※()内は花言葉
<上段>2015年1月28日(水)14:36 港区赤坂1丁目にて撮影
水仙(私のもとへ帰って)とプリムラ(永続する愛情)
<下段左>2015年1月28日(水)14:37 港区赤坂1丁目にて撮影
バラ(魅惑)
<下段右>2015年2月1日(日)7:38 渋谷区代々木5丁目にて撮影
ジャノメエリカ(博愛)
お客様は困っていること、分からないこと、気掛かりなこと、を必ず持ち合わせている。それらを聴いて、解を与える、方向性を提示するのも説明責任の一つである。誰しも完全無欠なことはないのであるから、不利益なことを早く話してもらい、そうすることで、防御・攻撃方法がより進化する、すなわちお客様にプラスになるということである。そして、それによってお客様が納得する、安堵する、ストレスが軽減する。これが、弁護士の仕事として大切なことである。
弁護士はお客様のために働かねばならない。しかし、顧客の立場だけを考えて弁護士は活動してはならない。弁護士は法的な立場から顧客の利益を考えるものである。即ち、弁護士はリーガルマインドがあってはじめて、弁護士たる仕事ができる。お客様のためにとは、「自分自身のリーガルマインドに沿って対処すること」である。
現代社会はリスクに満ちている。特に企業は、多くのリスクを抱えているのが必定で、これらの緻密な分析・検討なくしては経営が成り立たない。企業から依頼を受けた弁護士は、多かれ少なかれビジネス上の判断にも関わりを持たざるを得ない。しかし、リスクを考えて何事も違法と言いがちな弁護士が多い。リスクを取らない弁護士が多いということである。それはそれで、弁護士として存在する意味はあるが、お客様にとっては満足できない弁護士である。弁護士はリスクがあるのかを見極め、そのリスクを乗り越える工夫をしなければならないということである。それは、取れるリスクと取れないリスクを分別するということでもある。取れるリスクとは、状況を変化させて今あるリスクを失くすために、新しい条件を設定するなり、リカバリーショットを打つなりすることである。お客様は法的トラブルをかかえているが、弁護士がリスクを回避することのみに汲々としていては、お客様の発展はない。リスクを取ってこそ今以上に有利な立場になるからである。これを取らないということは、クライアントの満足を得られない。弁護士に依頼するからには今以上に優位に立ちたいというのがお客様の心理だから、リスクを取らない弁護士はそれに応えられないということである。故渡辺美智雄氏は官僚を前に「大事(だいじ)は『七分の道理、三分の無理』で成る。君たちは道理を徹底的に追求しろ」と檄を飛ばした。弁護士も、無理と思える現実のなかにも価値観の変容を察知する鋭敏な感覚を磨き、お客様のためにリスクを乗り越える気概を持つべきである。
「ハイリスク・ハイリターン」という言葉があるが、大きな危険を冒すほど大きな利益が期待できるという意味である。「ノーリスク・ノーリターン」では、競争には勝てない。なぜなら、リスクのない競争はあり得ないので、リスクをとらないのであればそもそも競争の場に上がってすらいない。競争社会の中で生き残っていこうと考えるのであれば、リスクを冒すのは、いわば当然のことだ。例えば、訴訟において敗訴しそうな時に依頼者に和解を促すのも、それに当たる。そして、依頼者が和解の勧めを受けなかったとしても、最終的には弁護士の信用を強めることとなるだろう。リスクを冒すときには、苦渋の決断を迫られることもあるが、闘いなくして進歩はあり得ず、競争社会で生き残ることもできない。ところが、今の若い世代は、ノーリスクを志向しているように思えてならない。昨今の大学生の就職活動の状況にも反映されているように思う。ノーリスク・ノーリターンでは、進歩も展望もないのであるが、ノーリスクを望めば、その進歩も展望もないというリスクがあることのパラドックスに気付いていないのである。