• 話題のテーマについて各界で活躍されている人と対談をする一問一答形式のブログの第3回です。
  • 今回は、プロ登山家竹内洋岳様にお話をお伺いいたしました。

 

■ ■ ■ ■ 時流を探る~高井伸夫の一問一答 (第3回)■ ■ ■ 

プロ登山家  竹内 洋岳 様 
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


[プロ登山家 竹内洋岳様ご紹介・プロフィール]

1971年東京生まれ。プロ登山家、立正大学客員教授。ICI石井スポーツ所属。日本人初の8000メートル峰全14座の登頂者 第17回植村直己冒険賞受賞。

1995年に日本山岳会隊に参加して、マカルー(8,463m)東稜下部より登頂し、初めて8000m峰を登頂する。各国の登山家と少人数の国際隊を組み、酸素やシェルパを使用しない軽量装備でスピーディに高峰への登頂を行う速攻登山で複数の8000m峰を登頂している。2007年にパキスタンのガッシャーブルムII峰(8,035m)で雪崩に巻き込まれ、腰椎破裂骨折の重傷を負う。2012年5月26日(日本時間)に最後の1座となっていたダウラギリへの登頂に成功し、全14座の登頂を成し遂げた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今回は、小生が長年お付き合いをさせていただいている、エベレストにもチャレンジしたことがあるUTグループ株式会社代表取締役社長兼CEO若山陽一様のご紹介で、同じく小生の長年の親しい友人で、穂高や八ヶ岳で強力をしていた小松茂生様に同席いただき、お話を伺った。(対談は2016年8月29日に行いました。於:西麻布「香宮」)

 

[今回のインタビュアーは以下の通りです(順不同)]

  • 高井伸夫 
  • 医療法人社団成扶会馬見塚デンタルクリニック 相談役 小松茂生 様
  • UTグループ株式会社 代表取締役社長兼CEO 若山陽一 様

 

 


 

高井

今年の9月末から山に入ると伺いましたが、次はどこの山に登るのですか。

 

竹内様

2年前にネパールの未踏峰マランフランという山へ行きました。残念ながら登りきれなくて帰ってきてしまったので、9月にマランフランへ行きます。ここは政治的な理由で未踏峰になっていました。1年かけてネパール政府と交渉して解放してもらったので、私には思い入れのある山で、ぜひ登りたいんです。

 

高井

マランフランという山は標高は何メートルですか?

 

竹内様

6700メートルくらいです。

 

髙井

初登頂になるんですよね?

 

竹内様

私が登れば初登頂です、人類初登頂です。登れたらいいのですが・・・。

 

高井

なぜ未踏峰へ登るのですか。

 

竹内様

いま人類が宇宙に出ていく時代において、地球上には未踏の山がたくさんあります。私はそれを非常に面白いことだと思っています。今から100年以上前に探検家たちが地図の空白地帯をさまよっていた。未踏峰はその様子を現代の私たちが再現できる可能性を秘めています。難しくて登れないのではなくて、政治的な理由で登れないエリアがたくさんあります。パキスタンの方に行ったり、アフガニスタンに行ったりすると、紛争地ゆえにまだ未踏峰の山が残されています。そこがいずれ平和になって、解放されたときにそこに人類が最初に到達する可能性というのはまだ残されています。

ネパールにも未踏峰がたくさんありますし、いずれパキスタンやアフガニスタンの未踏峰にも行ってみたいです。もしかしてアフガニスタンであれば現地のゲリラと交渉してこの山登らせてくれと言わなければならない日が来るのかなと思うのですが、そういうことを考えるとちょっとわくわくしたりします。

 

 

高井

話は変わりますが、山で不思議な現象に遭遇したことはありますか。

 

竹内様

過去には、あまりそういった経験をしたことはありません。海外のクライマーと話をしているとサードマン現象が話題に出ます。もう一人の自分がどこかから見ているような感覚がするんだというようなことを言われる人がいます。何か限界的なスポーツをしている人が時々見るものだと言いますが、私は見たことがありません。

ただ、これはあんまり人には話をしていませんが、今思えば不思議な経験だったのが、パキスタンのナンガ・パルバットという8000メートル峰に登った際のことです。2001年に国際公募隊で登ったのですが、私が先頭でずっとルートファインディングをしていて、ファイナルキャンプから頂上に登っていく時に、結構複雑な雪の斜面をルートを選んで頂上に到達しました。私は1時間も早く登って降りてきてしまったのですが、あとからついてきたメンバーに「ヒロ、お前が選んだラインは美しいラインだった。一番合理的で一番安全で、一番美しいラインだった」とすごくほめてくれました。実は、私はそこを登った時にそこに何かが通った跡を感じました。何かが雪の上を通ったような・・・。

 

高井

何かが通った?

 

竹内様

雪と氷と岩の斜面で、岩がごちゃごちゃなっているところも、そこだけ不自然に誰か歩いたように岩がずれたように見えたのです。でもそのシーズンは私たちが一番最初の登山隊で、山は一冬経つと、過去の登山の痕跡はまずなくなってしまいます。残されているわけがない。しかし、私には何かが通ったような跡を感じました。

 

高井

霊感があったのでしょうか。

 

竹内

他でそんなことを感じたことはありません。誰かに言おうか言うまいかと思っていたのですが、ある時ずっと一緒に登っていたガリンダというオーストリアの女性クライマーに「ヒロ、今まで不思議な経験をしたことはある?」と聞かれた時に、そういえば・・・と、このエピソードを話題にしたら、彼女は、「それはね、ナンガパルバットが登って欲しかったんだよ」と。それはそれで、女性らしい詩的なことを言ってくれました。彼女はいうには、「山があなたを選んだんだ」と。

 

高井

簡単にいうと山が待っていたということでしょうね。

 

 

高井

14座登頂されて、麓の村に滞在することもあると思いますが、一番よかったのはどこですか。

 

竹内様

どこも面白いです。8000メートルの山があるエリアというのは、チベットとネパール、パキスタンですが、どこも非常に面白いです。いいところかと言われるとちょっと分かりませんが、面白いのは間違いないです。どこも面白いのですが、ネパールの方が楽しいです。ネパール人の方が親切ですし日本人に少し近い部分があるように思います。

 

高井

ところで、動物には予知能力があって、人間にも本来予知能力があったのが人間は予知能力が退化してしまったと思いますが、いかがですか。

 

竹内様

私もそう思います。ただ、人間は、予知能力を発揮する場がないのだと思います。私達はきびしい環境におかれたらおのずと取り戻す可能性があると思っています。

 

高井

竹内さんの夢は何ですか?

 

竹内様

プロ登山家となる前の、趣味として登山をしていたときの私にとって、将来、登山を続けていくことは、夢だったかもしれませんが、プロ登山家と名乗って以来、それは、夢ではなく目標として、登山に取り組んできました。 プロ登山家として、あるのは、夢ではなく、目標です。 14座完全登頂という目標の先に、新たな目標を見いだし、その先に、また新たな目標を見いだし、いかにプロ登山家として、登山を続けていけるか?新たな目標を見つけ続けられるか?が私の目標であり、挑戦です。

 

高井

プロ登山家という肩書を使っていますが、どうしてですか?

 

竹内様

「○○家」という肩書は、世の中にたくさんあります。そこで作家、画家、音楽家、芸術家、建築家、格闘家、評論家など思いつく限り書き出してみました。それらをじっと眺めていたときに、ある共通点に気が付きました。中には例外もありますが、多くの「○○家」には資格が必要ない。つまり、「自称」でいい。名乗るための資格も認定機関もない、要するに自分は今日から○○家だと、なりたいときに、名乗れば「○○家」になれるのです。

ということは、自分の都合のいいときになれるのが「○○家」ならば、都合が悪いときに簡単にやめられるのも「○○家」だと思ったわけです。私は、14座登頂は最後まで絶対にやりぬく覚悟をもって挑む目標なので、都合が悪くなってやめられる「登山家」としては宣言できないと思いました。

プロとして最後までやり抜くかどうか、その強い遺志、覚悟があるかどうかだと思うんです。だから私にとってプロとは覚悟。「絶対に14座を登り切る覚悟がある」という意思表示をするために「登山家」に「プロ」とつけて「プロ登山家」と名乗ったわけです。また、それをやっていくことで今は稼げないけどこれから稼いでいくんだと言い切れることもプロの定義のひとつなので、プロ登山家と名乗ったのは「今日からプロとして登山の世界で生きていってみせます」という意思表示でもあったのです。

 

高井

プロ登山家の育成をすることにどんな意味がありますか。

 

竹内様

プロ登山家が存在することで、登山がプロスポーツに成長、発展する可能性が生まれます。必ずしも、プロ登山家だけがプロではなく、登山の世界に、プロフェッショナルを誕生させることが目的です。登山を専門にした、プロガイド、プロカメラマン、プロジャーナリスト、プロトレーナー、プロモーターなど。登山がスポーツとして、成長、発展、洗練されることで、他のスポーツと同様に、そこに、プロフェッショナルが誕生するはずです。

登山に、職業と雇用、そして、自立した経済活動が生まれることで、登山が、スポーツとして、そして、文化となって、次の世代に受け継がれていくことになります。

これは、登山の先輩たち(小松さんなど)が、私たちに手渡してくれた登山を、次の世代に受け渡す、私たちの役割です。

 

以上

 

日本人初の14サミッターであり、今現在も未踏峰にチャレンジされていると聞くと、ギラギラした汗臭い山男を想像されるかもしれませんが、インタビューでお会いした竹内様ご本人は物腰が柔らかで謙虚な印象を受けました。14座登頂という経験に奢ることなく、一つ一つ誠意をもって丁寧に対応される方なのだと思います。

ご自身の未踏峰へのチャレンジに留まらず、プロ登山家を育成したいと語る彼の夢にご協力、ご賛同いただける方を募集しております。竹内洋岳様の講演等に関心がある方、あるいはスポンサーとしてご支援いただける方は当事務所までご連絡ください。

連絡先 高井・岡芹法律事務所 takai-okazeri☆law-pro.jp  ☆を@に変換してメールをお送り下さい

IMG_2363.JPG

2016年10月5日(水)8:26 麻布十番2にてセンニチコウを撮影
花言葉:「色あせぬ愛、不朽」

 

 

第13回 管理監督者性問題の本質(4)
(2008年8月11日) 

 

 

妥当性ある待遇とは

 

  ③待遇面についての判断

「管理監督者」のスペックとして、「待遇」がなぜ意識されるかについて述べなければならない。なぜなら、管理監督者性の判断はその「職務内容、権限及び責任」を明確にすることで足りるという反論もあり得るし、またそう考えることもごく自然であるからである。しかも行政通達や裁判例が掲げる管理監督者性の要件のうち、「職務内容、権限及び責任」「勤務態様」は、条文上の定義「事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者」(労働基準法41条2号)の内容として理解できるが、「待遇」については条文上何も規定されていない。

確かに「待遇」は管理監督者性の条文上の要件ではないが、管理監督者の職務・権限と密接なかかわりを有するので、極めて重要な要素となるのである。管理監督者としての待遇を受けていることは、それに見合う責任を負うことを意味し、責任を負うということは「職務と権限」を実態のあるものとして、管理監督者自身が意識することを意味するからである。

管理監督者の待遇問題で実際に問題になるのは、一般社員の残業手当を含む賃金よりも一部の管理監督者の賃金の方が低いケースがままあることを、どのように解釈し評価するかだ。

前回コメントした「日本マクドナルド事件」(東京地判平20・1・28)で裁判所は「店長全体の10%に当たるC評価の店長の年額賃金は、下位の職位であるファーストアシスタントマネージャーの平均年収より低額である」こと等をもって、「店長の賃金は、労働基準法の労働時間の規定の適用を排除される管理監督者に対する待遇としては十分であるといい難い」とした。こうした逆転現象は、管理職手当自体が抑制されていることや、優秀な一般社員の基準内賃金に残業手当が加算された結果起こるもので、賃金体系そのものに根本原因があると言える。

同事件のような訴訟が頻発しているが、それは賃金や報酬のあり方の妥当性の問題に帰結する。本来、管理監督者には一般の従業員と明らかに異なる権限と責任に相応しい賃金を支払い、一般従業員の賃金を切り下げるという方向で、日本企業の賃金体系を改める必要がある。

しかし、一方で、日本の企業は、管理監督者への昇進をもって固定給を一挙に引き上げることはできないシステムになっていることも理解しなければならない。企業は、①グローバル化のもとの激烈な競争に勝つためには人件費総額を抑制せざるを得ない、②急速に進む人口減少のなかで優秀人材の争奪戦に勝つには一般職の従業員の賃金を高くせざるを得ないという2つの事情があり、結果的に経営者の報酬も諸外国に比べて低く、管理監督者の賃金が相対的に低下せざるを得ないのである。

また、管理監督者と一般従業員に大きな格差をつけるような賃金体系を導入することは、日本の集団主義という民族性に照らして不可能と言ってよい。欧米並みの格差をつけようとしても、結局は各方面に気を遣い平準化されてしまう。その結果、現実の経営において管理監督者を優遇的に取り扱うことを甚だ困難にしている。

そのこともあり、本稿第1回から繰り返し述べているように自己犠牲の精神を有するものしか現実に管理監督者に選べないし、管理監督者になるにはその覚悟が求められるのである。

なお、この問題については、昇進における「同意権」等についての提言を次回行いたい。

私は各企業に管理監督者性の判断、助言をするに当たって、管理監督者全体の1~2割の者の賃金が一般社員の賃金を下回ることがあっても、それをよしとすることを念頭に置きながらも、管理監督者の賃金額のあり方の基本は、一般社員の少なくとも10%増しでなければならないと説いている。

もちろんこれは原則的な扱いではあるが、このことを通じて管理監督者が「名ばかり」の存在と言われないよう配慮することにもつながるのである。

管理監督者は職責上一般社員に比べ大きなストレスを受ける存在であるから、一般社員より余りにも低い賃金が通常である賃金体系では、やる気を失い働く意欲を喪失することはもち論である。法的にも標準的残業時間に伴う残業代を超えた管理監督者手当が支払わなければならないことは理の当然である。

問題は、管理監督者手当は個別に設定し難く、金額の決定に当たっては、平均実残業時間数をもとにしてそれに責任手当をも加算すべきであるという、慎重で真摯な態度が経営者側に求められる所以がある。それでもなお、所定残業時刻を待ってすぐ退出する者と、月100時間を超すような長時間残業をする者とが管理監督者に混在すればアンバランスが生ずるが、それは制度上やむを得ないと判断するしかない。

しかし、管理監督者である上位者がなぜこうした賃金のアンバランスな状況を受け容れているかと言えば、昇進こそ次への更なる昇進・ステップアップへの現実的可能性を生むからである。昇進は自己実現に向けての大きなステップとして体感することができ、更なる挑戦の始まりとして達成感と高揚感を味わえるからである。

 

賃金問題解決に向けて

それでは私が実務の感覚で考案した管理監督者性判断の一基準をここに紹介する。

行政通達や裁判例の示す管理監督者性の判断基準は数値等具体的なものではないため、現場の悩みは大きい。そこで、店長ひいては事業所長の業務遂行の程度を計り、管理監督者性が認められるかどうか、認められるとしてその賃金問題をいかに解決すべきか検討するために、私は、その統率する部下の賃金総額を基準とする次のような算定を各企業にお願いしている。

即ち、①アルバイトに関するあつれき・矛盾・葛藤等は、社員と比較して経験則上2分の1~3分の1程度であるから、管理監督者のアルバイトに対する気の遣い方も同様であるとの判断に基づき、アルバイト各人の賃金についてまずは2分の1~3分の1とした金額を出す。②そのうえで、当該事業所でのアルバイト人数分を合算する。社員もいればその賃金額はそのまま加算して、当該事業所の基準となる賃金総額とする。③そして、この賃金総額を当該企業の一般社員の平均賃金で割って社員何人分に当たるかを算出し、当該事業所の店長ないし事業所長が統率している規模をカウントするのである。

この算定方式により割り出された店長・事業所長の部下の数が、本社の管理監督者が扱っている平均の社員数の同数もしくはそれを超えた場合は、管理監督者性を認めるべきであると助言している。例えば、本社の課長が平均で社員5人を統括しているとすれば、店長としては社員5人分以上の賃金を管掌しているとなれば、管理監督者として評価すべきことになる。

このような現場の具体的感覚を裁判所に提言し続けることが、弁護士の役割の1つでもあろう。

 

 

IMG_1559.JPG

2016年10月3日(月)11:45 北京龍熙温泉度假酒店にて撮影

 

 

 

第15回「実現不可能な一億総活躍社会」
(平成28年3月28日)

 

 

今年の春闘はベアが縮小し、一部では非正規の賃金が底上げされたというが、雇用者全体の約4割を占める非正規労働者の多くは組合に入らず(パートタイム労働者の推定組織率は7%)、春闘の熱気の埒外にいる。

 

最新の民間給与実態統計調査(国税庁2014年)をみると、年間平均給与額は正規478万円、非正規170万円で、非正規は正規の3割強にすぎず、両者間には甚だしい格差がある。このように低収入の非正規労働者は経済的な自立が難しい状況にある。同じような仕事をしても、雇用形態の違いだけで賃金に著しい格差が生じるのは、法理論の範疇を超えて人道的に許されないといわざるを得ない。経済的に自立できなければ誇りを捨てて働く存在とならざるを得ず、仕事を通じて自己実現を図ったり、達成感や喜びを得たりする機会も極めて少なくなる。

 

非正規労働者は経済不況の深刻化とともに90年代後半から急増し始めた。2003年には雇用者に占める割合が30%を超え、15年には37.5%に達している(総務省「労働力調査」)。非正規労働比率が5割を超え、現状に大きな不満を持つ層が多数派になると、社会不安がより強くなるであろう。おそらくこうした危惧感から、安倍政権は「同一労働同一賃金の実現」「一億総活躍社会」というスローガンを唐突に掲げざるを得なくなったと私はみている。しかし、人件費の総額が決まっている以上、正社員の待遇を下げて非正規の待遇を上げることでしか両者の格差を解消することができないことから、既得権を持つ正社員側の拒絶は強硬であろう。

 

労働運動の総本山である連合は同一労働同一賃金の採用に消極的であり、報道によれば「正社員は残業や転勤のリスクもある。そうした負担も考え合わせて賃金を払うべきだ」という趣旨の発言をしている。

 

政治家も経済界も、連合に脅かされてひるんでいる。政治家は日本の行くべき道を誤ってはならないし、経団連は組合との対決を避けてはならない。格差の解消をめざすのはいまや国是であり、日本に活力を戻す重要な施策なのである。

 

いまから70年前、戦火で廃墟となった日本は国全体が貧しかった。しかし、日本全体が熱気をもって取り組み立派な復興を遂げた。だが、低収入の非正規社員が4割もいる社会では、希望も活力も熱気も望むべくもない。このような状態では「一億総活躍社会」の実現は不可能なのである。

 

論語には「寡(すく)なきを患(うれ)えずして均(ひと)しからざるを患(うれ)う」「貧しきを患(うれ)えずして安からざるを患(うれ)う」という言葉がある。

 

これを格差問題の解消への構図に当てはめてみると次のようになるだろう。つまり、正規と非正規の処遇格差がある(=「均しからざる」)ことを憂うべきで、正社員の賃金をダウンさせることが憂いを解消することにつながるのであり、また、非正規の増大により社会不安が招来することこそが憂うべき事態であり、正社員の賃金が下がり今より貧しくなったとしてもそれを憂うことはないのである。

 

こうした筋道を作るために、政界のトップも経済界のトップも決しても挫けず、真剣勝負であると覚悟してやらなければならない。格差問題を解消し、同一労働同一賃金を真の意味で実現しなければ、日本は生き延びることはできないだろう。

 

  • 話題のテーマについて各界で活躍されている人と対談をする一問一答形式のブログの第2回です。
  • 今回は、会津大学 教授・工学博士趙強福先生にお話をお伺いいたしました。

 

■ ■ ■ ■ 時流を探る~高井伸夫の一問一答 (第2回)■ ■ ■ 
会津大学 教授・工学博士 
趙 強福 先生 
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


[会津大学 教授・工学博士 趙強福先生ご紹介・プロフィール]

 
趙強福先生は山東省济宁出身の中国人である。北京理工大学、日本の東北大学勤務を経て、1995年から創立間もない会津大学に迎えられたという。そして17年前に助教授から教授に任命された時に、会津大学が公立大学であることから、福島県庁に赴いて当時県知事であった佐藤栄佐久氏から辞令書をいただいたとのことであった。

中国人であるにも拘らず、流暢な日本語でお話しいただいた。開明的で学者肌であったが、市井の人と話のできるおおらかさもあった。

今回は、AIに関して趙強福先生に色々とお話を伺った。私どもはAIについてずぶの素人という立場であったが、平易な言葉で説明していただいた。質問したのは、主に株式会社新規開拓代表取締役社長朝倉千恵子様、同管理部古林央子様であり、小生はほとんど傍聴していた。佐藤栄佐久氏も終始立ち会ってくださり、英語でメモを取っておられた。当時、教育長をしていた遠藤教之氏も立ち会ってくださった。また、会津大学理事・事務局長宮村安治様も同席された。

1時間ほどお話をして、またお会いする日を約束して別れたのだが、小生は、AIに関する2年後の講演会に趙強福先生にご登壇いただくことを約束したのである。

 

[今回のインタビュアーは以下の通りです(順不同)]

  • 高井伸夫 
  • 株式会社新規開拓 代表取締役社長 朝倉千恵子 様
  • 同  管理部  古林 央子 様
  • 元福島県知事  佐藤栄佐久 様
  • 佐藤栄佐久様秘書(元福島県教育長) 遠藤 教之 様
  • 会津大学  理事・事務局長 宮村 安治 様

趙強福先生.JPG
会津大学にて撮影(2016年8月6日)

左から 会津大学理事・事務局長宮村安治様、株式会社新規開拓代表取締役社長朝倉千恵子様、佐藤栄佐久様秘書遠藤敎之様、元福島県知事佐藤栄佐久様、高井伸夫

 


 

 

趙先生

まずは、人工知能について少しご説明します。

知能と言えば、人間を基準にすることが多いのですが、人間は感情があるので、場合によってかならずしも知的ではありません。人工知能は感情に惑わされず、ルールに従って解決を導きだします。我々人間は感情が働くので、それが邪魔になってしまいます。感情に従って解を導き出すと、下手な解になってしまいます。

一方、スーパーコンピュータは私たち人間よりもはるかに速く解けますが、プログラムがないと解けません。問題を与えて、計画を立て、計画・ルールが正しければ解が導きだせます。我々人間から見ると、それは全く知能ではありません。ルールに従ってやっただけではないか、ということです。

しかし、最近のAIは、問題を与えると、白紙の状態からスタートして、自ら観測したデータを基にしてバーチャル空間で自ら学習ができます。学習した後、足りない知識はデータを吸収して補います。

知能は、問題を解決する能力です。問題を解決するということは、基本的に探索のです。探索がうまくいけば、うまく解がでます。人工知能は、探索のルールに従って行うと、効率よくできます。それが人工知能のいいところです。

全ての問題は、探索問題です。数学的に解決不可能という問題でも、なぜ不可能なのかを証明することが、探索問題に帰着できます。

探索の過程は、主に二つの動作を含みます。一つは、次に行くべき選択肢を求めること、もう一つは、選択肢を絞ってから探索を繰り返すことです。目標状態にたどり着くと、人間だったら、そこでストップしないでどんどん目標を更新していきますが、人工知能はそこで終わりです。

 

朝倉様

人工知能はゴールが明確で、それ以上のことはしないのですね。プログラムにない発想は人工知能はできないですか?

 

趙先生

これからの人工知能は、それができるようになります。プログラムを書かなくても、探索を繰り返せば、どんな問題でも解決できることは、理論上可能です。コンピュータはどんどん進化しています。そのうち、我々人間が一生かかって解くような問題も、コンピュータは一瞬で解けるようになるかもしれません。

 

朝倉様

医学の分野ではものすごく役に立つと思いますが、いかがでしょうか。

 

趙先生

NHKで「AIが命を救った」というニュースが放映されました。非常に珍しい白血病があって、人間はなかなか正しい診断ができませんでしたが、IBMのワトソンという人工知能が10分くらいかけて世界中の文献を調べて、正しく診断したというニュースです。

実は、そこには落とし穴があります。なぜかというと、どういう病気なのか?人工知能が診断したものは正しかったのか?それはわかりません。

人間の医師は様々な経験を積み重ねて、経験やその場の計測によって正しい判断ができますが、人工知能は世界中から調査して調べます。その中には信頼性の高い資料もあるし、信頼性の低い資料もある。美人の顔を混ぜて平均化すると、普通の顔になってしまうのと同じように、様々な情報の集まりは、必ずしも信頼できない。それに基づく判断は、間違ってしまう可能性が高い。また、最終的に誰が判断するのか、そこは法律的な判断、責任が発生します。

今回はたまたま正しく診断しましたが、様々な病気に対して全て人工知能へ依存しすぎると危険です。

 

朝倉様

誤診が減ると同時に、そこへ依存しすぎると危険ということですね。

 

趙先生

人工知能はあくまで参考に、ということです。例えば、ひらめくためのヒントの種としてはいいですね。それを最終結論として使うと危ないですね。

 

朝倉様

人工知能にかかわらず、なんでもそうですよね。自分の意志で判断したことと、だれかの意見に左右されて決めたことは結果的に人のせいにしたり、後悔したりしますからね。

 

古林様

これから人工知能が発達した時に、ひらめくためのヒントと思っていても頼ってしまう時が来るのでは?

 

趙先生

我々人間は弱い、同時に見られるものが限られていますから、たくさんの情報を与えられたときに判断しきれません。特に時間が限られて、すぐに判断しなければならない時につい人工知能に頼ってしまうでしょう。

 

これは私が最近の国際学会で発表した論文ですが、その中にブラックボックス的に使うのではなく、学習した後にルールに直して、問題に対してステップバイステップで結論を出す。スタートからゴールまで、ルールの形で出して、人間が後から確認する。特に医療的な分野やセキュリティ分野、高速道路の交通管理、電力管理など、全て計算機に任せる。そこを検証できる形で管理しないと、後で危ないことになるでしょう。

 

 

朝倉様

去年、一昨年くらいに映画で、肉体は亡くなっていくのですが、その人の思考は残り、次世代に継承されていく、という物語を見ました。

 

趙先生

今そのような研究が様々なところでされています。自分の体はなくなっても、思考は生き続け、自分の子孫と会話ができます。あたかも、亡くなったおじいちゃんが生きている、ただテレビ会話しているだけ。

 

朝倉様

それってすごいですよね。思考は生き続ける、肉体は滅びるけれどもその人の思想、思考は生き続ける。

 

趙先生

倫理的に、我々人間が守るべきものは何なのか、というところです。体を物として、生命の主として体を残すべきか、魂だけでいいのか。神様に作られた体を簡単に捨てていいのか、別の生物が我々人間と同じように生きていけるのか。

一昨年、アトランタで国際会議があって、'international symposium on independent computing'という会議を催しました。

独立計算のミッションは、我々人間がインターネットやコンピュータに依存しすぎないように、ということです。依存しすぎていると、災害や大地震の時に何もできなくなってしまいます。

 

朝倉様

この人工知能が発展すれば発展するほど、アナログ力が問われると思っています。だからこそ、そんな中で我々が大事にしている「影響力・営業力・コミュニケーション力」を特化するための研修に力を入れていかなければならないと感じています。

 

趙先生

我々教員の立場からすると、明日の授業の準備などに人工知能を使えばいいですけど、人間自身の能力をもう少し伸ばさないと、なんでもAIに依存してしまうようになる。

 

朝倉様

その道を極めた人から認められるとうことは、唯一人間がAIに勝てることかもしれないですね。

 

趙先生

AIに勝つかどうかはなく、AIをいかに利活用することかは大事です。本講座の博士の学生がやっている研究で、携帯に入れるアプリの知的エージェントと言うものがあります。アプリの初期設定は共通ですが、各ユーザーはそれぞれ気持ちが異なっているので、フィードバックすることで、アプリが自分で学習して自分のユーザーに対してユーザーの思考をある程度把握できるようになります。

知的エージェントを、普通のサーバーへ置くと、それぞれの人が何が欲しいかなど現在のアマゾンのリコメンド機能が当てはまります。そこは人工知能のすごいところです。

今は最初のプログラムは共通のことしかできないかもしれませんが、世界中のユーザーが使うことで、AI自身が学習して、AI自身の判断を修正していくんです。会員登録をすると、それぞれの会員の特性、性格までも把握していくということです。ある意味、恐ろしいです。

現実の世界でどういうニーズがあるのかAIがわからないので、われわれ人間が違う立場からどのようなニーズがあるかAIに教ええるとAIが自然に人間のために成長していくかもしれないですね。

 

 

以上

 

 

 

IMG_2250.JPG

2016年9月11日(日)11:46 神奈川県秦野市寺山にてサボンソウを撮影
花言葉:「清廉、賢明な行動」


 

 

 

 

株式会社 開倫塾
代表取締役 林 明夫

 

「教育ある人とは勉強し続ける人」 

 

1.はじめに

(1)高井伸夫先生の大切な教えの一つに、「教育ある人とは勉強し続ける人」がある。ドラッカーの引用である。

 

(2)私は、日本最古の学校のある栃木県足利市に生まれ育ち、現在に至っている。書家の相田みつを先生が、私の母校の山辺(やまべ)小学校近くにお住まいだった。私は、足利の商店主から依頼されて書いた相田みつを先生の書に、小さい頃から菓子店のカンバンや包装紙などで親しんで育ったが、その中で一番気に入っているのが「一生勉強、一生青春」だ。

 

(3)高井先生の大切な教えの一つである「教育ある人とは勉強し続ける人」と、相田みつを先生の「一生勉強、一生青春」は、現代の知識基盤社会、グローバル社会、超少子高齢化社会を持続可能にする大切な考えだ。

 

 

2.健康寿命を平均寿命に1年でも近づけることが、日本を国家破産から救う唯一の方法

(1)高井先生は「企業は原則倒産」と言い切り、企業経営者に強い危機意識を持ち、常に最悪の事態を予想して行動することを教えてくださっている。

 

(2)高井先生の教えの先には「国家や自治体も原則破綻」もあると私は考える。2020年の東京オリンピック・パラリンピックの会場や関連インフラ整備、東京都の豊洲市場の移転整備などを見ていると、予算や計画などが全く無かったかのように、何の躊躇もなくその何倍ものお金を使い果たし、ツケだけを納税者にまわしている。

 

(3)国会や都議会のガバナンス機能がゼロに等しければ、「国家や自治体も原則破綻」は目に見えている。

 

(4)日本人の平均寿命は女性が86歳、男性が80歳を超えたが、一人で生活できる健康寿命とのギャップが女性12.62歳、男性9.31歳と大きすぎるので、国や自治体の医療・介護・福祉の予算が国や自治体の存立を脅かす日も遠くない。

 

(5)医療の発達で平均寿命が男女とも90歳を超える日も遠くない。多くの国民が100歳以上まで生きながらえることのできる国に日本がなることは確実だ。

 

(6)特に、終末期医療の経費は1か月50万円どころではなく、100万円を超える患者も少なくない。人数が少なく、例外的であれば、これに国や自治体は十分に対応できる。しかし、対象者が膨大になれば、また、これに増大する高齢者の医療・介護・福祉の予算が加われば、「国家や自治体破綻」の直接の原因になる可能性は極めて大きい。

 

(7)ではどうしたらよいか。これも高井先生の教えの一つである「事情変更の原則」を援用し、超高齢化社会が到来したのであるから、それに合わせて高齢者の定義を変更する以外にない。

①現在65歳以上の高齢者年齢を75歳または80歳以上と再定義すること

②現在75歳以上の後期高齢者年齢を85歳または90歳以上と再定義すること

③現在85歳以上の超後期高齢者年齢を95歳または100歳以上と再定義すること

貧困者への対策は別途充実させた上で、80歳または平均寿命までは3割負担を原則とする以外、この超高齢化社会を持続可能にする方法はないように思える。

 

(8)高齢者の定義を見直すと同時に、65歳以上の人々の医療・介護・福祉の費用は65歳以上の人々が負担するように社会のしくみを根本から再設計することが、国家や自治体を破綻から回避するためには必要だ。

 

(9)そのための方法が、健康寿命を平均寿命に1年でも近づけることだ。できれば、その差を4年以内に近づけることを国家目標、すべての自治体目標にしたい。

 

(10)どうしたら健康寿命と平均寿命を近づけることができるか。

 

(11)ここで登場するのが、高井先生の「教育ある人とは一生勉強し続ける人」と相田みつを先生の「一生勉強、一生青春」の教えだ。

 

(12)勉強し続ける人は、一人で生活することができ、一生青春という生き方が可能となる。

 

(13)栃木県宇都宮市には、90歳で息子から詩を習い、98歳で「くじけないで」という詩集を刊行、ベストセラー作家となった柴田トヨさんという詩人がいた。

 

(14)「金さん、銀さん」は老後資金をかせぐためと102歳でデビューを果たした。

 

(15)柴田トヨさんや金さん、銀さんのように90歳、100歳をすぎてから新しいことを素直な心で学び始めれば、素晴らしい一生を送ることができる。「手本は柴田トヨさん、金さん、銀さん」として一生学び続け、全国民が一生青春を貫きたい。

 

 

3.高齢者こそ本格的な勉強を実現し、教育ある人を目指すべし

(1)「教育ある人とは一生勉強し続ける人」を実行に移す国民や地域住民が増えれば増えるほど、健康寿命は平均寿命に限りなく近づき、国家や自治体は破綻から遠ざかる。

 

(2)高齢者こそ本格的な勉強を実現し、教育ある人を目指すべきだ。

 

(3)何を勉強したらよいか。私のお勧めは、中学校と高校、大学で学んだ全教科の再学習だ。各々の段階の学校時代を思い出しながら、腰を落ち着けて朝、昼、晩と各2~3時間ずつ学校の教科書や参考書を勉強する。学校の教科書は東京・神田の三省堂書店や教科書取次店に依頼すれば手に入る。

 

(4)山川出版などは、「もう一度学ぶシリーズ」で日本史、日本近代史、日本戦後史、世界史、世界現代史、地理、倫理、政治経済、哲学など高校の教科書内容を刊行している。

 

(5)古文なら、ようやく復刊にこぎつけたちくま学芸文庫の小西甚一先生の「古文の読解」「古文研究法」「国文法ちかみち」を、大修館書店の小西甚一先生の「新装版、基本古語辞典」を用いてノートを取りながらゆっくりと再学習することをお勧めしたい。

 

(6)中学校や高校の理科や数学なら、講談社の新書版、ブルーバックス・シリーズに読むべき本が山ほどある。

 

(7)65歳以上の人こそ、岩波文庫や岩波新書などの古典に挑戦、筆者ごとに全巻読破すべきだ。

 

(8)語学も英語だけでなく、中国語やハングル語、フランス語やドイツ語などにも挑戦したい。

 

(9)NHKラジオでは、この10月から来年3月まで各外国語の入門編がスタートする。10月からのNHKラジオスペイン語講座は昨年の再放送だが、超お勧め。この講座で、日本の外国語教育の最先端を知ることができる。今、どこのジムでも大流行中の「ズンバ」とともにスペイン語を学べば、健康な身体づくりができる。更に、スペイン語と同時に「ラテン語」の基礎を学べば、ポルトガル語、イタリア語、フランス語などの「ロマンス語」も習得可能となる。

 

 

4.おわりに

勉強に遠慮は一切不要だ。高齢者の自主的な勉強が日本や自治体を破綻から救う第一歩と考え、「教育ある人」を目指し、「一生勉強、一生青春」で明るく充実した毎日を送りたい。

 

2016年9月20日(火) 

*次回は、高井先生の教えである「心の経営体を目指して」をお送りします。御期待ください。

 

 

開倫塾のホームページ(www.kairin.co.jp)に林明夫のページがあります。

毎週、数回更新中です。

お時間のあるときに、是非、御高覧ください。

IMG_2221.JPG

2016年9月11日(日)丹沢大山国定公園にて撮影




第14回「メンタルヘルスとトレーナー」
(平成28年2月29日)

 

 

2015年のラグビーW杯での日本代表チーム大健闘の立役者のひとりとして、メンタルコーチ荒木香織氏(兵庫県立大学准教授)の存在に注目が集まったことは、心の問題が大きなテーマとなっている社会全体の状況にも符合するものだろう。

 

私が本紙に「精神健康管理入門」(全33回)を連載したのは32年ほど前、1984年のことである。89年8月にはこの連載に一部加筆し、『判例からみた企業における精神健康管理』という本にまとめた。当時はメンタルヘルスという言葉は一般には使われておらず、同書まえがきで私は「精神障害者が企業において大きな問題として最近クローズアップされてきた。」「(精神障害者に対する)暖かみのある態度が企業にも要求され、それには雇用の場にも強く意識される時代が来つつある」と書いたが、当時は働く者の心の病はさほど広がりのある深刻な論点とされていなかった。

 

国立社会保障・人口問題研究所によれば、自殺やうつ病による社会的損失(単年)は2009年の例で約2兆7000万円と推計されている。また、WHOは今から30年後の予測として、世界全体の疾病負荷(疾病により失われる生命や生活の質の総合計)が一番大きくなるのはうつ病であるとしている。このように心の病が世界共通の重大問題であるという実情をみれば、昨年12月1日施行の改正労働安全衛生法66条の10により新設されたストレスチェック制度は、「『うつ』などのメンタルヘルス不調を未然に防止するための仕組み」とされているが、働く者への配慮だけでなく、心の病によって生じる社会的損失を防ぐために、労働者の自己保健義務をあえて国が補完しようとするものと捉えることもできるだろう。そして、こうした予防の観点から、メンタルヘルストレーナー・メンタルコーチに日頃の指導を求める気運が社会全体で高まってゆくのは必然であろう。

 

ところで、メンタルヘルス不調に陥る原因は何であろうか。人事・労務問題を長年手掛けてきた立場からすると、真実発見と発展・成長を欲する人間の本能が一因ではないかと思う。

 

人間は、真・善・美を尊び、真実発見に向けた本能を有するがゆえにこれまで進化を遂げてきた。そして20年ほど前から急激にIT化によるスピード時代となり、働く者に高度な処理速度と処理能力が求められるようになると、自分の限界を超えてまでも激しい競争に耐え、真実に近づこうとする者は、脳と身体を疲弊させストレスをためこみ心の病となり、身体にも変調をきたしてしまうのではないか。あるいは、身体の不調がもたらすストレスが原因で心を病むこともあるだろう。ストレスの感じ方は千差万別で、適度な好ましいストレスは仕事の責任感と覚悟を醸成し、人を成長させる側面もある。その意味でストレスの良否の見極めが重要になってくる。

 

日常的にコンピューターやIT機器に囲まれて生きる私たちは、人間もまた自然界に身を置く生き物であるといった意識をほとんど失っている。心の健康を保つには、自然と一体となる時間を持ち、適度に身体を動かし、他者との良好なコミュニケーションで心を解放し、ストレスを外に吐き出す工夫をして、脳と身体の疲弊を予防するしかないだろう。しかし、こうした方途を自力で為し遂げられない人も多いはずだ。今後は、一人ひとりがメンターあるいはメンタルトレーナーを持つ時代が到来するのではないだろうか。

 

9月15日(金)から、新連載「時流を探る~高井伸夫の一問一答」がスタートしました。
話題のテーマについて、各界でご活躍されている方々と高井等の対談を一問一答形式で掲載しますので、ぜひご覧ください。

  • 話題のテーマについて各界でご活躍されている方々と対談をする一問一答形式のブログを始めることにいたしました。
  • 第1回目は日本マクドナルドホールディングス株式会社代表取締役副社長兼最高執行責任者(COO)下平篤雄様です。

 


 

■ ■ ■ ■ 時流を探る~高井伸夫の一問一答 (第1回)■ ■ ■ 
日本マクドナルドHD株式会社
代表取締役副社長兼最高執行責任者(COO)
下平 篤雄 様 
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


[日本マクドナルドホールディングス株式会社
代表取締役副社長兼最高執行責任者(COO)下平篤雄様 プロフィール]

下平篤雄様.jpg

 
下平様は、1978年に日本マクドナルドに入社され、中央地区本部長やコーポレートリレーション本部長、営業推進本部長などを経て、2005年からは代表取締役を務められています。 その後、2009年に同社大手フランチャイジーであるクォリティフーズ株式会社に出向、後に転籍され、同社執行役員副社長を務められた後、2015年1月に、日本マクドナルドに再入社され、上席執行役員フィールドオペレーション本部長を務め、同年3月より持ち株会社である日本マクドナルドホールディングスと、事業会社日本マクドナルドの副社長兼最高執行責任者(COO)としてご活躍されています。

 

[今回のインタビュアーは以下の通りです]

  • 高井伸夫 
  • 株式会社ことば未来研究所 代表取締役 鮒谷周史 様 

 

 


 

高井

3月29日に株主総会が終わりましたが好評だと聞きました。業績は回復したのでしょうか。


下平様

おかげさまでセールスも順調に回復してきています。 前年は残念ながら、大きく収益が悪化しましたが、今年上半期の利益も順調なトレンドとなっています。

 

高井

顧客からの信頼が回復してきていると言えるのでしょうか。


下平様

お客様の声を謙虚な気持ちでお伺いし、食の安心、安全にかかわる改善のための取り組みを会社として積極的に実施してきました。その結果、お客様には少しずつご理解をいただけるようになってきていていると確信しています。

 

高井

今、業績が好調に推移していらっしゃるのは、どういう理由があるのでしょうか?


下平様

1つ目は、お客様の店舗体験を向上するためにQSC&V(Quality:最高の品質、Service:スピーディで心のこもったおもてなし、Cleanliness:清潔で快適なお食事空間、バリュー:お客様にとっての価値ある店舗体験)にフォーカスした取り組みを積極的に行ってきました。マニュアルの変更を行ったり、新しい清掃キットの導入も行ってきました。 また、店舗施設にも積極的な投資を行ってきました。モダンなデザイン、使いやすい客席等、店舗の空間の改善を行うことで、快適にお店でお食事を楽しんでいただけるようにしています。

 

高井

どのくらいの店舗が変わったのですか。

 

下平様

全体で2900の店舗がありますが、本年度末には60%以上のお店がモダンな店舗になる計画となっています。

 

高井

2分の1以上ですね。

 

下平様

2018年までに残りのほとんどの店舗の改装を進めてまいります。多くのお店のQSCが改善され、清潔になって、お客様の店舗体験も大幅に向上したのではないかと考えています。QSCはお客様などの評価をスコア化し、40年間以上継続してトラッキングして、その動向を注視していますが、そのスコアが昨年くらいから着実に向上してきました。これも最高のQSCを担う人材への投資を積極的に行ってきた結果だと考えています。 さらにおいしく魅力的なメニュー、マクドナルドらしさ、そしてバリュー、すなわち価値を感じていただける商品、この3つに集中してお客様にお喜びいただける商品の提供に力を入れています。マーケテイングもお客様とのつながりを大切にした活動を行っています。商品開発では昨年からお客様の声をうかがうことに力を入れ、今年はたくさんの期間限定商品がお客様にご好評をいただきました。

 

高井

どのような商品ですか?

 

下平様

今年の上半期では「名前募集バーガー」という商品がありました。北海道産のほくほくポテトを使った商品で、お客様からもご好評をいただいたバーガーです。 このプロモーションは、お客様と繋がろうという取り組みが大きな特徴です。具体的にはお客様から商品の名前を募集しようということで、まず「名前募集バーガー」と命名しました。私たちの予想では、当初は100万件ほどの応募になるだろうと想定していましたが、いざ募集を開始してみたら、何と500万件以上もの応募をいただきました。

 

高井

500万件

 

下平様

そうです。500万件。大変多くのお客様にご興味をおもちいただき、応募していただきました。

 

高井

500万件というのは反響がすごいですね。当選者はなにか賞品などがもらえるのですか?


下平様

名前募集バーガーは「北のいいとこ牛っとバーガー」(きたのいいとこぎゅっとばーがー)という名前に決まりました。当選者の方にはこのバーガーの10年間分にあたる賞金を差し上げました。

 

高井

いくらくらいですか。


下平様

140万円くらいです。

 

高井

その次にヒットしたのはどんな商品ですか。


下平様

その次はグランドビッグマックという商品で、ビッグマックをさらに大きく、おいしくした商品です。

 

鮒谷

ポケモンGOとのコラボレーションによる集客効果はよかったのでしょうか?長時間滞在されたりとか、功罪いろいろあるかと思いますが、いかがでしょうか?


下平様

今のところ幸いなことにお客様からお叱りを頂戴することはほとんどありません。ただ、引き続き店舗には気を抜くことなく、お客様に快適にお食事をしていただけるよう注意することを伝えています。

 

鮒谷

ゲーム目的の利用者が長時間滞在することによって回転率が下がったり、 客単価が上がらない、というような話はありますか?


下平様

今のところ、そのような話はありません。株式会社ポケモン様とは2001年からお付き合いがあります。毎年のように何らかの企画をご一緒させていただきましたので、今回、このようなコラボレーションが実現いたしました。

 

高井

人の問題で投資をしたと先ほどおっしゃっていましたが、具体的にはどういったことをしたのでしょうか。

 

下平様

やはり人の投資と言いましても、まず大切なのは、コミュニケーション、つまり風通しのよさだと考えます。弊社は、フランチャイジーが店舗の68%を占めています。200人近いフランチャイジーのオーナーの方々がマクドナルドビジネスの大きな柱のひとつで、1オーナーあたり平均10店舗以上を運営しています。オーナー様1人1人とコミュニケーションを密にしなければその先のお店にまでは届きません。単に風通しをよくしようとしてもできませんから、組織を大きく変更いたしました。

 

高井

組織を全部変えてしまった?どういうふうに変えましたか?

 

下平様

フランチャイジーとのコミュニケーションを改善するために、地区本部制にしました。これまでは新宿オフィスで一括管理を行い、そこから各地域に情報をおろしていくヒエラルキーの組織となっていました。そこで、適切なコミュニケーションができるように権限移譲も行い、組織を大きく変えました。縦の組織より、地域密着した柔軟に対応できるアメーバのような組織に変えました。

 

高井

アメーバ組織ですね。

ところで、医食同源を活かして、メニューを作ったらどうですか。健康志向の高まりと、少子高齢化で、高齢者向けの商品開発も需要があるのではないでしょうか。


下平様

ご提案、有難うございます。医食同源ですね、日本ではシニア層の割合が増えていますので健康の問題も大切だと思っています。大切なのは食生活のバランスだと思っています。あらゆる年齢の方にお食事を楽しんでいただくのが私たちの使命だと思っていますので、これからの時代に合ったメニュー開発も重要なチャレンジだと認識しています。

 


 

 

下平様は、事業に対して非常に真摯に取り組んでいらっしゃり、 このたびもご多忙の中、時間をお割きくださり、 様々な質問に対しても丁寧に、誠実に受け答えくださり、 大変に、律儀で実直な方でいらっしゃいました。

 

以上

 

IMG_2150.JPGのサムネール画像のサムネール画像

2016年8月28日(日)12:02 千葉市若葉区の風戸農園にて初雪草を撮影
花言葉:「好奇心、穏やかな生活」 

 

 

第12回 管理監督者問題の本質(4)
(2008年8月4日転載)

 

 

裁量性欠くとは言えず

「日本マクドナルド事件」(東京地判平20・1・28)は、店長職にある者が自らは管理監督者(労働基準法41条2号)に該当しないとして、会社に対して時間外割増賃金等を請求した事案であり、裁判所は「被告(=会社・筆者注)における店長は、その職務の内容、権限及び責任の観点からしても、その待遇の観点からしても、管理監督者に当たるとは認められない」として、過去2年分の時間外割増賃金等約755万円の支払いを会社に命じたものである。

管理監督者問題の「まとめ」を述べるにあたり、まずは、本判決は企業の実態を必ずしも捉えておらず適切でないとして、判決骨子とそれに対するコメントを述べたい。

企業では現場主義で経営しなければ生き残れないというのが今や常識であるが、現在の中央集権的な本社機構では現場の細かい事象まで監督できないのは明白である。事業所の数が増え、グローバル化によって把握する地域が広がるという状況のもとではなおさらである。

本判決は、基本的には本稿第2回・第3回でも言及した行政通達(昭和22・9・13発基17号、昭63・3・14基発150号)に則って店長の管理監督者性を、①職務内容・権限・責任、②勤務態様、③待遇の面から判断している。これらについて、ひとつずつコメントしていきたい。

 

①職務内容・権限・責任についての判断

本判決は「店長は…労務管理に関し、経営者と一体的立場にあったとはいい難い」「店長の職務、権限は店舗内の事項に限られるのであって、企業経営上の必要から、経営者との一体的な立場において、労働基準法の労働時間等の枠を超えて事業活動することを要請されてもやむを得ないものといえ(る)ような重要な職務と権限を付与されているとは認められない」とする。

しかし、この裁判所の認識は(a)統一的協同体としての企業における現実の役割および(b)企業における現実の現場の重要性を正しく認識していないと言わざるを得ない。

(a)企業における現実の現場の役割

店長の権限が労務管理も含めて店舗内の事項に限られるのは至極当然のことであり、その上位組織が管轄している事柄については希望を伝えたり要請することならいざ知らず、くちばしを入れることなど組織の常識としてあり得ないし、あってはならないことである。もちろん、小なりといえども、店長は気掛かりなこと等を上層部に具申することはできるし、そうあらねばならない。

また、企業は統一的協働体でなければならないから、その意味において店長の権限は無限定とはなり得ず、裁量性に限界があるのは当然である。ことに大規模企業になればなるほど、企業としての信用を保持するためにも、店舗ごと・事業所ごとの運用に均一性を持たせる必要もある。問題は、より裁量性があれば店長・事業所長の働く意欲が一層強まるということであるが、他にも裁量性を大いに発揮すべき分野があるから、このことを以って裁量性を欠くとは必ずしも言い得ない。

つまり、しかるべき事業所であればあるほど、日々問題・難題が次々と生ずるから、当該企業の規則・運営方針に基づいて直ちに処理していかざるを得ず、それには店長・事業所長の幅広い裁量がなければ現実に迅速な展開はできない。店長・事業所長の腕次第という世界が現実に展開するのである。

(b)現実の現場の重要性

企業において現実に現場を知るのは店長等の各拠点の責任者であり、彼らは経営と一体であるがゆえに上位組織に対して報告・具申・助言等を行うべき立場にある。

企業は、本社だけで現場の細かい事象まで監督できないのは明白であり、現場主義でなければ成長はおろか生き残れないのは、常識であることは前述のとおりである。大規模企業・グローバル企業であればあるほど、現場の意見を尊重せざるを得ず、現場責任者の役割はより一層重要になってきている。現場を知り、現場のことを集約して本社により的確な情報を提供できるのは彼らしかいない。

このように、労務管理も含めた経営に関する事項の全てにわたり、何らかの形で店長の意見が貴重なものとして斟酌されているのは実態であるから、その意味で店長は経営と一体である管理監督者であり、極めて重要な立場にあると言える。裁判所は、企業におけるこうした現実の現場の意義を強く意識しなければならない。

なお、企業経営にとって「一国一城」と評価できるような重要な拠点の事業所長である店長には、この面でも一定の役割と権限を付与して然るべき裁量権を認めれば、経営に参画している認識が生まれる。そうすれば日々やりがいを感じて仕事に取り組むはずだ。そして所定の成果を上げれば、店長の責任の大きさとその功績の程度に応じて待遇する仕組みにすればよい。

即ち、いずれの企業であれ、然るべき事業所の店長・事業所長であれば、管理監督者性を認めるべきなのである。

 

②勤務態様についての判断

本判決は、「…被告(=会社)の勤務体制上の必要性から、…法定労働時間を超える長時間の時間外労働を余儀なくされるのであるから、かかる勤務実態からすると、労働時間に関する自由裁量性があったとは認められない」とする。

しかし、官民問わず、上司ほど長時間にわたって労働をすることが本来あるべき姿であり、例えば現代においては、社長といえども“重役出勤”するなど論外であることは言うまでもないし、一般上司においても同様である。

より本質的に言えば、現場重視という経営の本道からして、店長等の現場責任者は単なるマネージャーではなくプレーイングマネージャー化してきたことは広く企業一般の流れであるが、そうなればシフト勤務にも就かざるを得なくなる。

そしてそこで着実かつ瞬時に問題を覚知し、これに対する解を与えるのが現場責任者である事業所長としての店長の重要な役割となっている。そのような状況において日々どのような勤務に就くかは自らを律して決めるべきであることは言うまでもなく、まさに臨機応変の勤務姿勢が店長・事業所長には求められるのである。

 

実態とかい離した認識

このように、自分自身の1日の時間の配分即ち自らを差配すること、さらには部下の一日の時間の配分・差配等々、まさに店長は手腕・力量・裁量を発揮すべき重要な分野を当然抱えているのである。

事実、管理監督者の労働時間について、裁判所が言うような自由裁量が認められている企業など、現実にはほとんどないだろう。この点も、裁判所は実態と乖離した認識をしていると言わざるを得ず、勉強不足との謗りを免れまい。

 

 

来週9月15日(金)から、新連載「時流を探る~高井伸夫の一問一答」がスタートします。
話題のテーマについて、各界でご活躍されている方々と高井等の対談を一問一答形式で掲載しますので、ぜひご覧ください。

 

コラージュ05.jpg

全て2016年8月28日(日)12:00頃千葉市若葉区の風戸農園にて撮影
右から時計回りに
落花生 花言葉:「仲良し」
タマスダレ 花言葉:「便りがある、期待」
オクラ 花言葉:「恋の病」

 

 

第13回「コンプライアンス」
(平成28年2月1日) 

 

 

「道徳を忘れた経済は罪悪であり、経済を忘れた道徳は寝言である」「道徳なき経済は経済に非ず。経済なき道徳は道徳に非ず」―前者は二宮尊徳、後者はその思想から大いに影響を受けた日本資本主義の父、渋沢栄一の言葉である。これらが指摘するのは、資本主義経済において経営者が最優先で取り組むべきは、より良い物やサービスを生み出し消費者や社会に貢献しようとする良心的な創造・生産活動であり、利益は結果としてもたらされるのだという戒めであろう。この思想こそが企業の社会的責任の本質なのである。

 

2015年は企業の社会的責任を改めて考えさせる重大事件が目立った。フォルクスワーゲン社の排ガスデータ改竄事件、東芝の不正会計事件などの報道が連日なされ、これら不正が長期にわたり組織的に行われていたことを知るに至っては、まさに言葉を失う。特に、歴代3人の社長らの責任が糾弾され、過去最大5500億円の赤字(2016年3月期連結純損益)が見込まれる東芝は、従業員1万人をリストラし複数事業の統合・譲渡・売却を断行せざるを得ず、さらには経済産業省などが支援に乗り出したとの報道をみれば、企業として存続さえ危ぶまれる状況である。自ら退職する優秀な人材も続出するだろう。私の経験からすると、全体の3分の1が流出すると、その企業は倒産の危機を迎えるといって良い。

 

私が最も憤りを感じたのは、東芝が設置した第三者委員会の報告に従い、東芝の監査委員会が現旧役員98人のうち経営責任を5人だけに認め、彼らへの3億円(連帯債務)の損害賠償で幕引きを図ろうとしたことである。経営陣の責任によって多くの利害関係者がどれほど損害を被っているか理解していないといわざるを得ない。東芝は、商法改正以前の98年に執行役員制度を導入するなど、日本の企業統治改革のリーダーだったという。法令を遵守した外形的に立派な企業で経営陣が不正を行っていたとなれば、仏作って魂入れずどころか、仏そのものをないがしろにしたことになる。

 

コンプライアンスは、一般に法令遵守とされるが、法律さえ守っていれば良いという考えは根本的に間違っている。私は、コンプライアンスとは、企業に利益をもたらす人々との信頼関係を仕組み化することであると考えている。これをかみくだいていえば、良心に基づく経営こそが企業の原点であり、コンプライアンスそのものなのである。良心を核に私心を排し邪心を削いで、自立心・自律心・連帯心・向上心を発揮する良心経営を原点にしてこそ、企業は大衆に支持され業績を伸ばすことができる。経営者が良心に恥じる言動をとれば、その企業は社会的に糾弾される。そして、真の意味でのコンプライアンス=良心経営を行えない企業には、社会的制裁という突然死があるのみである。

 

企業活動に携わる皆さんには、二宮翁、渋沢翁の教えをかみしめてもらいたい。経済活動の土台は道徳と良心なのである。そして私たち弁護士は、法曹倫理を厳守し、真のコンプライアンスの牙城たる社会的責任を負っていることを肝に銘じなければならない。東芝の第三者委員会は、役員らに対して3億円ではなく300億円請求すべしとするほうがまっとうな見解であろう。同委員会の委員の半数が弁護士であるが、法曹倫理の点からみても、彼らは自らの判断に極めて重大な責任を負うことをあえて指摘しておく。

 

IMG_2076.JPG

 

2016年7月31日(日)8:28 東京都千代田区五番町12にて百日紅を撮影
花言葉:「雄弁、愛嬌、不用意」

 

 

株式会社開倫塾
代表取締役社長 林 明夫

 

『「無用の用」(無の効用)を考える』

 

1.はじめに

高井伸夫先生がいつも口になさり、また、このブログの表題でもあるのが「無用の用」だ。そこで今回は「無用の用」について考える。

 

2.高井伸夫先生の愛読書、佐藤一斎著「言志四録」(全四巻)の第一巻「言志録」の「無用の用」は極めて示唆に富む。

 

『無用の用

1.

(1)世の中の物事は、自然のなりゆきでそうならざるを得ないものがある(皆、存在理由はあるのだ)。

(2)とかくすると、学問があると称する人は、あるいは人の行なう事を排斥し、「無用」物視する。

(3)そしてことに、「天下には無用の物もなければ、無用の事もない」ことを知らない。

(4)学人が排斥して、「無用」物視するものが、大いに役に立つことがある。

(5)もし、人間の衣食住に何ら役に立たないものは皆「無用」であると考えるならば、天の神は、なぜ「無用」の物を数多く作ったのだろう。

(6)用材にならない草木、食用にならない鳥獣や虫魚などがある。

(7)天が果して、如何なる用途を目してこれらのものを生ぜしめたのか、人間の考えが及ばない。

(8)易経に「あごのひげをのばして儀容を飾る」とある。

(9)其の鬚も何の役に立つものであろうか。

(10)我々はそう簡単に物を考えてはいけない。自然のなりゆきというものがあるのだ。

 

2.

(1)前条の理屈を人間の事に当てはめてみよう。

(2)一年中の仕事はさまざまであるが、これを算えてみれば十の中の七は「無用」である。

(3)ただ人は平和な時代にあって、心を寄せるところがないと、「大学」にいう「小人は閑居して不善をなす」ことも少なくない。

(4)今の世は、貴いも賤しいも、男も女も、「無用の用」が多くて、それに引きまわされて忙しく働いているから、悪い事をしようという気持の起こることが少ないのであろう。

(5)これも「無用の用」ということであろう。

(6)思うに、太平無事な世の中では、こうならざるを得ないのも、また、自然のなりゆきである。』

 

以上は、佐藤一斎著、川上正光全訳注「言志四録(一)全四巻」講談社学術文庫、講談社1978年8月10日刊、P128~131より引用

 

3.「老子」第11章、「無用の用(無の効用)」

佐藤一斎はおそらく「老子」第11章の「無用の用」から学び、「言志四録」を執筆したと思われる。

 

『無用の用(無の効用)

1.〔題意〕

(1)世人は形あるものの有用性は良く知っているが、形なきもの、空虚なるものの有用性を認識しているものは少ない。

(2)家の屋根・柱・床などは、人を居住せしめる室の空虚な部分を形づくるためのものである。

(3)ところが、それに気づいている者は少ない。

(4)かく空虚な部分が真に有用であることを説き、これより連想させて、無すなわち道の有用であることを読者に悟らしめようとするのがこの章の趣旨である。

(5)無の有用なるを説くという意味で、「無用」とこの章に題されているのは適切。

 

2.〔書き下し文〕

(1)三十の輻は一轂を共にす。

(2)其の無に當りて車の用有り。

(3)埴を挻して以て器を爲る。

(4)其の無に當りて器の用有り。

(5)戸牖を鑿ちて以て室を爲る。

(6)其の無に當りて室の用有り。

(7)故に有の以て利を爲すは、無の以て用を爲せばなり。

 

3.〔通釈〕

はじめに(道はその存在が知られない。いわば無の如きものであるが、その働きを譬えると次のようである。)

(1)車輪の三十本の輻(や)は一つの轂(こしき)の空虚な部分に集中している。

(2)その轂の空間部が軸を通しているからこそ始めて車輪はその働きをなすことが出来るのである。

(3)粘土をまるめて器を作る。

(4)その器は中の空間部があればこそ物を容れるという器の働きが果たされるのである。

(5)また戸や窓をあけて室を作るが、

(6)室というものは人を容れる空間部があればこそ室としての働きをなすことが出来るのである。

(7)このような訳であるから、有すなわち存在するものが人々に利をもたらすのは、無すなわち存在しないもの隠れたるものが働きをなすからである。

おわりに(道あればこそ万物の働きも可能であり有用となってくるのである。)

 

4.〔語釈〕

(1)三十輻「輻」は車輪の矢。河上公注によると、昔は月の日数に法(のっと)って車輪には三十本の輻を用いたという。

(2)共一轂「共」は同じくするの意。「轂(こしき)」は車輪の中心にあって軸(じく)を通し、輻を集めている部分。

(3)挻埴「埴」は粘土。

 

5.〔余説〕

(1)老子や荘子には普通人の考えも及ばない物の見方や考え方が随所に見られる。

(2)この章の如きはその良い一例である。

(3)道という虚無なものの存在を、一般世人は普通意識していない。

(4)それに対して、実はこれこそ最も尊いもの有用なものであるとして、器や室の例を取って合点させる。

(5)その譬喩の巧みさ、着想の奇抜さは、ちょっと他に類を見いだせない。

(6)油絵の如く、画面一杯に絵の具を塗りつけ、いささかの余白をも残さない洋画に対して、中国の絵画は古来主材を簡潔に描くのみに留めて、余白を生かすことに苦心が払われていると聞く。

(7)こういう、いわゆる「無の芸術」の思想根拠も、かような老荘の「無の効用」の思想に由来するのではあるまいか。』

 

以上は、阿部吉雄・山本敏夫著「新釈漢文大系、第7巻、老子」明治書院1966年10月30日刊、P27~29より引用。

 

4.

(1)このように、言志四録を川上正光全訳注の講談社学術文庫で、「老子」を阿部吉雄・山本敏夫著の明治書院の新釈漢文大系でお読みになると、なぜ高井伸夫先生が「無用の用」の大切さを人々に訴えておられるのかがよくわかると思います。

(2)後者は極めて詳細でこの上なくわかりやすい作品ですが、少し高価なので、図書館で御覧頂くか、蜂屋邦夫訳注の「老子」ワイド版岩波文庫、岩波書店2012年4月17日刊でお読みになることをお勧めいたします。

 

5.最後に一言

(1)高井伸夫先生の素晴らしさは、佐藤一斎の「言志四録」はじめ様々な古典に絶えず親しまれ、現代社会に最も必要なテーマを、古典のことばを通して示されることにあります。

(2)高井先生は、「四書」、つまり「論語」「孟子」「大学」「中庸」など儒教だけでなく、「老子」など道教の考えにも精通し、人生にとり、また、リーダーを目指す人々にとり何が大切かを優しく示してくださいます。

(3)論語や孟子も大切ですが、「無用の用」、「無の効用」など道教はその教えの中で最も現代が必要とするものと確信します。

(4)最大の問題は、「言志四録」のような日本の古典や「老子」のような中国の古典を読み込むことなくリーダーを目指す人々が余りにも多いということです。

(5)日本や中国の古典の深い理解ほど役に立つ勉強はありませんので、今からでも大いに学んで参りましょう。

 

2016年8月24日(水) 

 

 

開倫塾のホームページ(www.kairin.co.jp)に林明夫のページがあります。

毎週、数回更新中です。

お時間のあるときに、是非、御高覧ください。


ご利用案内

内容につきましては、私の雑感等も含まれますので、真実性や正確性を保証するものではない旨ご了解下さい。

→ リンクポリシー・著作権

カレンダー

2019年10月
« 9月    
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

最近の投稿

カテゴリー

月別アーカイブ

プロフィール

高井・岡芹法律事務所会長
弁護士 高井伸夫
https://www.law-pro.jp/

Nobuo Takai

バナーを作成