『労働新聞』高井伸夫弁護士の愚考閑話録の最近のブログ記事

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全て2016年8月28日(日)12:00頃千葉市若葉区の風戸農園にて撮影
右から時計回りに
落花生 花言葉:「仲良し」
タマスダレ 花言葉:「便りがある、期待」
オクラ 花言葉:「恋の病」

 

 

第13回「コンプライアンス」
(平成28年2月1日) 

 

 

「道徳を忘れた経済は罪悪であり、経済を忘れた道徳は寝言である」「道徳なき経済は経済に非ず。経済なき道徳は道徳に非ず」―前者は二宮尊徳、後者はその思想から大いに影響を受けた日本資本主義の父、渋沢栄一の言葉である。これらが指摘するのは、資本主義経済において経営者が最優先で取り組むべきは、より良い物やサービスを生み出し消費者や社会に貢献しようとする良心的な創造・生産活動であり、利益は結果としてもたらされるのだという戒めであろう。この思想こそが企業の社会的責任の本質なのである。

 

2015年は企業の社会的責任を改めて考えさせる重大事件が目立った。フォルクスワーゲン社の排ガスデータ改竄事件、東芝の不正会計事件などの報道が連日なされ、これら不正が長期にわたり組織的に行われていたことを知るに至っては、まさに言葉を失う。特に、歴代3人の社長らの責任が糾弾され、過去最大5500億円の赤字(2016年3月期連結純損益)が見込まれる東芝は、従業員1万人をリストラし複数事業の統合・譲渡・売却を断行せざるを得ず、さらには経済産業省などが支援に乗り出したとの報道をみれば、企業として存続さえ危ぶまれる状況である。自ら退職する優秀な人材も続出するだろう。私の経験からすると、全体の3分の1が流出すると、その企業は倒産の危機を迎えるといって良い。

 

私が最も憤りを感じたのは、東芝が設置した第三者委員会の報告に従い、東芝の監査委員会が現旧役員98人のうち経営責任を5人だけに認め、彼らへの3億円(連帯債務)の損害賠償で幕引きを図ろうとしたことである。経営陣の責任によって多くの利害関係者がどれほど損害を被っているか理解していないといわざるを得ない。東芝は、商法改正以前の98年に執行役員制度を導入するなど、日本の企業統治改革のリーダーだったという。法令を遵守した外形的に立派な企業で経営陣が不正を行っていたとなれば、仏作って魂入れずどころか、仏そのものをないがしろにしたことになる。

 

コンプライアンスは、一般に法令遵守とされるが、法律さえ守っていれば良いという考えは根本的に間違っている。私は、コンプライアンスとは、企業に利益をもたらす人々との信頼関係を仕組み化することであると考えている。これをかみくだいていえば、良心に基づく経営こそが企業の原点であり、コンプライアンスそのものなのである。良心を核に私心を排し邪心を削いで、自立心・自律心・連帯心・向上心を発揮する良心経営を原点にしてこそ、企業は大衆に支持され業績を伸ばすことができる。経営者が良心に恥じる言動をとれば、その企業は社会的に糾弾される。そして、真の意味でのコンプライアンス=良心経営を行えない企業には、社会的制裁という突然死があるのみである。

 

企業活動に携わる皆さんには、二宮翁、渋沢翁の教えをかみしめてもらいたい。経済活動の土台は道徳と良心なのである。そして私たち弁護士は、法曹倫理を厳守し、真のコンプライアンスの牙城たる社会的責任を負っていることを肝に銘じなければならない。東芝の第三者委員会は、役員らに対して3億円ではなく300億円請求すべしとするほうがまっとうな見解であろう。同委員会の委員の半数が弁護士であるが、法曹倫理の点からみても、彼らは自らの判断に極めて重大な責任を負うことをあえて指摘しておく。

 

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上から時計回りに
2016年7月10日(日)7:34 中目黒公園にて芍薬を撮影 花言葉:「恥じらい、謙遜」
2016年7月16日(土)11:10 パソナビルにてベゴニアを撮影 花言葉:「片思い、親切」
同日時同場所にてペチュニアを撮影 花言葉:「心の安らぎ」 

 

 

第12回「知性・考えぬく」
(平成27年12月28日より転載) 

 


「初めに言葉ありき。言葉は神とともにあった。言葉は神であった」―新約聖書にある有名な辞句である。宗教的意味は分からないが、言葉こそが相手に想いを伝え得る道具であり最大の武器であると、諭しているように感じられる。私たちは、言葉なしには決して考えることはできない。哲学者パスカルは、「考えが人間の偉大さを作る」「人間はひとくきの葦にすぎない。自然のなかでも最も弱いものである。…だが、それは考える葦である」などと述べ、考えることの重要性を説いた。私たちは言葉によって考え、思索を深め論理を構築し、議論を重ねることができるのである。

 

先日、「AI(人工知能)の発達により弁護士の仕事も代替されるようになるか?」と問われたとき、私は「情報処理能力では凌駕されていくが、AIは考え“ぬく”ことはできない。その意味で弁護士の仕事をAIが完全に行うことはできない」と答えた。これはすべての職業に当てはまることであり、これからは考えぬく力を持ち、秀でた成果を出せる者しか生き残れない。樹木が栄養を得ながら成長するのと同様に、人間も考え続け、考え尽くすことで頭脳に栄養を得て、いろいろな知恵が生まれ、花が咲き、実がなるのである。

 

私がなぜ「考えぬく」というテーマに関心を持ったかといえば、マスメディアで「反知性主義」という言葉を度々目にしたことによる。おそらくこれは、知性を振りかざして行動の伴わない人々を揶揄した表現であろう。しかし考えぬいた末に得られる知性を身に付けることは、人間によって極めて重要な所為である。努力を重ね知性という実を得た者だけが、知性主義の弊害を論ずる資格がある、と思うのは私だけではないだろう。

 

知性の第1ステージは、徹底的な準備と調査に始まる。方向性を定め、物事を客観的に証明し実証するための裏付け資料を、収集する。多くの書物や資料にあたるだけでなく、各方面の賢者たちに教えを乞い、その知見を素直に学ぶことにより、多様な角度から考えをめぐらせることが可能になる。

 

第2ステージでは、自分の考えを文章化し、ひとつのテーマについて考えぬいて論考をまとめる。文章にすることで思考が固まり、次なる発想の土台となる。本質に迫る努力が肝要であり、大義名分、想定問答、さらには討論技術をも念頭に置く。反論内容をも考えぬいて、考え方・思い方・感じ方を統一し強固にする過程は、まさに知性の塊であろう。

 

第3ステージでは、身に付けた知恵・知性を常に見直し、スピード感と時代の流れを意識した自己革新を重ね続ける。

 

ただ、こうしたプロセスによって考えぬくことを旨とする知性主義には、主に2つの欠陥がある。ひとつは思考を重視するあまり、大胆さを失い慎重になりすぎることで、もうひとつは考えぬくことに没頭しすぎて脳に緊張の連続を強いて疲労させると、メンタルヘルスに不調を来すおそれがあることである。適度な休憩・休暇・休日・休養を取り、リフレッシュしなければ、健全な知性は育まれない。

 

孔子は、「中庸の徳たるや、其れ至れるかな」(どちらにも片寄らない中庸の道は徳目の最高指標である)といった。それほどに物事のバランスをとるのは難しい。人事労務の分野においても、考えぬく能力のある優秀な人材が心の健康を害さないよう、緩急のバランスを取る配慮が何より求められる。

 

 

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2016年6月19日(日)8:15 東京家政学院付近でネビキミヤコグサを撮影
花言葉:「きまぐれな心」

 

 

第11回「教員の淘汰こそ必要」
(2015年11月23日より転載)

 

私は、青山学院大学の非常勤講師として1972年4月より13年間ほど手形小切手および工業所有権法の講座を持ち、曲がりなりにも大学で教える立場を経験した。また、新人弁護士時代に、のちに私立大学の総長となった方が、「自分の人生において大学と銀行の設立をめざしたい」と語られる場に立ち会い、教育の強い関心を持った。2000年4月からは日本私立大学協会(加盟大学411校/2015年10月現在)の法律顧問を務め、加盟各大学の理事長・学長らに向けて度々講演をしてきた。教育の現場に接する機会に多く恵まれた結果、自分なりの教育観を持つようになったといえる。

 

教育の目的は、大学・大学院での高度に専門的な研究者養成の領域は別として、心技体を鍛え、感性・理性・知性・心性(品性)を磨き続ける術を教えるのに加え、「夢・愛・誠」「真・善・美」等々、人としての価値基準を理解させ、より良き人生を歩むための基盤となる未来志向の力を身に付けさせることにあるだろう。つまり、教育者は、自立・自律した社会人として良き社会を形成し得る基礎力を教え子に育む使命を負っているのである。

 

教育現場には、教員、児童・生徒・学生、児童らの親、そして学校の運営管理者という様ざまな立場の者がいるが、もっとも重視すべきは、教育の質を上げることである。

 

教育の議論のなかで「先生が変われば生徒も変わる」「改革にはお金がかかる」という2つの命題をよく耳にする。スポーツや合唱の分野でも同様にいわれるこれらの指摘は、教員養成システムを改善して教員の質を上げるには多くの人員と予算を要するものの、教員の質が向上すれば生徒・学生らに必ず好影響があるという経験則である。私は機会あるごとに指摘しているが、「教員に教え方を教える」システムがわが国では未だに十分に構築されず、真の意味での「教育」の専門家の養成がおろそかにされているのであろう。

 

教育者に関する名言としてよく知られる「凡庸な教師はただしゃべる。よい教師は説明する。優れた教師は自らやってみせる。偉大な教師は心に火を点ける」―の例に倣えば、日本の教員は、ただしゃべるだけのレベルにとどまっている者が多過ぎるのではないか。一般に教員は、自らは生徒・学生らを評価するにもかかわらず自らが評価されることは拒む傾向が強く、また、仄聞することによれば、一般に日本の大学では、能力不足の教員も優秀な教員も同じように評価・処遇され、特段格差は付けられていないという。

 

今後、日本の経済状況が今より上向く可能性はまったくない。特に大学は少子高齢社会の下、経営の悪化は火をみるより明らかだ。とすれば、教員にも優勝劣敗の競争原理を適用し、大学には、企業間のM&Aの如く統廃合も含む「廃校の自由」が認められるべきであろう。

 

ただ、日本の教育には長所もある。貧富の差を問わず読み・書き・算盤の最低限の教育を必ず受けられる点だ。また、「音楽」「図工」と「給食」がすばらしいと教えてくれた米国人もいる。感受性の重視と食育への取組みに対する評価であろうか。

 

教育と知性の頂点にある大学および大学院の先生方には、日本の将来を担う若者たちが良き教育を受けて能力を最大限に発揮できるよう、率先垂範して他者からの評価に耐え得る強さを持ってほしいと願っている。

 

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右上から時計回りに
2016年5月14日(土)10:50上信越道横川SAにてラベンダーを撮影 花言葉:「繊細」
同じく横川SAにてユリオプスデージーを撮影 花言葉:「円満な関係」
2016年5月20日(金)8:01芝公園にてヤマボウシ撮影 花言葉 :「友情」


 

第10回 美術の価値
(2015年10月26日より転載) 

 

秋といえば文化であり、とりわけ美術に親しみたくなる。

 

自らには備わっていないもの=美を求めて、人は美しいものに憧れを抱くのである。それが高じて美術収集家になる人もいる。私の場合、単に展覧会で鑑賞するだけではなく、世界各国旅した折に、その土地で気に入った絵画を100~150ドルほどの手頃な値段で購入することを楽しんでいる。

 

私が最初に絵に興味を持ったのは40年ほど前に池袋にあった古道具屋をある企業人から紹介されたことがきっかけだった。

 

その後、1989年に伊勢彦信氏らとともに日米美術協会を設立して活動したり、月刊誌『にっけいあーと』(現在は廃刊)に43回におよぶ連載「法律税金相談」を書いたりして(1990年4月~1993年10月)、自分なりのやり方で美と交わってきた。虚心坦懐に絵と向き合い、画家の世界にひたる楽しみは、何ものにも代え難い。芸術家の真骨頂は、魂を込めて何らかのメッセージを鑑賞者・大衆・社会に伝えることにこそある。風景画でも人物画でも抽象画でも変わりはない。画家の魂とメッセージが見る側にズシンと届き、受け止めた側の魂がこれに呼応したとき、両者の間で幸福なコラボレーションが成立したといえるだろう。

 

芸術家の表現活動が命がけである以上、見る側もそれを意識して鑑賞したいものだ。芸術家の命は果てても、すぐれた作品は残り続けるのである。

 

今年、没後15年を迎えた久住三郎(くずみ・さぶろう)君(1946~2000年)との思い出はたくさんある。私が孫田・高梨法律事務所のイソ弁時代に担当した顧問先企業が彼の実家で、まだ学生だった彼と面識を得た。優しく礼儀正しい青年だった。

 

彼は、慶應義塾大学法学部を中退して東京藝術大学美術部日本画家専攻に入学したという珍しい経歴を持つ。私は彼の人柄も作品も好きで、学生の頃から応援していた。彼は藝大で大学院、助手を経て、43歳でニューヨークに渡った。日本画家としてニューヨーク体験を持つ者は当時ほかにはいなかった。彼の作品は美しく静謐さをたたえるものだが、自身の内側からわき出る、やむにやまれぬ思いが形になったと感じさせる凛とした迫力を持っている。私は彼の魂とメッセージを私なりに受け止めたと思う。彼が初めての個展を開いたニューヨークの画廊「Vorpal Gallery」の主人は、彼の作品をボッティチェリの画風になぞらえたりもしていた。

 

現在私の手許にある作品「燃ゆ」(1998年)は、彼の絶筆だという。まさにこれからというときの、早すぎる別れだった。上野の森美術館・別館ギャラリーで催される「没後15年久住三郎」(11月17日~23日)で彼の作品にまた会えることは、この秋のうれしい再会である。

 

ところで、仕事で会社を訪問した折に、素敵な絵にふと気付くことがある。また逆に、私どもの事務所の絵の入替えに気付いてくださる方もいる。仕事の場であっても自然に絵画に接する機会を作るのは、メンタルヘルスのうえでも大切なことである。美とは均衡・バランスのとれたものであり、働く環境でも仕事自体でも、バランスを心がけることが総じて好結果をもたらす。緊張感とリラックス、厳しさと優しさ、競争的解決と協調的解決というように、相反する事象のバランスをとることが、私たちの日常で求められる仕事の美学なのかもしれない。

 

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2016年4月9日(土)12:19 長野県松本市島内にて野沢菜を撮影
花言葉:「活発、快活」




第9回 勉強
(2015年9月28日より転載)

 

戦後の日本の教育の最大の欠陥は、教える立場にある教員に対して、教え方を専門的に教授していないことにあると思う。教え方を知らない教員は、児童・生徒・学生に学び方を教えることができないために、児童らは学び方・勉強の仕方を知らないまま長じてしまう。このように日本の社会全体が勉強の仕方を真に学んでいないことが、日本人の進歩を停滞させている根本原因ではないだろうか。

 

折しも、日本の高校生は米国・中国・韓国と比べて自己評価が著しく低いという調査結果が報道され、非常に気になった(国立青少年教育振興機構・8月28日発表)。高校生の生活の中心は学業であることを考えれば、勉強をやり抜いたという実感と自信が持てない者が多いことが、自己肯定感が低い大きな要因であると思う。

 

私の経験でいうと、豊かな人生を送り、仕事でも賞味期限切れにならず第一線で活躍し続けている人は、とにかく勉強家である。もし勉強法を身に付けていなければ、学生も社会人もどのように勉強してよいか分からず、成長は望めないだろう。

 

私が実践している勉強法は、まず自分でテーマを定め、そのテーマに関する事項を徹底的に調べ上げ、考え、疑問点をつぶし、重要なキーワードを収集することから始める。そのうえで、多くの資料をもとに自分自身の思考をめぐらせ、独創的な発想を構築するのである。つまり、大部の資料郡から自分の感性・理解・判断に照らして良いと思う要素をすくい取って真似てみて(真似ぶ=学ぶ)、最終的には、手垢の付いていない斬新な独自の思考と表現を確定するために、何度も推敲を重ねて文章化する。この過程でいつも感じるのは、勉強とは自分を磨き自己革新を図り続けることにほかならないということである。

 

弁護士の場合、依頼者の利益を実現するためには、相手方の弁護士を凌駕する勉強を必死でこなさなければならない。加えて近年では、裁判例のデータベースはおろか、大きな事件では人工知能の強力な情報処理能力が証拠の探索等にフルに活用されることも珍しくなくなっているから、勉強の質も常にブラッシュアップする必要がある。

 

勉強の本質は、自分で考え抜いて理解し、トレーニングを重ねて知識・知恵を身に付けることだが、勉強法も内容も時代とともに変容を遂げるのは当然である。あらゆる仕事について常在戦場であるためには、時代の変化に即した勉強を続けなければならない。IT等の新しい知識や最新の社会の動向が分からなければ、進んで若い世代に教えを乞う謙虚な姿勢も重要になる。まさに下問を恥じず(『論語』公治長篇)の理念の実践である。

 

「我以外皆我師也」(我以外、皆、我が師なり)とは、『宮本武蔵』などで知られる作家吉川英治(1892-1962)の造語であるというが、こうした謙虚な心がけが勉強には大変重要であると思う。

 

私は、多種多様なテーマに関する自分の考えを文章化して論稿や書籍にまとめて発表することが、多少なりとも社会貢献につながると信じて、これを勉強の大きな目標としていた。勉強は怠け心との戦いでもある。どの様な仕事に就いても、自分なりの確固たる目標を定めてキャリアを向上させるべく勉強し続けることが、自分自身を日々新たにし社会に貢献する結果をもたらすことを、読者の皆さんに改めて強調したい。

 

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2016年4月3日(日)18:43 港区赤坂1桜坂にて撮影
花言葉:「純潔、優れた美人」

 

 

 

第8回 専門的職業人
(2015年8月24日より転載) 


このところの憲法9条と安保法制をめぐる議論に接し、自分が初めて憲法を学んだ学生時代に思いをはせた。私は1956年に東京大学に入学し、法学部の学生として宮沢俊義先生の講義を受けた。その後は試験勉強以外に深く学んだことがないから、憲法について解説する能力はない。どの分野でも、専門的に研鑽を重ね思索を深めた人の見解に敬意を表するべきであり、素人が我見を通すのは極めて危険なことである。

 

今年7月発行の東大法学部「NEWS LETTER」№16の巻頭言では、東京大空襲直後の1945年4月1日、当時の学部長南原繁先生が新入生に与えた訓示が紹介されており、胸を打つ。そこには、厳しい状況に置かれても信念を貫く専門職の矜持がみえる。すなわち、「政治・法律にはそれぞれ固有の科学的真理が横たわるのである。それを無視し、あるいは軽視して事を行うときに、いつかは真理自身によって報復される日が来るであろう。…政治・法律のそれぞれの専門の科学的真理の探究に冷静に従事せんことを、まず勧告するものである」。

 

professionalという語は、宗教に入信する際の宣誓を意味するprofessに由来するという。中世ヨーロッパに存在した唯一のprofessional=専門職は聖職者であり、彼らは学者、法律家、医者でもあった。当時のprofessionalの仕事の根底には、次の3つの基準があったという。①正式な技術的訓練とその訓練を裏付ける認定制度があり、訓練を通じて特有の文化を継承している、②専門的技能を身に付けている、③専門的仕事が社会的に責任のある用いられ方をし、かつ専門職に就く者が倫理的に仕事をすることを保証する団体機関がある(参考=ジョアン・キウーラ著『仕事の裏切り~なぜ、私たちは働くのか~』翔泳社)。

 

「餅は餅屋」の言葉どおり、物事にはそれぞれ専門家があり、素人はその技量にはかなわない。まして知の時代ともいえる現代は、科学技術が飛躍的に高度化し、ITは利便性の向上と同時に複雑化し、経済・文化・技術等のグローバル化が急展開している。国や民間企業での施策の立案・実行の場面でも科学的知見と根拠が必要となり、求められる専門的知識の量も質も格段に高まった。ここにこそ、現代における専門職の重要性を謙虚に再認識すべき所以がある。

 

専門的職業人としての責任を果たすには、訓練を重ねて高度な技量を身に付け、常に新しい知識や情報を習得し、顧客を満足させる結果を出さなければならない。賞味期限切れの能力では好結果を出せるはずもなく、常に勉強をし続けなければならない宿命を背負っている。かのマックス・ヴェーバーは、「政治とは、情熱と判断力の二つを駆使しながら、堅い板に力をこめてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業である」(『職業としての政治』岩波文庫)と述べ、専門職が知識や技能の以前に備えるべき人間性の問題を指摘した。

 

専門職の端くれとして私が心掛けてきたのは、知識と技能の研鑽はもとより、鳥の眼=俯瞰、虫の眼=細部の探究、魚の眼=全体の流れの把握、を適宜発揮することである。そして、心眼(しんがん)こそが求められると肝に銘じてきた。心の眼を大きく見開き、「夢・愛・誠」「真・善・美」「道義・道理・道徳」「良心・私心・邪心」の基準のもと自律的に任務を果たしてこそ、信頼される真の専門職なのである。

 

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上から時計回りに
2016年3月12日(土)7:02 青葉台1にてマメザクラを撮影 花言葉:「優れた美人」
2016年3月12日(土)7:59 飯田橋2にて木蓮を撮影 花言葉:「自然への愛、崇高」
2016年3月22日(火)7:58 中目黒公園にてイチハツを撮影 花言葉:「知恵、つきあい上手」

 

 

第7回 団体交渉
(2015年7月27日より転載) 

 

弁護士になって50年余、依頼者に満足してもらえる結果を出すため、私は寝食を忘れてがむしゃらに勉強してきた。ただ、初めは本を読んでも分からないことばかりで、拙著『人事権の法的展開』(有斐閣1987年)、『企業経営と労務管理』(第一法規1993年)などは、若いころの体験を念頭に、分からないことをいかに理解するかという探求のプロセスを書いたものでもある。あえて独自の境地を開拓したテーマを挙げるとすれば、「団体交渉」「リストラ」「精神障害の問題」の3分野だろう。

 

新人弁護士時代の1960年代は労働組合の争議活動が非常に盛んで、団体交渉、ストライキ、ピケ等、労使の激しい衝突の現場に私は常に身を置いた。団交を担当するようになった大きな契機は新人2年生の1964年、東映の京都太秦撮影所を担当した際、撮影所長だった故岡田茂氏(のちに社長・会長等歴任)が私の働きぶりをみて、米国の映画会社13社の使用者団体の弁護士に推してくださったことである。

 

最初は右も左も分からぬ状態だったが、厳しい団交の現場で身体を張り、机上の学問だけでは分からない要素を発見して体得した。現場での様ざまな言動から自分も含むすべての関係者の人間性を見極め、人間のあるべき資質としての「真・善・美」「夢・愛・誠」等々、人間のありようを見抜く眼力の重要性を肌で学んだのだ。それを通じ、苦しくとも労使の厳しい対立場面をびくつかずに乗り切り、成功体験を積み重ねて団体交渉はいつしか得意分野になった。

 

その過程で、『労働経済判例速報』に連載「団体交渉覚書」(1970年3月~72年11月・全15回)を書いた経験は、さらに自分の考えをまとめて依頼者に分かりやすく伝える力を養うことにつながり、この連載を読まれた長野県経営者協会専務理事故西原三郎氏が、思いがけず連載途中で『団体交渉の円滑な運営のための手引~交渉担当者の法律知識』(72年4月刊行)という小冊子にまとめてくださったのが、私の最初の著作といってよい。

 

団交権は、団結権および団体行動権と並ぶ憲法で保障された労働三権の一つであり、あるときは使用者と労働者の取引の場として、あるときは説得の場として機能する。つまり、労組は争議権を背景とする実力行使と使用者側の譲歩との取引きを試み、使用者側は争議権の回避に向け、労組の要求に対し一定の譲歩や説得を試みるのだ。「様ざまな対立のなかで肯定点を見出して前進し続けることが、新しい舞台に到達するための原点である」(ヘーゲルの哲学)とあるように、団交でも、競争的解決に限らず協調的解決による共存共栄をめざすことが重要である。立場こそ違うが労使は相容れぬ不倶戴天の敵ではない。包容力をもって接すれば、遺恨と執着は次第に薄れ、相手の気持ちも氷塊し諦念の境地に至るものである。

 

ところで、交渉担当を定めず多数の労働者(組合員)が交渉を行う大衆団交という方式がある。特に、労組側が健康被害による損害賠償を企業に求めるような案件では、加害者たる企業側は防戦一方になりがちだが、私が交渉の場に立った際は、それなりにイニシアチブを発揮した。これも多くの現場体験を重ねた結果であろう。

 

弁護士は社会正義のために働く存在である。無私の心で絶えず顧客のために一生懸命に対応することが、専門的職業人として社会に生き、社会正義に生きる証なのである。

 

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2016年2月26日(金)8:02 芝公園にて菜の花を撮影
花言葉:「快活、明るさ」 

 

 

第6回 同一労働同一賃金
(『労働新聞』平成27年6月22日より転載) 

 

世の中の不公平の最たるものは、同等の仕事をして同じような成果を上げながら一方が他方より低い評価を受け、低い賃金しか得られないことではないだろうか。これは、労働の場面における人間としての尊厳に係る問題ともいえるであろう。

 

正規社員と非正規社員との格差問題を考えるとき、私はILOが提唱する「ディーセントワーク」(働きがいのある人間らしい仕事)という言葉を思い起こす。社会的存在である人間は、深層心理で他者から評価されることを願う習性を持っている。それゆえ評価は何より向上心につながり、個々の能力を高める起爆剤にもなるのである。同じ職場で能力不足の正規社員と同じ仕事をして同等かそれ以上の成果を上げていても、非正規社員という理由だけで生活に窮するような低い賃金となれば、人間としての誇りが損なわれ士気が下がるのは当然のことだ。

 

労働基準法は、3条および4条で労働者の賃金等の差別的取扱いを禁じているが、法文上はいわゆる同一(価値)労働同一賃金の原則は定められておらず、パートタイム労働法にも同一労働同一賃金の文言はない(今国会に民主などの野党3党が提出した通称「同一労働同一賃金推進法案」にもこの文言はない)。

 

しかし、この概念は、同じ働きをした場合は同じ評価・処遇を受けるべきであるという労働の根源的テーマである以上、遠からず法文化されると私は思っている。もし法文化されると、企業の現場では成果主義的賃金体系がより一層強調され、当然のことながら正規社員の平均賃金は下がる。このことに皆は気付いているだろうか?成果主義の事務職の評価は非常に難しいが、「透明性」「報われること」を念頭に、社員誰もが見える公正・公平・公明なシステムを採るべきであろう。

 

均衡待遇のもとでは、雇用関係解消の場面でも均衡が求められるようになり、不況時の人員削減の場面で非正規社員であるがゆえに正規社員よりも先に解雇されるという構図は論理的に否定される。さらにはそれと表裏一体のこととして、正規社員の解雇についても然るべき理由があれば解雇をより可能にする方向が今以上に意識されざるを得ないのではないか。

 

ところで、同一労働同一賃金を実現するためには、「職務」の内容を明らかにして「職務給」に移行する手続きが必要である。この点、企業経営者も労働組合も同一労働同一賃金の実現に消極的で従来の「職能給」を維持したいために、企業は職務説明書の作成に熱心ではないようだ。昨秋の臨時国会では、安部首相も塩崎厚労相も、職能給を前提とする日本の労働市場のあり方を追認するが如き発言をしている。

 

一方で、厚労省は「職務分析実施マニュアル」を出し職務説明書の作成を慫慂しているが、私の知る限りではほとんど活用されていない。パートタイム労働法で正規・非正規の均衡・均等待遇をめざす施策とセットとなるものだろうが、行政として本腰を入れているのか甚だ疑問である。ILO憲章前文に「同一価値の労働に対する同一報酬の原則の承認」と明記されていることを、日本政府としても重く受け止めなければならない。

 

目覚めていない企業経営者や官僚は同一労働同一賃金の実現に反対するだろうが、結局は時代の変化に抗しきれないと思う。問題はその先見性を誰が発揮して、旗振り役を担うかということなのである。

 

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2016年2月27日(土)11:47 麻布十番2にて椿を撮影
花言葉:「控えめな優しさ、誇り」

 

 

第5回 青春時代
(『労働新聞』平成27年5月25日より転載) 

 

青春時代の特権は、大きな夢を抱いて遮二無二がんばり抜く熱意ではないか。やわらかな陽光を浴びて街を闊歩する新入生、新入社員の若者諸君の姿を見ながら、そんなことを思った。

 

齢を重ねたわが身の青春時代を顧みると、自分自身が何者たり得るのだろうかという不安もあったに違いないが、それをはるかに上回る夢と希望にあふれ、友情を育み、青雲の志を抱き、未来は光輝いていた。だからこそ、「志ある者は、事(こと)竟(つい)に成る」(後漢書)の意気込みで、リスクと失敗を恐れず、目標に向かって果敢に挑戦し続ける日々であった。また、当時の日本社会全体も、貧しくとも将来への夢と希望の信じられる良き時代であった。格差のめだたない時代でもあった。

 

大学1年生の夏休み、私は父の意向に従い、渥美半島先端にある曹洞宗・常光寺に1カ月間居候したことがある。自分の家と宗派の異なる寺をなぜ父が選んだのかは分からない。想像するに、人格者で勉強家のほまれ高かった先代の住職から、有形無形の影響を受けて成長してもらいたいと願ってのことだったのかもしれない。あるいは、大学入学以来、東京での初めての一人暮らしを経験して疲弊している心身を、静かな環境下で癒してやりたいという親心だったかもしれない。

 

そこでの生活で私は何か具体的な知識を得たわけではない。ただ、自分自身と向き合う恰好の時間を持てたことは確かである。私のかねてからの持論だが、人間の生き方にとって最上位にあるのは「志」であり、その下に「真・善・美」「夢・愛・誠」「道義・道理・道徳」があると思う。19歳の私が寺でこうした悟りを得たはずはないが、これに通じる何かをそのとき感じ取っていたのかもしれない。

 

大学を卒業して、新人弁護士として昼夜を問わず仕事に打ち込んだ。米国の映画会社13社の労使紛争問題について顧問弁護士のお手伝いをして得た経験は、現在につながる貴重な財産である。相当な激務であったが、やりがいがあり、希望にあふれ、楽しかった。その働きが認められて世界一周の航空券をご褒美にいただいたが、あまりに仕事が忙しく、結局ひとりでハワイに行ったのが初の海外旅行であった。何もかも目新しく、若い私は大いなるカルチャーショックを受けた。

 

江戸時代後期の儒学者・佐藤一斎は、「少にして学べば、則ち壮にして為すこと有り」(『言志晩録』第60条)と説いた。少年のときに学んでおけば、壮年になってから役に立ち何事かを為すことができるという意味である。若いときには、人生の土台となる様ざまな実体験から貪欲に吸収して学び取ることが何より重要である。

 

海外から日本を眺めて思索を深めるのも貴重な勉強の一つである。感受性の豊かな若いときこそ海外に行くべきなのである。

 

私は、若い人たちには、仕事から得る喜びを人生を豊かにするという実感を持ってもらいたい。現場体験を人材育成の端緒とすべく日本でも20年ほど前から始まったインターンシップは、資格に関係しないものに限っても大学および大学院の70%超で実施されているが、学生の参加率は2%程度という。これでは実効性が乏しいと指摘されても仕方あるまい。それでも、企業での就業体験を通して、夢と希望がいくらか現実になり成長する学生も必ずいると思う。良き人材を育むために、教育界と産業界と政治の連携による一層の制度改善を期待したい。

 

 

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2016年2月13日(土)15:48 永田町2-9にてシネラリアを撮影
花言葉:「いつも快活、喜び」 

 

 

第4回 格差問題
(『労働新聞』平成27年5月4日より転載) 

 

「経済学者は20年たたなければ何もわかりません」「今日の経済学者は、1300年ごろの神学者に似ています。教条的すぎます」「今日、有効な経済理論は存在しません」等と断じたのは、かのドラッカーである(『実践する経営者』より)。

 

こうした言葉は、経営の専門家から見た一面の真理といえるだろう。しかし、もしドラッカーが昨今の世界的ブームであるトマ・ピケティ著『21世紀の資本』を読んだら、どう評価したであろうか。文学作品のなかに社会情勢を読み込み、200年余のデータを丹念に調べ上げた手法は、教条的とされなかったのではないか。奇しくもピケティは、米国の経済学者について「数学への偏執狂ぶりは、科学っぽく見せるにはお手軽な方法だが、それをいいことに、私たちの住む世界が投げかけるはるかに複雑な問題には答えずにすませているのだ」等と同書で述べている。

 

同書への批判的立場もあると聞くが、資本主義社会では格差が生じるのは当然であり、資本主義が発達すればするほど仕事の合理化が進み、同じ収入を得るための仕事量が増えるという経験則を、長期的に資本収益率(r)が経済成長率(g)を常に上回り(r>g)、格差を生み出すと分析・実証した彼の業績に、素直に敬意を表したい。

 

フランス革命は自由・平等・博愛を掲げた。しかし、自由と平等は相反する概念であり、両者を結び付ける役割を博愛が担っているといってよいだろう。フランス人であるピケティは、自由競争により生じる格差を博愛の理念で克服し平等を実現することに腐心して、同書を著したのではないか。

 

私が格差問題を論じ始めたのは2007年であった(本誌掲載「四時評論」07年秋号)。当時はいわゆるワーキングプアが社会問題となり、製造業の派遣労働が解禁され始めた頃である。この論稿で自由主義・資本主義・自由競争の下では格差は決してなくならず、今後も拡大し続けるという趣旨のことを書いたが、今でもこの考えは変わらない。行き過ぎた不平等や貧困が固定化しないためのセーフティネットとして有効な社会・経済政策の実行が重要であり、貧しくとも将来への希望が持てる制度の策定が必要なのである。

 

格差問題は、最低賃金法等が射程とする所得格差にとどまらず、教育格差、医療格差、情報格差等々、多岐にわたる。日本の将来を思えば、特に子どもの貧困、教育格差への対応が急務である。いわゆる子ども(17歳以下)の貧困率(所得が国民の平均値の半分に満たない人の割合。子どもの場合はその子が属する世帯を基に算出)は、13年に過去最悪の16.3%であった(厚労省)。企業間のみならず人材間のグローバル競争も始まっている現状では、個々が身に付けるべき教育レベルは大学院程度へと移行している。となると、貧困状態にある子どもは、将来への希望を全く見出せなくなってしまう。

 

人事・労務の視点では、正社員と非正規労働者の所得格差の見直しが重要である。1年を通じて勤務した民間の給与所得者の平均給与は正規473万円、非正規168万円(13年・国税庁)で、3倍近い差がある。本年2月時点では非正規が減少し正社員への転換が進む動きがあるが(労働力調査)、今後は分からない。身分の違いではなく、仕事の成長に応じて処遇する制度を構築しなければならない。要は、博愛をいかに実定法化するかということなのである。

 

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