『労働新聞』明るい高齢者雇用の最近のブログ記事

「明るい高齢者雇用」

第39回 人材選別の時代に―衰える心身機能:“ゆとり職場”が前提

(「週刊 労働新聞」第2186号・1998年1月19日掲載)

 

明るい高齢者雇用を具現化するには高齢者に対する信頼感を醸成することが重要だ。高齢者に対する不信感は何に由来するかを見極めなければならない。スピードが遅い、敏捷性に欠けるといった心身に対する不安感を打ち砕くには、経験値あるいは判断力といったものに期待する以外にない。そうなると、高齢者の絶えざる選別が必要となってくる。有能な高齢者と有能でない高齢者との格差を是認していかねばならないということである。言ってみれば、一律定年延長といった処置ではなく、一定の能力を有することが高齢者雇用を保証する途であることを明示すべきである。その結果、高齢者は自覚的な態度をとり、結局自信を持てるようになる。高齢者が自信を持てると自ずから職場は明るくなり、当該高齢者にとっても明るい高齢者雇用となろう。

さて、高齢者自信が持っている能力を十分発揮させるためには、①サポートの在り方も問題になるし、②心身機能維持のための労働条件の改善が望まれることでもあるが、③これらの基本は高齢者の身体面や精神面での負担の軽減である。労働回復力の低下や瞬発力の低下という心身機能面での中高年の特徴に留意するならば、作業スピードを含めた作業場面でゆとりを持たせること等への配慮は重要となる。例えば、(1)作業余裕の形成、(2)作業方式の変更、(3)人事・労務管理における中高年に対する配慮の重視、といったものが大切となる。

そこで、この点について、日本の代表的企業の1つであるトヨタ自動車組立作業での中高年対策の取組みを紹介してみよう。

従来の自動車の組立作業は、ラインは1本の長大なもので、しかも自動化が高度に進むことで「機械に使われる」「自動車をつくっているという実感がわかない」「休憩時間も少なく、深夜勤務もある」というようなことから若年離れ、職務満足感に乏しい作業の代表とみなされてきた。そこで、トヨタでは、(1)作業員の動機づけを重視した完結工程、(2)身体的負担の軽減、(3)人と共存する自動化機械(分かり易く、扱い易く、人と助け合う自動化機器)、(4)作業環境の向上(静かで、明るい快適な作業ゾーン)という4つの組立作業での理念を90年代初頭に掲げている。現在、作業が作業員のリズムに合致するように、また働く意欲が増すような取組みを、中高年対策として重点的に行うように、モデル的にトライしている。

それは以下の6つの課題からなっている。(1)働く人の意欲の喚起、(2)使いやすい道具・装置による改善、(3)披露の少ない作業形態の検討、(4)組立作業の特性に合った温熱環境の構築、(5)組立作業に必要な体力づくり、(6)疾病防止の徹底強化、の重点課題である。

トヨタの取組みは、中高年の組立作業員をターゲットとする取組みのなかで60歳になってもいきいきと働ける組立ラインをめざしており、これは若年者や女性への対応にもつながるものとなっている。

そこで、次回からはトヨタの実態をチェックしながら、「明るい高齢者雇用」を始めている中小企業の事例をも紹介していくことにしよう。

「明るい高齢者雇用」

第38回 人間性重視の職場を―衰える心身機能:企業努力も不可欠

(「週刊 労働新聞」第2185号・1998年1月12日掲載)

 

これまで述べてきたような高齢者であるがゆえの社会的、肉体的、精神的な制約をクリアし、様々な機能を維持するための方策として、どのような視点があるのか。

現代では、仕事がソフト化し、判断・意思決定、点検・検査、監視などの精神的な機能を発揮することが求められている。一方、身体的な作業能力を必要としない仕事はないのだから、判断力などの機能を充分果たすためにも、身体的機能は重要となる。高齢者は少しでも眼や耳などの働きの低下を遅くするような努力を怠るべきではないし、それをサポートする企業側の種々の対策も必要となる。

また、病気になると気力面でも弱気になりがちとなる。高齢者には心身の「健康」が特に大切となろう。作業関連疾患やストレス関連疾患といわれる高血圧や糖尿病などの成人病は、仕事に関連した要因により発症したり進んだりすることが判ってきている。つまり、これらの成人病の予防には、仕事の仕方、職場の組織や作業環境も考慮しなければならないということになる。

生産性の点からも、後に紹介するトヨタ自動車(株)の白水宏典常務取締役は次のように語っている。「工場では、作業が定時終了の時にはトラブルが少なく、ラインは止まることなく完全生産稼働ができます。しかし、残業を要請される日には、稼働時間が長くなるので人も機械も連続運転で疲れが出て効率が悪くなるのです。そこでこれまで定時と残業の間には労働時間の関係から休憩がなかったのを、例外として、思い切って『品質チェックタイム』という名目でラインを止めることにしました。休止する時間を設けることで、ラインの総合稼働率が向上しました」。

空白の時間を設けて作業者を緊張から解き放つことにより、生産性を上げることに成功したこの例は、作業条件にストレス緩和策を講ずる必要のあることの1つの証左であろう。

働きやすい職場づくりが高齢者の職務満足や意欲づくりの保証となる。活力ある国民経済の維持発展のためにも、また、中高年者が自らのQOLQuality of Life…生活及び人生の質)を高めるためにも「中高年が働きやすい職場づくり」「高齢者が生活しやすい社会づくり」は避けることはできない。さらには、この中高年齢層をターゲットとした「働きやすい職場づくり」こそが若年者をはじめ職場の人たちにとっての働きやすい職場づくりに通じ、組織や社会の活性化をもたらすものと考えられる。高齢化社会における職場環境づくりはこのような「より人間らしい仕事や職場づくり」を推進する以外にない。

さて、今後の中高年問題を考える際には、中高年の労働能力の活用こそ高齢化社会における国民経済の活力を維持する途でもあり、急速に進行しつつある高度情報通信技術はそのような労働環境を実現する上で役立つ可能性を大いにもっていることに留意する必要がある。こうした技術基盤のうえに労働環境の整備や労働条件を中心とした労働生活の質(quality of working life)の向上を目指すことが今後の高齢化社会において欠くことができないものとなっているのである。

「明るい高齢者雇用」

第37回 職場作りに工夫を―衰える心身機能:専門性の最大発揮へ

(「週刊 労働新聞」第2184号・1998年1月5日掲載)

 

 高齢者の雇用を考えた場合、それまでの豊富であるはずの経験が単なる知識としてだけであるならば、その経験は「頑固さ」や「過去の回想」に終わってしまう。高齢者の豊富な経験を生きたものとするためには、その経験がその人の興味や意欲に支えられる必要がある。「明るい高齢者雇用」においてはこれらの点が考えられなければならないだろう。

 ここに、高齢者には新たな能力開発をし、以前とは異なる業務に就かせるよりも、むしろ彼が業務の何に興味を覚え、何に喜びを持つかを分析し、それを与えていく方向性を見出だすことの方が重要であるという考え方が出てくる。彼の専門性を生かすということである。それは若年から中年にかけて、専門性を高める企業内教育を進める、人事施策を講じるということにつながっていくだろうし、今後の高齢化社会は高齢者の専門性の形成を促進するような仕事のあり方・職場づくりに今までとは異なった工夫が新たに必要となる時代に入って行くのである

 このことは、精神医学的立場からも説明できる。人間の精神機能の中で加齢により機能低下が起こるのはまず記憶能力の領域が主体となる。人間の仕事能力は「経験」という記憶の蓄積に裏付けされたものによって左右される。高齢者の仕事能力は若い人と比較して記憶能力の差だけ劣ることになる。高齢者によりベストな仕事能力を求めるとすれば、経験を積んだ専門性の中にあることが理解できよう。

 高齢者は定年制などによってやむなく職を離れなければならないといった制約が出てくるほか、高齢になるに伴い、人間は生理的機能において衰退を示すため、活動範囲が限定される。そうすると高齢者は自分の経験からくる誇りともいえる価値感覚が萎え始める傾向が出てくる。これを最小限に抑えるためには高齢に至るまでの豊富な経験を生かし得る環境にその高齢者を置くこと、即ち仕事を含めて生活・社会状況に意欲や興味を持ち続けさえることが必要である。そのためには、社会的制約を乗り越えるための本人の努力と、これをサポートする企業側のシステムが必要となってくる。

 「高齢者社会における技術革新と労働の人間化―高齢化社会への対応を目指して―」(労働科学研究所出版部刊、鷲谷徹他著)にも「人間の労働諸能力は年齢の上昇に伴い一律に低下するわけでは決してない。身体的諸機能の低下は決して労働能力低下とイコールではない。むしろ、十分な作業経験、社会的能力等のそのような諸機能低下を補って余りある場合もある。労働をめぐる諸環境を整備し、良好な条件のもとで働くことが可能であれば、高齢者もその労働能力を十分発揮できるし、しかも、そうした労働環境のもとで働くことこそが、人の労働寿命を伸ばす条件なのである」との考察が見られる。

 加齢は、必ずしも労働能力の低下を意味するものではない。むしろ、仕事の領域や置かれた環境によっては、さらにその能力が発展し高まることもありうるのである。この事実を認識し、高齢者の能力を生かすための諸施策が検討されなければならない。

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第36回 新しいものを拒否―衰える心身機能:再教育が不可欠に

(「週刊 労働新聞」第2182号・1997年12月22日掲載)

 

 高齢者に意欲を持たせるということは、新しいものに対する理解に努める姿勢を堅持させることであるが、さらには、あることを成し遂げたという達成感を与えることで意欲の衰退を防ぎ、それを保持させることにもつながろう。それには教育というものが必要だし、これが自己啓発を刺激していく。さらに本人の好きなものの領域、即ち指向性のある領域で活躍させるのが、意欲を継続させる方途となる。「好きこそ物の上手」という言葉もある。彼が好まない、あるいは嫌悪する領域で仕事をさせても意欲が沸くはずがないのである。もちろん、中年までの職場生活で意欲が沸かないような仕事ぶりや、達成感が不足するような仕事を長年続けて、突然、高齢になってから教育を始めても成果は期待できない。何事も先を見通すことが必要である。

 労働科学研究所から出版されている「年齢と機能」という書物の中に高齢者の行動特性について興味深い箇所がある。参考となるので少々長いが引用してみる。

 「…いままでに報告されている心理的諸機能の経年変化を見ると、心理的機能によっても違うが、ある年齢にあると衰退を示すが、経験の価値感覚は…年齢とともに広がりを増し、多様化するはずである。ところが高齢者には何をしても『満足しない』『喜びを感じない』『過去の生活だけを回想し、懐かしむ』『自分の考えだけを頑として守り押し通す』というようなことがしばしば観察されるが、これは価値属性の感覚の不毛を意味する。行動の価値属性の感覚がなければ、個人の過去の基準が少しも動かないこととなる。そのことが『過去の回想』『頑固』となって現れる。高齢者は若年層に比べて成長発達の長さにおいて一歩先んじているのであるから、経験を豊かにする条件において勝っているはずである。しかしもう1つの条件である全生活状況の範囲の広さと多様性において、個人的あるいは社会的に極めて大きな制約を受けている。例えば生理的機能において高齢者は著しく衰退を示すため、活動範囲が限定されるとか、定年制などによってやむなく職を離れなければならないといった制約が、経験の価値感覚の増加を止め、価値感覚の基準を固定化している。…」(森清善行『中高年者の心理的機能―その問題点』労働科学叢書66「年齢と機能」66-74頁)。

 人間は、外界に働きかけを行い、その結果として得られる情報を、意味を持つつながりを付けて記憶などのネットワークの中に保持し、生きた情報にするといわれている。このネットワークから得た情報を基に、常に更新された認知構造を持って外界を認識し、再び働きかけを行っているという。この基ともなる視覚や聴覚機能や記憶機能などの加齢に伴う低下は、外界からの新たな情報の受け入れとその情報の保持を難しくする。これは新しく変わる認知構造の幅を小さくさせることにつながる。その結果、すでに獲得されている経験からの情報に依存して、物事に退所しようとする行動をとりがちになるのである。従って、いかにして新たな認知構造を付与していくかということが高齢者を巡る教育の視点となろう。

「明るい高齢者雇用」

第35回 ワン・モア精神で―衰える心身機能:新たな刺激も不可欠

(「週刊 労働新聞」第2181号・1997年12月15日掲載)

 

 前回の最後に前原氏の持論を紹介した。氏は「中高年者には成人病はつきものである。こんな時期こそ中高年世代が仕事と生活の在り方を『せっかく論』で振返るのもよいではないか」と、中高年の健康作りは近視眼的にことを運ばずに、「『人間らしい職場づくり』を先読みした中で焦らずに」と述べている。

「せっかく高齢者になったんだから以前より余裕のある生き方を」と観念することによって、自らの心身機能を含めて事態を正確・冷静に把握することができ、仕事や生活のバランスや残りの人生設計を考え直すことで、高齢者は明るさを取り戻せるのである。

 さて、高齢者の意欲の問題もまた重要な課題である。高齢者には好奇心の減退、意欲の喪失等が伴うことも広く知られているが、意欲を持ち続けること、新しい刺激に向かっていくこともまた、明るい高齢者雇用の実現にとって必要不可欠な要素となろう。それは人間の資質の問題とも絡んでいるであろうが、本人の「気の持ち様」ということにもなる。その気の持ち様は若年・中年の時代から指向性によっているということである。ワン・モア精神、もう1つ深く、広く極めるという姿勢が若年・中年において継続されるならば、高齢者となってもその指向性は幾らか微弱になろうとも、なお健在であろう。若年の時代、中年の時代からの生き方・仕事への取り組み方が高齢になってからの意欲・態度を左右するということになる。もちろん、若年から中年にかけての仕事の場面での「意欲の持たせ方」の工夫も大事である。意欲あるところに初めて、能力の向上が見られるといってよい。

われわれが受ける視力や調節機能(ピント合わせの機能)などの眼の検査でも、「標識をよく見て下さい」という言葉に励まされて見れば、その標識を識別できることがあるのも、意欲や意思などの精神機能と眼の機能との間にお互いに関係があることを示す一例である。意欲が無ければ機能の減退あるのみといっても決して言い過ぎでないのかもしれない。

この意欲もまた昨日の1つであるから、その機能の活用に心することは機能の維持につながると言ってよい。機能は使わなければ低下する一方であるからである。人には「物事に対して最少の努力で済ませよう」という面があるが、高齢者ではこれに加え、加齢による記憶力などの衰えから周りの環境の変化に応じて自らの認知の構造を変えづらくする、という面が特徴となってくる。すべてのことを現有の認知構造の範囲内で処理しようとする傾向が強くなり、新たな能力を開発しようとする努力が減少してくる。使わない昨日の低下は増す一方で、残っている機能はしばしば使われることにより活性化される。それが、新しいことは覚えようとしない、いつも同じ行動をとるなど、高齢者特有の行動パターンとなって現われてくるのである。

 そこで、若いうちからの教育はもちろん大切だが、高齢者にも教育を進めることが必要であるという考えが出てくる。次回は、この教育の問題について高齢者の行動特性から考えてみたい。

「明るい高齢者雇用」

第34回 中年自殺が増加へ―衰える心身機能:“心”の問題重要に

(「週刊 労働新聞」第2180号・1997年12月8日掲載)

 

 高齢になれば誰しも人間としての機能が低下する。明るい高齢者雇用の実現には、この事実を受容し、前提としてかからなければならない。60歳の定年を境にガタッと落ち込む人がいる一方で、第2の職場でかくしゃくとして働く人も多い。そこで、今回からは労働科学の側面からこれらの心身の様子を検討し、明るい高齢者雇用のあり方をまずは「心身」という大きな枠組みの中で分析してみよう。

 まず第1に指摘しなければならないのは、「精神」の機能も「体」以上にバラエティーに富むという事実である。つまり、精神機能は高齢になっても十分な機能を保っている面もあり、50歳代まで発達し続け、60歳位までは30歳以前よりも水準が高いものも出てくる。精神的といっても数多くの機能があり、単純に同じ様に加齢に伴い低下するとは言えないのである。高齢者は機械的な暗記には弱いが、意味を持った事柄の記憶はさほど悪くないという実験結果も出ている。

 また、高齢者に対する記憶のさせ方も、自分にあったスピードで覚える場合には若者との成績の違いは少なくなってくる。高齢者の記憶実験の成績などがかなり異なってきたり、精神機能が単純には衰えていないという結果が出るのは、覚える内容や覚え方の違い、練習の効果による差であるとされている。これらが高齢者の個人差に他ならないのである。

 この個人差はまさに20歳・30歳からの心構え、即ち「精神」にみずみずしさを涵養することへの努力があったかどうかによって顕れる

 次に「心」の問題の極端な例である精神疾患や自殺の例で、精神的不健康の実態を見てみる。警察庁が最近発表した自殺統計では、50歳代の割合が90年代に入り徐々に増加しており、また、管理者の割合の伸びが著しくなっている。一方、都内の金融機関の調査では、精神疾患と診断される例が中間管理職に多く、とりわけ最近では30歳代の男性に目立つと報告されている。「体」以上にばらつきがある「心」の問題は、今後の高齢者雇用問題に大きく投影する。

 さて、「せっかく高齢者になったのだから」というコンセプトでなければならないと提言しているのは、(財)労働科学研究所労働生理心理研究部主任研究員・前原直樹氏である。労働科学研究所は、工場やオフィスなど産業現場の労働に関する実証的な調査研究を行い、作業方法、職場環境や労働生活の改善に役立てることを目的に活動している文部省所管の民間研究所である。その研究方法は、医学、心理学、工学、社会科学などにまたがる学術的なアプローチを基に、現場の問題解決に有効な科学的で現実的な対策を提言するというユニークな特色をもっている。1996年の『労働の科学・51巻・7号』で前原氏は「せっかく中年というハンディを背負ったんだから」という巻頭言を書いているが、そこでは「21世紀はハンディを持ちながら働き続ける人が増える時代であり、その中心は体力が衰えた中高年であることは間違いない。」だからこそ「体力の衰えを経験と知性で補うことが必要だ」と述べている。

「明るい高齢者雇用」

第33回 5タイプから選択―60歳代の職業生活:自分自身に答え聴け

(「週刊 労働新聞」第2179号・1997年12月1日掲載)

 

 今回は「ライフスタイル選好型」の実例を紹介するべく、まずは教師となって憧れを実現した丁氏について語っていこう。大学の先生の定年は極めて遅い。即ち70歳を定年とする大学が今もってたくさんある。丁氏はある東京の、短大から大学に昇格した大学に国際経済の専攻の教授としてスカウトされた。本人は、自ら今もって一番幸せな人と言っているが、それは若くして就職した企業において決して恵まれなかった人生であったからである。スポットライトが当たらなかった人物が今、若い女性に取り囲まれて、生き生きと仕事をしているのである。当人も極めて前向きであったことがこのような喜びを与えていると言ってよい。例えば大学教授に転職するに当たって、休暇を取りアメリカに短期自主留学をし、レポートを作成し、また抗議プランをまとめ上げたという人物である。即ち自費で留学までして、次の仕事に備えたのである。

 (ホ)長期就業型

 何の仕事であれ、長期に仕事を持ちたいという願望を実現するタイプである。これは、家庭の事情により働き続けなければならないとか、あるいは働くこと自体が趣味であるといった人物によくあるケースである。

 以上、ここまで高齢者雇用のタイプを5つに分けて見てきたが、これらのチャレンジ型、エキスパート型、リカバリーショット型、ライフスタイル選好型、長期就業型のどれに自分を当てはめていくかを40歳代の後半から見極めることが肝要だということである。つまり、高齢者になる前から一体自分はどこに値打ちがあり、またどんな生き方を望むかを自分自身に良く問い、自分自身の答えを聴き続けることが必要なのである。

 これまでの総括として、海外生活の期間が長かった戊氏に登場してもらおう。イギリスのロンドンにある日本のセカンダリースクールの舎監に就任した戊氏は、子供から慕われるというまさに若々しい世界で活躍している。それも本人が望んで赴いたということである。まさに若返るには若い人と接触することが必要であるが、学校の舎監というのはそれにうってつけの仕事であり、そして子供たちに慕われているとなれば、なおさら幸せな第2の人生が保障されているということである。

 チャップリンは、老後を過ごすための条件として、「好奇心」と「健康」と「すこしばかりのお金」を挙げたが、戊氏は若者に対応できるに足る若さをなお保持していることが成功の因となった。

 さて、明るい高齢者雇用にとって、何よりも健康であることが大切であることはいうまでもない。次回からは、高齢者の就業に影響を及ぼす精神的、肉体的な健康の意味について、労働科学の視点から分析してみたいと考えている。高齢になったからといって、一概に身体の機能が衰えるというものでもないだろうし、経験の蓄積によってむしろ向上する能力もあるのではないか。個人差も大きく、気持ちのあり様、日頃の行動スタンスによっても異なるだろう。心身共に若さを保ち、生き生きと働き続ける「秘訣」を、労働科学の専門家の分析に基づき述べてみたい。

「明るい高齢者雇用」

第32回 失敗体験をバネに―60歳代の職業生活:”裏キャリ”も駆使

(「週刊 労働新聞」第2178号・1997年11月24日掲載)

 

 前回に引き続いて、高齢者の雇用のタイプを、その実例をもとに考えていきたい。今回は高齢になって花開くケースと、人生における夢を実現するケースを紹介する。

 (ハ)リカバリーショット型

 30年、40年の職業人としての人生において、挫折感を味わうこと一再ならずという人物が、思いがけず高齢者雇用の場において花咲き、実らせるということもある。まさに明るい高齢者雇用を実現するのである。それには、裏のキャリアとか失敗体験をバネに、第2の仕事人生を切り拓くという状況で構築される場合が多い。そこでは、新分野が大方であるので、出向経験があるとか、あるいは彼が専門としてきた仕事以外の脇の仕事に従事したことがあるとかいった裏のキャリア、即ち本筋の経験でないものを駆使して仕事をする、生きる、ケースが多い。限界体験・失敗といった苦しい思いをしたことが、この時初めて生きてくるケースも極めて多い。

 人生後半労働で三段跳びした丙氏について述べよう。丙氏は繊維の仕事を長年務めていたものであるが、子会社に移った時に、人員整理という限界体験をした。そこで初めて総務部の仕事を学んだのである。さらに、畑違いの電気メーカーの総務を任され、そして日本を代表するある大きな会計事務所に移って、総務部長に就任したのである。人生後半労働の三段跳び、スリークッションであった。即ち人員整理を実行し、またそのことにより関連会社の総務部に勤め、最終的には会計事務所に勤めることになったのである。それは、1つには先に述べた通り限界体験をしたということであるが、実は人柄に優れていたということである。明るい高齢者雇用を実現する本人の資質として、能力・意欲・人柄が必要である。能力が要求されることは言うまでもないことであるが、意欲が求められるのは、まさに求めてこそ与えられる世界であるからである。そしてなぜ人柄が必要かといえば、「年下の者と仲間になる」ことが、高齢者雇用における明るさを発揮する第一の要素と言ってよいからである。もちろん、能力・意欲・人柄が共に前向きな存在であることが問われるが、とりわけ人柄には前向きな明るさが大切だということである。

 三段跳びのリカバリーもまさに本人の人柄のよさの賜物であった。

 (ニ)ライフスタイル選好型

 自分の個性や特技との適合、または独自のライフスタイルの選択といった視点から雇用の場を見つけて、明るい高齢者雇用を実現しているグループもある。個性を生かす・特技を生かす・趣味を生かす・信条人生観を尊ぶ、といった世界にライフスタイル型がある。要するに「自分に生きる」ということである。例えば教師になりたいと少年時代から数十年夢見てきたところ、高齢になって初めて、教師の場が与えられ活躍する、まさに仕事に励むということを初めて体験・体感することになったのは、その事例であろう。人生における憧れを実現し得たというライフスタイル型として、まさに充実した明るい高齢者雇用となるのである。

「明るい高齢者雇用」

第31回 「背中の力」で勝負―60歳代の職業生活:生きる人脈、経験

(「週刊 労働新聞」第2177号・1997年11月17日掲載)

 

 高齢者雇用として成功するには、自分の目標・生き方をなるべく早い時期から明確に意識しなければならない。そこで、高齢者雇用の現実のタイプを分類してみよう。

 (イ)チャレンジ型

 外に機会を求め、重要な役割を担って活躍する型である。それには、人材として評価される総合能力を持ちあわせていなければならないし、キャリアが新しい仕事にマッチするということも必要である。もちろんこのチャレンジ型が可能であるのは、充分余力がある者でなければならないことになる。そこでは当然、健康問題を克服するだけでなく、若々しさが必要ということにもなり、さらに言えば、親の七光りではないが、今までの人生の軌跡の中で、背中を活用できるだけの実績、人間関係を構築していかなければならない

 一例を紹介しよう。甲氏は北陸地方の出身者であるが、高卒で日本の代表的なある商社に勤めたところ、支店長まで昇りつめた。しかし、その学歴と部下の不祥事により、出世の限界を感じていたところ、そば屋チェーンから転職のお話をいただいた。新分野ではあるが、仕事の類似性があった。商社においては、産元機能、即ち部材問屋機能があるが、チェーン店の展開において、その産元機能で覚えた知識・システムを生かすことができるということである。

 転職に当たって、一番気掛かりだったのは奥様の意向だったが、奥様も転職を快諾した。「あなたはせんべい屋の息子なんだから、そば屋に勤めても別におかしくない」という言葉で本当にほっとしたということである。

 チャレンジ型においてとかく問題になるのは、配偶者の意向である。配偶者が企業ブランドにとらわれている、あるいは冒険に逡巡するとチャレンジする機会を失うが、この場合は、夫人の言葉に半ば励まされて、チャレンジを決意したということである。

 このそば屋チェーンは、結局店頭公開するに至り本人は社長まで勤めたが、もちろんそれは『背中の力』が大いに役に立ったことは言うまでもない。小麦粉の手当てで、食材の手当てに商社に勤めていた知識・体験、さらに人脈が役に立ったし、またシステム作りに当たっても、その知識が役に立った。また、海外出店という大胆な企ても可能になったし、ベンチャーキャピタルや政府系銀行とのつながりも新しく開拓できた。言ってみれば、商社で身に付いた『背中の力』が大いに役に立ったのである。

 (ロ)エキスパート型

 例えば乙氏のケースがこれに当たる。乙氏はニューヨーク支店で法務部門の責任者であったのだが、日本の代表的な製鋼会社が当時まだ珍しかった法務部を設けることになった際に、その経験を買われ責任者として引き抜かれた。その条件として65歳までの雇用も保障された。すなわち、このタイプは専門的な知識・経験を生かし、即戦力として機能するということになる。従来のキャリアの延長線上にあるパターンだが、それだけでは足りない。別の職場ということになれば様々な新しい環境に遭遇するから、応用性・弾力性が不可欠な要素となる。

「明るい高齢者雇用」

第30回  “高評価”は諦めて―60歳代の職業生活:興味・関心の領域で

(「週刊 労働新聞」第2176号・1997年11月10日掲載)

 

 前回御紹介した横倉馨氏は、中高年人材と企業とのマッチングに当たり“キャプラン((株)キャリアプランニングセンター)紹介10則”を挙げている。高齢者雇用にとっても示唆に富む、そのいくつかの切り口に触れてみたい。

 「求職者に目線を合わせ、キャリアの裏を読め」、高齢者も同様に勝負の分かれめは、“キャリアの裏”即ち、キャリアの背景・中身であろう。履歴書に綴られる○○会社取締役もしくは部長といった肩書きよりも、そのポジション・職位において(もしくはそこに至るまでに)仕事を通じ何を生み出し変革し成してきたのか、を語れることが重要である。

 「すべての時間が“情報”につながる。蓄積の厚みと再生の柔軟さがマッチングの鍵」、とりわけ高齢者にとっては後段の“再生の柔軟さ”こそがキーワードであろう。変化を恐れず、むしろ変化を楽しんでいくぐらいの心と頭の柔らかさの保持が不可欠である。

 「“紹介”の成立はゴールではなくスタート」、転身は第二の就社の始まりでは断じてない。いかにみずみずしい気持ちを持って新たなスタートラインに立てるか、横倉氏の言葉を借りれば熟成した自己による後半労働の幕開けなのである。

 さて、明るい高齢者雇用のより良い実現に向けては、個人の寄らば大樹のカゲといった価値観を抜本的に自主思想へと転換しなければならないことが基本となる。

 50歳代の中高年は、未だ生き方を選択できる年代である。即ちライフプラン型という選択、具体的に言えば、第一線から引き下がり、従来のキャリアから離れた第二の人生をあえて選択することも当然可能な年代であるが、それだけではなくて、キャリアプラン型、即ち従来のキャリアを生かしてもう一つ仕事をこなしていこうとの姿勢を選択することも可能な年代なのである。言ってみれば、もう一つ仕事をこなしていくという夢を実現するには、50歳代から取り組まなければ、大半のものは成功しないと言ってよい。

 60歳代になると、期待と現実のギャップは余りにも大きくなり、キャリアプラン型の人生を送ることは、いよいよ困難になってくると言えよう。職業生活においても、50歳代に比して60歳代となれば主観的価値、個々人の趣味・興味・関心といったものに重点を置いた職業生活を送っていかなければならない。職業人としての生き方を求めず、人間としての生き方を求めるといったことになろう。例えば、自分の趣味に生きて一人で悦に入るといった生き方が、60歳代の大方の者にとって現実的に可能な道となるのである。それは自分の余力の程度を自覚して、大いなる報酬とか高い身分とか思い役割にこだわらず、自分の興味・関心を持ち得る領域で自分の存在感を味わっていくという生き方であるし、また社会的な存在として生きること、即ちボランタリーに打ち込み社会との連帯の中で存在感を味わい続けるという世界なのである。

 要するに、客観的に高く評価される、あるいは客観的に然るべく遇されるということは半ば諦めなければならないのが、60歳代の高齢者の実情なのである。

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