『労働新聞』明るい高齢者雇用の最近のブログ記事

「明るい高齢者雇用」

第15回 出向先で骨埋める―56歳の転身で大成功―

(「週刊 労働新聞」第2161号・1997年7月21日掲載)

 

 前回触れた出向成功者A氏の出向までの経緯と出向後の状況を詳しく紹介したい。A氏は出向当時56歳ではあったが、今回はキャリアが優先されて、転職への道が開かれたのである。当電気メーカーでは55歳で役職定年制を敷いており、当人の元気度、やる気、キャリア等が斟酌されずに、一律に役割、仕事領域が変更されるシステムになっているから、まだまだ最前線で活躍したいと思っているA氏には誠に寂しい処遇であった。この様な役職定年制は、このメーカーに限らず日本の多くの企業が採用しているが、いってみれば役職をはずされるということは窓際族と言われても仕方のない処遇であるからである。

 まさに人間の味が発行する成熟の時代に、彼は熟す機会を逸して人生を終えようとするのであるから、寂しさは一入のことであろう。A氏はその様な現状に対する活路を外に求めた。かつての工場勤務時代に購入した家が甲県にあったことが、出向を決意し易くした1つの動機でもあった。言ってみれば配置転換、転勤といった経験がない者には、高齢になればなるほど転職自体に心理的な抵抗感が強くなるのであるが、A氏は本社勤務だけでなく工場勤務の経験があったことが、有意義に機能したのである。

 A氏は出向後、生産管理のキャリアを生かし、現在生産工場に取り組んでいるという。出向先企業は、それまで外部のコンサルタント会社を入れて生産性改善に取り組んでいたが、成果を上げることはできなかった。それが今回、A氏を受け容れたことにより、着々と成果を上げているという。今の時代はどのような分野にもコンサルタント業務は存在するが、大半のコンサルタントは能力がないといってよい。企業の中で一人前の能力を発揮できない者が問う秘策としてコンサルタントを開業している例が多いからである。また、新卒者の就職人気企業ランキングでは大手コンサルティング・ファームがしばしば登場するが、経験のないものがコンサルタントとして活躍できるものかどうか、首を傾けざるを得ない。実績を上げられるコンサルタント(指導者)が必要であるが、それはA氏の様に品質管理、生産管理体験を長年に亘って体験し、苦労を重ね責任を背負ってきた者によって初めて可能であろう。

 それだけではなく、A氏には出向先と波長、つまり水が合ったということであろう。現在までわずか一年足らずであるが、「困ったときのAさん頼み」と言われる程の高い評価を得ている。本人は家も建て直し、甲県に骨を埋めるつもりで元気一杯に働いている。60歳までは勤務することができ、それ以降の雇用も本人の力次第で確保されるというのである。

 さて、A氏は生産管理の世界で出向・転職を実らせた。彼は現場で働いた経験もあり、工場長としてまとめ役も経験した中で専門的知識を培ってきたことにより、成功した例であろう。長い勤労生活において専門的体験、知識等々を会得するように努力し続けることが、明るい高齢者雇用の途の基本であることを知るのである。出稼ぎ根性を持たず、名実ともに出向先の一員として新しい職場に骨を埋める姿勢が必要であることは言うまでもない。

 

「明るい高齢者雇用」

第14回 45歳から転身準備―新たな挑戦めざし―

(「週刊 労働新聞」第2160号・1997年7月14日掲載)

 

 戦後誕生した人たちが50歳を超えた。まさに団塊の世代が高齢者となる時代を迎えつつある。間もなく高齢者雇用問題は一気に噴出するであろう。中高年雇用の問題は、単に将来不足する労働力といった問題ではなく、国家財政との絡みがいよいよ加速度的に激しくなるだろう。高齢者雇用を進めなければ、逼迫した年金財政の危機は到底回避できない。現在14.6%の65歳以上の高齢者の比率が、2010年には21%、2025年には27.4%、2050年には23.3%になると、国立社会保障人口問題研究所は推定している。年金支給開始年齢が引き上げられると、60~64歳の労政年金受給者120万人はいわば失業者となる。仮に、年金支給開始年齢が67歳になれば、実に数百万人もの雇用の場を開発しなければならないことになる。少子化の進行も対岸の火事と言えない状態であるから、労働力、特に社会の基礎を支える労働力として、高齢者を活躍させなければならなくなる。高齢者を楽隠居させるには、国家財政的にも、また若者達にも荷が重すぎる。このような追い詰められた状況が、高齢者雇用に「深刻さ」の影を落とし、「暗い」イメージを引きずったものとなる。そのような状況下で、高齢者の雇用を開拓していくことは、まさにパイロットとしての明るい高齢者雇用の実像を紹介することから可能になろう。この項で紹介する人たちを見習い、またそれを踏み台として、高齢者雇用の場を広く深くしよう。明るい高齢者雇用の具体的な事例、成功例を紹介しながら、どの様な留意点が大切であるかを様々な観点から論じていくことにしたい。

 さて、今多くの斡旋機関によって大企業から資本関係のない中小企業への出向が進められている。すなわち大企業の賃金を保障されながら中小企業に雇用の場を見つけるというシステムである。出向という言葉は、官庁から民間へ、大企業から中小企業へ、親会社から子会社へ移るということから、一般に左遷、都落ちの響きがある。本人も意気阻喪することがあるようであるが、これを新しい世界への挑戦、自己能力の発見の場、労働寿命の延長の足掛かりとして捉え、思考の転換を図り、生き生きとした毎日をどう創造するかといったテーマを自身に課していくことで意欲、生きがいが生まれ、人生観、世界観まで変えることになる。そして高齢者雇用の全体を明るくすることにもつながるのである。

 長年習得した技術、経験を生かした人、異業種への転換を決意した人など、いくつかの出向成功例を紹介することにする。

 某大手電気メーカーに在籍したA氏は、品質管理・生産管理などを担当していたが、本社東京の某弱電メーカーの技術管理室長として甲県にある工場へ出向することになった。55歳を超えると転職は難しさを増す。統計上からいえば55歳を境に急激に有効求人倍率が下落するからである。具体的には、50~54歳では0.6倍だが、55~59歳のは0.2倍になってしまうのである。その意味では、いざその時になって準備をするのではなく、45歳から決心して転身を図ることに取り組まねば、およそ成功はおぼつかないと言えよう。

 

「明るい高齢者雇用」

第13回 無形の価値認めて―低すぎる熟練対価―

(「週刊 労働新聞」第2159号・1997年7月7日掲載)

 

 「中高年の明るい再雇用のキーワードは『経験を生かしたコンサルティング』です。デパートの家具コーナーにも、家を建てようという人にも、医者にかかろうとする人にも、適切なアドバイスを与えるコンサルタントが必要です。彼等は、自家営業でも、会社組織でも、ちゃんとした『営業』をするフレームワークがあれば、それでいいと思います。

 『電話代を払い過ぎていないか』を調べてくれるコンサルタントを最近使いましたが、大分節約になりました。むろん、もと電話会社の偉いさんでした。

 日本人は『無形』のものにお金を払わないのですが、今後は、こうしたコンサルタントがいかに大切かを悟る時代になると思います。まあ、米国ではこうしたコンサルタント業が繁盛するから“リタイア”も“ハッピー”なのでしょう…」(前回からの続き)。

 これからますます、好むと好まざるとにかかわらず実力主義社会になるが、すべての人材がコンサルタントに向けて精進しなければならないということである。例えば、社長も、他の社長を教え導くことができるコンサルタント的な才能を持ち合わせなければ真の経営者とはいえない、といったことになるのである。

 その意味において、コンサルタントが価値ある存在となるためには、本人の専門性も大切であるが、これを評価する社会風土が形成されることが必要でもある。それは具体的に何かというと、そのコンサルテーションに相応しい報酬が与えられるという社会である。まだまだ日本においては、コンサルテーションに対するフィーは低く、意味のない価値しか認知されていない場合も多いが、実力主義社会、即ち頭脳労働の時代になればなるほど、無形なものへの対価がより強調される時代になることはいうまでもない。

 明るい高齢者雇用を実現するには、若い頃から専門性を身に付けるように努力し、精進しつづけなければならないのである。そして「高齢が若さの衰えというよりは、人生の経験を集約した豊かな表現の領域であること」(朝日新聞編集委員/扇田昭彦「杉村春子さん死去 71歳舞台70年」より)を社会的に認知する時代が到来するよう、各人が期さなければならないし、それは可能なのである。なぜならば、知的能力(IQ)は30歳ごろから下降する(理数系の理論、発見、発明等の業務は殆どの場合20歳代になされている)が、精神(心)面の能力(EQ)は、分別盛りという言葉があるように、豊かな人生経験に基づく判断力であって、社会生活・人間関係にとって大切な資質であり、これは、経年的に豊かになるものであるとされているからである。

 近年、日本においても、定年後にいわゆる「コンサルタント」として活躍するケースが目につくようになってきた。「ビジネスライブの会」は大手企業の退職者が中心となってたち上げた組織だが、ここで働くのは、長年培った経験の下に社会貢献をしようという人たちである。専門知識や人脈を生かし、通訳や就業規則作成などで既に相応の成果を上げていると聞くが、いずれ改めてこの連載でこの様な事例を取り上げたいと考えている。

 

「明るい高齢者雇用」

第12回 経験と知恵で勝負―老いてなお指導者―

(「週刊 労働新聞」第2158号・1997年6月23日掲載)

 

 藤松忠夫氏は筆者の10年来の知人である。まず同氏のプロフィールを紹介しよう。

 「1959年日本航空入社。営業各部を経て66年より本社広報部に勤務。1975年ニューヨークの同社米州地区支配人室に転勤となり、米州地区の広報を担当。1990年日航グループのJALインターナショナル・サービス社会長となり、日米間の文化交流事業に従事していたが、この5月からTFC(The Fujimatsu Corporation)を興こし、コンサート、展覧会のコーディネーション、文化交流に力を注いでいる。在米通算22年。この間、エッセイスト/コラムニストとして日米両国の新聞・雑誌・PR誌などに毎月30~40本執筆。著書多数」。

 この経歴で明らかな通り、藤松氏はアメリカ社会全般に通じている方であり、「明るい高齢者雇用」についてワンポイント・レクチャーを受けた。

 「ご存じのように、アメリカの大都会は中心部が空洞化する傾向にありますが、1人ニューヨークはマンハッタンがますます賑やかで活気に満ちた町になっており、5階建てのナイキ・タウンや5番街のディズニーストア、ワーナーストアなどのテーマパーク的『大店舗』が客を集めております。オフィス用品の『ステープルズ』、寝室と浴室用品の『バス・ベッド・アンド・ビヨンド』といった単品デパートが全米に展開され、購買意欲をいやが上にもかきたてております。

 こうしたリテール企業と日本のデパートの違いは、日本では若い店員が多いのに対し米国では圧倒的に中高年の店員が多く、実に的確なアドバイスをしてくれるのです。日本のデパートの家庭用品のコーナーで18歳の店員にシャワー・カーテンのことを聞いたって、何にも知らないのです。

 アメリカでは、中高年の役割は“コンサルテーション”に尽きるといってもいいでしょう。“ハッピー・リタイアメント・パーティ”で、『これからどうするの?』と聞くと、ロッキー山中で釣りをして暮らすという人もありますが、たいていは『コンサルタントになる』という答えが返ってきます。会社経営、大型合併のコンサルタントから、投資、保険、警備、レストラン経営、旅行、とにかく何でもコンサルタントがいて、ちゃんとそこそこの収入になる。つまり経験と知恵を買う人がいるのです。インテリア・コンサルタントなども、一流になると1室4万ドルも請求するのです。『この部屋はビクトリア風だから、この椅子でなければ。中国風の屏風は許されるが、日本風は置けない』とか…。日本でこうしたことが実現するには『知恵』という無形のものにお金を払う習慣を作らないとだめですね。アメリカ式に、弁護士に電話訴すれば30分で250ドル請求書がくる。あれです」。

 明るい高齢者雇用を求めるには、本人が粗大ゴミとして扱われないことが必要である。価値ある存在であるとなれば、指導者なり教師なりの立場、即ち人生の先輩であり知識と経験を兼ね備えた人物として、職場でも高齢化してなお地位を与えられることになる。指導者であり教師である、それがコンサルタントという世界なのである。

 

「明るい高齢者雇用」

第11回 年齢差別で提訴―背景に経済の停滞―

(「週刊 労働新聞」第2157号・1997年6月16日掲載)

 

 『カリフォルニア州で判事をしている私の義父に定年について聞いてみました。カリフォルニア州では、判事の定年制があり、定年は70歳です。定年退職すると、現役時代の65%の給料が死ぬまで支給されます。彼が定年退職したその歳は、退職後、さらに6年間は現役の判事として勤められる制度がありました(現在は3年になっております)。彼は75歳まで判事を務め、75歳になった去年“Judge Pro Tempore”(パートタイムの判事―ボランティア的なもの)に転じ、日当50ドルをもらって判事を務めています。

 また、コンサルタント業務は現役時代に才能や知識があった人でないとありつけない職種です。ボランティア活動に従事する人も、かなり経済的余裕がないとできない分野です。学校などでボランティア的に教鞭を取っている老人も、やはり先生としての専門分野における知識、経験が豊富でないとできない仕事です。私の家内の母親は、老人専用コミュニティに住んでおりますが、老人の中でもボランティアをしている人は見掛けないそうです。

 彼女は毎日水彩画を習ったり、大学の趣味の講座を受講したりして、わりと忙しい毎日を過ごしております。そのような老人専用のコミュニティでは、皆、家族から別れて暮らしております。家族が老人をそのような施設に入れたのか、または、自分で選択して入ったのかはそれぞれ違います。家内の母の場合は、自分で選択して入りました。

 お金のあるほんの一部の老人は、所有していた家を処分し、老人専用の高価なマンションを購入し、近くの短大やアダルトスクールなどの趣味の講座で、陶芸やアートなどを学び優雅に暮らしている人達もいます。しかし、アメリカの大多数の老人は、このような生活はできないと思われます。

 20年位前に新聞を賑わした記事に、前述した退職金制度の下では高齢者を退職間近まで雇うと会社側に退職金を支払う義務ができてしまうので、退職間際に高齢者の首を切るという社会問題がありました。現在は企業が退職金を支払う制度はなくなってきています。

 地元紙に載った最近の記事を御紹介します。カリフォルニアで大手の法律事務所(何千人という弁護士を抱えている)Pillebury, Madison & Sutro’sで、55歳以上のセクレタリーが、高齢という理由だけで計画的に解雇され、解雇されたセクレタリーや解雇したマネジャーも原告となり、この法律事務所をエイジ・ディスクリミネーション(年齢差別)で訴えているというニュースでした。法律事務所でさえ、このような事件を起こしていることを考えると、明るい高齢社会はまだまだ遠い世界と言えます』(前回から続く)。

 企業の収益性が失われ、それを回復するためのリストラが続いているところでは、アメリカに限らず高齢者雇用は企業にとって負担となり、リストラの第一の対象となっている。即ち経済情勢の斜陽化という状況下では、高齢背は雇用は原則的にはあり得ないと見なければならない。明るい高齢者雇用は経済全体の活性化があって初めて可能な途であることを、アメリカの事例を見ながらも、承知しなければならない事実なのである。

 

 

「明るい高齢者雇用」

第10回 解雇に恐怖感も―アメリカ 難しい高齢再就職―

(「週刊 労働新聞」第2156号・1997年6月9日掲載)

 

 『20年程前までは、現役時代の70~75%の収入を死ぬまで退職金として支給するとう退職年金制度が多くの大企業にありましたが、現在はそのような退職金制度を維持している企業はほとんどありません。ちなみに高齢者は、個人の貯金、株の配当、ソーシャルセキュリティーという税金の内から積み立てた年金の3本立てで生活しています。

 しかし、これらの収入よりシリコンバレーのインフレーションが高いので、現役時代の生活ができなくなり、高齢者は家を売り、アリゾナやフロリダなどの物価の安い州、または税金が安い州へ移住します。例えば50万ドル位のシリコンバレーの家は、アリゾナ州では8万ドル位で購入出来ます。約6分の1で家を購入出来るわけです。中流階級で技術的バックグラウンドの無い人(もともと文科系の人でしょうが)は、年と共に生活を維持することが苦しくなってくると思います。この様な人達が、年をとってシリコンバレー時代の生活を維持するために物価の高いカリフォルニアから物価の安い他州に移り、シリコンバレー時代同様の生活を維持するわけです』(前回からの続き)。

 高齢者雇用の実像に迫るとすれば、その第一は、高齢者子用の場が少ないと共に、高齢者雇用における賃金が極めて低いという事実が挙げられる。その結果として、高物価の所では高齢者は生活出来なくなるということである。小生も8年前にアリゾナのツーソンに赴いたことがある。そこでは真に物価が安く600万~700万円でゴルフ場に面した一戸建ての家が買えたが、今でも多分そうであろう。生活コストの安い土地へ移住することにより生活をエンジョイすることが重要であるが、日本においては、そのような地域があるのかすらも疑問があるところである。

 『アメリカには、終身雇用というものはありません。歳をとっていきますと、いつ解雇されるかということが日々の生活の中で、恐怖としてあるようです。企業も、高齢者が多くなってくると、給料の高い高齢者を対象に、早期退職を薦めてきます。ゴールデン・アンブレラといってかなり良い条件で会社を辞めてもらうプランを作ります。45歳位の人は、まだ、次の仕事を見つけるチャンスがあるので早期退職をしますが、60歳近くなりますと、次の仕事を見つけるチャンスは難しいので、“辞めさせられる”まで会社に残ります。

 シリコンバレーの環境の中で、高齢者が仕事を見つけられる確率は非常に低いと思われます。シニアシチズン・エンプロイメント・センターという就職斡旋機関で仕事を斡旋してもらった場合でも、時間給が5~6ドル(日本円で600~700円)位の仕事しか無いようです。もともとアメリカは年寄りを尊ぶというカルチャーはありません』。

 アメリカでは高齢者も自立を迫られるが、それは即ち家族の崩壊を意味しているといえる。日本の社会もその様相を呈し始めているが、果たしてそれで良いのか議論されよう。高齢者が増加する一方で自立できる基盤、即ち雇用の場がないとすれば、改めて家族主義の復活が社会秩序の安定を確保する意味から要請されてくることになろう。

 

 

「明るい高齢者雇用」

第9回 若年者が圧倒的―シリコンバレー 20年間で急成長―

(「週刊 労働新聞」第2155号・1997年6月2日掲載)

 

 私は、昨年12月20日から2泊4日でシリコンバレーに行った。それは著名なシリコンバレーの実像に触れることが目的であった。アメリカで経済的に最も活発であるというシリコンバレーの様相を見ながら、高齢者の雇用問題の実情を尋ねたかったからである。しかし、そこではそもそも高齢者の姿は見かけられなかった。

 S-MOS SYSTEMSの業務部長である三木和一郎氏にお会いした。三木氏は28年前に気の弱い自分を鍛えるために、2ヵ月分の生活費を持って、米国のマサチューセッツ州ボストンにある大学に留学、渡米した。4年間苦労の連続であったが、無事大学を卒業。その後、学生中にアルバイトや勉学で時間がなく、“見ることのできなかったアメリカを見るため”に米国に留まった。

 最初の10年間、3度転職した。米国企業で働き、特に興味のあったアメリカの底辺で生活をしている人達をより良く知るために、その人達との交流を、時間が許す限りした。

 1983年にカリフォルニア州に移住し、現在はコンピューターのメッカといわれるシリコンバレーで、半導体を販売する日系企業(S-MOS)に勤務している。アメリカ人の奥様と結婚され、シリコンバレーの生誕の地である、スタンフォード大学のある町、パロアルトで家族4人と暮らしている。

 様々なことを勉強されている三木氏から教えられることが多かったが、この度その三木氏に高齢者雇用問題について、以下のご報告を頂いた次第である。ちなみにS-MOSは、セイコーエプソンの子会社である。

 『まず第一に、シリコンバレーでは高齢者が働いているのをあまり見かけません。シリコンバレーは1980年代に脚光を浴び、ここに移ってきた会社、ここからスタートした会社も若いエンジニアが2、3人で始めた会社が多く、会社で仕事に従事しているエンジニアは、やはり、若い年齢層が圧倒的に多いのです。人事部長に聞いてみたところ、わが社では、60歳以上の人は2名(総従業員約250名)しかいないそうです。

 もともと、シリコンバレーは、ほとんどが農園か畑でありましたが、次から次へとビルが建ち、ここ20年くらいで大きな町になりました。シリコンバレーは、私が住んでいるパロアルトという市からサンノゼ市までの小さな平野を指し、狭い地域に何千というハイテクの会社がひしめいています(日本的感覚からすると「散在している」という表現が適切でしょう)。また、ここはアメリカでも1位か2位に物価が高い土地であることも有名です。そのせいか、そもそもあまり高齢者の人達をみかけません。見かけても、中流以上の人か、逆に経済的に困っている人達の2種類の人が多く、いわゆる中流の老人の姿はほとんど見られません。

 例えば私が住んでいる家は、1947年に建てられたものですが、当初8,000ドルから1万3,000ドルで売り出されたこれらの家は、現在40万ドルから50万ドルするそうです。アメリカでは金利が高いため、働いているうちはローンを支払えますが、仕事を辞めますとローンを支払うことができず、家を維持することができなくなってしまいます』。

 

 

 

 

「明るい高齢者雇用」

第8回 資産の目減り防げ―社会保障崩壊は目前―

(「週刊 労働新聞」第2154号・1997年5月26日掲載)

※当時の掲載文に一部加筆補正をしております。

 

  Q、高齢者雇用にやりがいのある仕事という概念はありますか。(前回から続く)

  A、やりがいのある仕事というのは、実際は主観の問題です。日本と違い外見を気にしない国なので、道路の掃除でもその人がよいと思っていれば、やりがいのある仕事ではないでしょうか。責任を持たせてもらえるかどうかの問題で、やりがいのある、ない、が決まるのでしたら、その考え方の基本はこちらにはないと言えましょう。本来、歳を取り、経験がある人だと責任のある、またはやりがいのある仕事を持ちたがるのが日本人だとすれば、こちらの人は、「今まで責任のある職に就いて仕事をしてきたのだから、そろそろ勘弁してくれよ」の方ではないでしょうか。

 

 個人の確立が日本より進んでいることの現れなのであろうか。企業のアウトプレースメント事情に詳しい専門家によれば、個人の確立が未熟な中高年は特に大企業に多いという。自分がいざアウトプレースメントの対象となっても、とかく大手企業にいたことを過大評価しがちである。数十年ぶりに面接される立場であるのに本人の意識が切り替わっておらず、面接時にもらった名刺をクルクル回したり、ふん反り返る等、いまだに自分が判定する側のつもりでいるという、笑えない話すらある。

 

  Q、高齢者は子供との関係をどう考えているのでしょうか。

  A、極端な例で、ある人と話をしていた時にこういうことを言いました。「株の配当と年金とで月々約6,000ドル収入があるし、死んだら遺産として子供たちに何百万ドルと行くはずだから、その遺産を目当てに、子供達も自分の世話をしっかり見てくれるだろうよ。遺言なんていつでも変えられるからね。この自分の財産が、自分が子供達に如何に良くされるかの保険だよ」と。

 

 平成6年厚生省発表の「国民生活基礎調査」によると、高齢者世帯の平均家計支出額は月18.2万(平成6年5月中の家計上の支出金額)に対し年間所得は332.2万円なので、今の高齢者はまだそこそこ余裕がある。しかし団塊の世代については、従来国が面倒をみてきた社会保障制度の諸々が維持継続できる数ではなく、制度そのものが一変してしまう。既に始まった年金支給開始年齢の引き上げはその確かな前兆であり、いわば“これから何が起こってもおかしくない”と思っていた方がいいような状況である。「恒産なくして恒心なし」という言葉があるが、高齢者が資産を目減りさせないという意味において収入の場を獲得することは、恒産・更新にも通じることである。アメリカは日本よりも多少ましではあるが、まだ低金利が続いている。従って引退した人達は株に投資してより有利な利回りを稼いでいるし、ベビーブーマーたちも引退後のことを考えて株やミューチュアルファンド(オープンエンド型投資信託〔請求により随時解約ができるファンド]のこと)に投資している。アメリカの株が毎日史上最高値を更新しているのはこのためと言われている。

 

 

「明るい高齢者雇用」

第7回 一生で4回は転職―米国 定年に閉塞感なし―

(「週刊 労働新聞」第2153号・1997年5月19日掲載)

 

※当時の掲載文に一部加筆補正をしております。

 前回触れたようにアメリカにも現実には定年制が存在する。しかしその一方年齢差別禁止法も並び立つ。この問題を論ずる上で無視できないのは“企業が定年制度を設けることを禁止する雇用法改正を実現させた(1986年)”全米退職者協会(注:1999年からは正式名称AARP)の存在である。1947年、全米退職教員協会を前身に発足した同協会は、大統領選を含め、議会の公聴会への参加や、議員へのアプローチなど高齢者絡みの政策立案に影響力を持ち、今は会員数3,000万人(注:2018年時点は3,800万人)を超す米国政財界も一目置く巨大組織となっている。会員数拡大の最大の要因は、高齢者でも加入できる健康保険制度を生み出したことにある。アメリカには日本のような公的医療保険制度が整備されていないため、入会希望が殺到した。今でも年会費わずか8ドル(900円から1,000円程度)(注:2018年時点では16ドル[単年払込の場合、5年一括払込なら1年あたり12.5 ドル])で、高齢者向け総合情報誌「モダン・マチュリティ(隔月刊)」を購読でき、協会会員証を持っていれば全米のホテル、レストラン、レンタカーサービスなどで5~10%の割り引きも受けられる。日本ではこのような組織が誕生し機能するようになるだろうか。

 

 Q、定年に閉塞感はありますか。

 A、「定年」に関して余り暗いイメージが無いのは、就職して定年まで1社に勤め続けないのが普通で、一生のうち平均4回は職を、または会社を変わるのが習慣だからだと思います。「辞める」ことは「終わる」のではなく、新しく「出発」することにつながるからです。会社を移るのは、給料その他の条件が良いからです…。「クビ」にせず(実際にはクビなのですが)、「自主的に退職」させるのがこちらの企業のやり方です。なぜならクビになると本当に将来性がなくなり、「終わる」ことになるからです。

 

 アメリカでも(「でも」という表現は適切でないかもしれないが)early retirement(早期退職)制度が一般的に存在することは改めて紹介することとして、雇用が流動化していることが定年に伴う「世間から隔絶されてしまったような自閉的な感情」(藤沢周平「三屋清左衛門残日録」)を緩和するのに役立っているということであろう。

 

 Q、アメリカ人は定年後、「朝寝覚めのベッドの中で、まずその日1日をどう過ごしたらよいのか」考えなければなりませんか?

  A、「定年」とは、年金生活ができるというだけで、アメリカ人は仕事をやめねばならない…という感覚は持ちません。コンサルタントとか、独立事業とか自由業に従事し好きな時に仕事をし、遊びたい時には遊ぶ、という生活を引退生活と心得ています。

   引退して、かえって忙しくなったという人ばかりとも言えるほど、引退してから時間が足りないほどやることは一杯あります。例えば、引退して初めてクラブに入会でき、毎晩社交で忙しいとか、好きな慈善事業の手伝いができたとか、旅行できるとかです。

 

 

 

「明るい高齢者雇用」

第6回 40年勤めてまだ課長―米国では普通のこと―

(「週刊 労働新聞」第2152号・1997年5月12日掲載)

 

 

 前回に続き遠藤安岐子専務理事とのインタビューをご紹介する。

 Q、アメリカでは職務給が一般的と聞きますが。

 A、完全な職務給体系です。新陳代謝は20歳代からあるといえ、できない者は即座に「クビ」…の国ですから、年齢に関係なく、始終、社員は変わっています。給料に関してですが、給料は年齢に関係なく職種で相場がありますので、その職種から上に行かない限り、または会社を変えない限り給料は上がりません。例えば、60歳の方も23歳の方も、もし職種が「セクション・チーフ=課長」だと、全く同じです。40年勤めてまだ課長か、と言われても本人が良いなら会社は高い給料を払うわけではないので、「これでいい」のです。それに対して誰もおかしいと思いませんから。

 

 日本人を規律する「長幼序あり」という儒教的社会感の下で、実力主義が機能するか、賃金が職能給体系に徹することができるかという根本的問題が高齢者雇用の明るさを大きく左右するであろう。しかし日本の年功序列社会の下では就社意識が横溢し、就職意識はない。明るい高齢者雇用の実現に向け、各自がスペシャリスト、プロフェッショナルになる必要があるとなれば、当然職種を格段に意識することになろうし、またそうでなければ明るい高齢者雇用はないということになる。そこにこそ、明るい高齢者雇用を実現する意識改革の原点の1つがある。

 

 Q、アメリカには定年制がありますか。

 A、定年制はあります。アメリカの企業、官庁、地方自治体その他に関しても、定年は一応65歳ですが、これは65歳から連邦政府のいわゆる厚生年金が100%支給されるからです。62歳で引退した場合、年金は65歳まで80%しかもらえないのですが、それでも早く引退する人もあります。但し、これはあくまでも政府で義務付けられている積立年金だけに頼る人で、一般に政府の年金だけには頼らず、個人で年金積立てをしたり、生命保険積立年金などで退職に備えています。

  軍隊や地方自治体(州政府、都政府、市役所)では、25年間勤めると自然に引退となり、それ以上勤めても年金が上がる訳ではないし、給料も上がらないので、普通45歳くらいで引退し、第2の職に就き、年金プラス給料で人生を送る人が多いです。

  また、マイアミ市の職員の場合ですが、25年間市役所に勤めると、仕事をしても、しなくても、年間6万ドルの年金プラス給料が収入なので、かなり裕福です。

 

 アメリカにも定年制があるのである。そしてアメリカでも定年制と年金制度が大いに絡まっているようである。日本において、それが今後可能かどうか、やはり課題であることをここでも知るのである。

 

 

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