「AIと私たち」

第5回 AIと人事労務(2)人間にしかできないこと―キャリア転換の要―

 

■キャリア転換の必要性

 経済協力開発機構(OECD)によると、2018年の日本の就業者一人当たりの労働生産性は加盟36カ国中21位であり、主要先進7カ国でこの50年近く最下位である。さらにこの先少子化により生産的労働者数が減れば、一人当たりの生産性が急上昇しない限り、我が国の経済成長は益々鈍化する。世界一の高齢化率を誇る我が国が労働力を補い、あるいは生産性を高めて国力を支えるには、AI等の新技術の導入は不可避であり、人間は「人間にしかできないこと」へのキャリア転換を迫られる。

 AI時代においてキャリアを繋げていくためには、AIを受け容れ、共存・協調の姿勢でいることは大前提として、AI時代でもなお「変わらないこと」を見極め、不変の知識や能力を身に付けておくこと。それに加えて、「人間にしかできないスキル」を身に付け、磨きをかけていくことが肝要である。これは必ずしも「仕事」に限らなくてもよいが、「人間にしかできない何か」を成して人生を謳歌し、お金も稼げるのであれば言うことはない。

 

■人間の有利性

 では「人間にしかできないこと」とは何か。よく言われるのは創造性を要する分野である。芸術やデザイン、発明に限らず、過去にデータのない柔軟な発想はAIからは生まれない。例えばAIには、2本の紐と板を組み合わせたブランコが「楽しい」という発想はできない。

 マネジメントやホスピタリティにまつわることなど、人との高度なコミュニケーションもAIには難しい。例えば人事考課でも、AIが導いた解をパソコンが人に伝えるのと、人が人に伝えるのでは、受け手の印象が大きく異なり得る。また、人を動かすのは人である。多様な価値観を受容できる柔軟性や感情に訴える表現能力、すなわちリーダーシップやカリスマ性といったものが人を動かす。人間同士のコミュニケーション能力やチームワークなどの社会技能は人間にこそ成せるものである。創造力、交渉力や指導力といった「社会的知能」は社会や文化に関する豊富な暗黙知が必要であり、機械には求め難い。

 直感や常識を有することも人間の強みだ。将来的にはAIに人と同等の能力が備わるという専門家もいるが、AIと人間には肉体を持っているか否か、すなわち生命体であるか否かという絶対的な違いがある。命に起源をもつ食欲や危険察知に関する直観、第六感などは、AIが知識として学習することはできても、本質的に会得することはできない。

 また、人が言葉を理解する際に文法以上に頼っているのは、膨大な常識、生まれながらに組み込まれた暗黙知である。AIは、「人間はおなかが空き、おなかが空いたら食べる」ということを1つの決まりとして記憶するに過ぎない。ここに人間の有利性がある。AIの分析を活用しつつ、人間の有利性を生かして新たな価値を追加することができれば、最もAIの恩恵を享受する結果となろう。

 

■機動力の重要性

 会社など1つの環境に縛られず、自分が活躍できる場所に迅速に移動できる機動力を備えることも重要である。元来日本は新卒一括採用や年功序列、終身雇用といった伝統制度もあり、世界的に見ても人材の流動性が低いとされる。さらにAIなどの急速な技術進歩によって人材の技能の陳腐化が進めば、人々は転職後の賃金低下リスクを恐れて現職に甘んじやすくなり、ますます流動性は悪化する。

 しかし、AIの発達により人間の仕事が変われば会社もまた変わらざるを得ない。自身の能力をより活かせる場にフットワーク軽く移動した方が、生産性はもちろん充実度も増すであろう。手持ちの技能が陳腐化するのであれば、価値のある技能を得て次のキャリアに進まなければならない。

 

■AIを使いこなす人生のために

 過去の産業革命では、新世代が新たに必要な能力を獲得すれば足りたが、AI時代の変化は非常に速く、かつ、長寿化によって人間の現役期間が延びている以上、現役世代にもそれが求められる。激しい技術変化に適応するためには自己研鑽が欠かせない。学び続け、創造的でいられる人こそAIとの100年人生を謳歌できよう。「正解のない問題に立ち向かい、自分なりの答えを導き出し、自分の思いや考えを人に伝える力」を身に付けることが、「AIに使われずAIを使いこなす人生」の要である。そしてこれは人生そのものを豊かにする要でもある。

 

まとめ

・「変わらないこと」を見極めること

・活躍の場へ移動できるだけの機動力を持つこと

・自分で考え、自分の思いを伝えられる力を育てること

 

 

 

 

 

 

(第5回ここまで/担当 高井・團迫・宇津野)

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「仕事人のための接待学」第9回 高井伸夫

官とは「淡交」基本に

日本経済新聞(夕刊)連載 1998年6月8日掲載

 

 「君子の交わりは淡き水の若(ごと)し」(荘子)とあるが、先般の大蔵省や日銀の職員への過剰接待事件は、この「淡」の精神を忘れた結果、起きた事件である。大蔵省の局長が国会でこの問題に関し「民間との一般的な交際はある程度やむを得ない」と弁解したが、実態は「ノーパン○○」をねだる、せがむなど、およそむちゃくちゃが日常化したものであったようだ。

 「淡交」こそ接待、特に官の接待の基本になる。

 民が官との関係において猥雑(わいざつ)な接待に陥る根本的な原因は、官が権限・権益を独占し、ほとんど情報を公示・公開しないこと、何人もそれに介入できないところにある。

 民間が激しく競争をすることが国民的福利につながる以上、民が情報に近付く努力をすることは、極めて自然な行動である。官の独占と民の競争との間に整合性を得るためには、官の情報の公開が急務なのだ。

 そうすれば、いびつな接待の意義は大いに消失するであろう。しかし、官もまた民情に通じるためとして民の接待を受けたがるのが現状であるのは、前記の局長の弁解の通りである。

 ところで、力のない、許認可に縛られた業界・人物ほど盛んに接待をする。我が国の代表的国際企業がそうでない企業より接待の頻度が激しいとは聞かない。逆である。商売に自信のある企業ほど、倫理観が発達しているともいえる。

 さて、仕事ができて、人間味もあるといった役人は残念ながら多くない。だから、キーマンにターゲットを定め、人間関係を構築すべく接待しなければ意味がないという。キーマンとは一般職員、係長、課長、幹部の各階層をそれぞれ取り仕切っている人である。難しい質問に答えてくれる人、あるいは仕事の再に発言している人である。

 新しい情報、ざん新な情報、得がたい情報を得るには彼らとのコミュニケーションしかない。信頼関係を形成するためにはなおさらである。贈答品に始まる様々な接待のチャンスを生かしてコミュニケーションを図ることは必要不可欠である。

 ただし、それを公然と行う。まずは役所が主催する歓送迎会に差し入れすることだ。役人を接待するポイントは、要するに「その機関を接待するのであって、個人を接待するわけではない」というスタイルをとることである。

 もっとも、物の授受にあまり効き目はない。一番重要なのは、相手に対してさわやかでひとかどの人物であると印象づけること、評価を受けることである。

<イッピン> オーダーメイドハンドバッグ

「ペレッテリア(pelleteria)」-東京都豊島区雑司ヶ谷

 

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「ペレッテリア」はイタリア語で「革屋さん」の意

「ペレッテリア」を知って5年ほどになる。店主の圓山省吾氏の手になる、オーダーメイドハンドバッグの店だ。雑司が谷に、白と青を基調にした瀟洒な佇まいである。

きっかけは、事務所参与の亀梨伸夫氏が手にしていたバッグだった。10年来の愛用品だというそれは、鮮やかな色遣いながら端正で、それだけで成立した世界感を持っていた。革の風合いも年を経て実に素敵、何も聞かずにおくのはもったいないと瞬時に感じた。

 

店主の圓山氏は、もの作りを心から愛する方だ。朴訥として誠実、話をしてすっかりファンになった。

「オーダーされるバッグにはそれぞれストーリーがある。そこがいちばん大切なんです。そのお客様の思いを汲み取り、喜んで頂けることだけ、それだけを考えてイメージをいっぱいに膨らませデザインしています」とおっしゃる。もちろん、好みや使い勝手に資する仕掛けにも細やかに応えてくれる。

実は、亀梨氏の話を聞いて、孫娘にプレゼントしようと訪問したのが最初、以来、小生も仕事用のバッグを作っていただき、今や体の一部かのような風情で、いつも側にある。

「物理的にメンテナンスをしていても、革の風合いは持つ人様々。革には、その人の生きざまがそのまま現れるんです」とは、蓋し名言である。

 

昨年暮れ、久しぶりに亀梨氏とともにお店にうかがった。変わらない笑顔であたたかく出迎えてくださった圓山さんに、今の夢を聞いた。即座に、「この仕事を死ぬまで続けることです。他に何もないんです」と答えられた。圓山さんのお人柄がそのまま映された言葉だ、と思った。

過去に、「才能とは何か」をデザインの師匠に尋ねたところ、「難しいことを聞くなあ、でも、その仕事を最後までやりとげたら、それが才能があったっていうことかな。」との言を聞いて、思い至ったという。

いつも真摯に「人とデザイン」に向き合い、寄り添う。なるほど、亀梨氏のように「圓山さんに作ってもらったもの以外、持たなくなった」「圓山さんだから、作ってもらいたい」という人がきっと多いはずだと得心した。

 

今は、それ以上できないとおっしゃる年間100件前後のオーダーを受け、イタリアからの厳選した革を用いて制作されているという。店の奥、まさに「職人の工房」といった風情の空間に、色とりどりの革や糸、工具が整理整頓されており、そこを見るだけでも作り手の心持ちがうかがわれ、生み出されるものへの期待感が高まる。リピーターはもちろん、遠くは山口や大阪、愛知などからも訪れるファンを持つ氏だが、「師匠にはまだまだ及びません」といたって謙虚、そんな氏のますますのご活躍を願い、微力ながら、氏の夢の後押しができたら幸せに思っている。

 

中学生の職業訓練がきっかけとなって始めたというワークショップ、居酒屋ならぬ「居革屋」にも老若男女が訪れ、目をきらきらさせてもの作りを楽しんでいると、実にうれしそうに話してくださった。

イッピンを生み出してきた氏の手から、またどんな創造が生まれていくのか、楽しみでならない。

 

【ペレッテリア】 http://pelle-teria.com/

 

 

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圓山氏と。趣味も広くお持ちで、様々な経験値に裏付けされた魅力的なデザイン

 

 

 

 

 

 

201902253.png「悩んで絞り出したデザインでよかったためしがない。だめな時は寝かしておくんです」

これだ、というものは目覚めの時に湧いてくることが多いそうだ

 

 

 

 

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こんなカード入れも。
「普段から20~30色の側を用意しています」

 

 

 

 

 

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201902256.JPGデザインのほんの一部。右の白のバッグは「タマネギ型」

 

 

 

 

 

 

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このリュックは、制作時間40時間ほど。たっぷり入り、スーツにも持てるデザイン

 

 

 

 

 

 

201902258.JPGのサムネール画像

奥に作業場が見える。ここから「イッピン」が生み出されていく

 

 

 

 

 

 

 

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「居革屋」での制作品

 

 

 

 

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過去の作品はすべてファイルしてある。「これ、以前娘が作っていただいたものです」と亀梨氏

 

 

 

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亀梨氏が小脇に抱えているのが、開店当初に作った愛用のセカンドバッグ、16年もの。
「使い込むほどに革の表情が変わっておもしろい」

 

 

 

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8歳の誕生日、孫娘にプレゼントしたバッグ。
「明るいのがいいな」とオーダーした。
圓山さんが小生の想いに寄り添って作ってくださった、
大切なもの

 

※ペレッテリアの圓山様には、取材等々お力添えをいただきました。ありがとうございました。

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第2回 「キャリア権」と私の出会い

 

あすか人事コンサルティング
代表 太田 正孝

 

 全豪オープンで大坂なおみ選手が優勝しテニスファンのみならず日本人に喜びと感動を与えてくれました。スポーツ以外のIT関係や囲碁将棋などのゲームの分野でも若い人達が活躍し世界トップクラスの力を発揮しています。この人達は十分な経験を積んだのちに世界に出ていくというよりも幼い時から親しんだ結果、天賦の才が早く花開いたというのが実感です。勿論その陰には本人の努力と親や周囲の支えがあったのでしょうが、その分野に必要な才能と努力がぴったり適合した賜物と思います。人の一生でどのようなキャリアを築いていくのが幸せか考える上で大いに参考になる好例だと思っています。

 

 高井先生がライフワークの一つとして「キャリア権」という考え方の普及と法制化実現に取り組んでおられるのはご存じの通りです。高井先生は弁護士という枠を越えて、常々世の中の動きとその行き着く先について多面的な予測をし、働く人がどのように扱われるべきかについても様々に発信されています。TVドラマでの弁護士像は受託案件の勝ち負けにこだわる姿や、その奥にある正義と悪の葛藤に翻弄される姿がよく描かれていますので、素人の私は正邪両面をもつ勝負師みたいなイメージを持ってしまいます。しかし高井先生はそういったイメージを超越して人間の本質そのものを追究しながら行動されているようです。そのターゲットの一つが今話題の「キャリア権」だと思っています。

 

 そこで、私自身の「キャリア権」との出会いですが、十数年前、私はヘイグループという外資系人事コンサルティング会社でコンサルタントをしていた頃のある日、高井先生からキャリア権についての諏訪康雄先生の論考を見せられどのように思うか、と「尋問」をうけました。私は「欧米先進国ではおおむね自分のキャリアは自分で決めるという自己責任の根深い生活文化があり、宗教的、歴史的にキャリア権が暗黙の裡に定着しているが、日本では組織の方が個人の生活より優先する文化なので、なかなか受け入れにくいテーマと思う」というようなことを話した記憶があります。成果主義的制度策定にむけたコンサルティングの範疇に社員が上るガイドラインとしての「キャリア・ラダー」の設計も含まれていたこともあって好奇心が刺激され、高井先生のペースにどんどん引き込まれていくことになりました。そのご縁でNPO法人キャリア権推進ネットワークで五年前の設立時から参画し現在に至っています。

 半世紀以上の長きに亘って人事労務にかかわる案件を経営側に立って扱ってこられた高井先生が、あえて「キャリア権」に着目し、その普及と法制化にむけた活動を始められたのは先を読んだ結果として必然の流れだったと思います。「ハートワークの時代」における人事考課の主要な要素であるコンピテンシー評価をうまく応用することで、その人がキャリアを築くにふさわしい分野は何かを想定することができます。私は実践型の人事コンサルタントとして「キャリア権」の考え方をクライアント組織に取り入れられないか模索をしているところです。

 

 次にキャリア権の考え方に影響する昨今の労働面の動きについて触れてみます。

 

 日本に在留する外国人は260万人(外国人登録)、そのうち働いている人は122万人となっており、昨年暮の入管法改正で今後益々増えていくようです。その結果、日本の労働慣行も世界モデル(といっても基本は職務と成果重視の欧米型モデル)に近づいていくのは自然なことと思います。また、高齢者の事実上定年がない運用拡大を加味すると年功序列型の人事運用や賃金体系も変化して行かざるを得ないでしょう。加えて副業や複業が広く認められるようになれば、 60年程前にジェームズ・アベグレンが著書「日本の経営」の中で日本の強みの「三種の神器」としたもの、即ち「年功序列制」「終身雇用」「企業別組合」という特徴がゆっくりと崩壊して行くことにつながります。

 昨今の政府の働き方改革は長時間労働の是正、高齢者の就労、同一労働同一賃金、が主たるポイントと承知していますが、加えて労働力充足の対応策として外国人働き手の招聘、女性の一層の社会進出と経営幹部への登用が今後の日本社会の発展のためには不可欠な要素になるのは間違いありません。女性登用についてさらに言えば、80年代に世界中で女性の昇進に対して「ガラスの天井」があると言われていたことを思い出しますが、日本ではその進捗が際だって遅い事はダイレクトに昇進問題だけでなく労働力不足にとっても大いなる課題です。人口の大都市集中からくる通勤難、核家族化、育児や介護の負担、保育施設や仕組みづくりの遅れ、男女賃金格差、マネジメント教育などのリカレント教育環境の不足など、労働・教育環境を総合的にとらえたインフラ整備が喫緊の課題と思います。

 

 「風がふけば桶屋が儲かる」という話がありますが、人口減の中で働く人の人生を幸せにする環境作りという目的の達成に向けてどのような指標をどのような順序で達成していくか、桶屋の話を参考にして大きな絵柄づくりが求められています。今や一つの施策で完結するものはなく、生体のように多くの要素や意外な要素が相互にからみあっている時代と思います。

 総理官邸を筆頭とする行政府、政党、自治体、経団連や連合、さらには大学や研究機関などの想像力を集約・駆使し、国民の智慧を吸収しながら国の様々な戦略作成にあたって欲しいものです。この大構想の基盤の一つとなるのが「キャリア権」という概念かもしれません。

終わり

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高井伸夫の社長フォーラム100講座記念~1講1話・語録100選~
【第2回】「気がかりなことは何か」を3回聞け(1993年6月24日)

高井伸夫の社長フォーラム100講座記念~1講1話・語録100選~

【第2回】「気がかりなことは何か」を3回聞け(1993年6月24日)

 

 コミュニケーションを重要視しないといけない時代になった。心の時代においては、ことに若い人の心は千差万別だ。社長自らコミュニケーションをはかる努力が必要だ。相手が何かを言ってくるのを待つのではいけない。

 現場に行って、できたら夜を徹してでも話し合う。車座がいい。あるいは膝詰めで幹部と1対1で話す。そのとき、ホンネで可たることが前提になる。

 どうやってホンネを語らせるか。

 まず、気がかりなこと、困っていることを聞く。「加藤君、いま一番気がかりなことは何か」「佐藤さん、いま心配なことは何か」と聞いて、その上で、30分ほど基本的なことを話し合って、再び「気がかりなことは」と聞く。話を発展させながらこのような手続きを3回繰り返すと「社長、先ほどは言い忘れましたが」と、さらに話は深まり発展する。

 これが、ホンネを引き出す話し方である。

 2番目に「次の一手は何ですか」と聞く。その中で、優先順位を聞く。「次の一手の中で何が一番大事ですか」と。

 心をひとつにするには「人の意見を聞いて、自分の意見を違うところを確認する」ことから始めなければならない。

 

「AIと私たち」

第4回 AIと人事労務(1)「役割」を考えたキャリア形成を

 

 18世紀の産業革命はいわば動力革命であり、人類を肉体の限界から解放したのに対し、今世紀のAI革命は、人類を頭脳の限界から解放しつつある。10~20年後には今の人間の職種の2分の1程度をAIが代行するとの予測もある。こうなるとおそらく人間の「仕事」という概念そのものが薄れていく。

 

 産業革命における手工業者やエネルギー革命における炭鉱労働者の例に倣えば、AIに代替される仕事に今就いている人々は、転職、配置転換、自主退職、解雇といった道を辿ることになる。しかし、AIの発明が人事労務へ及ぼす影響は、蒸気機関車の発明とは比べ物にならない。蒸気機関車が人間にとって代わったのは移動能力に限られたが、AIが人間にとって代わる分野はありとあらゆる方面に拡がるからである。

 

 配置転換や解雇にかかる必要性や合理性に関して言えば、企業におけるAI投入の決定は、人件費削減や生産性向上といった企業経営上必要かつ合理的理由があるからこそなされるはずだ。したがって、従来の配転・解雇問題とその法的論点は大きくは変わらないだろう。

 しかし、過去の産業革命に伴う解雇問題と比較すると、「職を失った人々が新たな仕事に移動できるかどうか」に大きな違いがあるように思う。1980年代の工場の自動化で製造部門が減り、90年代のIT革命で経理や人事の省略化が進んだ一方で、システム開発やネットサービスといった雇用が生まれたように、AIに仕事を代替された人々が「AI時代ゆえに生まれる新たな仕事」あるいは「重要性を増す仕事」に移動できれば何ら問題はない。ところが、これらの仕事は万人が一朝一夕でこなせるものではない。

 AIに代替される仕事に就いている人は、研究者ではなく研究結果をまとめる人、専門家ではなく専門家と消費者をつなぐ人(受付窓口)、設計者ではなく設計書に基づいて製品を作る人、小説を書くのではなく本を売る人など、創られたものを決められたルールに則って動かす役割を担っていることが多い。すなわち非創造の世界である。これに対し、「AIの発達によって生まれる仕事、重要性を増す仕事」には、AIに関する専門的な知見や技能、あるいは、AIが備えていない、人間だからこその創造力・発想力・判断力が求められる。こうした能力の獲得や醸成は容易ではない。とりわけITに疎く、加齢とともに柔軟性を欠きがちな中高年層にはより厳しい情勢になる。炭鉱労働者の転職では、労働のしきたりが異なり自信が持てない・合わないといった精神的問題が大きかったが、AI革命においては技術的・能力的理由による転職問題が多くなるであろう。

 

 また、仮に人類がAI時代の労働者として相応しい形に進化したとしても、AIやロボットが代替した仕事量に匹敵するだけの雇用が生み出せるのか、という問題もある。日本は今後一層の人口減を控えているが、AIが進化し続ければ、将来的に労働人口に対して雇用枠が不足する可能性は否めない。

 仕事の移動が難しい人が多ければ、整理解雇の4要件である「労働者への説明・協議」は滞るだろうし、社内で新たな仕事を創出する努力をしていないとして、「解雇回避の努力義務」を満たさないと判断される可能性も高まるのではないだろうか。

 

 米国では、AI技術の導入が中間所得層の労働者の消滅、特に未熟練労働者の就労率低下を招くと懸念されている。人類の多くが「貧乏暇あり」になりかねない。政府が最低限の収入を保証する「ベーシックインカム」や、機械に仕事を奪われた人の所得を補う「生計保険」創設を提唱する有識者もいる。経済的保障がなされれば変化に対応する努力を怠る人も現れよう。一方で、これを後ろ盾に起業したり、学び直したり、子どもを作ったり、自己実現の活動を始めたりと新たな人生の可能性も広がる。

 AIによる仕事の代替が話題になると、よく「人に残される仕事を考えろ」と言われるが、「仕事」という概念自体が崩れる日が来る。必要なのは自らの「役割」を考え、それを意識して、「仕事」に限らず人生全体の視点でキャリア形成を考え、そのために必要な能力を育むことである。

まとめ

・AIは人類を頭脳の限界から解放する

・AI革命による転職は技術的・能力的問題が多くなる

・自らの「役割」を考え、キャリア形成を考え、能力を育てよ

 

 

(第4回ここまで/担当 高井・團迫・宇津野)

<イッピン> 中村鳳仙先生「書」


<イッピン> 中村鳳仙先生 「書」

 

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―石はしる 垂水の上の早蕨の 萌え出づる春になりにけるかも―

 

一昨年、私の80歳の誕生日に開催した出版記念パーティで、来場者の皆様にお配りする記念品の作成を、書家の中村鳳仙先生にお願いした。

先生が書いてくださったのは、青葉の薫る季節にぴったりの、冒頭の志貴皇子による万葉集の歌であった。

流れるような美しい文字と緑のグラデーションが配された和紙が黄金の色紙に映え、とても爽やか。いただいた人を喜ばせる素晴らしい作品であった。

80歳の誕生日に、以前から尊敬していた鳳仙先生に、このような作品を作っていただけたことが、とても嬉しかった。

 

私が、中村鳳仙先生と初めてお会いしたのは、先生が20代、私が30歳の頃であったが、先生はその後、めきめきと頭角を現していった。世界で7回の個展が開催され、高い人気を誇っている。その受賞歴の華々しさは圧巻である。

 

鳳仙先生の作品は、大胆な構図で生き生きとした力強さがありながら、女性らしいしなやかさや繊細さも併せ持ち、観る者の心を打つ。

先生ご自身も、押しも押されもせぬ大家でありながら、いつも柔和でにこやかで、お会いすると、ほっとすることのできる素敵な方である。

 

私が仲立ちをして、講談社野間記念館に、山部赤人の歌「田子の浦ゆ 打ち出でて見れば 真白にぞ 富士の高嶺に 雪は降りける」を書かれた鳳仙先生の作品を寄贈いただいたことは、一美術ファンとして非常に誇りに思っている。

 

先生が、お体に気を付けながら今後も精力的に活躍をし、素晴らしい作品を生み出し続けていかれることを願っている。

より多くの方々に鳳仙先生の作品を見ていただくため、私も陰ながら応援し続けていくつもりである。

 

中村鳳仙先生のHP「鳳仙花」 http://hosen-nakamura.com/index.html

  • 今、話題のテーマについて各界で活躍している方々と対談をする一問一答形式のブログの第36回目です。
  • 第36回目は、山手通り鍼灸院  院長 川口博司先生です。

 


 

■ ■ ■ ■ 時流を探る~高井伸夫の一問一答(第36回)■ ■ ■ 
山手通り鍼灸院  院長 川口博司先生 
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


[山手通り鍼灸院  院長 川口博司先生 プロフィール]

1968年7月14日生まれ。地元名古屋の私立南山中学校・高等学校を経て、1987年4月、順天堂大学体育学部へ入学。卒業後、東急リバブル株式会社に入社し、トップセールスマンとして新人賞を獲得するも、2年で原点の名古屋へ戻る。

店舗設計やデザインという営業利益率の低い業界の営業を学び働く傍ら、鍼灸の見識を深め、中和鍼灸専門学校 (愛知県稲沢市、現・中和医療専門学校)へ入学。並行して治療院でインターンを経験し、2000年5月17日、中目黒に山手通り鍼灸院を開業。トレーニング関係に携わり30年、鍼灸師として20年。2009年10月にTBS特別番組「オールスター感謝祭」の駅伝・マラソン企画にゲスト出場した、五輪女子マラソン初代金メダリストのJoan Benoit-Samuelsonの治療にもあたるなど、海外でも鍼灸治療の第一人者として知られる。

 

[今回のインタビュアーは以下の通りです]

  • 高井伸夫

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写真左が川口博司先生、右が高井伸夫 取材日撮影

(取材日 2018年12月22日(土)於:山手通り鍼灸院)

 


高井

順天堂大学で体育部を選ばれたのはなぜですか。

 

川口先生

食育、運動、ケアまで全部みられるスポーツ指導者・トレーナーになろうと思って進学しました。しかし、当時の日本ではトレーナーという職業が重視されておらず、学ぶにはアメリカに行かなくてはならなかった。かといって、アメリカに行って日本に帰ってきても仕事がない状態でした。大学3年生になる前の春休みに語学留学でアメリカへ2か月半ホームステイして、アメリカと日本との状況の乖離を知りました。

日本でトレーナーという職に就くのは時期尚早のようで、時代もバブルだったので、将来の自分の行く道はさて置き、社会勉強も含めてサラリーマンかつ営業の道を選び、東急リバブルに入社しました。自分で最初から最後まで全部一人でできる営業職というと不動産業が一番早いと思ったからです。

 

高井

鍼灸へチャレンジされ始めたのはいつですか。

 

川口先生

バブル崩壊もあり、一度リセットしようと名古屋に戻りました。店舗設計やデザインの営業として働く傍ら、開業出来るような資格を得て元来の「身体に携わる仕事」をしようと色々調べて鍼灸に辿り着きました。会社に勤めながら鍼灸の学校へ伺ったり鍼灸に携わるエピソードを読んだりして、3年が経つ頃、中和鍼灸専門学校(愛知県稲沢市。現在は改称し、中和医療専門学校)に入学し、鍼灸を学び始めたのがこの道のスタートラインですね。

 

高井

恩師について教えてください。

 

川口先生

誰かについて修行した事がないので、師匠と呼べる人はいませんが、名古屋に「将来こんな鍼灸師になりたい」と思う親子ほど歳の離れた先生がいまして、よくその先生の主催した勉強会に参加していました。

自身の怪我や鍼灸師としての経験は勿論、医療従事者に限らず人生で出会った方々から多くの事を学ばせて頂き、あらゆることを自分の中に取り組み、撹拌してオリジナルを作り出すのが、私の基本スタイルです。「鍼リテラシー」とでもいうのでしょうか。多方面から鍼を通じた知識・理論等を自分の中に解放して、技術から、ありとあらゆるその鍼に関するものを自分なりに噛み砕いて飲み込んで取り入れて、自分なりのスタイルを築いていく。日々、精進していかなければならない思いです。

 

高井

ご自身の怪我というのはどのようなものですか。

 

川口先生

学生時代ラグビーをしていたので。順天堂大学に在学中の右肩の脱臼と、社会人になってから膝の関節のクリーニング(関節に溜まった破片の除去)で手術を受けました。不注意で転んだりして骨折も何箇所かしています。

 

高井

色々な情報を仕入れて治療にあたっておられますが、一番の情報源は何ですか。

 

川口先生

その分野に特化した患者さんの話が一番リアルかもしれません。例えば衣料業界の社長から直に聞いた、デパートにおける自分たちの立場や全国の売れ行き。宗教関係の方だと、宗教に関する中々表に出てこない裏話。高井先生でしたら法曹界の話をオフレコで聞いたりします。これらはリアルタイムな情報だと思います。

 

高井

受付なども設けず、お一人で治療にあたられる理由を教えてください。

 

川口先生

患者様の電話の声、喋り方、来院された時の表情、姿勢、歩き方、癖、帰られる時も同じで、少しでも多く患者様のことを観察していた方が情報を多く集められ、治療に有効なのです。ちょっとした言動にもヒントが多い。

 

高井

治療の上での特別な技術はなく、ただ「勘はよく働く」と仰います。「勘がいい」というのは具体的にはどういうことですか。

 

川口先生

独り善がりではないひらめきです。自分で先に理論で考えて、そこに無理やり結果を結びつけるひらめきもありますが、それはなるべく避けたいので、直観で感じたものですね。

例えば治療で患者様から症状やお話を聞いて、パッと頭に浮かんだ原因の場所や病因がよく当たります。医療業界では一般的に消去法、スクリーニングテストを用います。思い浮かぶ病名を一つずつ検査し、最後に残ったものを「おそらくこれでしょう」と表現します。「これだ」とは中々決めつけられません。ところが私の場合は「これだ」と決めつけてかかるところがあります。そこが上手く当たっていることが多いので、勘がいいのだな、と。

 

高井

最近大当たりした例を教えてください。

 

川口先生

先日、ボルダリング中に足を捻って動かなくなってしまった方が、普段通っている理学療法士に診せたら「おそらく足の靭帯が切れているから、治療には鍼が良い」と言われたそうで、久しぶりに当院に来られました。でも診たところ靭帯が切れている感じがしなくて。何も根拠はないのですが、触ってみた感じと…これがまさに勘なのですが、「おそらくどこも切れていない、半月板の損傷だと思う」とお伝えしました。混雑でMRIを撮るのに3か月くらいかかるということで、やむなく勘を信じて4回ほど治療したら随分良くなりました。いざMRIを撮ったら案の定半月板損傷でした。もうほとんど回復したので、手術もしなくて済みました。

 

高井

施術の際は先生が患者さんとシンクロされるということですが、どのような効果が得られるのでしょうか。

 

川口先生

病状を踏まえた上で、患者様をあらゆる面で見て全体像を理解し、その体内に入り込む感じでシンクロさせます。私が鍼を刺すと同時に、患者様として刺されている感じを受けるようにします。体に乗り移った感じで施術すると、患者様との間に一体感が出て治療効果が上がります。

先程「勘」と申し上げましたが、シンクロすれば患者様の痛みがリアルに伝わってきますので、自分の感じたものを患者様の感じているものとして捉え、共有していきます。

このようなことを伝承するのは大変ですので、後継者育成はサボっています。

 

高井

1回の施術料金はおいくらですか。通常何回くらい施術されるのでしょうか。

 

川口先生

3千円から8千円です。症状にもよりますが、急性のものですと短ければ1回、慢性的でも3カ月ぐらい。ただ老化による変形、劣化とかの場合完全に治すのは難しいので、悪くならないように、という類のものですと回数は制限できません。

 

高井

1日の予約数はどのくらいでしょうか。また、どのような方が来院されますか。外国人比率やリピート率も教えてください。

 

川口先生

元々15人程で、前日、当日に数名入ります。政財界が2割、芸能マスコミが1割、外国人が2割、その他が近所、遠方からの一般人です。外国人はかつて多い時には3割を超えましたが、昨今の経済状況、また税法上の問題で、expat(≒駐在者)がシンガポールや香港に流れたので減りました。金融系のオフィスが移転していますよね。これも先程の「情報」として知ったことですが。

リピート率は弾き出すのが難しいです。1年後、5年後のリピートもあるし、リピートの必要性がない場合もあるので…半数くらいでしょうか。


高井

外国人というのはどこの国の方が多いのですか。

 

川口先生

国籍はアメリカがダントツで、フランス、イギリス、スペインなどヨーロッパの順に多かったのですが、最近はヨーロッパの方が多いです。中でも白人だけではなく、アジア系アメリカ人やアジア系ヨーロッパの方も多くいらしています。

当院に来られる外国人は、まず東京アメリカンクラブのメンバー、東京ローンテニスクラスのメンバー、調布にあるASIJアメリカンスクール、それからブリティッシュスクールの生徒・親御さん・先生で、基本的に高額所得者、富裕層の外国人です。必然的に優良企業に勤めている方、もしくは外交官が多くなるので、それで欧米の方が多いのかもしれません。いつかフランスかドイツの城の主が来て、「この城をどうぞ」って言ってくれないかなと期待しているのですが、まだいらっしゃらないです(笑)


高井

外国人患者の増加には何かきっかけがあったのでしょうか。

 

川口先生

東京勤務から独立したわけでもないので、2000年5月の開院当初、3カ月程は1日の患者数が1~3人、時々0人という寂しい状態でした。診療時間後に夜間営業をしている他のマッサージ店でアルバイトをして食いつないでいたところへ、当院の裏にたまたま住んでいらした、スカッシュの日本でトップクラスの女性コーチが飛び込みで来院されました。丁寧に施術しましたら長年患っていた腰の痛みが初めてきれいに治ったと大層感動されたんです。

当時、千代田生命が経営し、中曽根元総理等の著名人が多くメンバーだった高級スポーツクラブがあったのですが、ここにスカッシュをされている方が何人かおられまして、「あのコーチが良いというのならば」と当院に来られるようになったのです。

その中に東京アメリカンクラブのメンバーが何人かいらしたので、そこのスタッフが来院されるようになり、同クラブのメンバーが東京ローンクラブのメンバーだったり、アメリカンスクールのPTAだったりして情報が広まり、今に至っています。正確な数字ではありませんが、この女性コーチを発端に500人以上の患者様が来院されています。もしもこの女性コーチに好印象を持たれていなかったら、とっくに閉院していたかも知れません。

 

私は、この時の教訓「いつでも誰にでも全力で施術にあたる。」を肝に銘じています。そして、私はこういう方を「ビジネスキーパーソン」と呼んでいます。ビジネスに限らず人生において、多大な影響を与える「キーパーソン」は少なくとも3人には出くわすと考えています。それは身近な人かも、ずっと年下の人かも、また通りすがりの人かも知れません。キーパーソンかどうかは後で判明するので、先入観は捨て、いつも真剣に人と向き合わなくてはなりません。

 

高井

鍼灸院の営業活動はどのようなものがありますか。実際にされている営業活動を教えてください。

 

川口先生

インターネットの口コミサイトに掲載して、キャンペーンクーポンや、初回格安といった広告。あとはポスティング、駅前でのビラ配りでしょうか。

私の営業活動は開業日に新聞広告を1回入れたきりです。大手3紙の朝刊に3万部くらい。これを見て3人来院されました。ビラ配りなどは、私はかえって「苦労している」と見られて逆効果だと思っているのでやりませんでした。最初からは難しいですが、「広告しなくても十分混んでいる」というイメージに持っていくのが一番の営業方法です。営業活動をせずに営業できていること見せる。

実際は地道に実績を上げ続けるだけです。実績とは、患者満足度の向上です。患者様が期待していた以上の結果でなければ感動は生まれません。感動して頂けたら、その感動を誰かに伝えたくなるものです。良さを伝えるのは言葉ではなく感情なので、いかにその喜びと感動を多くの方に伝えて頂けるかが鍵です。期待していた以上の結果とは『こんなに早く良くなるとは思わなかった!』『こんなに楽になるとは思わなかった!』の2つです。それが達成出来たら、宣伝活動しないのが宣伝という風になるかなと思います。

 

目立った営業活動をせずに経営する秘訣は、誠心誠意患者様と向き合い、治癒という目的に真剣に立ち向かう事です。一般にはサービス業ですから顧客の満足を第一に考える事です。

2番目には、経営していかなくてはならないので、国内外の経済、政治、自然、科学、そしてエンターテインメント、スポーツまで多岐に渡って情報を仕入れ、トレンドから未来まで予想しながら、早め早めに心構えと対応を取っていくのが大切だと考えています。

 

高井

最後に、人生の目標は何ですか。

 

川口先生

治療において、勘と結果の整合性をもっと高めたいですね。イメージと結果を合致させたい。それが治療の正確性を高めますし、治療時間の短縮にもつながりますので。

 

高井

ありがとうございました。

以上

 

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 今年、高井伸夫先生のブログ「無用の用」に寄稿する機会をいただくことになりました。

 「あすか人事コンサルティング」代表の太田正孝と申します。どうぞよろしくお願い致します。

 

第1回 ご縁

 

 高井先生とは15年ほど前に、とある係争問題で出会いご縁を得ました。ご高名はかねてより伺っていましたので躊躇なく事務所にお願いに行きましたが、第一印象は結構せっかちな先生、というのを覚えています。書類の書き方など、場面状況が目に浮かぶように書くとか、裁判は書類の整え方で決まるとかキーワード重視の指摘があり、当時私は民事法廷では弁護人同士が口頭で戦うと思っていたので「書類司法」に目からウロコでした。あのときの出会い以来何回もお会いするうちに「波長がとても合う大先生」で、事ある毎にご厚誼とご指導を得てきました。

 

 先生にご縁のある方達に向けて拙いものを披露するのはすごく気がひけますが、これもご縁の一端として許容いただければ幸いです。この「無用の用」では月に一回の寄稿で12回、今は何を書くべきかわかりません。時に応じてテーマを決めて自分なりの知的冒険をさせてもらえれば有難いと思っております。

 「無計画」には厳しい高井先生ですので今のはやり言葉でいえば「ボーっと生きてんじゃねーよ」と叱られそうですが、臨機応変ということでいきたいと思います。

 

 平成も今年4月で終わり5月から新元号になります。歴史の一つの節目なのでいい時代の到来を願うのは当然ですが、地球上では自然災害や人的災害など多くの懸念材料があふれています。人類が爆発的に増えて人智では解決できない位に問題が深刻で複雑になりすぎたのかもしれません。IOTやAIも進むでしょうがこれが問題をより複雑にしたり制御不能になったりしてより深刻な社会問題を引き起こす可能性もあります。

 そんな時流と将来予想のなかで、高井先生には「時代の処方箋」を書いてもらいたいという思いです。その参考材料のきっかけになればいいな、と考えています。

 

 さて、初回ですので自己紹介をしながら「ご縁」ということから書きはじめます。

 

 私は宇宙からきたのではないかと時に空想していますが、どうやら日本列島にある大阪市で生まれたようです。全く記憶がないので本当のことはわかりません。大阪大空襲の直前に家の地下に掘った防空壕で生まれたと聞かされて育ちました。その後、父の影響もあり、好きな山登りや、当時は夢だった海外渡航の可能性が大きい人文地理学を専攻しました。とりわけ歴史地理学に興味がありました。学者になって世界を股にかけるような研究活動を夢見ていました。

 

 高井先生の専門である法学分野は食わず嫌い状態でした。法学部の空気や条文など難解な文章を学ぶのは大変だし六法全書の分厚さにも圧倒されたのでしょう、サラリーマンになるつもりがなかったので強い動機につながらなかったわけです。ただ、歴史地理学では律令制を支える「延喜式」(900年頃)は大事な歴史資料としてみていましたので、法との接点といえばそれくらいでした。高井先生と知己を得た今では法は学んでおくべきだったという悔いが残りますが。

 

 ところが、あるきっかけで学者への道から会社勤めへとキャリアの方向転換をすることになりました。

 

 当時、家庭教師先の父兄から飛行機が好きで海外に行くなら今後大きな飛躍が期待される航空会社はどう、と強く薦められ、結果として日本航空(JAL)に就職しました。

 教え子の高校生にたびたび地球儀を見せて大きな視野から物をみるように話したり、模型飛行機を一緒に作って飛ばしていたのが親の耳に入っていたようです。修士課程へ進むのもほぼ決まっていたので大学の恩師から「お前はアホか」と厳しく怒られたのも当然です。

 

 JAL入社後は現場の接客から始まりましたが、20才代後半から7年間社長秘書を勤めました。役目柄、様々なことが起こり心身ともしんどい仕事でした。日々多くの人達との出会いがありましたが、良いご縁を得たと思う方達のことは強く思い出に残っています。この時期の得がたい経験や人脈がその後の人生のベースになって多方面で活躍されている人達と更なるご縁を得ることが出来たと深く思います。

 

 31年間お世話になったJALでは10回異動し転居は7回、海外は3カ所延べ8年でした。平均して3年に1回です。最後の方のキャリアでは、人事部次長、羽田の空港支店総務部長、情報システム開発部長、シカゴ支店長でした。人事部時代には採用と人事制度企画担当として成果主義人事制度導入を、羽田空港では昭和天皇の大喪の礼の際の海外からの超VIP機の受け入れをやりました。官民上げて一つのチームを作り万全の策を講じて無事完了したときは感無量でした。情報システム部では技術者とともに大規模システムの更新やお守りなどで実に多くを学び、今の情報時代に取り残されずにすんでいる?のかもしれません。

 シカゴを最後に53才の時にJALを早期退職しました。きっかけは人事部時代に成果主義型人事制度導入にお願いしたヘイグループジャパンの社長から誘いを受けたからですが、これも良いご縁を得ていたからでしょう。ヘイグループでほぼ9年、最後は副社長の役員定年で退職、今は個人で人事コンサルティング業をしています。以来11年になりますが、独立時からずっと心配してくださり、顧客紹介など何かと支援をいただいている高井先生には感謝の念で一杯です。

 

 高井先生によると縁を大事にする根底には、好奇心が前提にあると言われています。私も全く同感です。霊長類はおおむね好奇心を持っていて、とりわけ人類はこれで文明を築いてきたといっていいのでしょう。

 「袖ふれあうも多生の縁」という言葉がありますが、輪廻転生の仏教の教えからすると人は何回も人生を繰り返すので、今のご縁は前の人生の縁が元になっているのだ、ということでしょうか。ということを敷衍するとこの宇宙はユニバースではなくマルチバースではないか、などと思考は膨らんでいきます。学問分野で言えば天文学、物理学、量子力学、生物学、哲学、心理学、社会学、法学、経済学などすべてに関係性がでてきます。理系文系などと簡単に分けることは思考を狭めるものかもしれません。

 今の私は宇宙とUFOの勉強が趣味の一つですが、世の中多彩な情報が満ちあふれて好奇心をもって調べるには好都合な環境にあるのを実感しています。

 好奇心を持っていることが人生を豊かにし、道を開く原動力であるとして、次回からこれらを元に「無用の用」らしく掘り下げて書いてみたいと思っています。

終わり

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「仕事人のための接待学」第8回 高井伸夫

ゲストの居心地配慮

日本経済新聞(夕刊)連載 1998年6月1日掲載

 

 女性を接待するくらい難しいものはない。なんといっても、ゲストである女性に居心地の悪い思いをさせないことが必要である。

 女性の接待は、相手を褒(ほ)めて相手の気分を良くさせるような雰囲気があったほうがいいだろう。相手に苦言を呈したり、何らかの関係がある事項について批評するような言葉は禁句だ。繁盛している店の大将や女将(おかみ)に聞けば、その営業の秘けつは女性に好かれることだと必ず答える。

 実際の接待では、まず、メンバーの組み合わせが重要である。一対一での夜の席は気まずい。三、四人となれば、お互いに気楽である。時間帯も、夕食時より昼食時の方がよいだろう。昼食時の方が仕事の一部というイメージがあり、女性に好ましい印象を与えるからである。

 やむを得ず夜の会食となった場合も、会社の終わる時間、会社からの距離、自宅への道程といったことを念頭に置く必要がある。

 また、お酒が入ると仕事の話をしにくい雰囲気になりがちである。仕事の話がある場合は、食事前の三十分くらいをそれにあてることが望ましい。店の選び方も、靴を脱ぐ場所を避けるなど、配慮が必要だ。

 女性だけ、または男性だけに通じるような話題は避けた方がよい。また、女性の身上について質問するのは、セクハラとして嫌われる可能性さえある。

 例えば、男性がよく用いる「お若いですね」という言葉があるが、それは決して褒め言葉ではない。「お若いですね」と言われると「いいえ、若作りなんですよ」と答える女性が多い。本当に若い人には言わない言葉なのだということを分かっていない男性が実は多いのである。

 砕けた話になる場だからこそ、話題の選択には心しなければならない。こうした場面ではやはり、企業の問題、公の問題が無難だ。

 女性の接待にあたって用意する効果的なプレゼントとしては、花、ワイン、ケーキなどがある。例えば花を贈る時にメッセージを添えるなど、いずれもセンスがあってお洒落(しゃれ)なものである。

 しかし、女性への接待は男性以上に効果があるものではない。女性は正直なのである。このスピードの時代に接待してもらって、単におだてられてよい気持ちになるだけに時間を費やす女性は少なくなった。

 女性にとって意味ある接待は用件があってのものだという。単に「飲んで・食べて・騒いで」という接待は好まれず、違和感を抱かれるケースすら多い。

 

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