『労働新聞』明るい高齢者雇用の最近のブログ記事

「明るい高齢者雇用」

第46回 山一産業で明確に―衰える心身機能:再就職は専門家のみ

(「週刊 労働新聞」第2193号・1998年3月9日掲載)

 

 前々回、前回と高井法律事務所所員である足代清氏から中高年への就職・転職に関する5つのアドバイスをご紹介した。

 次は企業の高齢者雇用へのアドバイス。彼は2つ挙げている。1つは「高齢者は賃金にこだわらない人も多い。やりがいある仕事にこだわる」というものである。平成9年版の労働白書の「高年齢就業者の就業理由調査(男子)」によれば、55歳~59歳では「自分と家族の生活を維持するため」という理由をあげる者が最も多いが、これは年齢層の上昇とともに低下し、「生き甲斐、社会参加のため」、「健康上の理由(健康に良いから)」等の割合が相対的に増加してくる。老齢年金の支給状況に対応する形で生き甲斐派が増えているようである。71歳の彼もこのケースに当たる。採用する企業側としては賃金額による誘因ではなく、仕事の意義・やり甲斐をいかに理解してもらうか、あるいはそのような仕事をいかに用意するかが課題となる。

 さて、高齢者を生かす「やりがいある仕事」とは何であろうか。2つの要素が考えられる。1つは「専門知識と経験を生かした教育的仕事」である。人に教える立場を与えるということは本人のそれまでの職業人生の積極的肯定を意味する。また、教えるという行為は属人的暗黙知としての知識・経験を誰でも理解共有できる形式知に転換することであり、職業上獲得した勝ち財産の社会的敬称である。本人にとっても企業にとっても極めて重要な意味を持っている。

 もう1つの要素は「コミュニケーション」である。仕事を通じて性・世代を超えた社会的交わりを継続することは社会と隔絶しがちな高齢者に心身両面の健全性をもたらす。人に教えつつ社会参加を継続することが仕事のやりがいにつながるのである。

 彼の企業の高齢者雇用に対するアドバイスの2つ目は、「ハイキャリアの高齢者は給与以外のサムシングが必要」とのアドバイスである。例えば超ハイキャリアであれば車・個室・海外出張時のファーストクラス等の待遇が考えられるが、一般的にはフレキシブルな勤務時間や名刺上での役職名への配慮がこれにあたる。

 これまで足代氏の中高年の就職・転職に関するアドバイスと企業の高齢者雇用へのアドバイスを書いてきたわけであるが、「若いうちに自分の商権を確立せよ」とのメッセージが強く印象に残っている。

 折しも昨年来、山一証券の自主廃業に伴う社員の再就職問題が話題になり、新聞も「中高年再就職に寒風」、「モテる若者、寒空の中高年」と中高年の再就職の厳しさを連日報道している。

 山一証券グループの社員の受け入れを表明した企業の募集職種を見ても、「デリバティブの専門家」、「M&Aの専門家」、「ファンドマネジャー」、「店頭、アジア株担当者」、「アナリスト」、「投資信託の専門家」等、その道のエキスパートを求めていることがわかる。

 「若いうちに自分の商権を確立せよ」とのアドバイスをもっと早く受けておけば良かった…と嘆息している中高年も残念ながら多いのではなかろうか。

「明るい高齢者雇用」

第45回 「自分軸」の確立を―衰える心身機能:企業頼みではダメ

(「週刊 労働新聞」第2192号・1998年3月2日掲載)

 

 71歳で新しい職場に飛び込んだ足代清氏は中高年の就職・転職に関するアドバイスとして5つのポイントを挙げている。

 第1番目として「30代で自分の専門領域を見極め、その後に自分の商権を確立すること」。商権とはギブ&テイクのできる有望な人脈、把握された市場、商売に関する専門知識の総体である。彼自身、中国大陸を長春からウルムチまでビジネスとして飛び回った経験があり、地域特性に応じたきめの細かいコンサルティングができる由縁である。もし、あたなが人事部長という立場で、「自分の商権」という言葉を自信を持って発する中途採用の商談者に出会ったならば、それだけで「採用!」と判断するのではないだろうか。「自分の商権」は、ビジネスマンとしての最上級の付加価値を示す言葉の一つといえよう。

 第2番目は「組織の中で歯車にならない努力をすること」である。今や、企業と個人がドライな関係になりつつある。拘束もしないが、ケアもしない関係と言ってもいいだろう。所属する企業にしか通用しない能力は最早能力とは言い得ない時代になっている。彼の場合は中国という国を商売上のみならず、歴史、風土の上からも知り抜いたエキスパートとしての強みがあり、その能力は銀行でも商社でもメーカーでも必要とされていたに違いない。「エキスパートになれ、資格を取れ、忙しがるな、自分が活かされなければ転職もよし」という彼のアドバイスから、企業に主軸を置いた価値観ではなく、自分のキャリア形成のために何をすべきかという「自分軸」が若い時から確立されていたことがうかがえる。「自分軸」の確立はプロとしての業務遂行を促し、業績への貢献につながるのみならず、労働市場における個人の価値を高めることになる。

 第3番目には「商談は人間が行うものである」。OA化が進み、いわゆる事務作業レベルの仕事はコンピュータが極めて効率的に処理してくれる時代になった。その分営業マンであればピュアセールスタイム(営業に専念できる時間)が確保でき、商談に専念できることになるはずであるが、肝心の商談ができない若い営業マンも多いと彼は指摘している。そして、「商談はコンピュータがやってくれるわけではない。外に出て、対話を通じて商売ができることが営業マンとしての最低条件だ」という。

 第4番目に「“使ってもらう”という謙虚な姿勢を持て」を挙げる。高齢者の転職・再雇用の厳しさは経験した者でないと分からない。長年勤務した会社と新しく勧める会社では、そもそも労働市場における価値が異なる。圧倒的な買手市場での売手側の立場の弱さを認識し、応募者としての謙虚さを身につけていないと第1次面接の突破も困難であろう。

 そして彼は、最後のアドバイスとして「家族の理解が大切」であることを強調している。仕事と家庭の両立ができて初めて一人前のビジネスマンになる。彼は単身赴任の多い日本人の中で、ホームベースとしての家庭の重要性を充分理解しており、欧米企業のビジネスマンの様に家族も含めて現地化することで厚い信頼のネットワークを獲得できたのである。

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第44回 70歳過ぎて現役―衰える心身機能:プロ集団形成めざす

(「週刊 労働新聞」第2191号・1998年2月23日掲載)

 

 これまで、多方面の取材を踏まえて高齢者雇用について論じてきたわけであるが、ある読者から「高井法律事務所こそ高齢者雇用を実践しているのではないか」とのご指摘をいただいた。これまでの取材を通じて、高齢者雇用の難しさや問題点を把握することができたが、その成功事例となると少ないといわざるを得ない。私共の事務所が成功事例と言えるものかどうか分からないが、「種々の職業経験を積んだ高齢者はその分野において仕事のプロ」であるという認識のもと、高齢者採用について力を入れてきたのは事実である。法律事務所というのは弁護士がその資格において行う活動のほかに情報の収集から慶弔の挨拶まで種々の業務や事務が発生する。これらをその道の専門家に行っていただくことで法律事務所としての戦力がトータルで向上するのである。今回、当事務所の高齢者雇用を客観的に評価してみるつもりで、事務所の社外相談役にお願いして、当事務所の5名の高齢者職員を取材していただいた。高齢者雇用の何らかのヒントを読者と共有したいと考える次第である。

○中国問題の専門家の採用

 最初は中国問題の専門家、足代清(あじろきよし)氏である。足代氏は大正15年生まれの71歳。昭和18年に大阪府の派遣生として東亜同文書学院に入学、生涯を東亜の発展に捧げるべく上海に渡った。これが中国通となるきっかけである。その後、終戦を迎え、京都大学経済学部に転入学し、近代経済を専攻した。ゼミのほとんど全員が学者を目指して大学院に残る中、海外雄飛の夢捨て難く、大手海運会社に入社した。その海運会社では皆が憧れる欧米勤務を望まず、一貫してアジア地区を担当として香港に勤務したのである。海外勤務を経験した社員は次には「できるだけ早く日本の本社に戻りたい」と言い出すのが常であるが、彼は「自分を切り拓くのは香港だ。現地の人との交流を深め商圏を確立したい」と意欲を燃やし続けた。中国海運の近代化・コンテナ化における彼の功績は大きく、中国交通部から高い評価を受けた。

 そして、昭和54年に大きな転機が訪れる。今日でいうヘッドハンティングを受けたのである。当時中国進出を企図する大手都銀が中核となる人材を探しており、彼に白羽の矢が立ったのだ。それも頭取自らのヘッドハンティングによりその都銀に転身することになり、昭和57年には初代の北京駐在員事務所長に任命された。プロパーの行員でない者の登用は極めて異例なことであり、当時の銀行業界を驚かせるほどの人事であったという。

 北京駐在員事務所長時代の彼は長年培った中国に関わる深い造詣と堪能な北京語を駆使して金融界・貿易会に多くの人脈という財産を築き上げ、帰国後も顧客の中国進出の支援に貢献したのであった。結局彼は都銀として異例な処遇を受け、70歳を過ぎるまで雇用を全うされたのである。現在高井法律事務所では上海事務所の開設に向けて準備を進めている。中国に精通した足代氏を昨年の9月に当事務所に迎えたのも、その余人をもって替え難い専門性と年齢を感じさせない心身の若々しさによるものである。

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第43回 職場の「和」大事に―衰える心身機能:神経症など予防を

(「週刊 労働新聞」第2190号・1998年2月16日掲載)

 

 前回は、作業方法・機械を見直し、中高年作業者が生き生きと働ける労働環境の整備を図り、人手不足解消を実現している東京美装興業(株)の状況をご紹介した。次に、同社の明るい高齢者雇用実現に向けての要件である健康管理・衛生管理についてみてみよう。

 東京美装興業では、50歳以上の従業員が約50%を占めている。定期健康診断の報告によれば、高齢者の中の3割程度が「要再検査」等の所見があり、従業員の出退勤と健康相談に留意している。

 精神疾患では家庭環境と対人関係の悩みがノイローゼ、あるいは出勤拒否につながることもあることから、(財)労働科学研究所が開発した蓄積疲労兆候インデックス(CFSI)でチェックするなど、精神的ストレスについても、情緒面の安定の調査を行っている。因みに労災には電車のプラットホームでの事故が多いという。中高年労働者は疲労度も高く、俊敏性も年齢とともに衰えていくことから、通勤・帰宅時の混雑に充分対応できにくくなることもその一因といえよう。この点からも企業は気配りが必要である。

 作業者にとり疲労した心身を休める控え室の環境も大切な要素の1つである。狭く暗い部屋では、とても疲れを癒すことなど出来ない。やはり換気の良い清潔な部屋、特に高齢者業者には部屋の気温設定にも留意し、冷暖房や窓がきちんと設置されていることが望ましい。また、流し台などの設備に対する要望も高い。仕事の仕方、職場の組織や作業環境を考慮しなければならないことは第で既に述べたが、その時にご紹介したトヨタ自動車の例にみられるように作業中の緊張を解くことで生産性・能率が上がることからも、控え室の環境整備の必要性は認められよう。

 組織については、従業員同士が限られた空間で長時間一緒に作業をするため、福利厚生施設の充実、グループ(職場)ごとの春秋のレクリエーションに補助金を出すなど、「人と人の和」をことのほか大事にしている。現場の主任クラスには人間的な幅、「職場の父親」の役割が要求される一方、女性が60%が占める中、最近では女性の主任が輩出している。

 モチベーションを高めることが「明るい高齢者雇用」を実現するには何より大事なことである。東京美装興業はスキー部に力を注いでおり、オリンピック等に選手を送ることも目指しているが、それは職場の同僚が世界の檜舞台で活躍することによって末端の社員のモチベーション、やる気を刺激することにあると言ってよい。清掃という業務自体、陽の当たらない仕事である。八木祐四郎代表取締役会長は、このことを実践してJOC専務理事になり、今回の長野オリンピック団長を務めるに至り、役員及び選手10名が、この長野オリンピックに参加している。

 同社のスキー部員はシーズン外は、午後3時まで通常業務に当たり、それ以後を練習に打ち込むことになる。スキー部員も一般社員と同様の業務を担当し、引退後は同社に勤務するということが一体感を強めると共に、社是である「ファミリー精神」と「低く座して高く考える」というモットーを実践しているのである。

「明るい高齢者雇用」

第42回 国家試験に挑戦―衰える心身機能:東京美装が訓練校

「週刊 労働新聞」第2189号・1998年2月9日掲載)

 

 高齢になると、労働意欲に対してフィジカルアクティビティ(身体的能力)・スキル(技能)が衰えていくのは必然のことである。トヨタの事例に続き、企業側の職場の環境、道具、設備の改善により中高年労働者が重要な戦力となっている企業をご紹介しよう。

 東京美装興業(株)は、ビルの設備・清掃・警備・運営支援サービス・商品販売の5つを提供するビルメンテナンスの総合管理業者として、創立40周年を迎えた現在、従業員7000名余を抱える企業に発展している。そしてこの5つの業務を支えるために、人材育成、研究開発、事業開発の3つの支柱を確立する一方、ビルの管理のみならず、運営即ちビルマネジメントに新しい扉を開こうとしている。今回は、臼杵繁取締役人事部長と前川甲陽技術開発センター長のお二人への取材を基に、同社の「明るい高齢者雇用」をご紹介しよう。なお、参考として同社技術開発案正田浩三氏が(財)労働科学研究所の協力を得て行った科学的調査をまとめた資料を使用させて頂いた。

 東京美装興業には現在60歳以上の従業員が約600人在籍している。60歳定年制度を採用しているが、本人の意思と健康診断の結果で65歳までの継続雇用が可能なのである。定年に達した者のうち、約85%が継続雇用を希望し、嘱託社員となる。ちなみに、継続雇用者の一部に高年齢者多数雇用奨励金が助成されているが、平成10年度より制度が改定され、削減される方向にある。

 ビルメンテナンス業の災害の発生率は建設業、製造業よりも高い。これは、中高年者が多いという事実によることが第1の理由として挙げられ、中途採用者が多いことによる経験不足が続く。そこで東京美装興業では、業務災害を防ぎ貴重な人材の安全を確保して、人手不足を解消し、高齢者にも働きやすい職場を作り上げている。

 高齢者の清掃中の災害では転倒、特に床洗浄中の転倒事故が約半数を占める。例えば転倒し骨折すれば休養期待が3カ月にもなってしまう。貴重な人材が職場に復帰できなければ人手不足に拍車がかかる。そこで、滑り転倒を解消するため、作業手法を洗浄によるメンテナンスからドライメンテナンスへ移行しようと労働作業環境の整備に努めている。

 作業者に分かりやすく扱いやすい機械化を図ることも作業環境整備の1つである。加齢によって作業能率が落ちるのは避け難いことである。例えば早朝限られた時間内に定められた作業を終えることがなかなか難しくなる。そこで同社は、昭和53年より東京と認定の事業内訓練校を設置し、技能向上訓練を通じて従業員の技能向上を促進させている。高齢者も積極的にビルクリーニング技能士という国家試験に挑戦し、有資格者はすでに300人を超えている

 清掃業務の完全機械化は難しい。もちろん能力の個人差は著しい。そこで、作業者、特に高齢者にとって使いにくい機械・器具を見直し、小型で軽い、安全で使いやすい製品の採用と安全教育を行っている。

 次回は、精神面から中高年労働者を支え、企業体として一丸となる同社の状況をみてみよう。

 

「明るい高齢者雇用」

第41回 老若男女が協働―衰える心身機能:人にやさしい自動化で

「週刊 労働新聞」第2188号・1998年2月2日掲載)

 

 トヨタ自動車は人と機械の共存を徹底して追求する生産現場作りを心掛けている。物作り、即ち車作りはあくまでも人が主体、人が主役のライン作りを目指し、自動化も、まず人がした方がよい作業と、機械に任せる作業とに分け、人と共存できる自動化を徹底して追求する。自動化はインライン化、メカニカル化が機構をシンプルにし、作業者にとって分かり易く扱い易い仕組みにするという基本方針で対処しているのである。人が主役であることは高齢者にとってより望まれるスタイルである。人が行う方がよい作業と機械に任せる作業とに区分けすることは、肉体的なあるいは精神的な能力の低下を否定できない高齢者にとって必要不可欠であろうし、作業者にとって分かり易く扱い易い仕組みにすることもまた、高齢者雇用には不可欠な手順といってよい。

 白水宏典取締役(当時)は1993年4月21日付中日新聞で既に、「若い人が体力を競って車をつくるのではなく、老若男女だれもが参加できるラインが理想」と述べていた。そして現在トヨタは“AWD6P/J”と銘打ち、次代を見据えた労働作業環境への改革に取り組んでいる。具体的には「チーム活動による魅力ある組立ショップ造り」を実現しようというもの。AWD6P/Jとは、Aging&Work Development 6 Programs Projectという意味である。Aging―加齢―に対する労働作業環境の対応に意図的・積極的に取り組むということだ。働く人すべてが60歳になっても生き生きと働ける魅力ある職場作りを目指す。

 さて、6 Programs Projectとは何かということになるが、順に述べていこう。(Ⅰ)意欲・意義…ラインで働く人のやる気を喚起する。ニューワーキングプランの策定、(Ⅱ)疲労…最小限の疲労で最大限の回復を得るシステムの提案、(Ⅲ)体力…自助努力を基本としながらも、体力を自覚・維持する雰囲気づくり、(Ⅳ)道具・装置…適切な対策が立てられていない負担の高い作業を改善するための道具・装置の開発、導入、(Ⅴ)温熱環境…温熱環境で疲労を助長せず、個人(工程、年齢、性別、etc)に適応した空調システムの実現、(Ⅵ)疾病防止…手指部の疾病を減少させる

 以上のような具体的なテーマを設定し、各部門からの参画を得て、これらの問題の改革に取り組んでいる。トヨタは巨大企業として世界に進出する、まさに日本を代表する企業であるが、代表的企業なるがゆえに、今後その立場を維持するためには高齢者雇用の問題、高齢者作業のありよう、工場環境の問題について極めて積極的に研究しているのである。そのことはトヨタ自動車だけの問題ではない。およそ日本の代表的企業が、この問題に積極的に取り組み、研究開発をしていかなければ日本の製造業の未来はない。

 さらに敢えて付け加えれば、トヨタ自動車はAWD6P/Jに取り組むに当たって独善に陥ることのないよう、(財)労働科学研究所の指導を仰いでいるとも聞く。トヨタ自動車の姿勢は誠に賞賛に値するものといってよい。

「明るい高齢者雇用」

第40回 完全自動化を拒否―衰える心身機能:適切なトヨタの歩み

「週刊 労働新聞」第2187号・1998年1月26日掲載)

 

 トヨタ自動車(株)の白水宏典氏が常務取締役に就任した時、第2の創業期の基礎作りに役立ちたいとの抱負を述べ、その具体的な方策として、高齢化を受け身で捉えるのではなく、自ら活性化を図り次世代への掛け橋として第2の基礎作りに役立ちたいという考えを示している。

 役員の就任挨拶で高齢者雇用の問題に触れた事例は寡聞にして知らない。白水氏が初めてである。これはトヨタ自動車が日本の先進企業としてひたむきに努力していることの具体的な裏付けの1つであろう。

 さて、その白水氏に平成9年9月11日にお会いした。先の豊富に関連してご質問したところ、企業における高齢者のあるべき姿の象徴として、この春、NHKの日曜インタビューで将棋の米長邦夫9段が先輩棋士のあり方を語ったことを引用された。米長9段は若い棋士たちと一緒になって将棋を打つ時に、「若い人を引っ張っていく」という気概でないと高齢の棋士とし十分な働きはできないという。即ち「若い人に混じって」とか、「若い人の中で」といった気分ではだめだということである。勝負の世界で自らを磨き、かつ次代を築く棋士を育てるには、このような積極的な姿勢が不可欠であろう。企業においても、単に先人としてではなく、まさに若いものの指導者という気持ちが高齢者自身になければ、明るい高齢者雇用は実現しないということである。

 そんな考えから白水氏は、トヨタ自動車はかねてから満55歳になると職場でお祝い会をするのが慣例であったが、それを廃止したというのである。なぜならば、そのお祝い会をした翌日から隠居という気分に陥るから、むしろ明るい高齢者雇用の弊害となると判断したのである。お祝い会を廃止した結果、55歳といった壁は自然に薄まり、55歳以上になってもなお第一線ではつらつと働くということになる。

 トヨタ自動車においても当然現場の自動化は推進されている。しかしこの自動化は、度が過ぎると機械が人間を隷属させていくことになる。そこで白水氏は完全自動化に疑問を持ち、いつも人間が機械の主人になり、機械の面倒を見るという立場に立って主体的な労働が展開されるべきとの思いから、完全自動化を拒否したという。

 高齢者雇用になると一層この点が大事となってくる。機械に使われる存在となれば、精神的な瑞々しさが失われている高齢者にとっては、まさに人間は機械の道具と化してしまうことになる。人間の瑞々しさは主体的な工夫があって、即ち創意工夫、頭を使うという状況があって初めて可能だからである。明るい高齢者雇用には、完全自動化はむしろ弊害が多いという指摘も適切なものとして耳を傾けた。

 次回は、海外生産の拡大、国内需要の伸び悩み、そして若年層の製造業離れのなか、トヨタ自動車が、訪れつつある高齢社会を見据えたライン作りのために、環境・道具・設備の改善・管理等の面から中高年作業者に望ましい作業環境を研究するプロジェクトを機能させているという状況の一端をご紹介しよう。

「明るい高齢者雇用」

第39回 人材選別の時代に―衰える心身機能:“ゆとり職場”が前提

(「週刊 労働新聞」第2186号・1998年1月19日掲載)

 

明るい高齢者雇用を具現化するには高齢者に対する信頼感を醸成することが重要だ。高齢者に対する不信感は何に由来するかを見極めなければならない。スピードが遅い、敏捷性に欠けるといった心身に対する不安感を打ち砕くには、経験値あるいは判断力といったものに期待する以外にない。そうなると、高齢者の絶えざる選別が必要となってくる。有能な高齢者と有能でない高齢者との格差を是認していかねばならないということである。言ってみれば、一律定年延長といった処置ではなく、一定の能力を有することが高齢者雇用を保証する途であることを明示すべきである。その結果、高齢者は自覚的な態度をとり、結局自信を持てるようになる。高齢者が自信を持てると自ずから職場は明るくなり、当該高齢者にとっても明るい高齢者雇用となろう。

さて、高齢者自信が持っている能力を十分発揮させるためには、①サポートの在り方も問題になるし、②心身機能維持のための労働条件の改善が望まれることでもあるが、③これらの基本は高齢者の身体面や精神面での負担の軽減である。労働回復力の低下や瞬発力の低下という心身機能面での中高年の特徴に留意するならば、作業スピードを含めた作業場面でゆとりを持たせること等への配慮は重要となる。例えば、(1)作業余裕の形成、(2)作業方式の変更、(3)人事・労務管理における中高年に対する配慮の重視、といったものが大切となる。

そこで、この点について、日本の代表的企業の1つであるトヨタ自動車組立作業での中高年対策の取組みを紹介してみよう。

従来の自動車の組立作業は、ラインは1本の長大なもので、しかも自動化が高度に進むことで「機械に使われる」「自動車をつくっているという実感がわかない」「休憩時間も少なく、深夜勤務もある」というようなことから若年離れ、職務満足感に乏しい作業の代表とみなされてきた。そこで、トヨタでは、(1)作業員の動機づけを重視した完結工程、(2)身体的負担の軽減、(3)人と共存する自動化機械(分かり易く、扱い易く、人と助け合う自動化機器)、(4)作業環境の向上(静かで、明るい快適な作業ゾーン)という4つの組立作業での理念を90年代初頭に掲げている。現在、作業が作業員のリズムに合致するように、また働く意欲が増すような取組みを、中高年対策として重点的に行うように、モデル的にトライしている。

それは以下の6つの課題からなっている。(1)働く人の意欲の喚起、(2)使いやすい道具・装置による改善、(3)披露の少ない作業形態の検討、(4)組立作業の特性に合った温熱環境の構築、(5)組立作業に必要な体力づくり、(6)疾病防止の徹底強化、の重点課題である。

トヨタの取組みは、中高年の組立作業員をターゲットとする取組みのなかで60歳になってもいきいきと働ける組立ラインをめざしており、これは若年者や女性への対応にもつながるものとなっている。

そこで、次回からはトヨタの実態をチェックしながら、「明るい高齢者雇用」を始めている中小企業の事例をも紹介していくことにしよう。

「明るい高齢者雇用」

第38回 人間性重視の職場を―衰える心身機能:企業努力も不可欠

(「週刊 労働新聞」第2185号・1998年1月12日掲載)

 

これまで述べてきたような高齢者であるがゆえの社会的、肉体的、精神的な制約をクリアし、様々な機能を維持するための方策として、どのような視点があるのか。

現代では、仕事がソフト化し、判断・意思決定、点検・検査、監視などの精神的な機能を発揮することが求められている。一方、身体的な作業能力を必要としない仕事はないのだから、判断力などの機能を充分果たすためにも、身体的機能は重要となる。高齢者は少しでも眼や耳などの働きの低下を遅くするような努力を怠るべきではないし、それをサポートする企業側の種々の対策も必要となる。

また、病気になると気力面でも弱気になりがちとなる。高齢者には心身の「健康」が特に大切となろう。作業関連疾患やストレス関連疾患といわれる高血圧や糖尿病などの成人病は、仕事に関連した要因により発症したり進んだりすることが判ってきている。つまり、これらの成人病の予防には、仕事の仕方、職場の組織や作業環境も考慮しなければならないということになる。

生産性の点からも、後に紹介するトヨタ自動車(株)の白水宏典常務取締役は次のように語っている。「工場では、作業が定時終了の時にはトラブルが少なく、ラインは止まることなく完全生産稼働ができます。しかし、残業を要請される日には、稼働時間が長くなるので人も機械も連続運転で疲れが出て効率が悪くなるのです。そこでこれまで定時と残業の間には労働時間の関係から休憩がなかったのを、例外として、思い切って『品質チェックタイム』という名目でラインを止めることにしました。休止する時間を設けることで、ラインの総合稼働率が向上しました」。

空白の時間を設けて作業者を緊張から解き放つことにより、生産性を上げることに成功したこの例は、作業条件にストレス緩和策を講ずる必要のあることの1つの証左であろう。

働きやすい職場づくりが高齢者の職務満足や意欲づくりの保証となる。活力ある国民経済の維持発展のためにも、また、中高年者が自らのQOLQuality of Life…生活及び人生の質)を高めるためにも「中高年が働きやすい職場づくり」「高齢者が生活しやすい社会づくり」は避けることはできない。さらには、この中高年齢層をターゲットとした「働きやすい職場づくり」こそが若年者をはじめ職場の人たちにとっての働きやすい職場づくりに通じ、組織や社会の活性化をもたらすものと考えられる。高齢化社会における職場環境づくりはこのような「より人間らしい仕事や職場づくり」を推進する以外にない。

さて、今後の中高年問題を考える際には、中高年の労働能力の活用こそ高齢化社会における国民経済の活力を維持する途でもあり、急速に進行しつつある高度情報通信技術はそのような労働環境を実現する上で役立つ可能性を大いにもっていることに留意する必要がある。こうした技術基盤のうえに労働環境の整備や労働条件を中心とした労働生活の質(quality of working life)の向上を目指すことが今後の高齢化社会において欠くことができないものとなっているのである。

「明るい高齢者雇用」

第37回 職場作りに工夫を―衰える心身機能:専門性の最大発揮へ

(「週刊 労働新聞」第2184号・1998年1月5日掲載)

 

 高齢者の雇用を考えた場合、それまでの豊富であるはずの経験が単なる知識としてだけであるならば、その経験は「頑固さ」や「過去の回想」に終わってしまう。高齢者の豊富な経験を生きたものとするためには、その経験がその人の興味や意欲に支えられる必要がある。「明るい高齢者雇用」においてはこれらの点が考えられなければならないだろう。

 ここに、高齢者には新たな能力開発をし、以前とは異なる業務に就かせるよりも、むしろ彼が業務の何に興味を覚え、何に喜びを持つかを分析し、それを与えていく方向性を見出だすことの方が重要であるという考え方が出てくる。彼の専門性を生かすということである。それは若年から中年にかけて、専門性を高める企業内教育を進める、人事施策を講じるということにつながっていくだろうし、今後の高齢化社会は高齢者の専門性の形成を促進するような仕事のあり方・職場づくりに今までとは異なった工夫が新たに必要となる時代に入って行くのである

 このことは、精神医学的立場からも説明できる。人間の精神機能の中で加齢により機能低下が起こるのはまず記憶能力の領域が主体となる。人間の仕事能力は「経験」という記憶の蓄積に裏付けされたものによって左右される。高齢者の仕事能力は若い人と比較して記憶能力の差だけ劣ることになる。高齢者によりベストな仕事能力を求めるとすれば、経験を積んだ専門性の中にあることが理解できよう。

 高齢者は定年制などによってやむなく職を離れなければならないといった制約が出てくるほか、高齢になるに伴い、人間は生理的機能において衰退を示すため、活動範囲が限定される。そうすると高齢者は自分の経験からくる誇りともいえる価値感覚が萎え始める傾向が出てくる。これを最小限に抑えるためには高齢に至るまでの豊富な経験を生かし得る環境にその高齢者を置くこと、即ち仕事を含めて生活・社会状況に意欲や興味を持ち続けさえることが必要である。そのためには、社会的制約を乗り越えるための本人の努力と、これをサポートする企業側のシステムが必要となってくる。

 「高齢者社会における技術革新と労働の人間化―高齢化社会への対応を目指して―」(労働科学研究所出版部刊、鷲谷徹他著)にも「人間の労働諸能力は年齢の上昇に伴い一律に低下するわけでは決してない。身体的諸機能の低下は決して労働能力低下とイコールではない。むしろ、十分な作業経験、社会的能力等のそのような諸機能低下を補って余りある場合もある。労働をめぐる諸環境を整備し、良好な条件のもとで働くことが可能であれば、高齢者もその労働能力を十分発揮できるし、しかも、そうした労働環境のもとで働くことこそが、人の労働寿命を伸ばす条件なのである」との考察が見られる。

 加齢は、必ずしも労働能力の低下を意味するものではない。むしろ、仕事の領域や置かれた環境によっては、さらにその能力が発展し高まることもありうるのである。この事実を認識し、高齢者の能力を生かすための諸施策が検討されなければならない。

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