020年には4.8万人にまで拡大する。少子高齢化による労働人口減少により、IT人材の供給力が低下する一方でそのニーズは拡大するだろうから、人材不足は今後ますます深刻化するとみられる。

人材不足の原因はいくつかある。まず、前回述べたように国内報酬の低さ、その背景にある経営層の理解・認識不足である。AIやビッグデータ、それらを扱う人材の価値が分からないから、なすべき投資がなされない。また、AIやIT、ICT等、新技術の用語はバズワード(一見説得力があるように見えるが、具体性がなく明確な合意や定義のないキーワード)化し、必要な人材の定義が明確化されにくくなっている。政府文書などでも何かと「IT専門家」を目にするが、具体的にどのような技術を持っていて何をする人材を指すのかよく分からない。その結果、雇用者側にとって被雇用者が期待する人材であるか不明瞭になり、スキルセットの不一致を招いたり、スキルに見合う待遇を検討しづらくなったりするのである。さらに、年功序列制度が未だに色濃く残る日本企業では人事制度や給与体系が硬直的で例外が認められないことも一因であろう。シリコンバレー近郊でのAI人材の給与は全米平均より4割以上高いという。これでは海外への人材流出は避けられまい。

 

急務かつ不足が著しいAI人材の育成には、即戦力となる社会人教育と、長期的な視点での学生教育の両輪が必要である。

国内IT企業や研究機関は社内配置転換や研修制度を設けるなど内部育成に努めているが、これまでITと縁遠かった企業で突然そうした施策を講ずることは難しい。しかし、そうした企業に勤めながら「AIを学びたい」と思っている潜在的人材は少なからず存在する。日本ディープラーニング協会がエンジニアの資格試験を実施するほか、東大や大阪大学などでは社会人向けのAI講座を開いている。企業はこうした場に積極的に社員を投入し、他を投げ打ってでもAI人材の育成に投資すべきである。AI時代において、AIを使いこなせない人間はAIに使われることになる。

滋賀大学や東京工科大学など、AI関連学部の開設は進みつつあるが、「AIブームがいつまで続くか分からず、AIの学部や学科は新設しにくい」との声もある。これが大きな読み違えである。今の「AIブーム」は既に日常になりつつある。英語を学ばずにはいられなくなったように、AIを学ばずにはいられなくなる。学部や学科新設への躊躇いは、AI人材の報酬が高まらないことと同じ問題を孕んでいる。すなわち、我が国のトップや経営層には、これだけAIが身の回りに溢れかえるようになってなお、「AIとの共存」という未来が見えていないのである。

AIの学部や専攻を開設し、学生の卒業までに4年以上。その間に世界との差はますます開く。そうして、今打開策を講じなかった大人が表舞台から去った後、世界で戦う武器を持つ機会を奪われた次世代は、AIに使われる人間として生きていくほかなくなるのだ。

 

経済制裁の影響で国外の人材は集めにくいイランでは、AI産業において女性が活躍している。極論ではあるが、AI人材の育成には専門プログラムさえあれば足りるため、参入障壁が低く、誰もが「教育者」になりうるのだという。近年、国内では、人口減少に伴う労働力不足に対し女性の活用が期待されているが、日本国内における女性のAI人材というのは圧倒的に少ない印象である。小学生からパソコンに親しむ現代、AIについての授業が必修化され、大卒者は全員AIの基礎知識を備えているくらいにできないものだろうか。ただでさえ生産人口が減り続ける中、国を挙げて取り組まなければ、AI人材不足は到底解消しない。

 

まとめ

・少子高齢化による人口減で需要が増し、AI人材はより不足

・AI人材の育成には社会人教育と学生教育の二輪が必要

・国を挙げて次世代を「AIを使う」人間に育てよ

 

(第3回ここまで/担当 高井・團迫・宇津野)

「AIと私たち」

第2回 AIの飛躍と日本の遅れ―研究・投資・認識―

 

1980年代のコンピューターは、医療診断や定理の証明などを実現する一方で、画像に写るものが猫か犬かを判定したり、積み木を上手に積んだりといった、子供でもできることが何十年もできなかった。

それが2000年代に入り、AI自身が人間のように、与えられたデータから学習する技術「機械学習」が登場。さらに発展した「ディープラーニング(深層学習)」技術は、コンピューター上に人間の脳の構造・働きを再現し、特に言語処理を革新させた。AIの歴史を決定的に変えたディープラーニングは、登場から10年を超えて今なお最も熱い技術である。

 

ディープラーニングと「画像センサー」が組み合わさることで、AIによる画像認識の精度は急激に向上した。すなわちAIの眼の獲得である。人間の脳を再現する上で、五感の一つである視覚は非常に重要であることは言うまでもない。今そこにある映像や画像を見てデータとして取り込めるようになったことで、カンブリア紀の生物に眼が生まれ爆発的な進化を遂げたように、AIも進化・多様化し、活躍の場を飛躍的に拡げている。

 

また、近年のAI躍進の一助を担っているのがIoT(Internet of Things)の発達である。家電、自動車、電気メーターまで、ありとあらゆる機器がインターネットと接続できるようになり、様々かつ膨大なデータが得られるようになった。例えば、外出先からスマートフォンで自宅のテレビの録画予約をしたり、自宅で測った血圧などの健康状態を自動的にかつ瞬時に医師に送信したりすることが可能になっている。機器を使用することで得られたビッグデータは瞬時に企業へ送られ、AIで分析される。産業機器やインフラ設備など、取得できるデータ種類が多様化したことで、作業効率や生産性の向上、売上の拡大、人件費削減など、様々な業界でAIの活用が有効となった。

 

さらに、ここ数年でデータ収集や情報通信技術のコストは格段に下がっているから、資金力の乏しい中小企業や零細企業でもAIを導入できる可能性が広がっている。

AIやビッグデータ、IoTの利用は世界的に急拡大しており、「第4次産業革命」とも呼ばれている。18世紀の産業革命を経て人類の技術は手工業から機械工業へと転換した。技術革新のたびに人類は生産性を高めてきたが、ITによる変革はこれにとどまらず、企業や業界の垣根、国境を消し去り、世界中の人材が入り乱れる大競争を生んでいる。それがさらなる技術革新を促し、IT産業が異業種を飲み込み、産業構造をも大きく変えているのである。

 

世界におけるAIの研究と活用は米IT大手が主導してきた。近年は世界一の人口を誇り、国主導でそのデータを吸い上げる中国の台頭が目覚ましい。

他方、我が国のAI研究は世界に遅れをとっていると言わざるを得ない。関連する特許件数や論文投稿数、投資額のいずれをとっても大きく水をあけられており、年々その差は開いてすらいる。

さらには人材不足も深刻である。これは国人口や近年の人口減だけでなく、海外に比べ報酬面で魅力を欠くことも一因とされている。企業経営層のAIへの理解度が投資を含め研究環境に大きく影響するところ、日本の企業経営層がAIを熟知している割合は米国5割、ドイツ3割に対し、日本は7%台に止まっている(MM総研17年調査)。AIやITを他人事と思ってやまない人間がいかに多いかが見て取れる。実際、我が国のサイバーセキュリティー戦略を担当する大臣が「PCを使ったことがない」と答弁したばかりである。

 

AIやビッグデータ、IoTといった関連市場は専門家の予測をはるかに上回る超驚異的な速度で拡大している。AIと無縁でいられる人などもはや存在しない。早急に認識を改めなければ土俵にすら上がれず、ただ苦杯を嘗めることになろう。AI時代はデータ化によってあらゆる仕事がスピード化されている。生き残るためにはより一層、早期の判断と実行が必要不可欠である。

 

まとめ

・ディープラーニングと眼を得てAIは発展、多様化

・第4次産業革命は産業の垣根を撤廃

・経営層はAI時代を早急かつ主体的に認識せよ

 

(第2回ここまで/担当 高井・團迫・宇津野)

「AIと私たち」

第1回 AIの歴史~フィクションから現実へ~

 

今やすっかり日常に浸透した「AI(人工知能)」。街ですれ違う人がごく自然に「AI」と口にしているのを耳にする。

私が本格的に(といっても素人の域を出ないが)AIについて勉強を始めたのは2015年の春頃。研究者を除けば日本でAIに関心を持つ人間は限られていた。しかしそれでも日々、新聞各紙面の後ろの方に小さな関連記事を見つけられており、「AI時代」の到来を感じた私は、より早く、多くの方にAIを身近に感じ、考えていただく機会となることを願い、各所のお力を借りながら幾度もセミナーを開催し、自らの論稿や著作でも取り上げてきた。

多くの人々にとってAIが別世界のことではなくなった今、ひとまずのものとして、自らの学んだ足跡を発信していく。

 

2016年3月、我が国におけるAIの一般認知度が急激に上がった。Google DeepMindのAI「アルファ碁」が韓国のトッププロ棋士・李世乭(イ・セドル)を打ち破り、「AIが人間を超えた」とメディアが連日大々的に取り上げたためである。「AIとは」という特集が各所で組まれ、家電、スマートフォン、会計・経理ソフト、コミュニケーションロボットなど、実はすでにごく身近に浸透していたAIが、ついに日の目を浴びることとなった。

 

「コンピューター」「ロボット」「AI」の三者、特に昨今「ロボット」と「AI」は混同されがちだが、コンピューターは人間の操作を受けて処理を行う電子計算機にすぎない。代表例がパソコンだ。このコンピューターに人間同様の知能を実現させたものがAI(artificial intelligence)である。これに対し、ロボットとは、人間がコンピューターを操作して行うような処理を、自身で自動的に実行できる機械である。簡単にいえば、人間の心や頭脳(ソフトウェア)を機械化したコンピューターがAI、コンピューターを操作する身体(ハードウェア)を機械化したものがロボットと言えよう。

今の日本人の多くは幼少期から鉄腕アトム(手塚治虫)やドラえもん(藤子・F・不二雄)といった「心を持ち人間を助けるロボット」と共に育った。「ロボット」と聞けば彼らを思い浮かべる人が少なくないはずだ。では現実のロボットはどうであろうか。一昔前までは製造業における産業用ロボットが主流であり、日本は長年「ロボット大国」としてその技術力を世界に誇ってきた。しかし、昨今の高齢化や人口減少に伴い、医療や介護、サービス業といった非製造業でのロボット需要が高まり、搬送作業や介護の負担を減らす装着型ロボット、コミュニケーション型ロボットなどその種類は多岐にわたるようになった。それはAIの発達と共にあったと言っても過言ではない。AIとロボットが組み合わさったことで、フィクションの中のロボットが次々と現実化しているのが今の世界である。

 

さて、AIの歴史は意外にも長い。古代の神話や伝説などに起源し、中世の錬金術やホムンクルス、ゴーレムを経て、19世紀には人造人間や思考機械というアイデアに発展。メアリー・シェリーの小説「フランケンシュタイン」やカレル・チャペックの戯曲「R.U.R.(ロッサム万能ロボット会社)」が発表された。

AIが「科学」として研究され始めたのは1940年代。以来、AI研究はブームと「冬」の繰り返しだった。1956年に学問分野として確立された際は第1次AIブームが巻き起こったものの、高まりすぎた期待に応えられず、1970年代には一転「冬の時代」となり、批判と資金縮小に晒された。1980年代になると第2次AIブームが到来、日本政府や企業も500億円以上の資金をAI研究に注ぎ込んだが、80年代末には再び投資が撤収された。

こうした中、1997年に米IBMが開発したスーパーコンピュータ「ディープ・ブルー」が、当時のチェスの世界チャンピオンに勝利した。これが現在の第3次AIブームのきっかけとなり、世界は本格的なAI時代へと向かうのである。

 

まとめ

・AIは人間の心と頭脳を機械化したコンピューター

・AIとロボットの融合がフィクションを現実化

・ブームと冬を繰り返し、ついに「AI時代」へ

 

(第1回ここまで/担当 高井・團迫・宇津野)

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