「明るい高齢者雇用」
第36回 新しいものを拒否―衰える心身機能:再教育が不可欠に
(「週刊 労働新聞」第2182号・1997年12月22日掲載)
高齢者に意欲を持たせるということは、新しいものに対する理解に努める姿勢を堅持させることであるが、さらには、あることを成し遂げたという達成感を与えることで意欲の衰退を防ぎ、それを保持させることにもつながろう。それには教育というものが必要だし、これが自己啓発を刺激していく。さらに本人の好きなものの領域、即ち指向性のある領域で活躍させるのが、意欲を継続させる方途となる。「好きこそ物の上手」という言葉もある。彼が好まない、あるいは嫌悪する領域で仕事をさせても意欲が沸くはずがないのである。もちろん、中年までの職場生活で意欲が沸かないような仕事ぶりや、達成感が不足するような仕事を長年続けて、突然、高齢になってから教育を始めても成果は期待できない。何事も先を見通すことが必要である。
労働科学研究所から出版されている「年齢と機能」という書物の中に高齢者の行動特性について興味深い箇所がある。参考となるので少々長いが引用してみる。
「…いままでに報告されている心理的諸機能の経年変化を見ると、心理的機能によっても違うが、ある年齢にあると衰退を示すが、経験の価値感覚は…年齢とともに広がりを増し、多様化するはずである。ところが高齢者には何をしても『満足しない』『喜びを感じない』『過去の生活だけを回想し、懐かしむ』『自分の考えだけを頑として守り押し通す』というようなことがしばしば観察されるが、これは価値属性の感覚の不毛を意味する。行動の価値属性の感覚がなければ、個人の過去の基準が少しも動かないこととなる。そのことが『過去の回想』『頑固』となって現れる。高齢者は若年層に比べて成長発達の長さにおいて一歩先んじているのであるから、経験を豊かにする条件において勝っているはずである。しかしもう1つの条件である全生活状況の範囲の広さと多様性において、個人的あるいは社会的に極めて大きな制約を受けている。例えば生理的機能において高齢者は著しく衰退を示すため、活動範囲が限定されるとか、定年制などによってやむなく職を離れなければならないといった制約が、経験の価値感覚の増加を止め、価値感覚の基準を固定化している。…」(森清善行『中高年者の心理的機能―その問題点』労働科学叢書66「年齢と機能」66-74頁)。
人間は、外界に働きかけを行い、その結果として得られる情報を、意味を持つつながりを付けて記憶などのネットワークの中に保持し、生きた情報にするといわれている。このネットワークから得た情報を基に、常に更新された認知構造を持って外界を認識し、再び働きかけを行っているという。この基ともなる視覚や聴覚機能や記憶機能などの加齢に伴う低下は、外界からの新たな情報の受け入れとその情報の保持を難しくする。これは新しく変わる認知構造の幅を小さくさせることにつながる。その結果、すでに獲得されている経験からの情報に依存して、物事に退所しようとする行動をとりがちになるのである。従って、いかにして新たな認知構造を付与していくかということが高齢者を巡る教育の視点となろう。