第12回 宇宙からの視点が求められるこれからの時代に向けて
あすか人事コンサルティング
代表 太田 正孝
令和元年も師走を迎えあっという間に終えようとしています。人は年齢を重ねるにつれ時間の進み方が早くなると言われていますので近年はなおさらそのように感じます。脳に記憶できる総量がかなり少なくなってきているので、記憶の「パラパラ漫画」のコマ数が減り、再生すると早送りになるようです。高井先生はじめ著名人のなかには高齢でも驚異的な記憶力を維持している方がおられるようですが多くの凡人は早送り型になっていきます。
時間のことを考える時、思い浮かぶのはやはりアインシュタインの時間と空間を一体で考える「時空」のことです。それを思いながら晴れた夜空を見上げると無限の星々が瞬いていますが、夫々に異なる時代の姿なので「あの星はもう消滅しているのではないか」と想像したりします。
冬の夜空ではオリオン座がよく見えます。四角い輪郭の左上はベテルギウスというオレンジ色に輝く星ですが地球から640光年余の距離にあります。超々巨大星で太陽の位置に置くと仮定すればベテルギウスの表面は地球を遙かに超えて火星の軌道あたりになる大きさで想像を絶します。近年の観測では既に球体が崩れて宇宙時間でいう近々のうちに爆発(超新星爆発)するといわれています。今見えている姿は約640年前のものですので日本でいえば室町時代になります。もし、ベテルギウスの周辺の惑星に「ベテル人」がいたとして瞬間移動で地球にきたら計算上では足利義満将軍に会えることになります。
宇宙規模で時空(空間と時間)を考えると普段何気なくすごしている現在という瞬間も厳密にいえば一人一人違っているということに気付きます。思考訓練上では宇宙空間や高高度を飛行している人は地上に比べて時間が早く進んでいるのでその分早く年をとっていると言うわけです。もちろん原子時計でようやく分かるレベルなので人の寿命とは直接関係ないのですが、厳密にいえば時間の進み方は人それぞれで違うということになります。
人は自らの立ち位置を主張しながら日々生活していますが、周りの人達とうまくいかないことが多いのが現実です。その理由として育った時代や環境、生まれもった性格の違いからと言われることも多いのですが、もしかしたら同じ時間・同じ場面を共有してきたとしても見ていた景色が異なっていたからかもしれません。だとすると「時空」を共有できない宿命をもつ人間として人を理解する能力は「自分の視点は一旦脇に置いておいて相手の視点での時間・景色をどの程度想像できるか」で評価できると思います。自分の視点視座から見えるもののみが絶対正しいと信じている人は大げさにいえば宇宙の理にも反していると言えそうです。
かつて部下を預かる立場になったときに心がけたのは彼らと一緒により高い視点を身につけて成長することでした。部下だった頃、尊敬する上司から言われてきたことを真似たわけです。地面にへばりついていないで鳥のように鳥瞰しろ、飛行機から眺めて地平をみろ、人工衛星から国境のない地球をみろ、さらには月から眺めたつもりで星としての地球をみろ、と偉そうに言ってました。私自身宇宙好きだったこともありついつい熱気を帯びて話すので一部のリアクションとして「うちの上司はいつも宇宙がどうのこうのと変なことを長々と説教するので大変・・・」というのが耳に入っていました。話しの中で「UFO(未確認飛行物体)」のことも言っていたので変な人とみられても当然だったのですが、めげることなくこのスタイルを続けてきました。その後もあちこちで自己流に宇宙とUFOのことを話していたので「宇宙とUFO」についての「楽しい講演」を頼まれたこともあります。勿論オカルト的なことではなく科学に基づいて・・・。
よくUFOと宇宙人はイコールと扱われますが分けて考えないといけません。ただ世界中のUFO目撃例の5%はどうしても合理的な説明がつかないようなので宇宙人の存在は完全否定できないまま残っています。ここに空想を楽しむ余地があるわけです。
この妙な例ではありましたが世の中の多くの事象が科学的合理的に説明できるものばかりでないにも関わらず、昨今の世相は自明な事柄でも重箱の隅をつつくがごとく攻撃するなど余裕のない窮屈な社会になってきたように思います。IoT、AIの時代だからこそ人間的な柔らかさからくる多様な考え方を相互に認め合うことがより大事になっていると思います。高井先生が常々主張され行動基準とされているように時代のキーワードは「多様性の共有と寛容」しかないと思っています。
ITに関する分野で成功した人の多くは何故か宇宙・航空に関連する事業に夢中です。
ビルゲイツ、ブランソン、イーロンマスク、ザッカーバーク、ベゾスなどの世界的な有名人、それに日本ではホリエさんなど皆さん民間の力で宇宙開発をやろうとされています。
職業柄この人達やその協力者・社員達はどのような働き方をしているのかが気になります。おそらく共通の夢を追っているのでしょうから彼らは労働時間を考えるよりも自らの夢の実現のために楽しみながら仕事をしていると思われます。人は自分のやりたいことや何か新しいチャレンジをしたい場面では寝食を忘れて熱中してしまいがちですがこれが楽しい人をも時間で縛るのはどうかと思います。
昨今、働き方改革が政治主導で進められていますがその大きな目玉の一つは残業規制のようです。人事コンサルタントとして残業は一律に法で細かく規制をかけるようなものではないように思います。仕事の種類が多岐にわたる現代ではこのような網掛けは当然うまく適合しない職種も多くあるので副作用も無視できないと思います。
ことの本筋は働く人の希望を尊重してその人の意欲と能力に応じた仕事に就け、かつ円滑に移動できるようにする仕組みと定着にあるのは明らかです。高齢者や女性の登用、外国人労働力の拡大など歴史上初経験の事情も加わって新施策も必要になっています。
この有効な考え方として、何度か述べてきたように諏訪康雄法政大名誉教授の「キャリア権」の確立と、それに伴って仕事と人材の需給バランスを調整する人材マーケットの整備が必要です。(真新しいことではなく先進国では普通に行われています)
高井先生はかねてより日本の将来の姿を正確にとらえそれに対応していくための避けて通れない道を示すなかでこの「キャリア権の法制化」に主導的に取り組んでおられます。
将来のことを具体的に思い浮かべるのは簡単ではないのですが、過去現在という時の流れの「パラパラ漫画」を虚心坦懐に宇宙からの視点で眺めれば将来のために今やるべきことが浮かぶのではないかと思います。過去現在に過度にとらわれていると「思考の時空」は拡がらないことを肝に銘じたいものです。
令和2年は現時点では未来です。現在は直ちに過去になりその過去はもう存在しないのですから、年末は未来に集中してどう過ごしていくか考えたいと思っているところです。
これで12回目、最終回になった私の高井先生のブログ「無用の用」への寄稿は終了です。この機会を与えてくださった高井先生、事務所の方々に感謝申しあげます。また拙い文をご覧くださった皆様には改めて御礼申しあげます。どうもありがとうございました。
終わり