「AIと私たち」

第1回 AIの歴史~フィクションから現実へ~

 

今やすっかり日常に浸透した「AI(人工知能)」。街ですれ違う人がごく自然に「AI」と口にしているのを耳にする。

私が本格的に(といっても素人の域を出ないが)AIについて勉強を始めたのは2015年の春頃。研究者を除けば日本でAIに関心を持つ人間は限られていた。しかしそれでも日々、新聞各紙面の後ろの方に小さな関連記事を見つけられており、「AI時代」の到来を感じた私は、より早く、多くの方にAIを身近に感じ、考えていただく機会となることを願い、各所のお力を借りながら幾度もセミナーを開催し、自らの論稿や著作でも取り上げてきた。

多くの人々にとってAIが別世界のことではなくなった今、ひとまずのものとして、自らの学んだ足跡を発信していく。

 

2016年3月、我が国におけるAIの一般認知度が急激に上がった。Google DeepMindのAI「アルファ碁」が韓国のトッププロ棋士・李世乭(イ・セドル)を打ち破り、「AIが人間を超えた」とメディアが連日大々的に取り上げたためである。「AIとは」という特集が各所で組まれ、家電、スマートフォン、会計・経理ソフト、コミュニケーションロボットなど、実はすでにごく身近に浸透していたAIが、ついに日の目を浴びることとなった。

 

「コンピューター」「ロボット」「AI」の三者、特に昨今「ロボット」と「AI」は混同されがちだが、コンピューターは人間の操作を受けて処理を行う電子計算機にすぎない。代表例がパソコンだ。このコンピューターに人間同様の知能を実現させたものがAI(artificial intelligence)である。これに対し、ロボットとは、人間がコンピューターを操作して行うような処理を、自身で自動的に実行できる機械である。簡単にいえば、人間の心や頭脳(ソフトウェア)を機械化したコンピューターがAI、コンピューターを操作する身体(ハードウェア)を機械化したものがロボットと言えよう。

今の日本人の多くは幼少期から鉄腕アトム(手塚治虫)やドラえもん(藤子・F・不二雄)といった「心を持ち人間を助けるロボット」と共に育った。「ロボット」と聞けば彼らを思い浮かべる人が少なくないはずだ。では現実のロボットはどうであろうか。一昔前までは製造業における産業用ロボットが主流であり、日本は長年「ロボット大国」としてその技術力を世界に誇ってきた。しかし、昨今の高齢化や人口減少に伴い、医療や介護、サービス業といった非製造業でのロボット需要が高まり、搬送作業や介護の負担を減らす装着型ロボット、コミュニケーション型ロボットなどその種類は多岐にわたるようになった。それはAIの発達と共にあったと言っても過言ではない。AIとロボットが組み合わさったことで、フィクションの中のロボットが次々と現実化しているのが今の世界である。

 

さて、AIの歴史は意外にも長い。古代の神話や伝説などに起源し、中世の錬金術やホムンクルス、ゴーレムを経て、19世紀には人造人間や思考機械というアイデアに発展。メアリー・シェリーの小説「フランケンシュタイン」やカレル・チャペックの戯曲「R.U.R.(ロッサム万能ロボット会社)」が発表された。

AIが「科学」として研究され始めたのは1940年代。以来、AI研究はブームと「冬」の繰り返しだった。1956年に学問分野として確立された際は第1次AIブームが巻き起こったものの、高まりすぎた期待に応えられず、1970年代には一転「冬の時代」となり、批判と資金縮小に晒された。1980年代になると第2次AIブームが到来、日本政府や企業も500億円以上の資金をAI研究に注ぎ込んだが、80年代末には再び投資が撤収された。

こうした中、1997年に米IBMが開発したスーパーコンピュータ「ディープ・ブルー」が、当時のチェスの世界チャンピオンに勝利した。これが現在の第3次AIブームのきっかけとなり、世界は本格的なAI時代へと向かうのである。

 

まとめ

・AIは人間の心と頭脳を機械化したコンピューター

・AIとロボットの融合がフィクションを現実化

・ブームと冬を繰り返し、ついに「AI時代」へ

 

(第1回ここまで/担当 高井・團迫・宇津野)

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第10回 共著からのメッセージ

 

 

こんにちは。

株式会社新規開拓 朝倉千恵子です。

 

秋も深まり、朝晩冷え込むようになりました。

 

季節の変わり目です。

体調管理をしっかりお願いします。

 

今年もあと2ヵ月・・・

本当に早いです。

 

歳月の流れは私達を待ってはくれません。

充実した時間を過ごしたいですね。

 

2012年、三笠書房様より高井先生との共著を出版させて頂きました。

 

~女性営業リーダーと怪物弁護士の集中講義~

「営業で結果を出す人が必ず実行していること」

 

当時を思い出しました。

 

高井先生との共著の出版という

大変貴重な機会を頂けました事、

今一度感謝致します。

 

ありがとうございました。

 

出版から6年経った今も、

この本に書いてある高井先生のお言葉は、

とても共感できます。

 

改めて読み返すと当時よりスッと頭の中に入り、

深い納得と頷きが自然と出てきます。

 

今だからこそ自分に必要なメッセージかもしれない、、と

高井先生の言葉を一気に読み返しました。

 

前回のブログに書きましたように、

高井先生は砂漠でラクダに乗りながら

両手に携帯電話を持って仕事をする弁護士!!!

 

そこまでやるか!そこまで仕事するか!

「怪物弁護士」と言われていたくらいです。

 

強烈で猛烈で情熱的な高井先生。

 

先生が語っていらっしゃる言葉には大いなる説得力と

どこか泥臭い、高井先生の体温(熱気と言いましょうか、、、)を感じます。

 

今回は読者の皆様に

【仕事力をつける10の真髄】

を紹介させていただきたいと思います。

 

1.段取り八分:段取りなくして成果なし

2.やらないことを戦略的に明確化せよ(トレード・オフ)

3.ブルドッグ魂を持て:食いついたら放すな

4.一生懸命:ひとつのところで命を懸けるくらい熱心に取り組め

5.使命とは命を使うこと:命を使うに値する目的・目標を持て

6.教育ある人とは一生勉強し続ける人:死ぬ前の日まで学び続けよ

7.自他共栄:自分だけでなく、取引先、お客様の繁栄も考えよ

8.生涯現役:生涯仕事を続けられるように研鑽を積むこと

9.離見の見:自分の演じている様子を客席から見る客観性を持て

10.高い志を同じくする励まし合う仲間を持て

 

いかがですか?

ここに書いてあるものを読むだけで

背筋がピッと伸びるような気がしてきませんか?

 

高井先生の教えは、

年齢も職業も関係なく、どんな人にとっても大切なものばかり。

私もいつもこの10則にあるようなことを意識しています。

 

そしてそれが目の前の壁を乗り越えるヒントをくれることも少なくありません。

学びは一生ですね。

 

本日は、高井先生からの学びをもう1つ紹介させて頂きます。

 

【寝食を忘れて体力の限界まで仕事をしたことがあるか】

 

今の時代は「ブラック企業」なんてことを言われるのかもしれませんが、

私もここはとても共感しており、

また自ら経験・体験したことでもあります。

 

高井先生は独立前の10年間、勤務弁護士をされていたそうです。

20代後半~30代前半の寝食を忘れ仕事に没頭した時代。

きっと今の高井先生の基礎(土台)がこの時期なのだと思います。

 

~弁護士になりたてで書類のコピー係、

それでも末席に置いてもらえただけでも嬉しく、

当時のコピーは「青焼き」といい、膨大な時間と手間がかかり、

何よりアンモニア臭で目が痛くなる大変な作業。

その過酷な作業にも嬉々として勤しんでいたものです~

(書籍より一部抜粋)

 

今の高井先生の姿からは、毎日コピーを取っている姿など想像がつかないのですが、

そういう価値観で仕事をしてきたんだということは、容易に想像がつきます。

 

この時期の仕事観が原点。

 

「今、当時を振り返り、若いあなたたちにも、

一度体力の限界まで仕事をすることをおすすめします。

寝食を忘れ心血を注いで、ギリギリまで働くことで、

人間は初めて自分の限界を知ることができます。

「ここまでしかできない」と勝手に線をひいたはるか向こうに、

本当の限界はあるものなのです。」

(一部抜粋)

 

今の時代は「働き方改革」、

いかに効率よく仕事をし成果を上げるか。

 

残業をなくしプライベートも充実させる、

仕事だけでなくバランスよく豊かな人生を過ごせるように。

 

面倒な作業や計算など、今はAIやロボットがやってくれます。

 

むしろミスがなく効率的に作業工程の見通しもつくし、

これまで人が大変な作業!と嘆きながらやってきたことも

肩代わりしてくれる時代です。

 

働き方改革も形を変えて進んでいますね。

 

とはいえ。

若いときはとことん仕事してみる!

寝なくても仕事ができる、無理がきく!!

 

そんな経験から得られることがあるのも事実です。

 

もちろん、だからといって社員に「寝ないで仕事しろ!」

なんてことは言いませんが、自分自身の仕事観、経験では

ここは揺るがないものがあります。

 

仕事観と人生観はイコールです。

仕事をいい加減にして豊かになることは難しい。

 

若いときの苦労は買ってでもしろ!

 

若さとは未熟

たくさんチャレンジして失敗しながら

経験を積んでいけばいい。

 

若いときに手を抜いたら後で苦労する。

そう思います。

 

是非若い方々には今のうちに

「仕事に没頭する」経験をしてみてほしいと思います。

 

そうすると、だんだんと

ただ面倒くさいだけだと思っていた作業も

楽しくなってきます。

 

仕事をすることが楽しくて仕方がないと思えるようになってくるのです。

 

少なくとも私はそうでした。

 

そうすると仕事のやり方や仕事に対する考え方がガラリと変わります。

こうして身につけた仕事観は歳を重ねてからも大切な礎となります。

 

まずは目の前の仕事に誠心誠意取り組んでみてください。

 

もしかするとあなたも、

高井先生や私のように仕事に没頭することに

病みつきになってしまうかもしれませんよ。

 

ところで高井先生のお側にいると

「なんかあった?」

 

というお言葉をとてもよく耳にします。

 

問題発見・解決をするのが弁護士としての究極の役割。

 

常にお客様の困ったにフォーカスを当て

確実に解決へと導く・・・

だからこそ小さな変化を見逃さないように

常にアンテナを立てていらっしゃるのだと思いました。

 

また、

経営者は「無用の用」を覚えなさい。

年に三回は海外に視察を兼ねた旅に出なさい

見聞を広げろ!

 

ともおっしゃいます。

 

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*無用の用

役に立たないと思われているものが、実際は大きな役割を果たしているということ。

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確かに、高井先生はよく海外旅行に行っていらっしゃる・・・

 

(「シルクロードへの旅」をご一緒したときの様子は、

前回ご紹介させていただきました。

/weblog/cat72/

 

高井先生は、たくさんのお言葉でそして自らの姿勢で

いつもたくさんのことを私たちに教えてくださっています。

 

「かっこいいな」と思わされることばかりです。

 

一つひとつの教えを大切に、

これからも精進してまいります。

 

さて次回は高井先生から言われて、

「ナニクソ!(ちょっと乱暴な言い方でスミマセン、、)」と思ったエピソードをお伝えしたいと思います。

 

株式会社新規開拓
代表取締役社長 朝倉 千恵子

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「仕事人のための接待学」第5回 高井伸夫

 「残心」表す土産・礼状

日本経済新聞(夕刊)連載 1998年5月11日掲載

 

接待は通常、レストランや料理屋で行われる。

このような接待の場でも、お別れ、すなわち接待が終了する時間が来る。その時に一番大切なことは、「見送り」であろう。

見送りを欠かす接待はまずないと言ってよい。それは「残念」という世界である。

残心とは、“貴方様とお別れするのはいささか寂しゅうございます、残念でございます、引き続きよろしくお願いします”ということを意味する。それをより嫌味なく、さわやかに演出することが必要なのである。

最初に思い付くのはお土産をお渡しすることである。本当に気持ちばかりのものにとどまることが多いが、そのお土産を持って自宅へ帰っていただくというプロセスにおいて、接待の効果、要するにコミュニケーションといったものが継続していくのである。

このような接待におけるお土産の重要性は言うまでもない。接待される側もお土産を用意していくケースが多いが、それは“貴方との心の交わりを大切にしていきたい”という意思表示であると言ってよい。

さて、私は実はこの接待する、されるいかんにかかわらず、翌日ファクスなり郵便でお礼状を出すことにしている。

接待の機会を得たこと、あるいは受けたことに対するお礼を申し上げるだけではない。接待の場で話題となったこと、お約束したことについて少しばかり触れて“お忘れしていません”と述べるのである。

それによってコミュニケーションはより強固なものとなる。なぜならば、「詞は飛び書は残る」というローマ時代からの法諺(ほうげん)がある通り、書面にしたものは心に刻み込まれるからである。

我々は、耳で聞くという認識方法と物を読むという認識方法の二つを持っている。そのうちどちらがより効果があるかといえば、言うまでもなく文字を読むという認識方法である。

鳥でも獣でも耳で聞くことはできるが、物を読むことができるのは人間だけである。すなわち物を読むことは耳で聞くよりも努力を要するが、より理性的であるだけに、より定着性が高い。お土産と手紙は接待の場の状況を再現するだけでなく、より深く持続的に浸透させるのである。

そして、接待の場では、とかく軽い約束をしがちであるが、約束したことを実行することがもちろん大切である。本当に実行してくれたかということによって、信頼性が高まる。信頼関係は有言不実行ということではあり得ない。

※この記事は当時の内容のまま掲載しています。

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第38回 上司の教育的役割(下)
(2009年12月28日転載)

 

前回は、上司の教育的役割の具体的項目として、第1にコミュニケーション能力を挙げ、第2に部下に学び方を学ばせるることの重要性を説いた。

 

向上心を引き出す方法

上司の教育的役割としては、第3に、上司は部下の向上心を引き出す工夫をしなければならないことが挙げられる。

「平凡な教師はしゃべる。良い教師は説明する。優れた教師はやって見せる。偉大な教師はやる気を起こさせる(ハートに火をつける)」ことは、米国のコラムニストの言葉であるが、まさに上司も部下に自ら奮起させなければならないのである。

弁護士である私の場合、裁判書面等については、できるだけ部下の書いた文面・構成を尊重することを心掛けている。部下が作成した書面を全く無視して初めから書き直すというやり方では、部下は向上心を持ち得ず成長しない。書面の作成に関しても、上司は、自らやってみせるだけではなく、まさに、やらせてみる・任せてみることがなければ人は育たないのである。

さらに、部下の向上心を刺激することに加えて、そのキャリア形成にも上司は配慮しなければならない。例えば、社会の進展が早く、雇用形態も多様化している昨今において、一昔前のように十年一日の如く同じ仕事をし続けることが部下にとって良いかということについても、上司は考えなければならない。

「田舎の三年、京の三日」というように、知的な刺激はマンネリ脱却のカギとなる。部下の成長を願い、向上心を引き出そうとするのであれば、仕事の面で、できるだけ良い刺激を受けられる環境を与えるやることが需要となる。

また、部下の向上心を引き出すためには、注意の仕方にも工夫が必要となる。

私の事務所の客員弁護士のお1人は、2000年に高検検事を定年退官された方だが、教育的効果のある叱り方の極意として、①3回ほめて1回叱る、②後悪の叱り方を避けるという2点を実践されていたという。②の意味は例えば、「分析は良くできているが、文章は悪い」と言わずに、「文章は悪いが、分析は良くできている」と言って悪い情報を先に指摘し、ほめ言葉で締めくくることにより、部下のプライドを損なわず向上心に訴える方法である。

 

チャンスを与えて成長へ

第4に、上司は部下にチャンスを与えなければならない。

チャンスとは、チャレンジする心・自立心・向上心を練磨するチャンスを与えることである。それは未知の世界に突入させることでもある。それを克服したとき、自信が生まれる。最も分かりやすい例は、部下が直接会えそうもない有力者などに会う際に同行させることである。

もちろん先方の都合もあるため、必ず実現できるわけではないが、それに向けての努力をすることが必要である。

そして、チャンスを与えるということは、他流試合を行わせることでもある。そうした新しい体験の中に、成長への契機があると言って良い。

第5に、上司は部下が困難に直面しそれを克服することを敢えて体験させなければならない。

上司がこと細かに教育・指導するだけでなく、彼ら彼女ら自身が、自分の考え方・感じ方を生かして困難を克服していくことが、将来の成長のために必要なのである。

言わば“修羅場を体験する”ということであるが、それは大袈裟なものでなくてもよく、要するに、彼ら彼女らが自らのアイデアで困難を克服し、新しい境地に達することが必要なのである。修羅場を乗り切ることは、部下自身の精神的成長につながる。精神的成長を遂げた部下は迷いを克服し、不安感・恐怖心が少なくなり、あるいはこれらを抱かなくなる。

第6に、上司は常に真摯な態度で勉強し続けなければならない。

不真面目で享楽的な生活を送っている上司のもとでは、部下は上司を尊敬し得ないばかりか、結局は教育を受けられず部下もまた勉強をしなくなり成長できない。

私の場合、弁護士という職業柄もあろうが、文章を作成して発表することが、自分に勉強を課すための重要な方途となっている。自分の思い方・考え方・感じ方をまとめ上げる作業は、自分自身の成長の度合いを確認する作業でもある。日々の仕事に流されることなく体系性を持たせるためにも、部下たちに対してもまた、週報・月報に始まり論稿に至るまで、文章を書くことを勧めている。

「今後『教育ある人』とは、勉強し続けなければならないことを自覚している人間のことだということになる」とはドラッカーの言葉だが、上司は部下が勉強することを称揚していかなければならないのである。

 

嫉妬心は最大の障害に

では、上司として、してはならないことは何か。

上司の教育的役割を阻害する最大の要因は、上司自身の部下に対する嫉妬心である。

上司は、部下が成長することを妬んだり、成長を妨害しようとする意識にとらわれてはならない。

換言すれば、人事は、上司が部下の成長を喜べるほど両者に能力格差があるような人選をしなければならないのである。

同列の能力のものを上下に配すると、極めて猥雑な上下関係になってしまい、上司は教育的役割を果たせず、部下は成長できない。そして、悪くすると両者とも精神状態が屈折して不健全になるおそれがあるのである。

また、抜擢人事により先輩と後輩の立場が逆転することもあろうが、部下となった先輩が上司となった後輩をいびることも珍しくなく、その結果、上司となって後輩がいじけたりせず成長に励むことは非常に難しい。

こうした相克を超越させるような抜擢人事の巧みな経営者ほど、素晴らしい経営者ということになるのであろう。

また、複数の部下の中でえこひいきをしてはならない。誰しも自らの成長を願うものであるから、一部の者だけをひいきしてはならず、公明・公平・公正な評価に基づいた序列付けを行う必要がある。

しかし、たとえ適正に評価された成績優秀な者であったとしても、特定の者のみを称賛し続けることもよくない。他の者の士気が下がるだけではなく、特定の者が妙なプライドを持ち、自己反省力を失うことが往々にしてあるからである。そうなると優秀な者でも成長が止まり、むしろせっかくの能力が不勉強のために衰えてしまうことになる。

 

互いの「相性」にも配慮

自分の意見が功を奏して、部下が成果を上げられたときは上司としても本当にやりがいを感じるものだが、部下の指導は難しいと感じることのほうが多いだろう。私自身の経験でも、後輩弁護士が我見に囚われたり判断力にバランス感覚を欠いていて、大いに苦労した苦い体験がある。このような部下は、指導をはねつけ憤慨し、あるいは自分のプライドが傷つけられたという心理状態に陥ってしまっているので、成長できる余地はないとみてよい。

また、部下との相性が悪い場合も、大いに悩むところである。自分自身と相手とが絶えず対峙する関係になってしまっては終わりである。上司と部下との間は、“競争的解説”ではなく、“協調的解決”を図らなければならない。それゆえ、部下との見解の相違だけがめだつようなあ最悪の事態を回避するためには、第三者に調整に当たってもらい、相互の理解に基づく“協調的解決”をめざすことが必要になる。

なお、上司の教育的役割は、上司だけの姿勢の問題ではなく、上司の指導を受け入れる部下の姿勢もまた重要であることを最後に指摘したい。

上司が教育的役割を果たそうとしたとき、部下がこれを貴重な時間と体験であると認識して取り組み、精進する心が必要になってくる。精進する心とは、まずは自立し向上する意欲を本人自身が強く持ち、そのうえで連帯心を抱くことである。そうした姿勢で上司の指導を受容することが、成長を可能にするのである。

以上、上司が教育的役割を担う際に求められる器量や条件について述べてきたが、人を指導・教育することは確かに難しい。しかし、そこから学ぶことのほうがはるかに大きいというのが事実である。

 

「教うるは学びの半ば」

私は、『書経』にある「教うるは学ぶの半ばなり」という言葉が好きである。これは、人に教えることは自分にとっても半分は勉強になり、教えることによって自分の未熟さを知るという意味であるが、まさに、上司たるものが常日頃から自らに言ってきかせるべき言葉であろう。

人間は誰しも己を省みることによって欠点を自覚し、それを克服しようという意識を持つこと、進歩し成長する。

企業組織の中において、上司は部下の成長にも責任を負わなければならない立場にある以上、自分のためだけれなく、部下のためにもより一層精進し、自らを省みる必要に迫られるのである。上司が部下の教育的役割を果たそうとし、果たしている限りにおいて、上司は進化し、進歩し続ける。

そして、上司も部下の一人の人間として、互いに謙虚になり、相手への思いやりの気持ちと優しさと包容力を持たなければならない。心を通い合わせるには、お互い理解し合うという基本的な心理になって望まなればならない。

そうであればこそ、「我以外皆師なり」という言葉を、上司も部下も、ともにかみしめる必要があるのである。

 

※四時評論は今回で最終回となります。

 

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第9回 忘れられないエピソード

 

 

こんにちは!朝倉千恵子です。

 

高井先生のブログに登場させていただき、

早いもので9ヶ月が過ぎました。

 

今年は人の命までも奪ってしまうような、

大変な自然災害がここ数か月の間に集中して起きています。

 

暑い夏が終わっても、被災地の皆さんは不安の中で生活をし、

復興復旧も時間がかかっています。

 

地球全体の怒りのようなものを強烈に感じています。

 

私の実家は大阪府貝塚市ですが、

先日帰省をした際、現場を目の当たりにして驚きました。

 

両親と一緒に毎年見ていた桜の木が

何本も倒れていたり・・・

 

なんとも切ない気持ちになりました。

 

被災された方々に一日も早く平穏が訪れますことを切に願います。

 

今回は私が高井先生とのご縁を頂いてからの15年の中で、

もっともインパクトの強かった出来事を3つ書かせていただきたいと思います。

 

1つ目は、

「シルクロードへの旅」に一緒に行かせていただいた時のこと。

 

ラクダに乗って砂漠を移動中。。。

ふと、高井先生の方を見ると、

 

なんと!!

高井先生がラクダに乗って携帯で、

スタッフに指示を出していらっしゃいました。

 

スタッフの方は日本にいて、

何万キロも離れたところから仕事の電話。

 

そうか、、、今は砂漠でも電波が届くのか。。

世の中は変わったな。。。

 

世界中どこにいても仕事ができるんだ。。

と強烈に印象付けられたエピソードです。

 

シルクロードへの旅。

時代の流れに乗って、

当時66歳の高井先生が、最先端のやり方で仕事をしている姿は

 

「やっぱり高井先生だな」と

感じさせるものがありました。

 

とはいえ、まさか。

砂漠のラクダの上で電話をするとは。。

 

1分1秒を大切にされている

高井先生の姿勢は存じ上げておりましたが、

私は驚くと共にあまりにもその絵が可笑しくて

吹き出しそうになりました。

 

色々な意味で

忘れられない出来事です。

 

2つ目が、驚異の記憶力です。

ある日、私が高井先生とご一緒していたときのこと。

 

高井先生は携帯電話を取り出して、

いきなりダイヤルを回しはじめました。

(今の時代、ダイヤルではないですね、、)

 

090・・・

 

ピコピコピコ

 

「高井先生、番号覚えてらっしゃるのですか?」

 

「覚えているよ・・・」

 

そう、高井先生は

電話をかける相手の番号を登録しないで

全て覚えてらっしゃったのです。

 

携帯電話の電話帳から取り出されるのではなく

何も見ないでいきなり電話。

 

すごい。。

 

そう言えば昔は友達の自宅の番号を相当覚えていました。

 

今はというと、

恥ずかしながら部下の携帯番号もほとんど覚えていません。

 

私は、便利になったことで

退化している能力も多いと感じる今日この頃なのですが、

 

「高井先生は進化はしても退化はないのかしら?

その頭の仕組みはどうなってるの??」

 

と心から思ったエピソードの一つでした。

 

最後は、昨年の出来事です。

 

当時私は右膝の半月板損傷で治療を受けていたのですが、

どんな治療をしてもなかなか良くなりませんでした。

 

痛みがピークに達していた時、

高井先生が鍼灸師を紹介するとおっしゃってくださいました。

 

それも

「紹介するから行ってみたら?」ではなく、

「行きなさい!」の一言。

 

返事はもちろん躊躇する間もなく

「はい!」

 

雨の降るなか、

傘を差し、駅から目的地に向かっていきました。

 

3台のベットがあるクリニック。

 

施術される先生はたったお一人。

受付担当もいない。

 

先生一人か、、、

と内心ドキドキ、、、

 

私は膝の具合を説明しました。

 

すると、その先生は

「3回で治します!」と断言されました。

 

え?

4ヶ月以上治療を受けても全くよくならなかったこの膝の痛みを

たったの3回で??

 

本当だろうか?

そんな事はあるのか?

とどこか疑心暗鬼な気持ちを持ちながら

針の治療を受けました。

 

なんと、その日の帰りには10の痛みが3に!

そして先生がおっしゃったように、

3回で見事によくなりました。

 

その主治医の先生がおっしゃるには

 

「治療も相性があります。

朝倉さんは高井先生と相性が合うから僕とも合うと思います・・・」

 

なるほど。

確かに。

 

物件と恋愛は一目惚れが一番と言うエピソードもありますが、

治療も同じなのですね。

 

お陰様で見事によくなりました。

 

最後に私がその先生に

「なぜ高井先生と私は相性が合う思われたのですか?」

と聞くと

 

「合わなきゃ紹介しないでしょ・・・」

とのこと。

 

その通り!

 

高井先生からのご紹介は

きっと本能・直感で相性も見てくださっているのかな?

と思えるほど素敵なご縁が本当にたくさんあります。

 

親身になって相手に寄り添う。

 

他人事ではなく、自分事として直ぐに動いてくださる。

 

営業力・影響力・コミュニケーション力・人間力の

圧倒的な違いが成せる業なのでしょう。

 

いつも本当にありがとうございます。

 

高井先生の驚異の仕事術に感心しているばかりではいられない、

私ももっともっと精進せねば!

 

と毎回思うのですが、

やはり次に会うとまた驚かされてしまうのです。

 

高井先生のブログの連載もあと3回、、、

次はどのエピソードを書こうかな。。

 

是非とも最後までお付き合いくださいませ。

 

株式会社新規開拓
代表取締役社長 朝倉 千恵子

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「仕事人のための接待学」第4回 高井伸夫

 「飲食」の本質とは

日本経済新聞(夕刊)連載 1998年5月4日掲載

 

結婚披露宴では、一通りのあいさつと乾杯が済んだ後は宴席となる。これには一体、どんな意味があるのだろうか。

結婚は三三九度の杯で始まるが、それは同じ杯でお酒を酌み交わし、終生を誓い合うという象徴的な儀式だ。披露宴も招かれた客が待合室でお茶を飲んだり、アルコール類を飲んだりすることから始まる。お茶を飲むことがどんな意味を持っているのか。

聖書の有名な場面に「最後の晩餐(ばんさん)」がある。キリストと十二人の弟子たちが、共にワインを飲み、共に食する。ここでもまた、飲食の場を信頼関係を確認する儀式としており、飲食を共にすることが人間関係、信頼関係の基礎であることを暗示しているのである。

古(いにしえ)においては、毒味をして、同じものを飲んで、お互いに信頼し合う関係を確認していたのであろう。

中国の宴席では、まず、主・客の杯になみなみと酒が満たされ、主が底の一滴まで飲み干し、再び注がれた酒を一同で「乾杯」し、これの繰り返しで宴いよいよたけなわとなるが、これも「この酒には毒など入っておりません。安心して召上がり下さい」といった意味がこめられていると思われる。

このような接待の意味するところからすると、例えばゴルフ接待の場合、ゴルフだけを共にして別れたのでは、接待の意味が半減してしまう。ゴルフの後、飲食を共にすることで、感動も接待の効果も倍加し、心を許し合うことに近付く。感動を共にする。すなわち共感こそが接待の本当の目的であると言ってよい。

さて、決定的な共感・共振を得るには、人間味という醍醐味(だいごみ)を味わうこと、味わわせることが必要である。それは自分をさらけだしてより本音で語り合うということであろう。そして談笑するに至ることが必要だ。それには接待を予習してかからなければならない。

接待に先立ち、相手方企業または本人の業績・経歴・当面の関心事・趣味・嗜好(しこう)について情報を仕入れ、接待の場を盛り上げる焦点合わせをすることがまず肝要である。

統一ある刺激は、数少なくとも、散漫な数多い刺激に勝るという原理原則が接待でも機能する。この予習の成果をTPO、アドリブで生かしていけば、より多くの本当の感動を相手に与えることができる。接待の場においても「理動」「智動」ではなく「感動」という熟語あるのみであることを忘れてはならない。

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第36回 上司の教育的役割(上)
(2009年12月21日転載)


高井伸夫弁護士は、上司は部下の人生そのものに愛情と責任を持って教育・指導に当たらなければならないと強調する。良い上司との出会いは、その後の人生を左右することすらあるからだ。部下との間の報告・連絡・相談を密にするとともに、「学び方」の学習に力点を置く必要があると訴えている。

 

上司の能力著しく劣化

「やってみせ、言ってきかせて、させてみて、ほめてやらねば人は動かじ。話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。やっている姿勢を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」(山本五十六元帥・1884~1943)。世に知られるこの言葉には、理想の上司像の要件が集約されていると言っても過言ではないだろう。

ここから彷彿とされるのは、部下との強い信頼関係で結ばれ、人としてのピュアな使命感を抱き、部下を的確に教育・指導・育成して次の世代へのバトンタッチを行い、組織の成長に着実に貢献する頼もしい上司像である。

しかし、現実にはこうした力量に恵まれた上司は少ない。このような上司であれば、パワハラ問題など起こるはずもないが、今の企業社会では、上司として当然の教育・指導を行ったとしても、上司と部下の間に確固たる信頼関係が築かれていなければ、パワハラと言われてしまうおそれがある。

日頃、私が人事労務問題を専門とする弁護士として企業のご相談に与る中で強く感じるのは、パワハラ問題に限らずあらゆる局面で、上司の上司としての能力が著しく劣化してきているということである。

 

あり得ない“全知全能”

上司の役割は多様であるが、本来的に果たすべき役割とは、ドラッガーが「何よりも経営管理者を他の人から区別するものは、教育的な役割の有無である」(ドラッガー著『現代の経営(下)』第27章参照)と喝破したように、およそ様ざまな局面で部下の教育をなし遂げるよう努めることである。

部下を人材として教育・育成し、企業の業績に資する働きを遂げさせ得る能力が上司になければ、企業の将来はない。ここに、終身雇用制が崩壊しつつある中で、企業のDNAをいかに伝承し企業の存続と成長を実現するかが重要な課題である今こそ、上司に求められる教育的役割について再認識すべきとなるのである。上司が教育的役割を果たすことは、部下の成長を促し、ひいては企業の力を強めることにつながるのである。

また、ここで言う教育的な役割とは、仕事のやり方だけに限らない。部下は上司の働きぶりを間近で見て仕事に対する姿勢や情熱を体感しながら自ずと教育を受けていることも考えると、上司は仕事だけではなく、人格や生き方全般において部下の見本となることで、教育的な役割を果たしていると言ってよい。

しかし、全知全能の神のような人間はあり得ない。著名企業のある女性管理職に、部下への指導で留意している点についてお尋ねしたところ、「①その場で叱る(後日では忘れてしまう。場所は選ぶ)、②くどくど言わない、③良いところをほめて伸ばす、④他の人からの評価を伝える、⑤常に言葉と笑顔をかける、⑥家族のことを気遣ってあげる、⑦自分の弱さも隠さず表し部下の成果を横取りしない」という極めて率直で有用なご回答を得たが、自分の弱点にも自覚的で正直な姿勢は、上司として持つべき大切な人間性であろう。

なお、部下の教育には時間を要するうえに忍耐力が必要であり、上司は教育のために自分自身の時間さえも犠牲にしなければならない。それは組織での仕事に伴うものであるから、何らかの「手当」で彼らを遇するべきであろう。例えば、税理士の小原靖夫先生が2001年から用いられている「役割貢献給」という名称は、組織における上司の教育的役割の意義を分かりやすく示す好例であると思われる。

良い上司との出会いは部下にとって一生の宝であり、若い頃上司に言われた教えが、その後の人生を左右することすらある。その意味で、上司は部下の人生そのものに愛情と責任を持ち、部下が職業人としてどのように歩んでいきたいのかをよく把握した上で指導しなければならない。

特に、専門資格者である弁護士は、一般的にセルフィッシュで功名心があり、排他的な傾向があることは否めない。私が日頃の業務の中で、どのようなことに留意して勤務弁護士を指導してきたかもご紹介しながら、上司の教育的役割について考察を進めよう。

 

基本的挨拶から始める

第1に、上司は部下に分かるように伝えるコミュニケーション能力を有していなければならない。そして、部下が技能や意識の面で上司の指導を受け入れる準備がどの程度できているかを考え、適切な量と質の指導を行うことを心掛けるべきである。

私は、この点を見極めるために、まず、「おはようございます」「お先に失礼します」「行ってきます」という基本的な挨拶をすることから始める。これに応答できない者は、そもそも上司の教育を受け入れにくい存在ということになろう。

また、限られた時間をやりくりして、私は30年以上にわたり部下から「報告・連絡・相談」を定期的に受ける場を設けてきた。毎週と毎月の始めに短時間でもヒザ詰めで話し、二言三言でも私が発言・助言をすること自体が、教育的役割を果たしてきたと確信している。「報告・連絡・相談」は、コミュニケーションの第1ステップであるだけでなく、互助と牽制と成長を実現する方法として最も簡便で分かりやすい方途である。

「報告・連絡・相談」を書面で受けた上司は、それに対してわずかでもコメントを書き込むことによって、部下に互助と牽制の意義を気付かせ、成長を促すきっかけを作ることになる。

私の場合、弁護士からの成果を上げた報告書等には「よかったネ!」「ご苦労さまでした!」「よろしく」等のコメントを直筆で書き込み戻すように心掛けている。こうしたプロセスを受け入れられない者は、組織の外にあるものとして評価せざるを得ない。

「報告・連絡・相談」は、組織におけるコミュニケーションの基礎であると同時に、マネジメントの要でもある。「企業は人なり」という言葉どおり、組織とは、人を組み合わせ、一体として存在し続けることに意義がある。コミュニケーションと「報告・連絡・相談」は、人と人との結束点としての役目を果たす方途に他ならない。その意味で、「報告・連絡・相談」を軽視する者は、組織の構成員たる資格がないと言っても過言ではないのである。

 

学び方の学習が必要に

第2に、上司は部下に学び方を学ばせなければならない。

私は部下の弁護士に対して、ひとつの案件ごとに判例・文献を十分に調査し、そのうえで少なくとも2~3種類の雛形を調べるように常々言っている。この指示は、先人や先輩の教えを学ばせることが眼目であるが、判例・文献等を模倣するだけでは進歩がない。より重要なのは、本人が疑問点を積極的に探究しようとする姿勢である。新しい考え方・感じ方をするためには、まず先人・先輩の考え方・感じ方を知り、その上で自分なりの新しさを生み出すことが必要になる。このプロセスでユニークさを持ちたいと強く思うことが、競争力をつける原点なのである。

学び方を学ばせるとは、自学自習で成果を上げる方法を教えることである。一番分かりやすい例はコーチングであろう。

コーチングの意義を端的に言えば、個人の特性を見極めて各々の性向に合った学び方を習得させるということになる。現に最近の学習塾は、クラス全体を指導する方式から個別指導の時代に移ったというが、これもまた、より効果的に学び方を学ばせるための実践策と言ってよいだろう。

努力家には努力家としての学び方、発想豊かな人には発想の仕方を学ばせるのである。これが最も効率的な学び方なのであり、学び方を学ばせるとは、千差万別の個性を把握しそれぞれに最適な導き方を実行することに他ならない。そして、ここにこそ“教師役”の難しさの真髄がある。

先生になる人は学問ができるよりも学問を青年に伝えることのできる人でなければならない。学問を伝えることは一つの技術であるという趣旨の言葉が内村鑑三の著作(『後世への最大の遺物』参照)

にあるというが、各自の個性を見極めてそれに応じた指導をする能力は極めて高度な辞技術と言えるだろう。

 

決して王道を外れない

こうして本人の資質に合った学び方を学ばせるに当たっては、何を学ぶべきかについても十分の吟味しなければならない。まず習得すべきは、どの分野であれ、“原理原則”的な事象であることが鉄則である。決して王道を外れてはならない。新しい発想は王道の上にこそ生まれるからである。

原理原則を学ぶとは、過去の実例を分析し、総括したものを確認することである。

何よりも重要なのは、本人自身が自分の頭で原理原則を追求することであるが、加えて、古典に親しみ古典に学ぶ姿勢を持たなければならない。古典は先人たちの思考の蓄積の産物であり、現代でも生命力のある原理原則を打ち立てたものだからである。

第8回 素晴らしい出逢い

 

こんにちは。

 

株式会社新規開拓 代表の朝倉千恵子です。

東京は暑さのピークも過ぎて、日差しも柔らかく感じますね。

 

今年は突発的な大雨や雷、それによる被害も大変なものでした。

被災された方々の思いを考えると、胸が苦しくなります。

 

何か私たちに対する地球全体からのメッセージとともに、

試されていると感じます。

 

今一度日々の当たり前に感謝し

大事にしなくてはならないことを真剣に考え行動したいですね。

 

高井先生とのご縁を通じて、沢山の素晴らしい出逢いがありました。

 

その中のお一人である

安曇野ミネラルウォーター株式会社 代表取締役の新井泰憲様。

 

弊社で開催している「経営者ビジネス懇談会」にて、

高井先生とのご縁を語ってくださいました。

 

以下、新井社長がまとめてくださった

ご縁のエピソードです。

 

***************

 

出会いの質が人生を変える。

と、私が本気で思ったきっかけは、

高井先生との出会いとその教え、実践からです。

 

私は20代で法曹になることを志しましたが叶わず、

30歳から地元の長野県に帰り働くことを決めました。

どの道をどう進むか決められないまま、

漂うように日常を過ごしていました。

 

そんなとき、

実父が高井先生と懇意にさせていただいた関係で、

私も会食を共にする機会を得ました。

 

大変著名な高井伸夫先生にお会いするということで、

緊張し、滝のように汗をかいたことを覚えております。

 

初めてお会いしたとき高井先生は私に向かって、

「人生の目的は何か、何に人生を捧げたいと思っているか」

という質問をされました。

 

答えあぐねる私に高井先生は、

インドに一緒に行こうとだけおっしゃいました。

 

そうして、あれよあれよという間に、

私は高井・岡芹法律事務所のインド視察団として、

共に視察することとなりました。

 

そのインド視察の終わりの頃、

高井先生と2人で白い七面鳥を見に行った際に、

車中で2人きりになりました。

 

そこで遠くをみながら、高井先生が、

「新井くん、ビジネスをするなら、朝倉千恵子さんを訪ねなさい」

とおっしゃいました。

 

いつも多くを語らない高井先生。

 

私は高井先生のおっしゃられたことだから、

きっと深い意味があると思い、日本に戻って、

すぐに朝倉千恵子様を訪ねました。

 

「高井先生のご紹介で参りました。

新井泰憲と申します。」

 

ご挨拶申し上げると、

「高井先生のご紹介ですね。」と

微笑みながら朝倉社長にご挨拶をいただき、

「私の全てを伝えます」と営業力強化セミナーへの参加を

ご紹介いただきました。

 

当時、事業の立ち上げ中で、

売上も社員もなかった私としては、

社員教育や営業力強化につき、いま必要なのかどうか

躊躇する気持ちもありました。

 

逆に何もないからこそ、

飛び込んで何かを掴まなければ、、、

という気持ちで参加しました。

 

営業力強化セミナーでは一言で、

ビジネスの道を歩む気構えの厳しさを知ることとなりました。

 

また、朝倉千恵子社長のように、

つきぬけた目標に向かって走り続ける経営者にならなくては、

という強い思い、目標をたてる機会となりました。

 

そのときから、

何か苦しいこと、

悩ましいことがあれは、

朝倉社長の教えに触れるようになりました。

 

私にとって朝倉社長は北極星のような存在です。

迷ったときに、遠くで光り続け、人を導く星。

 

いま思うと、

ビジネスが何たるか何も知らない私に、

北極星の存在、ありかを高井先生は教えてくださったのだと思います。

インドでいただいた出会いが私の人生を大きく変えました。

(私がもう1人、ビジネスの世界で師と仰ぐ鮒谷周史様とは、

インド視察団として出会う機会を頂きました)

 

ビジネス、ひいては人生の標となる、

北極星、目標、ロールモデルと出会い、

私の心、あり方に強烈な変化が起こり、

私の人生が変わりました。

 

出会いの質は、人生を変える。

 

高井先生を通していただいた出会いが、

本当に私の人生を変えてくださいました。

 

言い尽くせない感謝の気持ちでいっぱいです。

いつか私も、誰かの標、北極星になれたらと精進して参ります。

 

株式会社安曇野ミネラルウオーター

代表取締役 新井泰憲

 

―――――――――――――――――

 

経営者としてこの先どうしていくべきか?

何を優先し、未来に向けどう行動すべきかを悩んでいる中、

高井先生の一言でよし!と決め動く。

 

その行動力が壁を突破する力になっていると

感じるエピソードですね。

 

新井社長はインド視察からの帰国後、

高井先生のアドバイス通り、弊社に連絡をくださいました。

 

そして社長自ら、

私が講師を務める「名古屋営業力強化セミナー第7期」を受講され、

その後は社員にも同じ学びを共有したい、と

スタッフをセミナーにご派遣いただいたり、

自社でも研修を導入いただいたり、と

非常に熱心に社員教育に取り組んでおられます。

 

安曇野ミネラルウォーター様では、

取引先様が工場に視察に来た時には、

スタッフの第一印象が別格だと声が上がるそうです。

 

「いったい何をしたら、社員がこんなに明るく、

生き生きと仕事をするようになるのですか?」

 

「気持ちの入った商品は必ず売れます。

この会社の水には気持ちが入っています」

と、高い評価を受けていらっしゃいます。

 

今日も長野県安曇野市から安全で美味しいミネラルウォーターを

気持ちを込めて全国に届けていらっしゃいます!

 

また、2016年10月1日(土)には、

「松本から日本を元気に!」という志の元、

長野県松本市での講演会を企画していただきました。

 

地域の活性化。

生まれ育った場所をもっともっとよくしたい。

 

互いに切磋琢磨しあって、

経営者同士が成長してこそ企業が成長する。

 

そんな価値観の元、地元の経営者の方々にたくさんお集まりいただきました。

 

新井社長と私との数々のエピソード。

 

全てのきっかけは

「日本に戻ったら朝倉さんと逢いなさい…」

高井先生のその一言だったのです。

 

高井先生の言葉をそのまま素直に聴き、聴くだけにとどまらず

何よりも即行動に移され自らが学びに徹する

新井社長のその姿勢が素晴らしいと思いました。

 

ときに厳しいことも高井先生はおっしゃいます。

あまりにも率直なため、人によっては受け止められず、

聴くだけに留まる人も少なくありません(恐らく、、、)

 

たくさんの素晴らしい出逢いは、高井先生のアドバイスや言葉を聴き、

行動に移されている人だからこそだと思っています。

 

私もその一人?

自分ではそう思っていますが、きっと高井先生はまだまだ!

 

と感じているかもしれませんね。

 

高井先生に認めてもらえるように

更に精進します。

 

株式会社新規開拓
代表取締役社長 朝倉 千恵子

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「仕事人のための接待学」第3回 高井伸夫

 歓談を演出するコツ

日本経済新聞(夕刊)連載 1998年4月27日掲載

 

接待の場では、おのずから会話があり、話が弾み、まさに歓談とならなければならない。そのためには、事前の情報収集が大切である。

NEC常務取締役の大森義夫氏がこのたび、97年7月から12月にかけて日本経済新聞夕刊「あすへの話題」に寄稿したエッセーを取りまとめた小冊子を発表された。その中に「パワーステーション」という標題の文章がある。

そこでこう語っている。「情報は、時に大いに集め、大いに散ずるのがよい、その方がよく集まる」「他人の情報は熱心に“収奪”するが自分の知っている情報は全くしゃべらない人物がいた。面白くないと感じていたが、周辺もそうだったらしく彼にはだれも情報を話さなくなった」

然りである。

寡黙な人の接待は、時にシーンとなって、話がとぎれ、違和感すら生じる。そしてお互いに疲れを感じるようになる。時を忘れて談笑しストレスを解消するには、胸襟を開いて己を語ることが必要である。

また接待の場において最も大事なことは、寡黙にならないこととともに、自慢話をあまり露骨にしないことである。大森氏のエッセー集の最後に「露骨はいやだね 小粋がいいね」との一節があるが、まさにその通りである。

問題はここからである。

接待の場では、相手が自慢したがっていることに触れ、そして相手が自然と自慢話ができるような状況設定をしていくことである。そうするとおのずから会話が弾む。

この情報の交換という世界は極めて楽しい。私はこれを接待における一つの実践目標にしている。その結果、様々なことを学ぶ。

例えば、接待は営業のために行なうのが大半であるが、営業の本質について思い付いたのも、この語り合いの中だった。『営業は偶然と奇跡の連続だ』『営業力とは、偶然を必然にし、奇跡を平常にする努力をいう』といった私のテーマの一つが生まれたのも、接待の場においてだった。

それには、彼・彼女に語ってもらうだけでなく、自分も一緒にその場に参加して語り合いの焦点を合わせる努力をすることである。

そして談笑する時に大切なことは、相手の人にお会いできたことに感謝する気持ちを持つことである。これがなければ、談笑には余韻が残らない。

一期一会の精神というが、まさに偶然と奇跡によってその人と会うことになったことを、大げさに言えば神に感謝するほどの気持ちがなければ、談笑は空虚なものになってしまう。

 

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第35回 人事・労務の未来(終)
(2009年10月26日転載)


人生のあり方そのもの

本稿第3回でも述べたとおり、日本は総人口も労働力も減少の一途を辿っている。そうした状況では、右肩上がりの成長を望めないことはもちろん、後述のとおり、むしろ下降するばかりであろう。

しかし、このようなマイナス成長経済環境下においてもなお、いかに“従業員満足モデル”を追求するかという新たなテーマが、人事・労務において重要性を増す。つまり企業は、労働者に対しては、賃金だけではなく、働きがいを与えることを通じて生きがいを体感せしめることが重要となってくるのである。この働きがいとは、単に金銭的に報われるだけではなく、手・脚・頭脳という人間の全ての能力を十分活用することで成果を生み出し、自らの労働に社会的意義があると実感できることである。

人材問題のスペシャリストから、今の時代は人生の喜怒哀楽の8割以上は仕事から発せられているとの意見を聞き、納得したことがある。とすれば、雇用者が就業者全体の「86.5%」(総務省「労働力調査」平成20年速報)を占める今日では、雇用の未来とは人生のあり方そのものであると言っても過言ではない。それゆえ、人事・労務管理は“雇用と未来と人生のあり方の礎”となろう。

ところで、現在の日本は広く社会構造の転換点を迎えている。先の衆議院選挙で民主党政権が誕生したことは、国民が日本全体の貧困化を無意識にせよ予見した上で、今までの大企業の中心の政治から中小企業をも包含した政治への転換を期待した結果であるとも言える。連合が支える民主党政権下においては、後述する賃金ダウンの実情と相俟って、経営者は厳しい状況に立たされるのである。

この状況下では、従業員に対して金銭的報酬の向上以外に、拠りどころや働く意義を提供していくことがますます必要となってくるのである。そのためには、まず会社の規模を問わずに、事業理念・経営理念と職場のミッションおよび自己の目標が直接つながり、自分の仕事が事業の発展を通じて社会に貢献していると実感できることが重要である。それには何よりも、トップは経営理念を実現するために必死に活動し、そうした姿を通して周りから信頼を集める存在でなければならない。そして、業界のリーディングカンパニーになれる可能性があり、将来の希望を語れる企業となって、目標の達成感と成功体験を共有できるようにすることが肝要である。さらに、上司・リーダーの役割も重要性を増していく。

以上のような前提の下に、生きがいを生み出し、自己の仕事に働きがいと誇りが持てる職場をめざすには、具体策としてどのようなものがあるだろうか。

第1には、本稿第2回で述べたように、単に職位を与えるだけでなく、正しい評価による認知・称賛を形にして報いる方法を検討すべきであろう。これは、マズローの自己実現に関する欲求段階の5段階のうち、人間の本質的欲求の一つである「尊厳・認知欲求」を充足させる手段とも言える。

第2に、これからの経営者・管理監督者は、人事・労務の重要性を十分に理解しているのみならず、IQの高さに加え、EQ(心の知能指数)も高く、人間性も優れ気働きもできる人物でなければならないであろう。IQとEQが共に和音を奏でないと、良い人間関係を構成する基礎ができず、論理的に正しくても相手にうまく伝わらずに、仕事の成果も十分得られないからである。このように新たなリーダーシップスタイルで日常的な指揮命令ができる体制を作るのが、人事・労務の適正な運用の基礎となるであろう。

第3に、これからは“真性”成果主義型の人事制度導入が考えられる。真性成果主義型とは、日本的な長所(真面目に仕事に取り組む・チームワークを大事にする等)を残しつつ、自主独立・自己責任を涵養する施策を採り入れることである。

具体的には、売上げなど数値のみの結果主義や人件費カット・人員整理が見え隠れしたような成果主義制度ではなく、数値では測れないような複数のプロセスの進展度、あるいは複数名で分担したチームとしての成績などを加味した、本来の意味での成果主義の人事賃金制度をいう。このような真性成果主義を導入することにより、仕事の成果・業績と、人の能力・行動特性を分けて両面から評価でき、適材適所の人事ができるように制度と運用の仕方を決めるのがこれからの時代に必要であろう。この場合、企業が社員に求める仕事能力を再確認し、それを社員全体が共有できる仕組み作りが肝要であると言える。

したがって、①年度ごと(より短期にするなら四半期ごと)の成果実績については単年度の賞与等で社員に報い、②将来の貢献度も含め中長期的に判断すべき能力や行動特性については、昇進や年度の昇給・配置で報いることが考えられる。

 

致し方ない賃金ダウン

以上のように、働きがいと誇りが持てる職場づくりに向けて様ざまな施策を採る中でも、冒頭で述べたマイナス成長下においては、今後も賃金ダウンに至るという大筋に変わりはない。

民間企業の08年平均給与(429万6000円)は、前年より1.7%(7万6000円)減と減少率が過去最大となったし(国税庁「民間給与実態統計」)、また、月額所定内給与の面では、2001年に最高額(30万5800円)を記録したが、08年は10年前の98年と同額(29万9100円、01年より約0.2%減少)であった。こうした状況は今後も継続すると思われるから、10年後の2018年には1988年と同水準の23万1900円(08年より約22%減少)へと近付いていくであろう。

この賃金ダウンという従業員の士気・やる気を損なう人事・労務施策を採らざるを得ない日本では、働きがいと誇りが持てる職場づくりの施策を通して、従業員に人間としての尊厳を実感させるとともに、社会思想全体を変革する必要がある。

2005年のヒット作、映画『ALWAYS三丁目の夕日』には、建設中の東京タワーが映る印象的な場面があり、昭和30~40年代当時の高度経済成長期の雰囲気をよく表している。しかし、こうした東京タワー的な新しい建造物は斜陽化する日本にあっては、今後永久に建設されないのではあるまいか。そして、社会構造の面でも、例えば企業トップと一般社員の賃金格差が縮小していくのではないか。こうした事態に備えるために必要なのは、いかに貧しくとも「清く美しく」生きるという日本人本来の姿を大切にしながら、労働者さらには国民全体を根本的に育成し直すことである。それには、教育やマスコミ等世論の形成が大きな役割を果たすのである。

いずれにしろ、人事・労務制度は曲がり角に来ており、これをどのように改めて行いくべきか、各企業それぞれ真剣に検討し、今後の在り方を決めなければならない時期にさしかかっている。

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