太田正孝の「心の時代の徒然草」の最近のブログ記事

 

第5回 平成から令和に、歴史の見方を再考する

 

あすか人事コンサルティング
代表 太田 正孝

 

 5月1日に令和の時代が始まりました。陛下の即位の儀など宮中の行事のほか、史上初の10連休中のTVは観光地や渋滞情報など、お定まりの画像を流し続けていました。空陸交通機関の混雑に巻き込まれたけど連休を楽しんだという人達にとっては、素晴らしい連休だったでしょう。

 

 昔、航空会社にいた私や当時の仲間にとって、連休はいつもよりも忙しい時期であり休む間もなく汗を流していたことを思い出します。あの頃は自分達の家族旅行を後回しにしたので、皆、家では肩身の狭い思いをしたものです。今の時代はさらに、いわゆるサービス業の人達が増えているので長い連休にもかかわらず休めなかった人も格段に多かったと思います。人手不足の中ではあるものの代わりの連休がとれてリフレッシュできる人が増えるような世の中であればいいと思います。

 

 そこで祝日の数は世界ではどうなっているか、興味を持ちました。先進国では日本が16日とダントツに多く、英国は8日、ドイツ9日、アメリカ10日、フランス11日というのが分かりました。それぞれの国の事情で多少の増減があるとしても、日本よりはかなり少ないです。欧米ではキリスト教や建国に関係する祝日が多く古くから続いているようです。祝日は祈りを主にした過ごし方が伝統的に設けられていたのでしょう。

 ですので、バカンスは長期有休の活用で楽しむという習慣が定着しています。年初に有休取得の年間計画をたて、周りとの調整を経て決定します。皆そうするので遠慮なく「お互い様」で長期旅行に出かけます。ドイツ時代、この経験から計画的取得の一面の合理性を実感しました。日本でも有休の計画的取得を職場全体でしない限りうまく拡がらないと思います。

 有休に関わるエピソードですが、長らく病欠を取っていた人が復帰してきた時のこと、計画通り取れなかった有休を年度内に残りをすべて取ったことでした。その根拠は、病欠は病欠、有休は有休として取るというものでした。日本では急な病気に備えて有休を残しておこうとしていることを言うと現地の人達は信じてくれませんでした。その時、祝日、病欠、有休の意味づけはドイツ流の方が理にかなっていると思いましたが、帰国したら直ぐ日本流に馴染んでしまい以来、有休を十分消化しなかったのは現役時代の心残りです。

 

 今、日本では労働政策の一環として有休日数をもっととりましょう、という方向に向っています。今後70才まで現役でという流れにあって働く人や家族の心身の健康維持からも良いことと思います。学校も含めて世の中全体で計画的取得が習慣化すれば、混雑や渋滞の緩和や、旅費などの低価格化など、好循環をもたらすメリットが大きいと思います。そうなれば祝日の在り方も考え直す機会になることでしょう。

 

 有休取得にまつわる現実は期中に転勤や異動などがあってなかなか計画通りに行かないという声が出そうです。本気で有休取得を進めるなら人事運用上の攪乱要素の方を改めて行くほうが早道かもしれません。

 休暇の半分を休養と家族のために、半分をキャリアアップ、専門能力アップのために使うことができます。 「計画的に」ということは現役だけではなく「毎日が(ほぼ)日曜日?」のリタイヤ組にとってもサミュエル・ウルマンの「青春」を実行していくのにも有効なのは間違いありません。

 

  さて、連休中のTV特集のお陰で私は古くは神話の時代からの日本の歴史に思いを馳せることができました。 考えてみれば、歴史上の史実は時代を遡るにつれて「一次資料」(その頃の当事者が関与したもの)が少なくなっていくため、史実の殆どが後に記されたもの(二次資料、伝聞資料)に基づいています。真実かどうか良く解らないものも何度も引用されるうちに史実とされ歴史になっていきます。 

 英語で歴史はヒストリーですが、物語のストーリーと同じ語源だそうです。昔の人は物語と歴史はほぼ同じと思っていたのでしょうか。つまるところ、一つの歴史は一部の真実をきっかけにして、誰かが想像力豊かに創作した物語ということではないでしょうか。ですので、どこかの蔵や地中から貴重な一次資料が発見されれば、それを基に新たな物語が生まれ、やがて歴史の一部になっていきます。

 近年、聖徳太子は存在しなかった、鎌倉時代は1192年から1185年からに修正、江戸時代に国内安寧のため一部の国との交易に制限したものの貿易はつづいていた、などと常に教科書も修正されている訳です。

 現在、誰一人生存していない「近過去」の事柄は史実を含むノンフィクションになり、そして、その前の過去はノンフィクションを含むフィクションになる宿命を持っています。私はこの事から歴史を色んな説や作家の見方として楽しむようにしています。邪馬台国はどこにあったのかなど論争がありますが、新発見でもない限り当面は水掛論でしょう。ちなみに私は邪馬台国は大和国、卑弥呼は姫子のことと単純に思っていますが、勿論、確たる根拠はありません。それでも論争を楽しみつつ歴史のロマンに思いを馳せています。ついでに言えば、あらゆる事象は各々何処かの場所で起こったので、そこの地形や植生など地理的環境状況、時刻や、天候、など事象にまつわる環境をもイメージするようにして楽しんでいます。高井先生がTVドラマの作品を書くつもりでビジュアルに証拠書類を書きなさい、と言っておられるのも同じ発想だと思います。時代考証は画像構成上、避けられないからでしょう。

 

 歴史は節目を見つけて時代区分されています。日本の歴史は遺物の多い縄文時代から始めるようです。とても地味な時代と思いますが、なぜか古代にロマンを感じるいわゆる「縄文女子」が増えているそうです。50年ほど前の学生時代には発掘実習もやりましたが、女子には振り向きもされませんでした。隔世の感が否めません。さて、縄文時代は何年続いていたかというと答えはなんと1万年以上です。普通の人が300回以上の世代を重ねる、生物として進化がおきるような長い時間です。後の弥生時代は1300年程つづきますが、弥生の後期が西暦元年にあたります。感覚的には西洋よりも日本での時間は極めてゆっくりと平和の裡に過ぎていたように思います。氷河期が終わったあとも厳しい寒暖サイクルあった時代生活の糧の農耕を維持する上で集落の協力と平和が大事だったのでしょう。

 

 私ら昭和世代は時代の長さよりも特異な事象のことに重きを置いた教育を受けてきました。明治から大正・昭和・平成併せて約150年、鎌倉時代の150年とほぼ同じですし、平安400年、室町と江戸はそれぞれ260年、安土桃山は30年で平成と同じくらいです。歴史小説や映画、TVドラマでは、やたら戦さものが多いので、血なまぐさい歴史が続いていたように感じますが、こうやって改めて時代区分の長さを考えると日本は想像以上に戦さが少なく平和が長くつづいていたように思えます。

 

 令和の時代、日本はもとより世界の紛争が人の叡智で終息していき、平和な事象が歴史に記録されるようになれば嬉しいのですが・・。

終わり

 

第4回 意志あるところに道あり

 

あすか人事コンサルティング
代表 太田 正孝

 

 4月1日に新元号「令和」の政府発表がありました。報道によると、多くの国民が新しい時代を迎えるという感慨をもったようです。一方で、国際化、情報化時代にあって日本独自の元号をつかうことは時代にそぐわない、といった意見も紹介されていました。しかし、大方は新元号を歓迎していて節目の重みを大事にする日本人の心理性向の根強さを感じました。昭和、平成、これからの令和と三代に亘って生きる私世代も令和時代をどのようにしてすごそうかという思いでいるところです。

 

 4月に宇宙関係の大ニュースもありました。

 小惑星探査実用機「はやぶさ2号」は現在まで順調な飛行をつづけているとのことです。JAXAの人達はもとより、膨大な精密部品づくりに貢献されてきた中小企業の方々はヒヤヒヤしながらも自信を深められたことと思います。まだまだ続くミッションを完全に成功させて、2020年末に予定されている無事帰還が期待されます。

 もう一つのビッグニュースは宇宙の神秘の一つ、ブラックホールの写真が公開されたことです。時間と空間の物理の常識が通じないブラックホールの写真は撮影することができないといわれていたので驚きでした。ブラックホール自体は真っ黒になっている実際の写真をみると、いままで理論に基づいてCGで作られた画像とそっくりだったので、人の想像力の素晴らしさにも驚きました。

 南極を含む世界各地の電波望遠鏡を原子時計で極めて正確に同期させ、地球規模の仮想電波望遠鏡(電波干渉計)の膨大なデータを2年かけて国際チームで処理した結果だ、という顛末を知り、改めて天文物理学者達のすさまじい執念、好奇心、智慧、国際協力など彼らの功績に感嘆しているところです。

 直径一万キロに相当するこの電波干渉計は、人間なら「視力300万」の解像力に相当し、月面においたテニスボールを識別できる位と聞いて科学技術のすさまじさを感じた次第です。まさに宇宙の神秘をなんとか知りたい、という学者達の共通意志がひとつ実ったわけです。

 高井先生もよく引用される言葉「意志あるところに道あり」、この言葉はリンカーンが言い出したとされ、あのアインシュタインも1922年の来日時、帝国ホテルのベルボーイにお礼の意味でこれを書いたメモを渡したという逸話を思い出しました。やはりスーパー天才も自分に言い聞かせながら業績を積み重ねていったのかもしれません。

 

 桜が満開になり気分も上向く4月はまた新年度をむかえる児童や学生、新入社員にとっては新しい道に踏み出す月でもあります。新入社員を迎える側でも期待を込めて待っている頃でしょうか。採用の場では良い人材を求めて売り手市場になった昔風にいえばこの「金の卵」をどのように確保していくかに知恵を絞っていたことでしょう。

 就職サービス関連会社のデータでは、キャリアアップをするために4割程度が将来転職を考えながら入社している、といわれ、また早期退職率では学歴にかかわらず新入社員の3割程度が3年以内に実際に会社を辞めているということです。

 

 新しい環境や仕事につくと誰でも不安な気持ちになり適応できるかどうかで悩みます。それを乗り越えて新たな展望を開く人と、辛抱ができずに適応努力をしない人とに分かれていきますが、職業人生航路の第一歩として選んだ仕事や会社になじめないとすればそれは多分不幸なことだと思います。昔から「石の上にも三年」という諺もありますので兎も角、初めての仕事に全力で取り組んでいくのが大事と思っています。自分に合うか合わないかはその後に、つまり3年経った後くらいに決めても遅くないのではないでしょうか。

 

 働き方改革の中で、AI(人口知能)やICT(情報通信技術)の著しい進展の先には、今は花形の仕事もいずれAIに取って代わられるなどといわれています。そのために今のうちに副業や複業をして、時代の流れに耐える能力を身につけておいた方がよいなどとの意見もかなりでてきています。

 その背景には「終身雇用」が徐々に崩れてきている事実があるのでしょう。しかしながら、現実には身近に迫っていると実感している人は少ないのではないでしょうか。有名会社が副業を認める制度をいれたなどとの報道を見かけますが、みんなが副業を始めたら、それこそ新たな社会問題を起こさないか、よく考える必要があると思っています。

 

 欧米では一般に終身雇用ではないのが普通ですが、(だいぶ昔のことですが)私の通算10年ほどのドイツ・アメリカでの経験では現地の同僚達はできるだけ今の仕事をつづけて安定した生活を送りたいというのが普通でした。勿論、高みを求める人達はキャリアアップと収入アップを求めて転職していったのも事実ですが、欧米の文化の中では自己責任で生きていくというのが基本なので多様な価値観が併存は当然で、どちらでも良かったのかもしれません。

 

 日本では終身雇用が続けられる会社ではそれを続けて人々の安定生活を支える努力が今後も求められるでしょうし、会社生命が比較的短い浮き沈みの多い業界にいる人については、自分が進んで行きたいキャリアパスとそのキャリアラダーを想定してそれに必要は能力アップをしていくのが大事です。そのためには自分の性格、行動特性、得意分野、好奇心を持続できるエリア・楽しさ、粘着力、語学力、教養の程度、などなど冷徹に自分についての棚卸しが求められます。これを怠ると、自分向きと思って転職したとしてもそこで困難に直面すると又々転職を考えるという、いわゆるジョブホッパーになって人生の大事な時期を無駄に過ごすことになってしまいかねません。日本では転職が狙い通りうまくいく人はまだ少数だと思いますのでこの事実をよく見つめておくべきでしょう。

 

 最近、外資系に入社するのが就職を控えた優秀な学生さんの間で人気だそうです。確かに日本の会社に入る「就社」というより、はじめから専門分野を決めた採用方式をとる外資系は魅力的に見えるのでしょう。外資系では、おおむね能力・成果主義に基づく企業文化ですので、それを理解して厳しい状態に自分を置いて自らを磨きながら挑戦していくという若者には適しています。例えばアメリカに生まれ育ったつもりで就職し、自ら主体的にキャリアを築いていくのと同じことですので格別難しいことではないかもしれません。外資系にいた私の経験では、論理がすべてと考える人は成功していないように思いましたし、教養が豊かで喜怒哀楽といった人間そのものを理解する人でないと成功しないと思います。やはり人間の基盤は世界共通だという証かもしれません。また、日本の受験競争を勝ちぬいた実績そのものは実社会ではあまり役立たないでしょう。仕事では答えのない課題が多いので、事にあたっては「論理的に考え」、且つ、高井先生が言われる「ハートで考え」、そのバランスに立って最善の案をみちびきだして実行しなければなりません。

 外資系の門をくぐった人は、このところを良くわかって活躍してほしいものです。

 

 4月という春の心あらたまる頃にあって、今年のトピックスをもとに、新入社員に対して、あるいは迎える側としての思いを、「意志あるところに道あり」に込めてみました。

 そして5月からの「令和」時代が、文字通り美しく平和であることを願いつつ。

終わり

 

 

第3回 歴史・地理学の役割とホモサピエンスの責任

 

あすか人事コンサルティング
代表 太田 正孝

 

 かつて、詩人サミュエル・ウルマンの「青春」という詩が経営者の間で流行ったことがあります。松下幸之助さんが座右の銘にしていた、というので脚光をあびたようです。

 それは「青春とは、人生のある期間をいうのではなく心の持ち方を表す。優れた創造力(想像力)、逞しい意志、燃えるような情熱、勇猛心、冒険心、・・・ 年を重ねただけで人は老いない、理想を失うときに初めて老いが来る。・・・」というものです。

 私がこの詩を知ったのは20才代後半と思います。当時、定年は60才というのが主流でしたので、定年退職者表彰式の記事を読むと、多くの社長さんがこの詩を引用し、退職者を送り出されたようです。今、世の中は年を追って高齢者が増加していますが、元気に「青春」を実行されている人も多く見かけるようになりました。高井先生はこの言葉どおり青春まっただ中で活躍されていますが、私はじめ周りにいる仲間の多くは少々くたびれて「半分青い」くらいか、あるいは「白秋」を迎えているのが現状です。高井先生を見習って「青春」に返ることを目指して過ごしていきたいものです。

 

 ところで、私は初回で、歴史地理を学んできたことを書きました。その頃の気分に戻って、本当の「青春」時代を少し振り返りながら、実老人の「青春」の思いについて書きたいと思います。

  私の地理学の恩師は考古学と地理学を極め、独自の歴史地理学を築き、教えていた人だったですが、とりわけ野外での巡検(フィールドワーク)を大事にしておられました。

 この学問はその場所に行かないと真の研究にならないという信念から地理学教室の面々を恩師の巡検に同行させ指導するスタイルでした。今の時代でいう率先垂範、現場主義ということでしょうか。いまその時を思い返すと結構その後の旅行の仕方に影響していると感じます。景色を眺めながらその地に暮らす人々や歴史を想像する癖となって残っています。

 

 歴史地理学の研究では、対象地域の名士のお宅を訪れて古記録や古地図など資料を収集したり、古老の話をうかがったりしながら調査と解読、解釈をしていきます。正直、古文書を読むのが大変で苦労した思い出があります。この過程で好奇心と探究心、忍耐力、粘着力、推理力などが身に付き始めたように思いますし、誰もよく知らない庶民や農民漁民の知恵や工夫の歴史を垣間見て、高校で習う権力者の歴史だけが歴史ではないと考えるようになりました。尤もこれはマニアックかつ地味すぎて世間受けはしないですが。

 

 義務教育や高校では他に学ぶべき多くの事柄があるために「主な歴史的事象」とその年号などを主に学ぶようです。大学受験でも歴史や地理はあまり重視されていないので、大学生か社会人になって興味があれば歴史書や小説、旅行、映画、TVなどで勉強してください、といったことになっていて残念です。日本は地震、火山など災害の多い国で歴史的、地理的要素が防災、減災に大きく関連するのでもう少し重視した方がいいのではないでしょうか。歴史に造詣が深い経営者も多くおられるので社員の採用の際には、その人の思考過程に歴史が含まれているかどうかを考慮していただきたいものです。

 

 さて、地理学ですが人間の歩みを研究する歴史学と重なるところもありますが、自然環境とのかかわりにおいて、地形や気象条件の違いからくる多様な地域社会の姿、独特の文化を研究する分野です。古くはドイツの地理学者が唱えた決定論「人間の活動は環境とりわけ自然環境によって支配されている」、フランスの地理学者が唱えた可能論「人間は自然に干渉し、自然に服従することはない。人間の叡智・技術による限りない未来への可能性」と両論のせめぎ合いがありました。

 要は人間と自然環境のどちらに重きを置くかであって単純に割り切れない問題であるものの、色んな分野で派生的に研究されています。例えばダーウィンの進化論は適者生存が幹にあるので決定論に寄っていると思いますし、さらに昨今の自然災害を考えると地形、気象など圧倒的な自然力に対して人間の文明が太刀打ちできないのをみると決定論が優勢と言えます。どうでもいいように思われるかも知れませんが、原発立地などの報道をみていると議論は可能論と決定論の戦いであり、両論での整理をして落としどころを探ればより建設的な議論ができるのではないかと思います。

 

 この3月11日で東日本大震災から丸8年が経ちました。すさまじい地震と津波は地球の巨大なプレートの動きに因るものでした。

 日本列島は2千万年前あたりから大陸の一部が離れてゆっくりと作られ、現在の形にだいたい落ち着いたのは2万年前くらいといわれています。この変動は、止まることなく少しずつ進行しています。そうなっていることは頭ではわかってはいるのに今日明日に大きな変動は起こらないだろうと楽観しがちですが、人間は「茹でカエル」状態が心地よく感じていられるほど短命だからでしょう。

 

 近所の団地造成現場をみると、小高い丘を削って谷間を埋めて一面平らにする工事が進んでいます。いずれこの地に家が建つでしょうが、大きな地震がくると谷間だった部分は崩壊リスクが高いでしょう。地理的特性・個性を考慮しないで経済効率優先で地表の細工をつづけているわけです。福島第一原発も元々高さ30mあった場所を炉冷却用海水循環の効率化のためか、わざわざ大幅に「嵩下げ」して建設したことが基本問題と考えられます。 仮に標高を下げたら補助電源とその燃料を頑丈な高所に複数置くとかのトレードオフ対策をしておく必要がありました。発電所なので自然災害時であっても冷却電力を失うことはない、と考えてメルトダウン絶対阻止の二重三重の対策をしていなかったのでしょうか、残念です。何せ相手はなにが起こるかわからない自然の営み、しかも千年万年単位のスパンで起こることですから、可能論ではなく決定論にたって考えておくべきだったと思います。

 

 私達は太陽という巨大な核融合炉からあまたの恩恵を受けています。太陽エネルギーが太古の昔から植物や動物にその形を変え、その蓄積された石炭、石油や天然ガスなどのエネルギー資源を急速に消費していることを人はあまり意識しません。今や、超巨大な石油タンカーやLNG船が日常的に航海しています。万一の重大事故に備えてフェールセーフ策がとられているのは当然ですが、設備の劣化、システムの欠陥、人的ミス、さらにはテロなど人間起源のリスクがあるのも昨今の姿です。こうしたことから地球規模の災害につながりかねない時代ですので、歴史的地理的視点も取り入れ、広い視野と長い時間スパンから文明社会の諸問題を考えるようにしたいものです。

 

 われわれホモサピエンスの最大の責任は、あらゆる動植物の運命を左右する地球の環境保全に尽きるのではないでしょうか。 

                                       終わり

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第2回 「キャリア権」と私の出会い

 

あすか人事コンサルティング
代表 太田 正孝

 

 全豪オープンで大坂なおみ選手が優勝しテニスファンのみならず日本人に喜びと感動を与えてくれました。スポーツ以外のIT関係や囲碁将棋などのゲームの分野でも若い人達が活躍し世界トップクラスの力を発揮しています。この人達は十分な経験を積んだのちに世界に出ていくというよりも幼い時から親しんだ結果、天賦の才が早く花開いたというのが実感です。勿論その陰には本人の努力と親や周囲の支えがあったのでしょうが、その分野に必要な才能と努力がぴったり適合した賜物と思います。人の一生でどのようなキャリアを築いていくのが幸せか考える上で大いに参考になる好例だと思っています。

 

 高井先生がライフワークの一つとして「キャリア権」という考え方の普及と法制化実現に取り組んでおられるのはご存じの通りです。高井先生は弁護士という枠を越えて、常々世の中の動きとその行き着く先について多面的な予測をし、働く人がどのように扱われるべきかについても様々に発信されています。TVドラマでの弁護士像は受託案件の勝ち負けにこだわる姿や、その奥にある正義と悪の葛藤に翻弄される姿がよく描かれていますので、素人の私は正邪両面をもつ勝負師みたいなイメージを持ってしまいます。しかし高井先生はそういったイメージを超越して人間の本質そのものを追究しながら行動されているようです。そのターゲットの一つが今話題の「キャリア権」だと思っています。

 

 そこで、私自身の「キャリア権」との出会いですが、十数年前、私はヘイグループという外資系人事コンサルティング会社でコンサルタントをしていた頃のある日、高井先生からキャリア権についての諏訪康雄先生の論考を見せられどのように思うか、と「尋問」をうけました。私は「欧米先進国ではおおむね自分のキャリアは自分で決めるという自己責任の根深い生活文化があり、宗教的、歴史的にキャリア権が暗黙の裡に定着しているが、日本では組織の方が個人の生活より優先する文化なので、なかなか受け入れにくいテーマと思う」というようなことを話した記憶があります。成果主義的制度策定にむけたコンサルティングの範疇に社員が上るガイドラインとしての「キャリア・ラダー」の設計も含まれていたこともあって好奇心が刺激され、高井先生のペースにどんどん引き込まれていくことになりました。そのご縁でNPO法人キャリア権推進ネットワークで五年前の設立時から参画し現在に至っています。

 半世紀以上の長きに亘って人事労務にかかわる案件を経営側に立って扱ってこられた高井先生が、あえて「キャリア権」に着目し、その普及と法制化にむけた活動を始められたのは先を読んだ結果として必然の流れだったと思います。「ハートワークの時代」における人事考課の主要な要素であるコンピテンシー評価をうまく応用することで、その人がキャリアを築くにふさわしい分野は何かを想定することができます。私は実践型の人事コンサルタントとして「キャリア権」の考え方をクライアント組織に取り入れられないか模索をしているところです。

 

 次にキャリア権の考え方に影響する昨今の労働面の動きについて触れてみます。

 

 日本に在留する外国人は260万人(外国人登録)、そのうち働いている人は122万人となっており、昨年暮の入管法改正で今後益々増えていくようです。その結果、日本の労働慣行も世界モデル(といっても基本は職務と成果重視の欧米型モデル)に近づいていくのは自然なことと思います。また、高齢者の事実上定年がない運用拡大を加味すると年功序列型の人事運用や賃金体系も変化して行かざるを得ないでしょう。加えて副業や複業が広く認められるようになれば、 60年程前にジェームズ・アベグレンが著書「日本の経営」の中で日本の強みの「三種の神器」としたもの、即ち「年功序列制」「終身雇用」「企業別組合」という特徴がゆっくりと崩壊して行くことにつながります。

 昨今の政府の働き方改革は長時間労働の是正、高齢者の就労、同一労働同一賃金、が主たるポイントと承知していますが、加えて労働力充足の対応策として外国人働き手の招聘、女性の一層の社会進出と経営幹部への登用が今後の日本社会の発展のためには不可欠な要素になるのは間違いありません。女性登用についてさらに言えば、80年代に世界中で女性の昇進に対して「ガラスの天井」があると言われていたことを思い出しますが、日本ではその進捗が際だって遅い事はダイレクトに昇進問題だけでなく労働力不足にとっても大いなる課題です。人口の大都市集中からくる通勤難、核家族化、育児や介護の負担、保育施設や仕組みづくりの遅れ、男女賃金格差、マネジメント教育などのリカレント教育環境の不足など、労働・教育環境を総合的にとらえたインフラ整備が喫緊の課題と思います。

 

 「風がふけば桶屋が儲かる」という話がありますが、人口減の中で働く人の人生を幸せにする環境作りという目的の達成に向けてどのような指標をどのような順序で達成していくか、桶屋の話を参考にして大きな絵柄づくりが求められています。今や一つの施策で完結するものはなく、生体のように多くの要素や意外な要素が相互にからみあっている時代と思います。

 総理官邸を筆頭とする行政府、政党、自治体、経団連や連合、さらには大学や研究機関などの想像力を集約・駆使し、国民の智慧を吸収しながら国の様々な戦略作成にあたって欲しいものです。この大構想の基盤の一つとなるのが「キャリア権」という概念かもしれません。

終わり

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 今年、高井伸夫先生のブログ「無用の用」に寄稿する機会をいただくことになりました。

 「あすか人事コンサルティング」代表の太田正孝と申します。どうぞよろしくお願い致します。

 

第1回 ご縁

 

 高井先生とは15年ほど前に、とある係争問題で出会いご縁を得ました。ご高名はかねてより伺っていましたので躊躇なく事務所にお願いに行きましたが、第一印象は結構せっかちな先生、というのを覚えています。書類の書き方など、場面状況が目に浮かぶように書くとか、裁判は書類の整え方で決まるとかキーワード重視の指摘があり、当時私は民事法廷では弁護人同士が口頭で戦うと思っていたので「書類司法」に目からウロコでした。あのときの出会い以来何回もお会いするうちに「波長がとても合う大先生」で、事ある毎にご厚誼とご指導を得てきました。

 

 先生にご縁のある方達に向けて拙いものを披露するのはすごく気がひけますが、これもご縁の一端として許容いただければ幸いです。この「無用の用」では月に一回の寄稿で12回、今は何を書くべきかわかりません。時に応じてテーマを決めて自分なりの知的冒険をさせてもらえれば有難いと思っております。

 「無計画」には厳しい高井先生ですので今のはやり言葉でいえば「ボーっと生きてんじゃねーよ」と叱られそうですが、臨機応変ということでいきたいと思います。

 

 平成も今年4月で終わり5月から新元号になります。歴史の一つの節目なのでいい時代の到来を願うのは当然ですが、地球上では自然災害や人的災害など多くの懸念材料があふれています。人類が爆発的に増えて人智では解決できない位に問題が深刻で複雑になりすぎたのかもしれません。IOTやAIも進むでしょうがこれが問題をより複雑にしたり制御不能になったりしてより深刻な社会問題を引き起こす可能性もあります。

 そんな時流と将来予想のなかで、高井先生には「時代の処方箋」を書いてもらいたいという思いです。その参考材料のきっかけになればいいな、と考えています。

 

 さて、初回ですので自己紹介をしながら「ご縁」ということから書きはじめます。

 

 私は宇宙からきたのではないかと時に空想していますが、どうやら日本列島にある大阪市で生まれたようです。全く記憶がないので本当のことはわかりません。大阪大空襲の直前に家の地下に掘った防空壕で生まれたと聞かされて育ちました。その後、父の影響もあり、好きな山登りや、当時は夢だった海外渡航の可能性が大きい人文地理学を専攻しました。とりわけ歴史地理学に興味がありました。学者になって世界を股にかけるような研究活動を夢見ていました。

 

 高井先生の専門である法学分野は食わず嫌い状態でした。法学部の空気や条文など難解な文章を学ぶのは大変だし六法全書の分厚さにも圧倒されたのでしょう、サラリーマンになるつもりがなかったので強い動機につながらなかったわけです。ただ、歴史地理学では律令制を支える「延喜式」(900年頃)は大事な歴史資料としてみていましたので、法との接点といえばそれくらいでした。高井先生と知己を得た今では法は学んでおくべきだったという悔いが残りますが。

 

 ところが、あるきっかけで学者への道から会社勤めへとキャリアの方向転換をすることになりました。

 

 当時、家庭教師先の父兄から飛行機が好きで海外に行くなら今後大きな飛躍が期待される航空会社はどう、と強く薦められ、結果として日本航空(JAL)に就職しました。

 教え子の高校生にたびたび地球儀を見せて大きな視野から物をみるように話したり、模型飛行機を一緒に作って飛ばしていたのが親の耳に入っていたようです。修士課程へ進むのもほぼ決まっていたので大学の恩師から「お前はアホか」と厳しく怒られたのも当然です。

 

 JAL入社後は現場の接客から始まりましたが、20才代後半から7年間社長秘書を勤めました。役目柄、様々なことが起こり心身ともしんどい仕事でした。日々多くの人達との出会いがありましたが、良いご縁を得たと思う方達のことは強く思い出に残っています。この時期の得がたい経験や人脈がその後の人生のベースになって多方面で活躍されている人達と更なるご縁を得ることが出来たと深く思います。

 

 31年間お世話になったJALでは10回異動し転居は7回、海外は3カ所延べ8年でした。平均して3年に1回です。最後の方のキャリアでは、人事部次長、羽田の空港支店総務部長、情報システム開発部長、シカゴ支店長でした。人事部時代には採用と人事制度企画担当として成果主義人事制度導入を、羽田空港では昭和天皇の大喪の礼の際の海外からの超VIP機の受け入れをやりました。官民上げて一つのチームを作り万全の策を講じて無事完了したときは感無量でした。情報システム部では技術者とともに大規模システムの更新やお守りなどで実に多くを学び、今の情報時代に取り残されずにすんでいる?のかもしれません。

 シカゴを最後に53才の時にJALを早期退職しました。きっかけは人事部時代に成果主義型人事制度導入にお願いしたヘイグループジャパンの社長から誘いを受けたからですが、これも良いご縁を得ていたからでしょう。ヘイグループでほぼ9年、最後は副社長の役員定年で退職、今は個人で人事コンサルティング業をしています。以来11年になりますが、独立時からずっと心配してくださり、顧客紹介など何かと支援をいただいている高井先生には感謝の念で一杯です。

 

 高井先生によると縁を大事にする根底には、好奇心が前提にあると言われています。私も全く同感です。霊長類はおおむね好奇心を持っていて、とりわけ人類はこれで文明を築いてきたといっていいのでしょう。

 「袖ふれあうも多生の縁」という言葉がありますが、輪廻転生の仏教の教えからすると人は何回も人生を繰り返すので、今のご縁は前の人生の縁が元になっているのだ、ということでしょうか。ということを敷衍するとこの宇宙はユニバースではなくマルチバースではないか、などと思考は膨らんでいきます。学問分野で言えば天文学、物理学、量子力学、生物学、哲学、心理学、社会学、法学、経済学などすべてに関係性がでてきます。理系文系などと簡単に分けることは思考を狭めるものかもしれません。

 今の私は宇宙とUFOの勉強が趣味の一つですが、世の中多彩な情報が満ちあふれて好奇心をもって調べるには好都合な環境にあるのを実感しています。

 好奇心を持っていることが人生を豊かにし、道を開く原動力であるとして、次回からこれらを元に「無用の用」らしく掘り下げて書いてみたいと思っています。

終わり

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