『労働新聞』明るい高齢者雇用の最近のブログ記事

「明るい高齢者雇用」

第12回 経験と知恵で勝負―老いてなお指導者―

(「週刊 労働新聞」第2158号・1997年6月23日掲載)

 

 藤松忠夫氏は筆者の10年来の知人である。まず同氏のプロフィールを紹介しよう。

 「1959年日本航空入社。営業各部を経て66年より本社広報部に勤務。1975年ニューヨークの同社米州地区支配人室に転勤となり、米州地区の広報を担当。1990年日航グループのJALインターナショナル・サービス社会長となり、日米間の文化交流事業に従事していたが、この5月からTFC(The Fujimatsu Corporation)を興こし、コンサート、展覧会のコーディネーション、文化交流に力を注いでいる。在米通算22年。この間、エッセイスト/コラムニストとして日米両国の新聞・雑誌・PR誌などに毎月30~40本執筆。著書多数」。

 この経歴で明らかな通り、藤松氏はアメリカ社会全般に通じている方であり、「明るい高齢者雇用」についてワンポイント・レクチャーを受けた。

 「ご存じのように、アメリカの大都会は中心部が空洞化する傾向にありますが、1人ニューヨークはマンハッタンがますます賑やかで活気に満ちた町になっており、5階建てのナイキ・タウンや5番街のディズニーストア、ワーナーストアなどのテーマパーク的『大店舗』が客を集めております。オフィス用品の『ステープルズ』、寝室と浴室用品の『バス・ベッド・アンド・ビヨンド』といった単品デパートが全米に展開され、購買意欲をいやが上にもかきたてております。

 こうしたリテール企業と日本のデパートの違いは、日本では若い店員が多いのに対し米国では圧倒的に中高年の店員が多く、実に的確なアドバイスをしてくれるのです。日本のデパートの家庭用品のコーナーで18歳の店員にシャワー・カーテンのことを聞いたって、何にも知らないのです。

 アメリカでは、中高年の役割は“コンサルテーション”に尽きるといってもいいでしょう。“ハッピー・リタイアメント・パーティ”で、『これからどうするの?』と聞くと、ロッキー山中で釣りをして暮らすという人もありますが、たいていは『コンサルタントになる』という答えが返ってきます。会社経営、大型合併のコンサルタントから、投資、保険、警備、レストラン経営、旅行、とにかく何でもコンサルタントがいて、ちゃんとそこそこの収入になる。つまり経験と知恵を買う人がいるのです。インテリア・コンサルタントなども、一流になると1室4万ドルも請求するのです。『この部屋はビクトリア風だから、この椅子でなければ。中国風の屏風は許されるが、日本風は置けない』とか…。日本でこうしたことが実現するには『知恵』という無形のものにお金を払う習慣を作らないとだめですね。アメリカ式に、弁護士に電話訴すれば30分で250ドル請求書がくる。あれです」。

 明るい高齢者雇用を求めるには、本人が粗大ゴミとして扱われないことが必要である。価値ある存在であるとなれば、指導者なり教師なりの立場、即ち人生の先輩であり知識と経験を兼ね備えた人物として、職場でも高齢化してなお地位を与えられることになる。指導者であり教師である、それがコンサルタントという世界なのである。

 

「明るい高齢者雇用」

第11回 年齢差別で提訴―背景に経済の停滞―

(「週刊 労働新聞」第2157号・1997年6月16日掲載)

 

 『カリフォルニア州で判事をしている私の義父に定年について聞いてみました。カリフォルニア州では、判事の定年制があり、定年は70歳です。定年退職すると、現役時代の65%の給料が死ぬまで支給されます。彼が定年退職したその歳は、退職後、さらに6年間は現役の判事として勤められる制度がありました(現在は3年になっております)。彼は75歳まで判事を務め、75歳になった去年“Judge Pro Tempore”(パートタイムの判事―ボランティア的なもの)に転じ、日当50ドルをもらって判事を務めています。

 また、コンサルタント業務は現役時代に才能や知識があった人でないとありつけない職種です。ボランティア活動に従事する人も、かなり経済的余裕がないとできない分野です。学校などでボランティア的に教鞭を取っている老人も、やはり先生としての専門分野における知識、経験が豊富でないとできない仕事です。私の家内の母親は、老人専用コミュニティに住んでおりますが、老人の中でもボランティアをしている人は見掛けないそうです。

 彼女は毎日水彩画を習ったり、大学の趣味の講座を受講したりして、わりと忙しい毎日を過ごしております。そのような老人専用のコミュニティでは、皆、家族から別れて暮らしております。家族が老人をそのような施設に入れたのか、または、自分で選択して入ったのかはそれぞれ違います。家内の母の場合は、自分で選択して入りました。

 お金のあるほんの一部の老人は、所有していた家を処分し、老人専用の高価なマンションを購入し、近くの短大やアダルトスクールなどの趣味の講座で、陶芸やアートなどを学び優雅に暮らしている人達もいます。しかし、アメリカの大多数の老人は、このような生活はできないと思われます。

 20年位前に新聞を賑わした記事に、前述した退職金制度の下では高齢者を退職間近まで雇うと会社側に退職金を支払う義務ができてしまうので、退職間際に高齢者の首を切るという社会問題がありました。現在は企業が退職金を支払う制度はなくなってきています。

 地元紙に載った最近の記事を御紹介します。カリフォルニアで大手の法律事務所(何千人という弁護士を抱えている)Pillebury, Madison & Sutro’sで、55歳以上のセクレタリーが、高齢という理由だけで計画的に解雇され、解雇されたセクレタリーや解雇したマネジャーも原告となり、この法律事務所をエイジ・ディスクリミネーション(年齢差別)で訴えているというニュースでした。法律事務所でさえ、このような事件を起こしていることを考えると、明るい高齢社会はまだまだ遠い世界と言えます』(前回から続く)。

 企業の収益性が失われ、それを回復するためのリストラが続いているところでは、アメリカに限らず高齢者雇用は企業にとって負担となり、リストラの第一の対象となっている。即ち経済情勢の斜陽化という状況下では、高齢背は雇用は原則的にはあり得ないと見なければならない。明るい高齢者雇用は経済全体の活性化があって初めて可能な途であることを、アメリカの事例を見ながらも、承知しなければならない事実なのである。

 

 

「明るい高齢者雇用」

第10回 解雇に恐怖感も―アメリカ 難しい高齢再就職―

(「週刊 労働新聞」第2156号・1997年6月9日掲載)

 

 『20年程前までは、現役時代の70~75%の収入を死ぬまで退職金として支給するとう退職年金制度が多くの大企業にありましたが、現在はそのような退職金制度を維持している企業はほとんどありません。ちなみに高齢者は、個人の貯金、株の配当、ソーシャルセキュリティーという税金の内から積み立てた年金の3本立てで生活しています。

 しかし、これらの収入よりシリコンバレーのインフレーションが高いので、現役時代の生活ができなくなり、高齢者は家を売り、アリゾナやフロリダなどの物価の安い州、または税金が安い州へ移住します。例えば50万ドル位のシリコンバレーの家は、アリゾナ州では8万ドル位で購入出来ます。約6分の1で家を購入出来るわけです。中流階級で技術的バックグラウンドの無い人(もともと文科系の人でしょうが)は、年と共に生活を維持することが苦しくなってくると思います。この様な人達が、年をとってシリコンバレー時代の生活を維持するために物価の高いカリフォルニアから物価の安い他州に移り、シリコンバレー時代同様の生活を維持するわけです』(前回からの続き)。

 高齢者雇用の実像に迫るとすれば、その第一は、高齢者子用の場が少ないと共に、高齢者雇用における賃金が極めて低いという事実が挙げられる。その結果として、高物価の所では高齢者は生活出来なくなるということである。小生も8年前にアリゾナのツーソンに赴いたことがある。そこでは真に物価が安く600万~700万円でゴルフ場に面した一戸建ての家が買えたが、今でも多分そうであろう。生活コストの安い土地へ移住することにより生活をエンジョイすることが重要であるが、日本においては、そのような地域があるのかすらも疑問があるところである。

 『アメリカには、終身雇用というものはありません。歳をとっていきますと、いつ解雇されるかということが日々の生活の中で、恐怖としてあるようです。企業も、高齢者が多くなってくると、給料の高い高齢者を対象に、早期退職を薦めてきます。ゴールデン・アンブレラといってかなり良い条件で会社を辞めてもらうプランを作ります。45歳位の人は、まだ、次の仕事を見つけるチャンスがあるので早期退職をしますが、60歳近くなりますと、次の仕事を見つけるチャンスは難しいので、“辞めさせられる”まで会社に残ります。

 シリコンバレーの環境の中で、高齢者が仕事を見つけられる確率は非常に低いと思われます。シニアシチズン・エンプロイメント・センターという就職斡旋機関で仕事を斡旋してもらった場合でも、時間給が5~6ドル(日本円で600~700円)位の仕事しか無いようです。もともとアメリカは年寄りを尊ぶというカルチャーはありません』。

 アメリカでは高齢者も自立を迫られるが、それは即ち家族の崩壊を意味しているといえる。日本の社会もその様相を呈し始めているが、果たしてそれで良いのか議論されよう。高齢者が増加する一方で自立できる基盤、即ち雇用の場がないとすれば、改めて家族主義の復活が社会秩序の安定を確保する意味から要請されてくることになろう。

 

 

「明るい高齢者雇用」

第9回 若年者が圧倒的―シリコンバレー 20年間で急成長―

(「週刊 労働新聞」第2155号・1997年6月2日掲載)

 

 私は、昨年12月20日から2泊4日でシリコンバレーに行った。それは著名なシリコンバレーの実像に触れることが目的であった。アメリカで経済的に最も活発であるというシリコンバレーの様相を見ながら、高齢者の雇用問題の実情を尋ねたかったからである。しかし、そこではそもそも高齢者の姿は見かけられなかった。

 S-MOS SYSTEMSの業務部長である三木和一郎氏にお会いした。三木氏は28年前に気の弱い自分を鍛えるために、2ヵ月分の生活費を持って、米国のマサチューセッツ州ボストンにある大学に留学、渡米した。4年間苦労の連続であったが、無事大学を卒業。その後、学生中にアルバイトや勉学で時間がなく、“見ることのできなかったアメリカを見るため”に米国に留まった。

 最初の10年間、3度転職した。米国企業で働き、特に興味のあったアメリカの底辺で生活をしている人達をより良く知るために、その人達との交流を、時間が許す限りした。

 1983年にカリフォルニア州に移住し、現在はコンピューターのメッカといわれるシリコンバレーで、半導体を販売する日系企業(S-MOS)に勤務している。アメリカ人の奥様と結婚され、シリコンバレーの生誕の地である、スタンフォード大学のある町、パロアルトで家族4人と暮らしている。

 様々なことを勉強されている三木氏から教えられることが多かったが、この度その三木氏に高齢者雇用問題について、以下のご報告を頂いた次第である。ちなみにS-MOSは、セイコーエプソンの子会社である。

 『まず第一に、シリコンバレーでは高齢者が働いているのをあまり見かけません。シリコンバレーは1980年代に脚光を浴び、ここに移ってきた会社、ここからスタートした会社も若いエンジニアが2、3人で始めた会社が多く、会社で仕事に従事しているエンジニアは、やはり、若い年齢層が圧倒的に多いのです。人事部長に聞いてみたところ、わが社では、60歳以上の人は2名(総従業員約250名)しかいないそうです。

 もともと、シリコンバレーは、ほとんどが農園か畑でありましたが、次から次へとビルが建ち、ここ20年くらいで大きな町になりました。シリコンバレーは、私が住んでいるパロアルトという市からサンノゼ市までの小さな平野を指し、狭い地域に何千というハイテクの会社がひしめいています(日本的感覚からすると「散在している」という表現が適切でしょう)。また、ここはアメリカでも1位か2位に物価が高い土地であることも有名です。そのせいか、そもそもあまり高齢者の人達をみかけません。見かけても、中流以上の人か、逆に経済的に困っている人達の2種類の人が多く、いわゆる中流の老人の姿はほとんど見られません。

 例えば私が住んでいる家は、1947年に建てられたものですが、当初8,000ドルから1万3,000ドルで売り出されたこれらの家は、現在40万ドルから50万ドルするそうです。アメリカでは金利が高いため、働いているうちはローンを支払えますが、仕事を辞めますとローンを支払うことができず、家を維持することができなくなってしまいます』。

 

 

 

 

「明るい高齢者雇用」

第8回 資産の目減り防げ―社会保障崩壊は目前―

(「週刊 労働新聞」第2154号・1997年5月26日掲載)

※当時の掲載文に一部加筆補正をしております。

 

  Q、高齢者雇用にやりがいのある仕事という概念はありますか。(前回から続く)

  A、やりがいのある仕事というのは、実際は主観の問題です。日本と違い外見を気にしない国なので、道路の掃除でもその人がよいと思っていれば、やりがいのある仕事ではないでしょうか。責任を持たせてもらえるかどうかの問題で、やりがいのある、ない、が決まるのでしたら、その考え方の基本はこちらにはないと言えましょう。本来、歳を取り、経験がある人だと責任のある、またはやりがいのある仕事を持ちたがるのが日本人だとすれば、こちらの人は、「今まで責任のある職に就いて仕事をしてきたのだから、そろそろ勘弁してくれよ」の方ではないでしょうか。

 

 個人の確立が日本より進んでいることの現れなのであろうか。企業のアウトプレースメント事情に詳しい専門家によれば、個人の確立が未熟な中高年は特に大企業に多いという。自分がいざアウトプレースメントの対象となっても、とかく大手企業にいたことを過大評価しがちである。数十年ぶりに面接される立場であるのに本人の意識が切り替わっておらず、面接時にもらった名刺をクルクル回したり、ふん反り返る等、いまだに自分が判定する側のつもりでいるという、笑えない話すらある。

 

  Q、高齢者は子供との関係をどう考えているのでしょうか。

  A、極端な例で、ある人と話をしていた時にこういうことを言いました。「株の配当と年金とで月々約6,000ドル収入があるし、死んだら遺産として子供たちに何百万ドルと行くはずだから、その遺産を目当てに、子供達も自分の世話をしっかり見てくれるだろうよ。遺言なんていつでも変えられるからね。この自分の財産が、自分が子供達に如何に良くされるかの保険だよ」と。

 

 平成6年厚生省発表の「国民生活基礎調査」によると、高齢者世帯の平均家計支出額は月18.2万(平成6年5月中の家計上の支出金額)に対し年間所得は332.2万円なので、今の高齢者はまだそこそこ余裕がある。しかし団塊の世代については、従来国が面倒をみてきた社会保障制度の諸々が維持継続できる数ではなく、制度そのものが一変してしまう。既に始まった年金支給開始年齢の引き上げはその確かな前兆であり、いわば“これから何が起こってもおかしくない”と思っていた方がいいような状況である。「恒産なくして恒心なし」という言葉があるが、高齢者が資産を目減りさせないという意味において収入の場を獲得することは、恒産・更新にも通じることである。アメリカは日本よりも多少ましではあるが、まだ低金利が続いている。従って引退した人達は株に投資してより有利な利回りを稼いでいるし、ベビーブーマーたちも引退後のことを考えて株やミューチュアルファンド(オープンエンド型投資信託〔請求により随時解約ができるファンド]のこと)に投資している。アメリカの株が毎日史上最高値を更新しているのはこのためと言われている。

 

 

「明るい高齢者雇用」

第7回 一生で4回は転職―米国 定年に閉塞感なし―

(「週刊 労働新聞」第2153号・1997年5月19日掲載)

 

※当時の掲載文に一部加筆補正をしております。

 前回触れたようにアメリカにも現実には定年制が存在する。しかしその一方年齢差別禁止法も並び立つ。この問題を論ずる上で無視できないのは“企業が定年制度を設けることを禁止する雇用法改正を実現させた(1986年)”全米退職者協会(注:1999年からは正式名称AARP)の存在である。1947年、全米退職教員協会を前身に発足した同協会は、大統領選を含め、議会の公聴会への参加や、議員へのアプローチなど高齢者絡みの政策立案に影響力を持ち、今は会員数3,000万人(注:2018年時点は3,800万人)を超す米国政財界も一目置く巨大組織となっている。会員数拡大の最大の要因は、高齢者でも加入できる健康保険制度を生み出したことにある。アメリカには日本のような公的医療保険制度が整備されていないため、入会希望が殺到した。今でも年会費わずか8ドル(900円から1,000円程度)(注:2018年時点では16ドル[単年払込の場合、5年一括払込なら1年あたり12.5 ドル])で、高齢者向け総合情報誌「モダン・マチュリティ(隔月刊)」を購読でき、協会会員証を持っていれば全米のホテル、レストラン、レンタカーサービスなどで5~10%の割り引きも受けられる。日本ではこのような組織が誕生し機能するようになるだろうか。

 

 Q、定年に閉塞感はありますか。

 A、「定年」に関して余り暗いイメージが無いのは、就職して定年まで1社に勤め続けないのが普通で、一生のうち平均4回は職を、または会社を変わるのが習慣だからだと思います。「辞める」ことは「終わる」のではなく、新しく「出発」することにつながるからです。会社を移るのは、給料その他の条件が良いからです…。「クビ」にせず(実際にはクビなのですが)、「自主的に退職」させるのがこちらの企業のやり方です。なぜならクビになると本当に将来性がなくなり、「終わる」ことになるからです。

 

 アメリカでも(「でも」という表現は適切でないかもしれないが)early retirement(早期退職)制度が一般的に存在することは改めて紹介することとして、雇用が流動化していることが定年に伴う「世間から隔絶されてしまったような自閉的な感情」(藤沢周平「三屋清左衛門残日録」)を緩和するのに役立っているということであろう。

 

 Q、アメリカ人は定年後、「朝寝覚めのベッドの中で、まずその日1日をどう過ごしたらよいのか」考えなければなりませんか?

  A、「定年」とは、年金生活ができるというだけで、アメリカ人は仕事をやめねばならない…という感覚は持ちません。コンサルタントとか、独立事業とか自由業に従事し好きな時に仕事をし、遊びたい時には遊ぶ、という生活を引退生活と心得ています。

   引退して、かえって忙しくなったという人ばかりとも言えるほど、引退してから時間が足りないほどやることは一杯あります。例えば、引退して初めてクラブに入会でき、毎晩社交で忙しいとか、好きな慈善事業の手伝いができたとか、旅行できるとかです。

 

 

 

「明るい高齢者雇用」

第6回 40年勤めてまだ課長―米国では普通のこと―

(「週刊 労働新聞」第2152号・1997年5月12日掲載)

 

 

 前回に続き遠藤安岐子専務理事とのインタビューをご紹介する。

 Q、アメリカでは職務給が一般的と聞きますが。

 A、完全な職務給体系です。新陳代謝は20歳代からあるといえ、できない者は即座に「クビ」…の国ですから、年齢に関係なく、始終、社員は変わっています。給料に関してですが、給料は年齢に関係なく職種で相場がありますので、その職種から上に行かない限り、または会社を変えない限り給料は上がりません。例えば、60歳の方も23歳の方も、もし職種が「セクション・チーフ=課長」だと、全く同じです。40年勤めてまだ課長か、と言われても本人が良いなら会社は高い給料を払うわけではないので、「これでいい」のです。それに対して誰もおかしいと思いませんから。

 

 日本人を規律する「長幼序あり」という儒教的社会感の下で、実力主義が機能するか、賃金が職能給体系に徹することができるかという根本的問題が高齢者雇用の明るさを大きく左右するであろう。しかし日本の年功序列社会の下では就社意識が横溢し、就職意識はない。明るい高齢者雇用の実現に向け、各自がスペシャリスト、プロフェッショナルになる必要があるとなれば、当然職種を格段に意識することになろうし、またそうでなければ明るい高齢者雇用はないということになる。そこにこそ、明るい高齢者雇用を実現する意識改革の原点の1つがある。

 

 Q、アメリカには定年制がありますか。

 A、定年制はあります。アメリカの企業、官庁、地方自治体その他に関しても、定年は一応65歳ですが、これは65歳から連邦政府のいわゆる厚生年金が100%支給されるからです。62歳で引退した場合、年金は65歳まで80%しかもらえないのですが、それでも早く引退する人もあります。但し、これはあくまでも政府で義務付けられている積立年金だけに頼る人で、一般に政府の年金だけには頼らず、個人で年金積立てをしたり、生命保険積立年金などで退職に備えています。

  軍隊や地方自治体(州政府、都政府、市役所)では、25年間勤めると自然に引退となり、それ以上勤めても年金が上がる訳ではないし、給料も上がらないので、普通45歳くらいで引退し、第2の職に就き、年金プラス給料で人生を送る人が多いです。

  また、マイアミ市の職員の場合ですが、25年間市役所に勤めると、仕事をしても、しなくても、年間6万ドルの年金プラス給料が収入なので、かなり裕福です。

 

 アメリカにも定年制があるのである。そしてアメリカでも定年制と年金制度が大いに絡まっているようである。日本において、それが今後可能かどうか、やはり課題であることをここでも知るのである。

 

 

 

「明るい高齢者雇用」

第5回 “3世代雇用”時代へ―若年者との融合前提に―

(「週刊 労働新聞」第2151号・1997年5月5日掲載)

※当時の文章に一部加筆補正の上掲載しております。

 

 前回に続き遠藤安岐子専務理事とのインタビューをご紹介する。

  Q、アメリカ人は日本人に比べて若さを強調しているようですが。

  A、お年寄りは、時代に遅れをとらず、いつまでも若くいられるよう望んでいます。マクドナルド等の安い賃金の店でも仕事をしたがるのは若い人達と交わりたいからです。若い人といると自分も若返るそうです。

 

 アメリカ人は若く見られることが好きである。オルブライト国務長官(59歳・当時)が来日時にカウボーイハット姿で現れたのも、単にカウボーイハットがアメリカの象徴の1つであるだけではないだろう。アメリカの高齢の婦人達の服装は日本と違い赤やピンク・ブルーなどの原色が多く、誠にカラフルである。

 昨年秋の中日新聞特派員記事にも「米国のお年寄りの元気な姿に驚くばかりだ。<中略>遊園地に行けば、おじいさん、おばあさんがジェットコースターや全身ずぶ濡れになる船のスライダーに何度も乗り、そのはしゃぐ様は孫たちを完全に圧倒している。ホワイトハウスの記者会見では、60年代初めケネディ大統領の時から活躍している80歳近い女性記者が最前列で質問する。それにみんな食べる量がすごい…。元気なお年寄りは、若い人達の中に入っていくことを全く苦にしない」と伝えられている。筆者の周辺にも“ドレスアップしてファッションショーに出たり、カラオケでもいいからステージで歌うなど、人の視線を浴びてパフォーマンスする快感は自分を生き生きと若返らせてくれる”とうそぶく輩がいる。

 さて、高齢化社会は3世代雇用の時代となるが、価値観の多様化の下で、企業秩序の維持という課題のほかに、若者達が高齢者を受容できるか、若者が自らの進路を妨害する者としてこれを排除しないかという不安がある。精神心理学的に言えば社会現象となった“オヤジ狩り”や、事業を継承した若手経営者が先代からの高齢者幹部を忌み嫌う傾向にあることがあげられる。また労働経済学的にいえば(欧州諸国全般の特徴的事象といえる)、若年労働者の高失業率問題を解決しようとすることが、陰に陽に高齢者雇用の圧迫要因となっているが、若い人たちの不安やエゴとうまく折り合いを付けていくには、気取らず“皆平等な一平卒”意識を持つことが重要である。

 

  Q、高齢者の男女比は?

  A、日本と比べ複雑さがなく、年寄りなのに…という表現がないように、高齢者は働けなくなるまで一応自由奔放に暮らしています。80歳以上の男女の恋愛等も日常茶飯事ですし、誰も(家族を含め)異常だと思いませんし、干渉もしません。高齢者の女性と男性の比率が4対1なので、女性の方達は張り合うためか、何歳になっても美容院に行き、ドレスアップをし、外食をしたがります。

 

 日本の65歳から74歳の男女比は1対1.25。高齢者女性の雇用問題が、今後大きな社会問題として登場するであろう。

 

 

「明るい高齢者雇用」

第4回 絶えず向上心を―ボランティアの道も―

(「週刊 労働新聞」第2150号・1997年4月28日掲載)

※当時の文章に一部加筆補正の上掲載しております。

 

 南フロリダ日本協会専務理事の遠藤安岐子さんのインタビューを前回に引き続きご紹介する。

 

  Q、高齢者雇用は一般にはどのような傾向でしょうか。

  A、高齢者雇用に関しては政府が年齢差別を禁止していることもあり、仕事をしたい人は誰でも出来ますが、歳をとってもまだ上下関係の激しい企業で「使われること」を好みませんし、企業ではあまり雇用を考えません。40歳を過ぎて移民してきた人達は、年金も少ないので定職を探し生活をたてることを考えるようになります。この場合、年齢より移民に対する差別が有り、職探しは難しいのです。

 

 いまイギリスでは雇用における年齢差別禁止法制定につき活発に論議されており*、労働党では政権についた場合これを制定すると公約している。日本においても定年制が違法とされる余地があるか否かが一つの課題である。

*その後、1999年に「雇用における多様な年齢層に関する行動規範」を発表するも法的強制力はなかった。2000年11月のEU理事会における一般雇用均等指令採択を受け、2006年10月1日に「雇用均等(年齢)規則(Employment Equality (Age) Regulations 2006)」が施行された。

 

  Q、やりがいのある仕事とは何でしょう。

  A、高齢者で企業の社長まで務めた人の「やりがいのある職」は、非営利団体のためのボランティアです。例えばSmall Business Administrationという全国的な団体には何万人という「元…」が登録し、中小企業の若手の人の訓練、相談に当たっています。元コカコーラの副社長を務めた人に会ったこともありますが、この方は無給で創業したばかりの中小企業をまわり、相談に乗って歩いていました。彼によると、年金生活が始まった場合、「給料」としての収入があると年金から差し引かれる上、税金がややこしくなるからボランティアの方が有利なのだといっていました。そして「やりがいがある」とも…。

 

 収入はやりがいの1つではあるが、「人はパンのみに生きるに非ず」、人生の後半を迎えた高齢者だからこそ、仕事内容に心の時代のキーワード“やりがい”が重要な要素となる。ボランティアやコンサルタントの仕事には、「お世話する」「教える」「導く」といった心の要素が満ち溢れているのである。

 

  Q、高齢者のボランタリーの実像を紹介して頂けますか。

  A、ある高齢者の施設での話ですが、そこへ動けない人達の手伝いにボランティアで出掛けます。彼等曰く「これから年寄りの世話にいかなければ…」。その人自身が84歳と聞くと異様ですが、年寄り=動けない、の感覚です。動けなくなるまで皆「若い」のです。

 

 肉体的に80歳の者が20歳の青春を持ち続けることは不可能であるが、“若さ”即ち良心を核に自立心・連帯心・向上心がなお生命力を持ち続けている状態を絶えず意識することが必要である。サミュエル・ウルマンは若さの要素として、美・希望・喜悦・勇気・力を挙げるが、「本人が希望を持って満足感を得る」などは高齢者雇用に置いてことの外意識されるべきであろう。

 

 

「明るい高齢者雇用」

第3回 包容力ある社会へ―企業にも重い責任―

(「週刊 労働新聞」第2149号・1997年4月21日掲載)

※当時の文章のまま掲載しております。

 

 アメリカ南フロリダ日本協会(非営利団体)専務理事をなさっている遠藤岐子さんにこのほどお話しをおうかがいする機会があった。

 南フロリダは避寒地としても有名であるが、マイアミの中心としてカリブ圏・中米・南米の経済の中心として位置付けられている。マイアミから車で約1時間のところにある“ボカラトン”という地域が著名であるが、南フロリダにはボカラトンを始めとする多数の「ハッピー・リタイアメント リゾート地」がある。

 遠藤さんはアメリカに移住され既に28年になるが、南フロリダ・マイアミには24年間にわたって生活されている。最初の17年間は個人で事業をなさり、1989年には商工会議所兼文化教育団体であるアメリカ南フロリダ日本協会を創立された方である。

 協会の仕事の一環で、種々の現地団体、企業との付き合いもあり、日本からの視察団や新聞記者を案内して回っているので、高齢者、アメリカの社会問題等とも日頃接しておられる。

 

Q、アメリカは高齢者であるとか、年齢を意識する社会ですか。

A、アメリカに来て指摘されたのが、歳を気にすることでした。日本のように、「△△歳のくせに」という表現は一切聞きませんし、「言うな」と言われたほどです。要は、“出来るか”“出来ないか”の違いだけなのです。言い換えれば“自分は自由に動けない・独立生活が出来ない”人は世間で別扱いを受けます。ですから、身障者も、年寄りで動けない人も同じ恩恵があり、同じに扱われます。

 

Q、そうするとアメリカでは高襟者も明るく生活していますか。

A、「明るい」「明るくない」の問題は、雇用問題ではなく、年齢を気にする社会かどうかではないでしょうか。

 日本の駅や公共施設を見ても、階段が多く歩く距離も長く、若者本位の国のように受け取れます。年寄りでも若者と同じように生活が楽しめる公共施設があるのがアメリカです。ニューヨークの市バスは老人が乗ろうとすると油圧で車体を下げて乗りやすくします。“ニーリング(ひざまずく)バス”というのですが、まさに老人に公共の乗り物であるバスがひざまずくのです。

 「若くない」と痛感させるようにできている社会と、年齢差を関係なく同じことができる社会。ここに何か重要な観点があるように感じます。

 

 高齢者になれば肉体的老化は避け難い。それゆえ力仕事ができなくなり、また敏捷さに欠けることになるが、それを包容してこそ今後は健全な社会が維持されるということであろう。

 企業の諸施設もそのようなものでなければならないということにつながる。モスクワの地下鉄のエスカレーターのスピードの早さに驚き、そこでは高齢者に対する思いやりがないと強く感じたこともあったが、アメリカから見れば日本社会も同様であろう。

 

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